73 / 82
ばんがいへん
愛執 4
しおりを挟む
アリスは、俺を選んだ。
記憶が戻っても、俺と共にいることを、自ら選んでいた。
全身を、歓喜が襲う。
それと同時に、手放されることを恐れていたことに、愛しいと思いつつ、無性に腹が立った。何をどうしたら手放せるのか、俺にはわからない。何がアリスにそう思わせたのか。どんなに自分の行動を振り返っても、手放せない要素しかないではないか。
言葉でも行動でも伝わらない。
ならば、体に教えるしかない。
「アリス」
意識を失う愛しい人の頭にくちづける。
やり過ぎたとは思わない。まだ足りない。まだまだこんなものでは、伝わらない。
アリスを抱き上げ、浴室へ向かう。全身を綺麗にし、ソファに横たえる。情事でぐちゃぐちゃのシーツを綺麗なものに取り替えると、アリスをそこに移す。
「アリス」
愛しい人の名を呼び、くちづける。
何度も何度も、くちづける。
「アリス」
どうすればいい。どうすれば伝わるのだろう、この想いは。
何がおまえを悩ませる。何がおまえを不安にさせる。
「アリスッ」
涙が落ちた。
エリアストの涙を受け、アリスが目覚める。
「えるさま」
酷い声だ。どれほど酷使したのだろう。エリアストが水を取ろうと動くと、それよりも早く、アリスの手がエリアストを抱き締めた。
「エル様」
アリスの唇が、エリアストの頭に落ちる。
「エル様」
額に、頬に、くちづける。
「エル様」
瞼に、くちづける。
「アリス」
「エル様」
唇が、重なった。
この手を、離さないで。
わたくしは、いつからか記憶を少しずつ取り戻しておりました。婚約者がいたことも、思い出したのです。隣国の第三王子様です。手紙のやり取りや、年に片手で充分足りるくらいの顔合わせだけでしたが、とてもお人柄の良い方だとわかりました。体に触れてくる方もいると伺っておりましたが、殿下は決してそのようなことはなさらず、適切な距離を保ってくださる紳士でした。穏やかな家庭が築けると、嬉しく思っておりました。
そんなある日、外交の帰りのことです。それは、本当に一瞬でした。護衛の方たちもどうすることも出来ないほど、規模の大きな落石。
わたくしは馬車から投げ出され、幸運にも、被害のない場所へ倒れていたのです。それを見つけてくださったのが、エル様でした。
目覚めて初めてエル様を見たとき、天使様かと思いました。とても美しい、これほど美しい人が、この世にいるとは思えなかったのです。けれど、その天使様は、あろうことかわたくしの手にくちづけ、わたくしを欲しいと、仰ったのです。記憶がなくても、それは不要だと、エル様のことだけ覚えていれば良いと、唇を、重ねたのです。体に触れるどころではありません。それなのに、確かにわたくしは、喜びに全身が包まれたのです。
街で恐ろしい目に遭ったときも、エル様がすぐに駆けつけてくださいました。わたくしの手を、耳を、遠慮なく、それも、公の場で、その唇で、舌で、恐怖を、羞恥へ、喜びへと、変えてくださいました。
殿下がいらっしゃったときは、とても驚きました。けれど、わたくしの心は、最初から殿下にはなかったのだと気付いてしまっておりました。エル様と出会って、わかってしまったのです。殿下への愛は、家族への親愛。
その手を取ることは、出来ません。
エル様への熱を知ってしまった以上、もう、戻れない。
縋るようにエル様の上着を掴むと、エル様がその手を力強く握ってくださいました。
この手を、離さないで。
ずっと、永遠に、離さないで。
離すというなら、いっそ……。
わたくしには、何もない。
エル様への愛しか、持っておりません。
わたくしは、アリス。
エル様がくださった人生が、すべてなのです。
名を呼び合い、抱き締め合う。
どのくらいそうしていただろう。エリアストが動いた。
「エルシィ、体はつらくないか」
「あの、う、動けません」
「そうか。俺がいないと何も出来ないように、この手足の腱を切ってしまおうか」
アリスの左足を持ち上げ、その足首を舐める。アリスはふるりと体を震わせた。
「そうしたら、エル様と、ずっと一緒に、いられますか」
エリアストは目を見開く。そして、アリスの両頬を片手で掴む。
「何が、何がおまえを不安にさせている。俺の何が足りない。何が悪い。どうすれば、おまえは俺が、おまえを手放せないと、理解するんだ」
ギリ、と掴む手に力が入る。
「エル様ではありません。わたくしが、足りないのです。わたくしが、エル様に、届かない」
アリスは苦しそうに、そう言った。
「わたくしには、何も、ありません。何も」
アリスの目から、涙が零れた。
「エル様への愛しか、持っていないのです」
エリアストの頬を掴む手が離れ、今度は両手がそっと頬を包む。
「それ以外、何がいる」
至近距離で見つめあう。
「俺も、おまえへの愛しかない、アリス」
流れる涙にくちづける。
「いいだろう、アリス。おまえを手放せないと、一生を懸けて証明してやる」
獰猛な目がギラギラと光る。
「悩みも不安も、すべて無駄だったと思い知れ」
噛みつくように、唇を塞いだ。
*最終話へつづく*
記憶が戻っても、俺と共にいることを、自ら選んでいた。
全身を、歓喜が襲う。
それと同時に、手放されることを恐れていたことに、愛しいと思いつつ、無性に腹が立った。何をどうしたら手放せるのか、俺にはわからない。何がアリスにそう思わせたのか。どんなに自分の行動を振り返っても、手放せない要素しかないではないか。
