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ばんがいへん
愛執 3
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「姫?」
エリアストと馬に乗っているアリスの姿を見た男が、そう呟いた。
男が訪ねてきた。
「私が探している人が、こちらに入っていくのを見たのです。どうか、どうか会わせてくださいませんか」
隣国の第三王子、ヨシュア。王家の紋を見せ、アリスはまた別の隣国の姫君であり、ヨシュアの婚約者だという。随分身なりが良かった上に、所作や言葉遣いから、もしやとは思っていた。アイリッシュは頭を押さえる。
その時、丁度着替えを終えたエリアストとアリスが部屋から出て来た。
アリスの姿を見たヨシュアは、思わず叫んだ。
「姫!」
エリアストが、ゆっくりヨシュアを見る。アリスを背に庇う。
「誰だ、貴様」
エリアストの恐ろしいほどの美貌が、怒気を孕んだ。噂以上の美貌に声を失うが、すぐにハッとする。
「不躾に失礼しました。私は隣国カラフストの第三王子ヨシュア。その、後ろにいる女性は、」
アリスの話になり、エリアストはピクリと眉を動かした。
「アリスに何の用だ」
絶対零度の目が、鋭く睨む。
「アリス?いいえ、その方は」
「やめてっ」
アリスがエリアストの背中から飛び出して、大きな声を出す。エリアストもヨシュアも驚きを隠せない。
「わ、わたくし、は、アリス、です」
またエリアストの背中に隠れるように、震える声で、そう言った。アリスの手は、エリアストの上着の裾を、指が白くなるほど強く握っていた。エリアストはその手を包むと、強く握り締めた。
「人違いだな。お引き取りを」
「しかしっ」
ヨシュアはそこで言葉を切った。エリアストの凍てつく視線に、言葉を失う。
少しして、ヨシュアは重い息を吐いた。
「そう、ですね。人違い、でした」
ヨシュアは、悲しそうにアリスを見つめた。
「私の、愛する人に、とても、とても、よく、似ていたものですから」
悲しく微笑む。
「騒がせてしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げた。
玄関を出るとき、ヨシュアは振り返った。
「何か、困ったことがあれば、いつでも訪ねてください。きっと、お力になれましょう」
エリアストを真っ直ぐ見つめて、そう言った。エリアストは、ただ冷たい視線を向けるだけだった。
「よろしいのですか」
側近の言葉に、ヨシュアは窓の外、愛しい彼女がいる邸を見つめながら言った。
「彼がいなかったら、彼女は儚くなっていた。それを、生きているからと、横から攫うことは出来ないよ」
事故の報せを聞いたヨシュアは、急ぎ駆けつけようとするが、周りに止められる。大きな事故で、すべて掘り出すのに二週間はかかると言われた。そんなに待てないと、ヨシュアは制止を振り切り飛び出した。
現場で一緒に作業をしながら、人を見つける度に一喜一憂した。彼女ではないことの安堵と、見つからない焦燥。そしてすべての作業を終えて、ヨシュアは確信する。彼女はここにはいなかった。どこかで生きている。
この国に入って、エリアストの噂話を聞かない日はなかった。その噂の中に、気になる話が混じっていた。ヨシュアは一縷の望みをかけて、エリアストの住む都に向かう。都に入ったら噂はより凄い。エリアストの足跡を辿ることは簡単だった。誰も彼もが彼に注目するからだ。最近、大怪我をした少女を医者に担ぎ込んだことも、回復した少女が街で絡まれ、絡んだ者への容赦ない仕打ちも。
冷酷な彼が、執する少女。
ああ、彼女だ。
「殿下」
気遣うような側近の声に、ヨシュアは苦笑する。
「彼女は、アリス嬢。私の婚約者であった姫は、あの事故で、儚くなったんだよ」
「殿下」
窓に映るヨシュアの頬に流れたものを、側近は見ないふりをした。
「いつからだ」
何かを抑え込むように、エリアストは聞いた。
「いつから、記憶が戻っていた」
いつ、とは明確に答えられない。きっかけはない。エリアストと過ごしていく中で、少しずつ思い出していったのだ。
俯き、震える声で、アリスは言った。
「わたくしは、アリスです」
少しだけ顔を上げて、チラ、とエリアストを見る。
「え、エル様、だけを、覚えていれば良いと、仰ったでは、ありませんか」
エリアストは目を瞠る。
「エル様が、そう、仰ったでは、ありませんか」
アリスの目から、涙が零れた。
「記憶が、戻ったと、知ったら、エル様が、わたくしを、手放すのではないかと、怖かったのです」
最初は、記憶がない故に追い出されるかと思った。だが、エリアストはそんなことに頓着しない。共にいればいるほど、エリアストの優しさに気付く。言葉も態度も冷たく見える。そう、見えるだけ。どうしようもなく、惹かれる。
そんな彼だから。とてもとても優しい人だから。記憶が戻ったら、婚約者がいたと知ったら。
婚約者の下へ帰れ、と言われたら。
「アリス」
低く、冷たい声。
「俺は、間違えたようだ」
エリアストの左手に、短剣が握られた。
「俺がおまえを手放す?はっ」
