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ばんがいへん
愛執 最終話
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何かが割れる音が響く。複数の声が、何かを叫んでいる。
「うるっさいっ!これが落ち着いていられますかっ」
王城の一室、王女の部屋は、大惨事となっていた。ガラスも花瓶も額縁も、割れるものの殆どが床に散乱している。ペンやインク壺など、手当たり次第投げたのだろう。壁もところどころへこみ、汚れていた。
「サーフィア様!どうか、どうか!」
飛んでくるものを避けたり当たったり、それでも侍女たちは、王女の蛮行を止めようと必死だ。
「エリアストはわたくしのものよ!わたくしの婚約打診を断っておきながら、どこの馬の骨ともしれない女と婚約ですって?!さっさとその女をここへ連れて来なさいっ!!」
*~*~*~*~*
「殺すぞ」
王都から遙々やって来た使者へ、エリアストがかけた言葉はそれだった。使者はガタガタと震え、縮こまる。
「まあまあ、エリアスト。ねえ、王女からの婚約は断ったよね?どうして干渉してくるのかなあ」
使者は、意味がわからなかった。王族が平民と婚約をしようとしたことも、平民が王族の婚約を断ったことも、常識では考えられないからだ。だが、何度か相対して思う。この一家は、本当にただの平民なのだろうかと。夫婦は穏やかそうだが、息子は抜き身の剣のようだ。だが、危険だとわかる分、まだいい。夫婦が曲者だ。本当に、穏やかな人物なのだろうか、と思う。今も主人のライリアストがにこにこと話をしているが、何か、首筋のところがゾワゾワするのだ。
「申し訳、ありません。王女殿下を、なかなかお止め出来なくて、不甲斐ないです。お手を煩わせて申し訳ありませんが、我々を助けると思って、返事を、いただけないでしょうか」
どんな返事でも構わない。務めは果たした、という体裁が欲しいだけだ。何度往復することになろうとも、王女を黙らせられない限り、覚悟の上だ。正直、王や王太子に話が出来ればきちんと諫めてくれるのだが、多忙故、なかなか時間がいただけない。お二人に話が行くまで、我儘に付き合うしかない。
「うーん、そうだなあ。ねえイリス、返事をしたところで同じことの繰り返しのような気がしない?」
アイリッシュを向いて、ライリアストは暢気にそう言った。
「そうねぇ。王妃と側妃は何をしているのかしら」
「いっそみんなで直接苦情を言いに行く?」
「そうねぇ。それが手っ取り早いかしら」
「留守は任せてくれ」
「ええ?みんなでって言ってるでしょ。エリアストもアリス嬢も行くんだよ」
「面倒だから嫌だ。父さんと母さんに任せておけば解決する」
「あら。アリスちゃんが狙われているのに、私たちに解決を任せるのね。わかったわ」
「すぐに用意する。エルシィ、大丈夫か?」
「あの、わたくし、正装を、持っておりません」
「ああ、そんなものいらないいらない。寧ろ出向いてやるだけ感謝してもらわないと」
勝手に進む話の中。ライリアストのシャツの胸元をゆるく編んだ紐の隙間から見えたペンダントトップ。そこに刻まれた家紋に、使者は青ざめた。
この国には、伝説のように語られる貴族がいる。滅多に表に出ることはないが、その姿を社交の場で見かけたら、国の転換期になる、と言われている。王族の入れ替わりを意味する、影の支配者。誰もが知っている、だが誰も実物を見たことのない家紋。
ディレイガルド家の家紋だった。
*~*~*~*~*
「王女は好きにして構わない。迷惑をかけた詫びは、近いうちに、必ずしよう」
王がそう言うと、王を含む王族が、揃って頭を下げた。
「王女の独断とは言え、婚約の打診が来ただけでも随分笑わせてもらったけどさあ」
誰も座っていない玉座へと、ライリアストは歩く。玉座の前に着くと、剣を振り下ろした。
