74 / 82
ばんがいへん
愛執 最終話
何かが割れる音が響く。複数の声が、何かを叫んでいる。
「うるっさいっ!これが落ち着いていられますかっ」
王城の一室、王女の部屋は、大惨事となっていた。ガラスも花瓶も額縁も、割れるものの殆どが床に散乱している。ペンやインク壺など、手当たり次第投げたのだろう。壁もところどころへこみ、汚れていた。
「サーフィア様!どうか、どうか!」
飛んでくるものを避けたり当たったり、それでも侍女たちは、王女の蛮行を止めようと必死だ。
「エリアストはわたくしのものよ!わたくしの婚約打診を断っておきながら、どこの馬の骨ともしれない女と婚約ですって?!さっさとその女をここへ連れて来なさいっ!!」
*~*~*~*~*
「殺すぞ」
王都から遙々やって来た使者へ、エリアストがかけた言葉はそれだった。使者はガタガタと震え、縮こまる。
「まあまあ、エリアスト。ねえ、王女からの婚約は断ったよね?どうして干渉してくるのかなあ」
使者は、意味がわからなかった。王族が平民と婚約をしようとしたことも、平民が王族の婚約を断ったことも、常識では考えられないからだ。だが、何度か相対して思う。この一家は、本当にただの平民なのだろうかと。夫婦は穏やかそうだが、息子は抜き身の剣のようだ。だが、危険だとわかる分、まだいい。夫婦が曲者だ。本当に、穏やかな人物なのだろうか、と思う。今も主人のライリアストがにこにこと話をしているが、何か、首筋のところがゾワゾワするのだ。
「申し訳、ありません。王女殿下を、なかなかお止め出来なくて、不甲斐ないです。お手を煩わせて申し訳ありませんが、我々を助けると思って、返事を、いただけないでしょうか」
どんな返事でも構わない。務めは果たした、という体裁が欲しいだけだ。何度往復することになろうとも、王女を黙らせられない限り、覚悟の上だ。正直、王や王太子に話が出来ればきちんと諫めてくれるのだが、多忙故、なかなか時間がいただけない。お二人に話が行くまで、我儘に付き合うしかない。
「うーん、そうだなあ。ねえイリス、返事をしたところで同じことの繰り返しのような気がしない?」
アイリッシュを向いて、ライリアストは暢気にそう言った。
「そうねぇ。王妃と側妃は何をしているのかしら」
「いっそみんなで直接苦情を言いに行く?」
「そうねぇ。それが手っ取り早いかしら」
「留守は任せてくれ」
「ええ?みんなでって言ってるでしょ。エリアストもアリス嬢も行くんだよ」
「面倒だから嫌だ。父さんと母さんに任せておけば解決する」
「あら。アリスちゃんが狙われているのに、私たちに解決を任せるのね。わかったわ」
「すぐに用意する。エルシィ、大丈夫か?」
「あの、わたくし、正装を、持っておりません」
「ああ、そんなものいらないいらない。寧ろ出向いてやるだけ感謝してもらわないと」
勝手に進む話の中。ライリアストのシャツの胸元をゆるく編んだ紐の隙間から見えたペンダントトップ。そこに刻まれた家紋に、使者は青ざめた。
この国には、伝説のように語られる貴族がいる。滅多に表に出ることはないが、その姿を社交の場で見かけたら、国の転換期になる、と言われている。王族の入れ替わりを意味する、影の支配者。誰もが知っている、だが誰も実物を見たことのない家紋。
ディレイガルド家の家紋だった。
*~*~*~*~*
「王女は好きにして構わない。迷惑をかけた詫びは、近いうちに、必ずしよう」
王がそう言うと、王を含む王族が、揃って頭を下げた。
「王女の独断とは言え、婚約の打診が来ただけでも随分笑わせてもらったけどさあ」
誰も座っていない玉座へと、ライリアストは歩く。玉座の前に着くと、剣を振り下ろした。
「あんまり、笑わせないでよ」
玉座が真ん中から左右に倒れた。
「ね?」
声とは裏腹に、その目は険呑な光を宿していた。普段温厚に微笑んでいるだけに、酷く恐ろしい。
「その女のところに案内しろ」
エリアストの言葉に、王太子ディアンが前に出た。
「案内しよう。だが、出来れば、王女付きの者たちは、見逃して欲しい」
「逃げたいヤツは勝手に逃げろ。俺が用があるのは一人だけだ」
「怖いか、アリス」
エリアストの握る剣から、ピチャン、ピチャン、と赤い雫が滴り落ちる。足下には、血だまりに倒れる少女が一人。
