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9.もうひとつの姿2
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「どうして、ラーザは婚約を承諾したんだい?」
カダージュが帰ると、伯爵はそう口を開いた。
「噂はあてにならないと、身を以て知りました」
メリオラーザの言葉に、夫人も兄も頷く。メリオラーザに求婚したときの空気が、あまりにも異質で。
「それは、そうかもしれないけれど。でも、あの方を支えるのは、大変なことに変わりはないように思いますよ」
夫人は心配そうに、そう口にする。
「そうかも、しれません。ですが、殿下のもうひとつの姿を、見てみたい、とも、思いまして」
「「「もうひとつ?」」」
三人の声が、見事に重なった。それに、メリオラーザは頷く。
「殿下が、わたくしの手を、取りましたでしょう?その時の殿下の手が」
続く言葉に、三人は驚きを隠せなかった。
カダージュは、怠惰などではない。
彼は、装っているのだ。見下される人間を。そうして人を見ている。皇族にも、示している。
篩。
彼は篩だ。彼を見る貴族たちを、皇族は見ている。
彼は大切な皇族を守るために、篩になる。愚かな道化を演じる。
だって、そうではないなら説明がつかない。
彼の、子どもの手に似つかわしくない、固い武人の手が。
*~*~*~*~*
カダージュ幼少期
世の中を、知れば知るほど輝いて見えた。
自分の疑問に答えてくれる本に、夢中になった。脈々と受け継がれる知識や知恵の宝庫。
ああ、素晴らしい。素晴らしい素晴らしい素晴らしい!
皇城の数百に及ぶ書架に収められた膨大な本は、三歳になる頃にはすべて読み終えた。それでも知りたい欲は治まらず、父の執務室に訪れては、書類の一枚一枚に答えを探した。
もちろん、最初は追い出された。だがある日、すでに父の手伝いをしていた、十二、年の離れた一番上の兄レヴェージュが、父の執務室を訪れて一枚の書類を手に話をしていた。あまりにも私が何度追い出されても訪れるので、試しにと手にしていた書類とは別の、一枚の書類を渡してくれた。
「カダージュは知識欲が旺盛だね。これ、何について言っているか、わかるかい?」
「治水」
サッと目を通して即座に答えた私に、父を含めその場にいた者たちは目を丸くした。
「そう。カダージュはこれが何か、わかるんだね」
兄は自分で話を振ってみたものの、これほどとは思わなかったようだ。
「でも、わからないです。困っていることはわかりますが、具体的なことがわかりません。あまりにも抽象的です」
私は普段あまり言葉を発しない。だから気付かなかったのだろう。三歳とは思えない、あまりにも流暢に言葉を話す私に、全員が目配せをした。私を見定めようとしているのだ。
兄は驚きつつ、笑みを深めた。
「そう、その通り。だから、具体的にするために、人を派遣するんだよ」
私は兄をジッと見た。
なんて非効率的なことをしているのだろう。嘆願した村が、最初からもっと具体的に示してくれればもっと絞り込んで必要な人や物がわかるのに。
そう思っていたが。
世の中を知れば知るほど、気力がなくなった。
すべて、ムダだと思えた。
何故もっと効率よく出来ないのか。何故そんなわかりきったことを議論するのか。何故あえて不便なことに身を晒しているのか。
始めはそう思っていた。
もしかしたら、何かの試練でも自身に課しているのかもしれない。
そう考え、しばらく様子を見ていたが、どうも違うようだと気付く。
知らないのだ。
知らないから、出来ない。
すべての人とは言わない。せめて城を回す人間たちでいいから、自分と同じ水準であれば、世の中を変えることは出来る。一人二人が自分と同じであっても、能力のある者への負担が増すばかり。周囲が期待する。出来ないと、目に見えて落胆する。
バカバカしい。
勝手に期待して勝手に失望して期待外れだと陰口を叩く。
自分たちはどうなのだ。
他人の評価などどうでもいいが、努力の結果が陰口だなんて、嗤える。
そんな大人たちを見てきた。その程度の者が、城仕えとして跋扈している。そんな人間ばかりではないことはわかっているが、頑張ろうと思わなくなるくらいには、人間に興味を失った。
国は民。
民を大事に出来ない自分が、皇太子、ゆくゆくは皇帝になるなど、滑稽ではないか。
