新米ギルダーの異世界転生譚

プロローグ

03 : 異世界転生

久方ぶりの体の感覚に感謝を覚えながら、首を回して辺りを見渡す。
俺の両脇には茶色いレンガの壁があった。地面は少し汚れた石畳で、所々にヒビが入っているところから、そこそこの年季が入った場所であることが見て取れる。
おそらくここは、どこかの狭い路地なのだろう。

「おかしいな...確か俺、電車に轢かれて...それでどうなったんだ？」

酔っ払いのおっさんに背中からぶつかられて、ホームから転落したのは覚えている。そこで電車に轢かれて、目の前が真っ暗になったことも。
奇跡的に一命をとりとめて病院に運ばれた説も考えたが、ここが病院であるとは到底思えない。五体満足だし、どこにも怪我をした箇所は見当たらない。制服も少し汚れているだけだし、持っていた肩掛けバックもそのままだ。

俺は一応バックからスマホを取り出して電源を入れてみるが、画面の左端には「圏外」の文字。

「ったく、これじゃ家族とも連絡が取れねぇよ」

俺は連絡を諦めてスマホをバックの中へ投げ込む。
なんだか、俺の精神が正常かどうかということが疑問になってきた。

「俺の名前は熊野賢弥、年は17、高校二年生...ウォルトディズニーの生年月日は1901年12月5日...間違ってはないよな？」

ここで、自分に自問自答しても意味のないことに気づく。
だめだ、一回冷静になろう...と思ったところで、さっきの可愛い幼女を思い出した。
そういえばあの子の頭には、小さな獣耳が生えていた。カチューシャや帽子でつけたようなちゃっちい獣耳ではなく、アニメなどで目にするような、本物らしい獣耳だ。
だが、そんなものが生えている人間なんて存在しない。あれが生えている生き物で、かつ人間らしい見た目をしている種族といえば...

「...獣人か？」

ついふっ、と笑ってしまう。
そんな空想の世界のものがいる訳ないじゃないか、と。
だが、冷静に考えれば考えるほど納得がいってくる。
電車に轢かれたはずの俺が、今なんの怪我もなく、知らない路地に倒れていた。俺を起こしてくれた幼女には獣耳が生えていて、ここが地球上ではないことを実感させる。
死んだはずの人間が、気づけば見知らぬ場所にいる...これは、まさか...

「異世界転生...？」

そう信じるには十分な状況だった。
子供の頃に捨てたはずの夢が、今まさに現実となって蘇ろうとしている。
俺は興奮を隠しきれず、バックを掴んで駆け出した。狭いレンガ壁の、その先に見える光に向かって走っていく。

今までは、どんな妄想をしても起こるはずがないと一蹴していた。今日の朝だってそうだった。
だが、今は違う。何か、今回は本当にそうなっている気がする。子どもの頃の俺が、そう叫んでいる気がする。

路地を抜けた瞬間、目を刺すくらいに眩しい太陽の光に、思わず目を瞑る。
期待と不安が混じりながら、恐る恐る目を開く。



眼下には、大きな街があった。
大きな気球がたくさん浮いており、茶色く平べったい建物は、中世の時代を思わせる。街の中央を走る大きな道には、たくさんの人ではない生物や、小型の竜を前に付けた、馬車ならぬ竜車が走っているのが見える。ここからでも、あの街の活性をひしひしと感じることができる。
目を前に向けると、大きな翼竜が数頭羽ばたいているのが見えた。その翼竜上には、赤い服を着た男達が乗っていた。彼らは思い思いに翼竜を操り、わいわいと騒いでいるのが見える。

明らかに、明らかにーーー

ここは、子供の頃に夢見た異世界だった。