「あんまり、笑わせないでよ」
玉座が真ん中から左右に倒れた。
「ね?」
声とは裏腹に、その目は険呑な光を宿していた。普段温厚に微笑んでいるだけに、酷く恐ろしい。
「その女のところに案内しろ」
エリアストの言葉に、王太子ディアンが前に出た。
「案内しよう。だが、出来れば、王女付きの者たちは、見逃して欲しい」
「逃げたいヤツは勝手に逃げろ。俺が用があるのは一人だけだ」
「怖いか、アリス」
エリアストの握る剣から、ピチャン、ピチャン、と赤い雫が滴り落ちる。足下には、血だまりに倒れる少女が一人。
「おまえと共にいるためなら、俺は国にも世界にも容赦はしない」
邪魔だと言わんばかりに、動かないその少女を蹴り飛ばす。何の抵抗もなく少女は床を転がり、壁にぶつかった。
「邪魔をする者は、消すだけだ」
もう、息をしていない少女は、王女だったモノ。
「怖いか、アリス」
「いいえ、エル様」
顔色を無くし、それでも気丈に振る舞うアリスに、エリアストは笑った。
「だが、ダメだ。おまえは、俺から逃げられない」
するりと頬を撫でる。
「俺から逃げたくなったら」
耳に吐息を注ぎ込む。
「俺を殺すしかない」
そっと、唇を塞ぐ。
「この、綺麗な手を、俺で汚すしかないんだ、アリス」
白い、小さな手に、くちづけた。
この愛執、ひどく甘美だと思わないか。
愛執【あいしゅう】
意:愛するものに心ひかれて心が自由にならないこと。
*おしまい*
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。
前作に引き続き、たくさんの方に読んでいただき、大変嬉しく思います。
もっと読みたい、こんな話が読みたい、とおっしゃってくださり、ありがとうございます。
もっと精進して、少しでもご期待に沿える作品をお届け出来たらと思います。
しっかり構想が出来ましたら、形にしていきたいです。
たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。
またお会い出来ることを願って。
「うるっさいっ!これが落ち着いていられますかっ」
王城の一室、王女の部屋は、大惨事となっていた。ガラスも花瓶も額縁も、割れるものの殆どが床に散乱している。ペンやインク壺など、手当たり次第投げたのだろう。壁もところどころへこみ、汚れていた。
「サーフィア様!どうか、どうか!」
飛んでくるものを避けたり当たったり、それでも侍女たちは、王女の蛮行を止めようと必死だ。
「エリアストはわたくしのものよ!わたくしの婚約打診を断っておきながら、どこの馬の骨ともしれない女と婚約ですって?!さっさとその女をここへ連れて来なさいっ!!」
*~*~*~*~*
「殺すぞ」
王都から遙々やって来た使者へ、エリアストがかけた言葉はそれだった。使者はガタガタと震え、縮こまる。
「まあまあ、エリアスト。ねえ、王女からの婚約は断ったよね?どうして干渉してくるのかなあ」
使者は、意味がわからなかった。王族が平民と婚約をしようとしたことも、平民が王族の婚約を断ったことも、常識では考えられないからだ。だが、何度か相対して思う。この一家は、本当にただの平民なのだろうかと。夫婦は穏やかそうだが、息子は抜き身の剣のようだ。だが、危険だとわかる分、まだいい。夫婦が曲者だ。本当に、穏やかな人物なのだろうか、と思う。今も主人のライリアストがにこにこと話をしているが、何か、首筋のところがゾワゾワするのだ。
「申し訳、ありません。王女殿下を、なかなかお止め出来なくて、不甲斐ないです。お手を煩わせて申し訳ありませんが、我々を助けると思って、返事を、いただけないでしょうか」
どんな返事でも構わない。務めは果たした、という体裁が欲しいだけだ。何度往復することになろうとも、王女を黙らせられない限り、覚悟の上だ。正直、王や王太子に話が出来ればきちんと諫めてくれるのだが、多忙故、なかなか時間がいただけない。お二人に話が行くまで、我儘に付き合うしかない。