大事にしたいものだけ、守れればいい。
そう思った、五歳の冬。
*つづく*
次話、現在に戻ります。
カダージュが帰ると、伯爵はそう口を開いた。
「噂はあてにならないと、身を以て知りました」
メリオラーザの言葉に、夫人も兄も頷く。メリオラーザに求婚したときの空気が、あまりにも異質で。
「それは、そうかもしれないけれど。でも、あの方を支えるのは、大変なことに変わりはないように思いますよ」
夫人は心配そうに、そう口にする。
「そうかも、しれません。ですが、殿下のもうひとつの姿を、見てみたい、とも、思いまして」
「「「もうひとつ?」」」
三人の声が、見事に重なった。それに、メリオラーザは頷く。
「殿下が、わたくしの手を、取りましたでしょう?その時の殿下の手が」
続く言葉に、三人は驚きを隠せなかった。
カダージュは、怠惰などではない。
彼は、装っているのだ。見下される人間を。そうして人を見ている。皇族にも、示している。
篩。
彼は篩だ。彼を見る貴族たちを、皇族は見ている。
彼は大切な皇族を守るために、篩になる。愚かな道化を演じる。
だって、そうではないなら説明がつかない。
彼の、子どもの手に似つかわしくない、固い武人の手が。
*~*~*~*~*
カダージュ幼少期
世の中を、知れば知るほど輝いて見えた。
自分の疑問に答えてくれる本に、夢中になった。脈々と受け継がれる知識や知恵の宝庫。
ああ、素晴らしい。素晴らしい素晴らしい素晴らしい!
皇城の数百に及ぶ書架に収められた膨大な本は、三歳になる頃にはすべて読み終えた。それでも知りたい欲は治まらず、父の執務室に訪れては、書類の一枚一枚に答えを探した。
もちろん、最初は追い出された。だがある日、すでに父の手伝いをしていた、十二、年の離れた一番上の兄レヴェージュが、父の執務室を訪れて一枚の書類を手に話をしていた。あまりにも私が何度追い出されても訪れるので、試しにと手にしていた書類とは別の、一枚の書類を渡してくれた。
「カダージュは知識欲が旺盛だね。これ、何について言っているか、わかるかい?」
「治水」
サッと目を通して即座に答えた私に、父を含めその場にいた者たちは目を丸くした。
「そう。カダージュはこれが何か、わかるんだね」
兄は自分で話を振ってみたものの、これほどとは思わなかったようだ。
「でも、わからないです。困っていることはわかりますが、具体的なことがわかりません。あまりにも抽象的です」
私は普段あまり言葉を発しない。だから気付かなかったのだろう。三歳とは思えない、あまりにも流暢に言葉を話す私に、全員が目配せをした。私を見定めようとしているのだ。
兄は驚きつつ、笑みを深めた。
「そう、その通り。だから、具体的にするために、人を派遣するんだよ」
私は兄をジッと見た。
なんて非効率的なことをしているのだろう。嘆願した村が、最初からもっと具体的に示してくれればもっと絞り込んで必要な人や物がわかるのに。
そう思っていたが。
世の中を知れば知るほど、気力がなくなった。
すべて、ムダだと思えた。
何故もっと効率よく出来ないのか。何故そんなわかりきったことを議論するのか。何故あえて不便なことに身を晒しているのか。
始めはそう思っていた。
もしかしたら、何かの試練でも自身に課しているのかもしれない。
そう考え、しばらく様子を見ていたが、どうも違うようだと気付く。
知らないのだ。
知らないから、出来ない。
すべての人とは言わない。せめて城を回す人間たちでいいから、自分と同じ水準であれば、世の中を変えることは出来る。一人二人が自分と同じであっても、能力のある者への負担が増すばかり。周囲が期待する。出来ないと、目に見えて落胆する。
バカバカしい。
勝手に期待して勝手に失望して期待外れだと陰口を叩く。
自分たちはどうなのだ。
他人の評価などどうでもいいが、努力の結果が陰口だなんて、嗤える。
そんな大人たちを見てきた。その程度の者が、城仕えとして跋扈している。そんな人間ばかりではないことはわかっているが、頑張ろうと思わなくなるくらいには、人間に興味を失った。
国は民。
民を大事に出来ない自分が、皇太子、ゆくゆくは皇帝になるなど、滑稽ではないか。
大事にしたいものだけ、守れればいい。
そう思った、五歳の冬。
*つづく*
次話、現在に戻ります。
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