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日常編

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 「それとも、わたくしを、ディレイガルド家を敵に回したいと、そう仰るのですか」
 学園で共に過ごした者たちは、凜としたアリスの姿にメロメロだった。さすがディレイガルド家に望まれた人物だ、とアリス教健在である。
 「ディレイガルド公爵夫人様、申し訳ございませんっ」
 バスターチェ伯爵夫人が急ぎアリスの元へ駆けつける。青ざめながら頭を下げる夫人に、バスターチェ嬢は苦い顔をする。
 この女を引きずり下ろせば、筆頭公爵家に名を連ねることが出来るというのに。あの美しい人を、手に入れられるというのに。自分の容姿をもってすれば、それが可能だというのに。こんな偶々その地位にいるだけの女に、頭なんか下げないで欲しい。元は同じ伯爵家ではないか。ならば、自分の方がいいに決まっている。歳が離れていたために、出会えなかっただけなのだから。
 「バスターチェ伯爵夫人様、どうかお顔をお上げくださいませ」
 穏やかなアリスの声に、夫人の肩の力が抜ける。それと同時に、娘の暴挙に苛立つ。デビュタントを迎えたばかりのため、まだ茶会に出席させる予定はなかった。だが、ティスティア家の茶会は穏やかな人の集まり。多少の失敗は大目に見て貰えるだろうと踏んで、参加させてもらうことにした。急であるにも関わらず、ティスティア伯爵夫人は快く受け入れてくださったというのに。
 「娘にはよくよく言って聞かせます。何卒、何卒ご容赦を」
 バスターチェ夫人は娘の頭を無理矢理下げさせる。
 「ちょっと!お母様やめて!髪が崩れちゃうじゃない!」
 バスターチェ夫人は、喚く娘をギッと睨みつける。蝶よ花よと甘やかしたことが原因か。まさかディレイガルド公爵の逆鱗に触れるどころか、突っ込んでいくなど、思ってもいなかった。社交界に身を置く者なら当然誰もが知っている。ディレイガルド公爵の逆鱗を。茶会の前にもきちんと説明だってしていた。練習通りにしていれば何の問題もないと。それなのに、なぜ。こんなにも愚かだと気付かなかった。
 「あなたが気にするのは髪ではありませんっ。ディレイガルド夫人のお心ですっ。まず誠心誠意謝罪をなさいっ」
 「痛いわ、やめてったら!」
 バスターチェ夫人は、反省の色なく喚く娘を冷たく一瞥した。
 「あなたを甘やかしすぎたようです。一から作法を叩き込みますから覚悟なさい」
 「お母様っ?!」
 「お黙りなさい。声を上げるなどはしたない。あなたはお茶会どころかデビュー自体早かったようです」
 こんなに冷たい母親の声を聞いたことがない。それでも納得など出来ない。怒られる筋合いなどない。エリアストにさえ会えれば、自分が選ばれる。それが証明できるというのに。なぜそれがわからないのか。
 その時、護衛という名の影がアリスに耳打ちをする。それに、アリスは花が綻ぶように微笑んだ。それを見た者たちは、息を呑む。こんなにも美しく笑うのか、と。
 「エルシィ、待ち切れなくて来てしまった。もう茶会は終わったか」


*つづく*
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