言葉でも行動でも伝わらない。
ならば、体に教えるしかない。
「アリス」
意識を失う愛しい人の頭にくちづける。
やり過ぎたとは思わない。まだ足りない。まだまだこんなものでは、伝わらない。
アリスを抱き上げ、浴室へ向かう。全身を綺麗にし、ソファに横たえる。情事でぐちゃぐちゃのシーツを綺麗なものに取り替えると、アリスをそこに移す。
「アリス」
愛しい人の名を呼び、くちづける。
何度も何度も、くちづける。
「アリス」
どうすればいい。どうすれば伝わるのだろう、この想いは。
何がおまえを悩ませる。何がおまえを不安にさせる。
「アリスッ」
涙が落ちた。
エリアストの涙を受け、アリスが目覚める。
「えるさま」
酷い声だ。どれほど酷使したのだろう。エリアストが水を取ろうと動くと、それよりも早く、アリスの手がエリアストを抱き締めた。
「エル様」
アリスの唇が、エリアストの頭に落ちる。
「エル様」
額に、頬に、くちづける。
「エル様」
瞼に、くちづける。
「アリス」
「エル様」
唇が、重なった。
この手を、離さないで。
わたくしは、いつからか記憶を少しずつ取り戻しておりました。婚約者がいたことも、思い出したのです。隣国の第三王子様です。手紙のやり取りや、年に片手で充分足りるくらいの顔合わせだけでしたが、とてもお人柄の良い方だとわかりました。体に触れてくる方もいると伺っておりましたが、殿下は決してそのようなことはなさらず、適切な距離を保ってくださる紳士でした。穏やかな家庭が築けると、嬉しく思っておりました。
そんなある日、外交の帰りのことです。それは、本当に一瞬でした。護衛の方たちもどうすることも出来ないほど、規模の大きな落石。
わたくしは馬車から投げ出され、幸運にも、被害のない場所へ倒れていたのです。それを見つけてくださったのが、エル様でした。
目覚めて初めてエル様を見たとき、天使様かと思いました。とても美しい、これほど美しい人が、この世にいるとは思えなかったのです。けれど、その天使様は、あろうことかわたくしの手にくちづけ、わたくしを欲しいと、仰ったのです。記憶がなくても、それは不要だと、エル様のことだけ覚えていれば良いと、唇を、重ねたのです。体に触れるどころではありません。それなのに、確かにわたくしは、喜びに全身が包まれたのです。
街で恐ろしい目に遭ったときも、エル様がすぐに駆けつけてくださいました。わたくしの手を、耳を、遠慮なく、それも、公の場で、その唇で、舌で、恐怖を、羞恥へ、喜びへと、変えてくださいました。
殿下がいらっしゃったときは、とても驚きました。けれど、わたくしの心は、最初から殿下にはなかったのだと気付いてしまっておりました。エル様と出会って、わかってしまったのです。殿下への愛は、家族への親愛。
その手を取ることは、出来ません。
エル様への熱を知ってしまった以上、もう、戻れない。
縋るようにエル様の上着を掴むと、エル様がその手を力強く握ってくださいました。
この手を、離さないで。
ずっと、永遠に、離さないで。
離すというなら、いっそ……。
わたくしには、何もない。
エル様への愛しか、持っておりません。
わたくしは、アリス。
エル様がくださった人生が、すべてなのです。
名を呼び合い、抱き締め合う。
どのくらいそうしていただろう。エリアストが動いた。
「エルシィ、体はつらくないか」
「あの、う、動けません」
「そうか。俺がいないと何も出来ないように、この手足の腱を切ってしまおうか」
アリスの左足を持ち上げ、その足首を舐める。アリスはふるりと体を震わせた。
「そうしたら、エル様と、ずっと一緒に、いられますか」
エリアストは目を見開く。そして、アリスの両頬を片手で掴む。
「何が、何がおまえを不安にさせている。俺の何が足りない。何が悪い。どうすれば、おまえは俺が、おまえを手放せないと、理解するんだ」
ギリ、と掴む手に力が入る。
「エル様ではありません。わたくしが、足りないのです。わたくしが、エル様に、届かない」
アリスは苦しそうに、そう言った。
「わたくしには、何も、ありません。何も」
アリスの目から、涙が零れた。
「エル様への愛しか、持っていないのです」
エリアストの頬を掴む手が離れ、今度は両手がそっと頬を包む。
「それ以外、何がいる」
至近距離で見つめあう。
「俺も、おまえへの愛しかない、アリス」
流れる涙にくちづける。
「いいだろう、アリス。おまえを手放せないと、一生を懸けて証明してやる」
獰猛な目がギラギラと光る。
「悩みも不安も、すべて無駄だったと思い知れ」
噛みつくように、唇を塞いだ。
*最終話へつづく*
54
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています
白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。
呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。
初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。
「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる