美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

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番外編

騎士団の風景

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お気に入り登録900!!凄いです。嬉しいです。
喜びに一話書けました。
タイトルからおわかりかもしれませんが、
今回はエル様とアリスの話ではありません。
パパのお話しになります。
時系列的にはいつくらいになるのかなあ?
あまり深く考えていませんでした。
よろしかったらお付き合いください。


*∽*∽*∽*∽*


 「あんな優男で本当に戦えるンスか?」
 騎士団に入団して三ヶ月も過ぎると、環境に慣れ始め、少しずつ周りを気にする余裕が出始める頃。そんな新人の一人が、休憩中にそんなことを言った。聞こえた周囲は一瞬静まり、慌てたすぐ側の男が新人に注意をする。
 「バカッ、口を慎めっ」
 「言いたい気持ちはわかるが、団長を名乗っているんだ。伊達ではない」
 別の男も窘めるようにそう言った。だが、また別の新人が、先程の新人に同意することを口にする。
 「まあ、いつも穏やかに微笑んでますからね。強いって言われても、信じ難いですよね」
 「線も細いし、剣なんか持てるのかなって」
 更に別の新人まで交じってくる。
 「だろ?」
 頷き合う新人たちを、焦りを募らせた男が先程より大きな声で叱る。
 「だからやめろって!“ディレイガルド”を怒らせたらどうなるか知らないのか?!」
 レイガード王国の騎士団を束ねるトップ、ライリアスト・カーサ・ディレイガルド。貴族階級の最上位、公爵であり、その中でも筆頭を掲げる、貴族の中の貴族、ディレイガルド。社交界という舞台では、決して口を利くことの出来ないほど、雲の上の存在。それが、騎士団長の正体であった。
 「や、でも、そもそもあの人、怒るンスか?」
 男の言葉に、団長がディレイガルドであることを思い出した新人は僅かにたじろぎつつ、疑問を投げかける。
 「う、た、確かに、見たことはないが」
 怒るのはいつだって副団長。怒らない団長に呆れた目を向けつつも、副団長は団長の好きにさせている。
 「ッスよね?」
 「ほら。強いかもしれないけど、訓練だって一緒にするわけでもないし」
 「訓練もしないのに、強いままでいられるものなんでしょうかね?」
 新人たちが口々にそんなことを言っていると、背後から楽しそうな声がした。
 「あはは。どうだろうねえ?」
 振り返り、その姿に一気に顔色を悪くする。
 「「「だ、団長っ!」」」
 話題にしていた人物、騎士団団長ライリアストが立っていた。
 「あの、も、申し訳ありません、疑うようなことを申しました」
 「申し訳ありませんでした、団長」
 「大変申し訳ありませんでした」
 軽口を叩いていた新人三人が、慌てて深く頭を下げる。
 「謝ることはないよ。不安を口にすることは悪いことではないからね」
 けれどライリアストは怒ることもなく、いつも通りの柔和な笑みを浮かべていた。
 「憶測を真実だと思い込むことが、悪いことなんだよ」
 「思い込みは、視野を狭める。時に、その命さえ脅かす」
 ライリアストの後ろに控えていた副団長が、威圧感たっぷりにライリアストの言葉を引き継ぐ。
 「自分の命を落とすだけならまだいい。他者を巻き込むことが、愚の骨頂!」
 空気を振るわせる重低音の声が、ズシリと腹に響く。皆、副団長の圧に、冷や汗が背中を伝った。
 「覚えておいて。ある程度弁えてくれれば、不安や不満は口に出して構わないよ、相手が誰であろうとね」
 重苦しい空気を祓うようなライリアストの明るい声で、つい今し方までの緊張が霧散した。
 「そんなことで命をおびやかされずに済むなら、いくらでも聞くよ」
 ヒラヒラと手を振って、ライリアストは去って行った。皆がホッと息を吐いたのも束の間、残った副団長に、全員訓練場周囲二十周を言い渡された。



