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デビュタント編

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 すべての時が止まったようだった。
 まだ暑さの残る初秋。本日はデビュタント。十八を迎えた、あるいは迎える者が王城に出向き、王族に御目見得おめみえする日だ。この挨拶が終わると無事に成人と認められ、社交界への参加を許される。低位の貴族から始まり、今回の最後は筆頭公爵家ディレイガルドの嫡男、エリアストが最後だ。
 既に社交界に身を置く者たちは、恐ろしくも美しいと評判のエリアストを一目見ようと会場入りし、例年以上の参加人数となっている。大抵は、デビュタントを迎える者の関係者ばかりの参加であるのだが。
 筆頭公爵家であるが、時々しか社交の場に姿を見せないディレイガルド夫妻もまた、話題の中心であった。年に数回しか姿を見せないレア度もそうだが、いつまでも若々しく美しい夫妻は、羨望の的だ。先に会場入りをして人々に囲まれながら談笑をしていると、入り口の方が静まり返った。それが波及し、会場から音が消えた。
 エリアスト・カーサ・ディレイガルド。
 デビュタントの服装は白が基本。
 小物や飾り紐などはアリスの瞳、黎明の色。袖や裾に施された刺繍は、アリスの星空の髪色。
 プロムナードとは真逆の色合いも、周囲を興奮させた。学園の制服も白であったが、正装は別格。当然のように、バタバタと人の倒れる音があちらこちらで聞こえる。
 既に社交界に身を置く貴族たちも、あまりの美しさに目が離せない。凍てつく眼差しさえ、その美貌を際立たせる。そんなエリアストが、隣に立つ婚約者、アリス・コーサ・ファナトラタを見つめる時だけ宿る温度に、更に倒れる者が増える。
 「こ、れは」
 「聞きしに勝るものだ」
 エリアストたちが入場してからしばし、王族が入場してきた。みんな我に返り、頭を下げる。王の合図で一斉に顔を上げた中に、ディレイガルド家を見つけた王家は息を呑んだ。メラルディの呟く声に、ディアンが続く。
 氷のように冷たい表情のエリアストが、恐ろしく神聖なものに思えた。
 隣で楚々そそと控えるアリスにも目を見張る。
 エリアストの髪色、白銀のドレスを纏い、胸元、袖、裾部分には自身の髪色の繊細な刺繍が施されている。身に付けている装飾品は、すべてエリアストの瞳の色。突出した美しさではないにもかかわらず、エリアストの隣にいても全く見劣りしないことが、とても不思議だった。
 二人並んで初めてひとつの存在になるような、そんな奇妙な感覚。
 「お、お兄様、あちらの、銀の髪のとても美しい方は?」
 サーフィアの声に、カルセドは答える。
 「あれが以前晩餐で話をしていたディレイガルドの息子だ。決して関わり合いになるな。いいな」
 サーフィアは熱に浮かされたような顔でコクコクと頷いた。
 なんて美しいのかしら。
 サーフィアの目には、エリアストしか入ってこない。カルセドの言葉も前半しか聞いていなかった。晩餐での話など、頭から吹っ飛んでいた。
 早く、早く来て。間近でその顔を見せて。長い長い貴族たちの挨拶などどうでもいい。邪魔だから早く立ち去って欲しい。
 サーフィアの目にはエリアストしか映らなかった。
 通常デビュタントの挨拶は、親と共に行う。しかしエリアストは、アリスから僅かにも離れるつもりなどない。異例の婚約者同伴での挨拶。それが許される立場のディレイガルド。
 「ディレイガルドが嫡男、エリアスト・カーサ・ディレイガルドにございます。この国の至宝、あまねく民を導き照らす光の王に拝謁賜れたこと、望外の喜びにございます」
 今後この国、ひいては民のためにこの身を捧げることをお許しください、と続くことが一連の挨拶だ。だがエリアストはその一文を口にせず、形ばかりの臣下の礼をとった。毎年デビュタントを見てきたが、ここまで心のない挨拶は初めてだった。明らかに言わされていますという、台本を読んでいる感じだ。しかも言いたくない台詞は勝手に省く。歴代のディレイガルドでも、ここまで酷いものはなかった。赦してはいけないが、赦さざるを得ない。幸い今年のデビュタントたちは、三年の学園生活でわかっている。
 「う、む。より、精進なさ、するが良い」
 思わず敬語を使いそうになるが、誤魔化す。誤魔化せていない気もするが、誤魔化す。
 そんな空気の中、王の返答が終わった瞬間、横から場違いなほど興奮し、上擦った声が響いた。
 「あ、あなた!エリアスト!わたくしの護衛騎士になりなさい!」
 一瞬で場が凍る。何を言っているのだ、この姫様は。王や王子はもちろん、王妃に側妃までが信じられないものを見るような目でサーフィアを見た。それにサーフィアは気付かない。
 エリアストはアリスに無理矢理婚約者にさせられたに違いない。あの美しい、囚われの王子様を救ってあげなくては。そしてそれを自分は出来る。自分しか出来ない。なぜなら自分は、この国のお姫様だから。悪い魔女から助け出さなくては。そうしてエリアストを無事救出できたとき、エリアストは気付く。ずっと一緒に戦ってくれた存在に。当然のように助け出してくれた存在に。このまま離れたくない、離れてはいけない存在に。サーフィアというかけがえのない存在に。エリアストはこいねがう。決して二人が離れないように。真実の愛を見つけたのだから。
 サーフィアは、夢見る少女だった。


 *つづく*
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