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結婚編
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「なぜあなたがエリアスト様と結婚なんてことになっているのかしら」
アリスがお花を摘みにエリアストから離れたときだ。エリアストはもちろん付いてこようとしたが、ララが圧のある笑顔で止めた。自分が護衛として付いて行くからそれはやめろと、すごく圧のある笑顔で止めた。レディに恥をかかせるなと、ものすごく圧のある笑顔で。
仕方なくものすごく渋々エリアストは大人しく待つことにした。
そうして離れた途端、これだ。ララは溜め息をつく。
「アリス嬢、いつもこうなの?ディレイガルドはわかってるからアリス嬢から離れなかったのか、いや、違うな。ただ離れたくないだけだな。そこは間違いないな」
「エル様と学園で過ごされた方々は、それは紳士淑女でございます」
アリスの言葉にララは頷く。
「なるほど。こういう輩はディレイガルドの見てくれに騙された実際関わることのなかった連中か。おっと、これではアリス嬢に失礼だった。申し訳ない」
アリスは微笑んで首を振る。
「何をさっきからコソコソと。本来でしたらわたくしこそがエリアスト様に嫁ぐ予定でしたのよ。それを横から奪うような真似をして!淑女の風上にも置けませんわ!」
アリスは驚いた。婚約者候補の話など聞いたことがないからだ。そんなアリスの困惑を見て、その女性はバカにしたような笑みを向ける。
「まあ、何かしら、その顔。まさか知らなかったのかしら?クシャラダナ侯爵が娘、カリアが婚約者であったと」
宰相補佐の娘のようだ。婚約者候補ではなく婚約者であったらしい。アリスとララはとりあえず黙って聞いていた。
「お父様も言っていたわ。ディレイガルド公爵様と懇意にしている、次期ディレイガルド公爵夫人はおまえだ、と」
ちょっと待て。ララは思わずそう口にしかけたが、がんばって耐える。
「ですから、わたくしはエリアスト様が卒業なさるのをお待ちしていたというのに!年齢は上ですが、このくらいの差があった方が、公爵家を支える女主人として相応しくあれるのよ」
年上であることが気になるようだ。言い訳のように聞いてもいないのに話す。だがその言い訳はいただけない。現公爵夫人は当主の一つ年下だ。現公爵夫人を侮辱していると取られてしまう。だがカリアは気付かず続ける。
「エリアスト様に言い寄っている女がいるとは聞いていました。まあ、学生のうちは火遊びも大目に見ましょうと黙っていたというのに。まさか結婚だなんて!どこまでも図々しいったら!」
アリスは最早何を言えばいいかわからなかった。そんなアリスにララが耳打ちをする。
「確認なんだけど、ディレイガルドがデビュタント迎えたのって一昨年の話だよね」
「はい、左様でございます」
「あの人、宰相補佐の娘さんだよね。ディレイガルド家と懇意にしているってことは、アリス嬢が火遊びじゃなくて、正式な婚約者だって知ってるはずだよね」
「懇意にされていなくとも、周知の事実にございます」
アリスの発言は嫌味でも何でもなく、本当に周知の事実だ。
「元々彼女と婚約をしていたのに、ディレイガルドがアリス嬢に走ったってこと?あんなのと婚約してたの?」
あんなの、とは言い過ぎのような気がしないでもないが、とりあえずいい。婚約者がいたとは聞いていない。
「え、じゃああの娘さんの妄想?」
まあ、そうなる。はっきり言って、アリスはそんな妄想を口にするカリアに驚いている。婚約者候補であれ、婚約者であれ、いなかったと知っているからだ。だからこそ、そんな話は聞いたことがない。万が一にもこれがディレイガルド家の耳に入ったら。そう思うと、アリスは困惑を隠せない。
「どうしましょう。クシャラダナ侯爵令嬢様をお止めしたいのですが」
アリスの言いたいことが伝わり、ララは苦笑する。
「優しいね、アリス嬢は」
「いいえ、殿下、誤解です。エル様のお手を煩わせたくないだけです」
ははっ、とララは笑う。
「間違ってないよ。優しいんだよ、アリス嬢」
*~*~*~*~*
一方、エリアストはたくさんの人に囲まれていた。
学園でエリアストに関わったことのない者たち。噂でしか知らない子息子女は、アリスやララと話をする姿を見て、噂は噂でしかなかったと判断した。
美しい公爵令息。纏う空気は冷ややかだが、簡単ではあるが相槌は打ってくれる。それだけでみんなが色めき立つ。代わる代わる話題を振られるも、エリアストの反応は薄い。それでも誰もが夢中で話しかけた。少しでもお近づきになりたい。その地位が目当てか、見た目が目当てか。わからないが、欲のある目を向けられることに、エリアストは内心苛立っていた。しかし、父の言っていたことが頭から離れない。
今に流されるな。本当にアリス嬢を幸せにしたいなら、戦う武器も守る盾も、ひとつでも多い方がいい。ディレイガルドの名は、その最たるものだ。だが空のディレイガルドでは意味がない。名に負ける自分であってはならない。国をも平伏させるディレイガルドだ。
邪魔になれば、その公爵位さえ捨てても構わないと思っていた。けれど。
戦う武器、ひとつでも多く。
自分が上手く立ち回れば、自分が上手く人心を掌握すれば。
守る盾、ひとつでも多ければ。
アリスを幸せに。