「おまえと共にいるためなら、俺は国にも世界にも容赦はしない」
邪魔だと言わんばかりに、動かないその少女を蹴り飛ばす。何の抵抗もなく少女は床を転がり、壁にぶつかった。
「邪魔をする者は、消すだけだ」
もう、息をしていない少女は、王女だったモノ。
「怖いか、アリス」
「いいえ、エル様」
顔色を無くし、それでも気丈に振る舞うアリスに、エリアストは笑った。
「だが、ダメだ。おまえは、俺から逃げられない」
するりと頬を撫でる。
「俺から逃げたくなったら」
耳に吐息を注ぎ込む。
「俺を殺すしかない」
そっと、唇を塞ぐ。
「この、綺麗な手を、俺で汚すしかないんだ、アリス」
白い、小さな手に、くちづけた。
この愛執、ひどく甘美だと思わないか。
愛執【あいしゅう】
意:愛するものに心ひかれて心が自由にならないこと。
*おしまい*
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。
前作に引き続き、たくさんの方に読んでいただき、大変嬉しく思います。
もっと読みたい、こんな話が読みたい、とおっしゃってくださり、ありがとうございます。
もっと精進して、少しでもご期待に沿える作品をお届け出来たらと思います。
しっかり構想が出来ましたら、形にしていきたいです。
たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。
またお会い出来ることを願って。
「うるっさいっ!これが落ち着いていられますかっ」
王城の一室、王女の部屋は、大惨事となっていた。ガラスも花瓶も額縁も、割れるものの殆どが床に散乱している。ペンやインク壺など、手当たり次第投げたのだろう。壁もところどころへこみ、汚れていた。
「サーフィア様!どうか、どうか!」
飛んでくるものを避けたり当たったり、それでも侍女たちは、王女の蛮行を止めようと必死だ。
「エリアストはわたくしのものよ!わたくしの婚約打診を断っておきながら、どこの馬の骨ともしれない女と婚約ですって?!さっさとその女をここへ連れて来なさいっ!!」
*~*~*~*~*
「殺すぞ」
王都から遙々やって来た使者へ、エリアストがかけた言葉はそれだった。使者はガタガタと震え、縮こまる。
「まあまあ、エリアスト。ねえ、王女からの婚約は断ったよね?どうして干渉してくるのかなあ」
使者は、意味がわからなかった。王族が平民と婚約をしようとしたことも、平民が王族の婚約を断ったことも、常識では考えられないからだ。だが、何度か相対して思う。この一家は、本当にただの平民なのだろうかと。夫婦は穏やかそうだが、息子は抜き身の剣のようだ。だが、危険だとわかる分、まだいい。夫婦が曲者だ。本当に、穏やかな人物なのだろうか、と思う。今も主人のライリアストがにこにこと話をしているが、何か、首筋のところがゾワゾワするのだ。
「申し訳、ありません。王女殿下を、なかなかお止め出来なくて、不甲斐ないです。お手を煩わせて申し訳ありませんが、我々を助けると思って、返事を、いただけないでしょうか」
どんな返事でも構わない。務めは果たした、という体裁が欲しいだけだ。何度往復することになろうとも、王女を黙らせられない限り、覚悟の上だ。正直、王や王太子に話が出来ればきちんと諫めてくれるのだが、多忙故、なかなか時間がいただけない。お二人に話が行くまで、我儘に付き合うしかない。
「うーん、そうだなあ。ねえイリス、返事をしたところで同じことの繰り返しのような気がしない?」
アイリッシュを向いて、ライリアストは暢気にそう言った。
「そうねぇ。王妃と側妃は何をしているのかしら」
「いっそみんなで直接苦情を言いに行く?」
「そうねぇ。それが手っ取り早いかしら」
「留守は任せてくれ」
「ええ?みんなでって言ってるでしょ。エリアストもアリス嬢も行くんだよ」
「面倒だから嫌だ。父さんと母さんに任せておけば解決する」
「あら。アリスちゃんが狙われているのに、私たちに解決を任せるのね。わかったわ」
「すぐに用意する。エルシィ、大丈夫か?」
「あの、わたくし、正装を、持っておりません」
「ああ、そんなものいらないいらない。寧ろ出向いてやるだけ感謝してもらわないと」
勝手に進む話の中。ライリアストのシャツの胸元をゆるく編んだ紐の隙間から見えたペンダントトップ。そこに刻まれた家紋に、使者は青ざめた。