「うーん、そうだなあ。ねえイリス、返事をしたところで同じことの繰り返しのような気がしない?」
アイリッシュを向いて、ライリアストは暢気にそう言った。
「そうねぇ。王妃と側妃は何をしているのかしら」
「いっそみんなで直接苦情を言いに行く?」
「そうねぇ。それが手っ取り早いかしら」
「留守は任せてくれ」
「ええ?みんなでって言ってるでしょ。エリアストもアリス嬢も行くんだよ」
「面倒だから嫌だ。父さんと母さんに任せておけば解決する」
「あら。アリスちゃんが狙われているのに、私たちに解決を任せるのね。わかったわ」
「すぐに用意する。エルシィ、大丈夫か?」
「あの、わたくし、正装を、持っておりません」
「ああ、そんなものいらないいらない。寧ろ出向いてやるだけ感謝してもらわないと」
勝手に進む話の中。ライリアストのシャツの胸元をゆるく編んだ紐の隙間から見えたペンダントトップ。そこに刻まれた家紋に、使者は青ざめた。
この国には、伝説のように語られる貴族がいる。滅多に表に出ることはないが、その姿を社交の場で見かけたら、国の転換期になる、と言われている。王族の入れ替わりを意味する、影の支配者。誰もが知っている、だが誰も実物を見たことのない家紋。
ディレイガルド家の家紋だった。
*~*~*~*~*
「王女は好きにして構わない。迷惑をかけた詫びは、近いうちに、必ずしよう」
王がそう言うと、王を含む王族が、揃って頭を下げた。
「王女の独断とは言え、婚約の打診が来ただけでも随分笑わせてもらったけどさあ」
誰も座っていない玉座へと、ライリアストは歩く。玉座の前に着くと、剣を振り下ろした。
「あんまり、笑わせないでよ」
玉座が真ん中から左右に倒れた。
「ね?」
声とは裏腹に、その目は険呑な光を宿していた。普段温厚に微笑んでいるだけに、酷く恐ろしい。
「その女のところに案内しろ」
エリアストの言葉に、王太子ディアンが前に出た。
「案内しよう。だが、出来れば、王女付きの者たちは、見逃して欲しい」
「逃げたいヤツは勝手に逃げろ。俺が用があるのは一人だけだ」
「怖いか、アリス」
エリアストの握る剣から、ピチャン、ピチャン、と赤い雫が滴り落ちる。足下には、血だまりに倒れる少女が一人。
「おまえと共にいるためなら、俺は国にも世界にも容赦はしない」
邪魔だと言わんばかりに、動かないその少女を蹴り飛ばす。何の抵抗もなく少女は床を転がり、壁にぶつかった。
「邪魔をする者は、消すだけだ」
もう、息をしていない少女は、王女だったモノ。
「怖いか、アリス」
「いいえ、エル様」
顔色を無くし、それでも気丈に振る舞うアリスに、エリアストは笑った。
「だが、ダメだ。おまえは、俺から逃げられない」
するりと頬を撫でる。
「俺から逃げたくなったら」
耳に吐息を注ぎ込む。
「俺を殺すしかない」
そっと、唇を塞ぐ。
「この、綺麗な手を、俺で汚すしかないんだ、アリス」
白い、小さな手に、くちづけた。
この愛執、ひどく甘美だと思わないか。
愛執【あいしゅう】
意:愛するものに心ひかれて心が自由にならないこと。
*おしまい*
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。
前作に引き続き、たくさんの方に読んでいただき、大変嬉しく思います。
もっと読みたい、こんな話が読みたい、とおっしゃってくださり、ありがとうございます。
もっと精進して、少しでもご期待に沿える作品をお届け出来たらと思います。
しっかり構想が出来ましたら、形にしていきたいです。
たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。
またお会い出来ることを願って。
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