それ以外、自分の存在意義はない。
けれど今、アリスが呼んでいる気がする。
行かなくては。
*つづく*
アリスがお花を摘みにエリアストから離れたときだ。エリアストはもちろん付いてこようとしたが、ララが圧のある笑顔で止めた。自分が護衛として付いて行くからそれはやめろと、すごく圧のある笑顔で止めた。レディに恥をかかせるなと、ものすごく圧のある笑顔で。
仕方なくものすごく渋々エリアストは大人しく待つことにした。
そうして離れた途端、これだ。ララは溜め息をつく。
「アリス嬢、いつもこうなの?ディレイガルドはわかってるからアリス嬢から離れなかったのか、いや、違うな。ただ離れたくないだけだな。そこは間違いないな」
「エル様と学園で過ごされた方々は、それは紳士淑女でございます」
アリスの言葉にララは頷く。
「なるほど。こういう輩はディレイガルドの見てくれに騙された実際関わることのなかった連中か。おっと、これではアリス嬢に失礼だった。申し訳ない」
アリスは微笑んで首を振る。
「何をさっきからコソコソと。本来でしたらわたくしこそがエリアスト様に嫁ぐ予定でしたのよ。それを横から奪うような真似をして!淑女の風上にも置けませんわ!」
アリスは驚いた。婚約者候補の話など聞いたことがないからだ。そんなアリスの困惑を見て、その女性はバカにしたような笑みを向ける。
「まあ、何かしら、その顔。まさか知らなかったのかしら?クシャラダナ侯爵が娘、カリアが婚約者であったと」
宰相補佐の娘のようだ。婚約者候補ではなく婚約者であったらしい。アリスとララはとりあえず黙って聞いていた。
「お父様も言っていたわ。ディレイガルド公爵様と懇意にしている、次期ディレイガルド公爵夫人はおまえだ、と」
ちょっと待て。ララは思わずそう口にしかけたが、がんばって耐える。
「ですから、わたくしはエリアスト様が卒業なさるのをお待ちしていたというのに!年齢は上ですが、このくらいの差があった方が、公爵家を支える女主人として相応しくあれるのよ」
年上であることが気になるようだ。言い訳のように聞いてもいないのに話す。だがその言い訳はいただけない。現公爵夫人は当主の一つ年下だ。現公爵夫人を侮辱していると取られてしまう。だがカリアは気付かず続ける。
「エリアスト様に言い寄っている女がいるとは聞いていました。まあ、学生のうちは火遊びも大目に見ましょうと黙っていたというのに。まさか結婚だなんて!どこまでも図々しいったら!」
アリスは最早何を言えばいいかわからなかった。そんなアリスにララが耳打ちをする。
「確認なんだけど、ディレイガルドがデビュタント迎えたのって一昨年の話だよね」
「はい、左様でございます」
「あの人、宰相補佐の娘さんだよね。ディレイガルド家と懇意にしているってことは、アリス嬢が火遊びじゃなくて、正式な婚約者だって知ってるはずだよね」
「懇意にされていなくとも、周知の事実にございます」
アリスの発言は嫌味でも何でもなく、本当に周知の事実だ。
「元々彼女と婚約をしていたのに、ディレイガルドがアリス嬢に走ったってこと?あんなのと婚約してたの?」
あんなの、とは言い過ぎのような気がしないでもないが、とりあえずいい。婚約者がいたとは聞いていない。
「え、じゃああの娘さんの妄想?」
まあ、そうなる。はっきり言って、アリスはそんな妄想を口にするカリアに驚いている。婚約者候補であれ、婚約者であれ、いなかったと知っているからだ。だからこそ、そんな話は聞いたことがない。万が一にもこれがディレイガルド家の耳に入ったら。そう思うと、アリスは困惑を隠せない。
「どうしましょう。クシャラダナ侯爵令嬢様をお止めしたいのですが」
アリスの言いたいことが伝わり、ララは苦笑する。
「優しいね、アリス嬢は」
「いいえ、殿下、誤解です。エル様のお手を煩わせたくないだけです」
ははっ、とララは笑う。
「間違ってないよ。優しいんだよ、アリス嬢」
*~*~*~*~*
一方、エリアストはたくさんの人に囲まれていた。
学園でエリアストに関わったことのない者たち。噂でしか知らない子息子女は、アリスやララと話をする姿を見て、噂は噂でしかなかったと判断した。
美しい公爵令息。纏う空気は冷ややかだが、簡単ではあるが相槌は打ってくれる。それだけでみんなが色めき立つ。代わる代わる話題を振られるも、エリアストの反応は薄い。それでも誰もが夢中で話しかけた。少しでもお近づきになりたい。その地位が目当てか、見た目が目当てか。わからないが、欲のある目を向けられることに、エリアストは内心苛立っていた。しかし、父の言っていたことが頭から離れない。
今に流されるな。本当にアリス嬢を幸せにしたいなら、戦う武器も守る盾も、ひとつでも多い方がいい。ディレイガルドの名は、その最たるものだ。だが空のディレイガルドでは意味がない。名に負ける自分であってはならない。国をも平伏させるディレイガルドだ。
邪魔になれば、その公爵位さえ捨てても構わないと思っていた。けれど。
戦う武器、ひとつでも多く。
自分が上手く立ち回れば、自分が上手く人心を掌握すれば。
守る盾、ひとつでも多ければ。
アリスを幸せに。
それ以外、自分の存在意義はない。
けれど今、アリスが呼んでいる気がする。
行かなくては。
*つづく*
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