 「聞いた?ベリル。見た目で戦うわけではないのに、愚かだよね」
 部屋を出て、そこで待機していた辺境伯ベリル・コーサ・リスフォニアに、ライリアストは楽しそうに言った。
 「耳が痛いです」
 ベリルが眉を下げて苦笑すると、二人並んで歩き出す。
 「ふふ。ベリル、キミは私の“見た目”で判断した、と言うより、“貴族”というくくりで見ていたよね」
 ライリアストとベリルは、学生時代に決闘をしたことがある。ライリアストの妻アイリッシュをかけて。アイリッシュは元々ベリルの婚約者であった。二人はライリアストの一つ下で、ライリアストの友人でありアイリッシュの兄であるユーシエスを、アイリッシュが教室まで訪ねてきたことが、ライリアストとアイリッシュの出会いだった。
 ライリアストの唯一であったアイリッシュを、ベリルに決闘を申し込むことで手に入れたのだ。そこから、ライリアストとベリルの友情も続いている。社交界では有名な話であった。
 ベリルはこの決闘のとき、自身の力を過信していたわけではない。辺境で鍛えられてきた己の力が、王都でのんびり過ごしてきたの綺麗な剣に及ばないことがあってはならない、という気概があった。遊びにもならない、そう思った。過信ではない。自負だ。だが、結果は惨敗。ベリルはライリアストに、手も足も出なかったのだ。
 「以降、思い込みは排除するよう心がけております」
 苦い思いを戒めとし、ベリルは苦笑する。
 「いい心がけだね。ところでベリル、王都ここでの用事を終えたらすぐに戻るのかな?」
 「はい。長くは空けられませんから」
 辺境の地は、国境警備の要。レイガード王国に手を出そうとする国はほとんどないが、国境の領主によって何が起こるかわからないことが現状だ。二年前にリスフォニア領隣接の隣国領主の代替わりがあり、より警戒している。
 「そうだね。ねえベリル、、頼まれてくれるかな」
 「喜んで」



 リスフォニア領には広大な山林があり、そこを住処とする獣たちは、世界でもトップクラスと言われるほど獰猛で有名だった。そのため、人里に下りてこないよう一年に一度、獣を間引く必要がある。その山狩りに、王都の騎士団は訓練も兼ねて参加する。
 騎士団は三つの団に分けられており、その内の一つの団を率いて討伐に向かう、年に一度の大きな遠征だ。団ごとに順番なので、団員は三年に一度の機会になるが、団長と副団長は交互に向かうので、二年に一度となる。
 もちろん、他領でも獣被害はあるので、小隊から大隊まで、その地の規模に合わせた隊を組んで討伐に向かう。
 リスフォニア組、他領組、王都守護組と、毎年役割を入れ替えながら、レイガード王国を守護している。


………
……



 「目を瞑るなんて、キミたちはどんな訓練をしてきたの?」
 慢心しそうな新人を、その年のリスフォニア組にあたる団に入れることは、暗黙のルールだった。
 「だ、だって、オレたち、実戦なんて初めてなんスよ?!」
 「血、血だって、こんな、こんなに、浴びて、まさか、こんな」
 「知らなかったんだ、こんな獣が、こんなに獰猛なんて」
 青ざめて、ガタガタと全身を震わせながら言い訳、というか、情けないことを口にする新人三人を、ライリアストは見下ろした。
 を前にして目を瞑るなど、あり得ない。戦う意志を放棄するなど、抵抗せずにただその命を散らすだけなど、あり得ない。

 もったいないではないか。

 握る剣から滴り落ちる鮮血を見て、ライリアストは微笑んだ。
 新人たちを襲った獣は、ライリアストが瞬殺した。剣のたった一振りで、獣の首が落ちた。
 「ねえ」
 死ぬはずだったその命。
 「生きることを諦めたのならさ」

 その血、最後の一滴まで、私のために流して見せてよ。

 三人は、蛇に、いや、龍に睨まれたカエル。体が動かないどころではない。呼吸さえままならない。鼓動さえ、止まってしまいそうだ。
 獣に襲われたときとは比較にならない恐怖が襲いかかる。
 ライリアストはいつも通り、笑っている。だが、いつもの穏やかな笑みではない。握る剣を下げたまま、獰猛な笑みを浮かべてゆっくり三人に近付く。
 ライリアストが三人に襲いかかろうとしたその時。
 剣がぶつかり合う音が響いた。
 「そこまでですよ」
 ライリアストと三人の間に割って入った者がいた。
 「やあ、ベリル」
 ベリル・コーサ・リスフォニアだった。
 ベリルは呆れた顔で剣を引く。ライリアストも、剣を収め、いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべた。ライリアストの先程までの空気が霧散し、あの見慣れた笑顔に安堵した三人は、緊張の糸が切れたようで、意識を手放した。
 「わあ。こんなところで意識喪失とか、やっぱりこの子たち命いらないのかなあ」
 楽しそうに剣の鞘で三人の頭を小突き回るライリアストに、ベリルは苦笑する。
 “ねえベリル、、頼まれてくれるかな”
 これは、リスフォニア領の討伐で団員育成の世話になる、という意味ではない。
 のことだ。
 「まったく。血を見ると落ち着くのではなかったのですか?」
 ベリルは意識のない二人の襟首を摘むと、そのままズルズルと安全な場所まで引きずる。残る一人もライリアストが同じように引きずってやりながら、ベリルに答える。
 「もっと落ち着きたくなって血を求めるんだよ」
 「困った人ですね」
 二人は微笑み合った。



*おしまい*
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
エル様のパパもディレイガルドなんだよ、というお話を書きたくなりまして。
R7.10月末頃に らがまふぃん三周年記念 の企画をお届け予定です。
こちらからも一話投稿予定ですので、気が向いたらのぞきに来て下さい。R7.10/18
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