この国には、伝説のように語られる貴族がいる。滅多に表に出ることはないが、その姿を社交の場で見かけたら、国の転換期になる、と言われている。王族の入れ替わりを意味する、影の支配者。誰もが知っている、だが誰も実物を見たことのない家紋。
ディレイガルド家の家紋だった。
*~*~*~*~*
「王女は好きにして構わない。迷惑をかけた詫びは、近いうちに、必ずしよう」
王がそう言うと、王を含む王族が、揃って頭を下げた。
「王女の独断とは言え、婚約の打診が来ただけでも随分笑わせてもらったけどさあ」
誰も座っていない玉座へと、ライリアストは歩く。玉座の前に着くと、剣を振り下ろした。
「あんまり、笑わせないでよ」
玉座が真ん中から左右に倒れた。
「ね?」
声とは裏腹に、その目は険呑な光を宿していた。普段温厚に微笑んでいるだけに、酷く恐ろしい。
「その女のところに案内しろ」
エリアストの言葉に、王太子ディアンが前に出た。
「案内しよう。だが、出来れば、王女付きの者たちは、見逃して欲しい」
「逃げたいヤツは勝手に逃げろ。俺が用があるのは一人だけだ」
「怖いか、アリス」
エリアストの握る剣から、ピチャン、ピチャン、と赤い雫が滴り落ちる。足下には、血だまりに倒れる少女が一人。
「おまえと共にいるためなら、俺は国にも世界にも容赦はしない」
邪魔だと言わんばかりに、動かないその少女を蹴り飛ばす。何の抵抗もなく少女は床を転がり、壁にぶつかった。
「邪魔をする者は、消すだけだ」
もう、息をしていない少女は、王女だったモノ。
「怖いか、アリス」
「いいえ、エル様」
顔色を無くし、それでも気丈に振る舞うアリスに、エリアストは笑った。
「だが、ダメだ。おまえは、俺から逃げられない」
するりと頬を撫でる。
「俺から逃げたくなったら」
耳に吐息を注ぎ込む。
「俺を殺すしかない」
そっと、唇を塞ぐ。
「この、綺麗な手を、俺で汚すしかないんだ、アリス」
白い、小さな手に、くちづけた。
この愛執、ひどく甘美だと思わないか。
愛執【あいしゅう】
意:愛するものに心ひかれて心が自由にならないこと。
*おしまい*
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。
前作に引き続き、たくさんの方に読んでいただき、大変嬉しく思います。
もっと読みたい、こんな話が読みたい、とおっしゃってくださり、ありがとうございます。
もっと精進して、少しでもご期待に沿える作品をお届け出来たらと思います。
しっかり構想が出来ましたら、形にしていきたいです。
たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。
またお会い出来ることを願って。
あなたにおすすめの小説
【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました
恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」
交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。
でも、彼は悲しむどころか、見たこともない
暗い瞳で私を追い詰めた。
「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」
私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、
隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています
白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。
呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。
初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。
「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!