美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん

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ばんがいへん

氷結の永遠

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 お気に入り登録200になっていて嬉しい!ので、記念に一話、書いてみました。
 本当にありがとうございます。


*∽*∽*∽*∽*


 「人間がこのようなところへ。何用ですか」
 真珠のように真っ白な髪に、魔物の証である深紅の瞳。そして、深い深い、優しい声。男は魔物との出会いに、時が止まったように思った。

*~*~*~*~*

 男は、何もかもがつまらなかった。
 男はとても美しかった。この世のものとは思えないほどに。性別問わず秋波を送られるが、男は気付かない。自分の美しさも、周囲の目も、何もかもどうでもよかった。そんな男に、両親が言った。
 何か、おまえが夢中になれるものがあるかもしれない。
 そう言われ、男は旅に出た。
 たくさんのものを見た。たくさんのことを知った。
 けれど、どれにも心は動かなかった。
 ある日、噂を聞いた。
 “遠い遠い北の大地。すべてが凍ったその場所に、冬の魔物がいるらしい。”
 たくさんの魔物も見てきたが、冬の魔物とは一体どういうものなのだろう。男は遠い遠い、北の大地を目指した。


 白銀の世界。空気さえも凍り、キラキラと輝いている。樹氷の森を歩く。生き物の気配がない。耳にするのは、男自身の足音だけ。
 どのくらい歩いただろう。
 すべてが眠るこの世界で、何か、動くものを捉えた気がした。
 男はそれを確かめようと、そちらへ足を急がせる。
 真っ白な、人がいた。
 真っ白な髪に、真っ白な服を纏うもの。人ではないことは、明らかだった。薄い布一枚で、この気温に耐えられるはずがないのだから。
 「おまえが、冬の魔物か」
 男は、白い後ろ姿に声をかけた。白いものが、ゆっくりと男を振り返った。
 真珠のように真っ白な髪に、魔物の証である深紅の瞳。
 「人間がこのようなところへ。何用ですか」
 男は言葉を失った。
 色のない魔物の中にある、鮮烈な赤に目を奪われる。そして何より、その声に強く惹かれた。
 言葉が出ない男に構うことなく、冬の魔物は言った。
 「すべてが凍りつくこの世界。早くお帰りなさい。あなたも凍りついてしまう前に」
 行ってしまう。そう思い、男は、
 「待ってくれ」
 咄嗟に冬の魔物の手首を掴む。途端に魔物が悲鳴を上げた。驚いて手を離すと、冬の魔物は掴まれた手を自身の胸元に引き寄せた。その手首からは、水蒸気のようなものが上がっている。
 「わたくし、には、熱は、毒と同じ」
 荒い呼吸で冬の魔物は言った。
 「人間の、体温は、灼熱に、炙られると、同じ」
 立ち上る水蒸気が、瞬時に凍ってキラキラと幻想的に輝く。そんな場合ではないことはわかっているが、男はその幻想的な光景に目を奪われる。
 「わたくしを、討伐に、来たのですか」
 その言葉に、男は我に返る。
 「違う、すまない。知らなかったとは言え、本当に、すまない」
 男は焦って彼女から少し距離をとる。分厚い手袋越しの熱でさえ、彼女をむしばむ毒となる。あまり近付くことさえ出来ない。
 「触れない。もう、おまえに、触れたりしないから」
 出来ないけれど。
 「共にいても、いいだろうか」


 彼女は拒んだ。けれど、男は彼女を見つめ続けた。彼女は折れる。彼女の体を蝕むことのない距離を保って、男は彼女の側にいた。
 「こんなにも温かいおまえが、冬の魔物とは。皮肉なものだ」
 「あたた、かい?わたくし、が?」
 「ああ。とても、とても温かい。おまえの心は」
 「エリアスト」
 男、エリアストは、柔らかく笑う。
 「いいな。何もかも、すべてが凍った世界。ひどく、美しいな、アリス」
 冬の魔物、アリスも、嬉しそうに微笑む。
 二人は、触れることの叶わぬまま、日々を過ごした。


 アリスは人ではないから、忘れていた。
 「エリアスト、死なないでください」
 人は、この世界で、長く生きられない。食べ物がなければ、死んでしまう。
 「おまえを置いて?死ぬわけがないだろう」
 フラリと、エリアストは倒れた。アリスは驚き、近付こうとするが、エリアストに止められる。
 「眠るだけだ。少し、眠ったら、また行こう」
 おまえが、綺麗でしょう、と教えてくれた、あの場所へ。
 エリアストは、少し、眠った。


 パチパチという音で、目が覚める。
 目の前には、火があった。少しぼんやりそれを眺めていたエリアストは、急速に意識が覚醒し、ガバリと勢いよく起き上がる。
 「アリスッ」
 氷の洞窟のような場所にいる。たき火の側には、木の実や果物が少し、置いてあった。
 アリスの姿は、ない。
 急ぎ洞窟から出ると、離れたところでうずくまるアリスを見つけた。
 嫌な予感がした。
 「アリス」
 エリアストの声に、アリスの肩が跳ねる。
 「エリアスト、来ないで、見ないで、ください」
 アリスを幻想的に包む、キラキラとした空気。
 エリアストが目覚めたときに置かれた環境を考えれば、何があったのか、容易にわかる。
 「なんて、無茶を…」
 言葉に詰まるエリアスト。持っていた食料が尽きるのはわかっていた。それでも離れ難くて、後回しにしてしまった自分の落ち度だ。まさか、こんな事態を招いてしまうとは。
 自分の愚かさに、吐き気がする。
 自分のせいで苦しむ、これほどまでに愛しい存在を、抱き締めることさえ叶わない。何てもどかしい。自分が痛むのなら、躊躇わずに抱き締めるのに。何て残酷なことだろう。
 エリアストは願う。
 頼む、アリスと同じ存在にしてくれ。
 信じてもいない神に。
 「愛している、アリス」
 触れることが叶わないなら、せめて。せめて言葉だけは。
 「エリアスト」
 アリスの泣きそうな声が、名を紡ぐ。
 「愛している、アリス。愛している、愛している、アリスッ」
 「わたくしも、あなたを愛しています」
 アリスは溶けかけた体をエリアストに向けた。懸命にその手を伸ばす。エリアストに近付くたびに、キラキラの粒子が増している。エリアストに近付くほど、指が薄くなっていく。それでもアリスは尚も近付く。エリアストは泣きそうになる顔を堪え、アリスの望む通りにさせた。エリアストに触れる寸前、アリスの意識はなくなった。
 ああ、あなたの熱を、感じたかった。


 目覚めると、凍った空気に遮られていた太陽が、薄ぼんやりと見えた。顔を横に向けると、心配そうに見つめている愛しい人。目が合うと、安堵の息を吐き、くしゃりと泣きそうに顔を歪ませた。
 エリアストの側に行きたくて起き上がると、違和感を覚えた。立ち上がり、全身を見回す。そして自身の手を握ったり開いたりと何度か確かめる。何より、凍てつく寒さがかなり和らいでいることで、確証を得た。
 「人間を愛したわたくしは、呪いを受けたのでしょう」
 冬の魔物である自分に適した環境が保たれていた。それが、薄れてきている。
 真珠のような真っ白な髪は、星空のような輝く黒髪へ。魔物の証であるルビーのような真っ赤な瞳は、明け方の空のような美しい紫色へと変貌を遂げていた。
 「美しいな、アリス」
 少しずつ近付きながら、エリアストは言った。
 「呪いを受けたこのような姿でもですか」
 「どんなおまえでも美しい」
 とろけるような笑顔が、アリスの鼓動をうるさくする。
 「アリス、呪いとは、姿が変わったことだけか」
 「永遠を失いました。わたくしに、時が流れるようになったのです」
 「魔物では、なくなったと」
 「はい」
 エリアストは手袋を外し、手を伸ばす。
 「触れても、いいか」
 アリスの手の側で、戸惑うように揺れている。
 「触れて、くださるのですか」
 「アリス」
 本当に、大丈夫だろうか。また、アリスを痛めてしまわないだろうか。
 恐る恐る、そっと指先に触れる。水蒸気は、上がらない。手を握る。大丈夫。
 「ああ、エリアスト。これが、あなたの温もりなのですね」
 エリアストが握る手に、アリスの空いた手が重なる。
 「温かい。温かいですね、エリアスト」
 アリスがエリアストの手に頬を寄せた。
 「これからは、あなたに触れて、いいのですね」
 「アリスッ」
 堪らずエリアストは抱き締めた。
 「愛しています、エリアスト。愛しています」
 「アリス、アリスッ。愛している、離さない、愛している、アリスッ」
 愛する人が、腕の中にいる喜び。この愛しい者に触れることを、恐れる必要はない。触れたかった。ずっとずっと、触れたかった。こうして抱き締め、腕の中に閉じ込めたかった。手を繋ぎ、くちづけを交わし、体のすべてをひとつにしたかった。
 ようやく、願いが叶う。
 触れることすら叶わなかった。それが、今、ようやく。
 「アリス」
 「エリアスト」
 今まで触れることが出来なかった分を取り戻すように、ふたりは互いを離さなかった。


*おしまい*

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本編ではあまり見られない、アリス側の献身的な部分を書いてみようと思いました。
本編のアリスも、自分の命を省みないほど、エル様命です。
また、お会い出来ることを願って。R5.9/3
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