鼻で笑う。
「なあ、アリス。どうやったらおまえを手放せるか教えてくれ」
エリアストの右手が、ゆるゆると頬を撫でる。
「おまえがどんな無理難題を言ったところで、俺はすべて叶える」
「エル、様」
「おまえが俺をいらないと言うなら、俺を殺して構わない」
「っ」
「おまえに殺されることすら、俺には褒美だ」
耳元で囁かれ、アリスは全身を震わせた。
「結婚するまではと、珍しく我慢をしてやったというのに」
短剣をクルクルと弄ぶ。
「いらん我慢だったようだな、アリス」
獰猛な目が、欲に濡れた。
「なあ、アリス。どうやってもおまえを手放せないと、教えてやろう」
持っていた短剣が、服を切り裂いた。
*4へつづく*
冷酷な彼が、執する少女。
この一文は、執着する、ではなく、執する、で間違いないです。
あしからず。
エリアストと馬に乗っているアリスの姿を見た男が、そう呟いた。
男が訪ねてきた。
「私が探している人が、こちらに入っていくのを見たのです。どうか、どうか会わせてくださいませんか」
隣国の第三王子、ヨシュア。王家の紋を見せ、アリスはまた別の隣国の姫君であり、ヨシュアの婚約者だという。随分身なりが良かった上に、所作や言葉遣いから、もしやとは思っていた。アイリッシュは頭を押さえる。
その時、丁度着替えを終えたエリアストとアリスが部屋から出て来た。
アリスの姿を見たヨシュアは、思わず叫んだ。
「姫!」
エリアストが、ゆっくりヨシュアを見る。アリスを背に庇う。
「誰だ、貴様」
エリアストの恐ろしいほどの美貌が、怒気を孕んだ。噂以上の美貌に声を失うが、すぐにハッとする。
「不躾に失礼しました。私は隣国カラフストの第三王子ヨシュア。その、後ろにいる女性は、」
アリスの話になり、エリアストはピクリと眉を動かした。
「アリスに何の用だ」
絶対零度の目が、鋭く睨む。
「アリス?いいえ、その方は」
「やめてっ」
アリスがエリアストの背中から飛び出して、大きな声を出す。エリアストもヨシュアも驚きを隠せない。
「わ、わたくし、は、アリス、です」
またエリアストの背中に隠れるように、震える声で、そう言った。アリスの手は、エリアストの上着の裾を、指が白くなるほど強く握っていた。エリアストはその手を包むと、強く握り締めた。
「人違いだな。お引き取りを」
「しかしっ」
ヨシュアはそこで言葉を切った。エリアストの凍てつく視線に、言葉を失う。
少しして、ヨシュアは重い息を吐いた。
「そう、ですね。人違い、でした」
ヨシュアは、悲しそうにアリスを見つめた。
「私の、愛する人に、とても、とても、よく、似ていたものですから」
悲しく微笑む。
「騒がせてしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げた。
玄関を出るとき、ヨシュアは振り返った。
「何か、困ったことがあれば、いつでも訪ねてください。きっと、お力になれましょう」
エリアストを真っ直ぐ見つめて、そう言った。エリアストは、ただ冷たい視線を向けるだけだった。
「よろしいのですか」
側近の言葉に、ヨシュアは窓の外、愛しい彼女がいる邸を見つめながら言った。
「彼がいなかったら、彼女は儚くなっていた。それを、生きているからと、横から攫うことは出来ないよ」
事故の報せを聞いたヨシュアは、急ぎ駆けつけようとするが、周りに止められる。大きな事故で、すべて掘り出すのに二週間はかかると言われた。そんなに待てないと、ヨシュアは制止を振り切り飛び出した。
現場で一緒に作業をしながら、人を見つける度に一喜一憂した。彼女ではないことの安堵と、見つからない焦燥。そしてすべての作業を終えて、ヨシュアは確信する。彼女はここにはいなかった。どこかで生きている。
この国に入って、エリアストの噂話を聞かない日はなかった。その噂の中に、気になる話が混じっていた。ヨシュアは一縷の望みをかけて、エリアストの住む都に向かう。都に入ったら噂はより凄い。エリアストの足跡を辿ることは簡単だった。誰も彼もが彼に注目するからだ。最近、大怪我をした少女を医者に担ぎ込んだことも、回復した少女が街で絡まれ、絡んだ者への容赦ない仕打ちも。
冷酷な彼が、執する少女。
ああ、彼女だ。
「殿下」
気遣うような側近の声に、ヨシュアは苦笑する。
「彼女は、アリス嬢。私の婚約者であった姫は、あの事故で、儚くなったんだよ」
「殿下」
窓に映るヨシュアの頬に流れたものを、側近は見ないふりをした。
「いつからだ」
何かを抑え込むように、エリアストは聞いた。
「いつから、記憶が戻っていた」
いつ、とは明確に答えられない。きっかけはない。エリアストと過ごしていく中で、少しずつ思い出していったのだ。
俯き、震える声で、アリスは言った。
「わたくしは、アリスです」
少しだけ顔を上げて、チラ、とエリアストを見る。
「え、エル様、だけを、覚えていれば良いと、仰ったでは、ありませんか」
エリアストは目を瞠る。
「エル様が、そう、仰ったでは、ありませんか」
アリスの目から、涙が零れた。
「記憶が、戻ったと、知ったら、エル様が、わたくしを、手放すのではないかと、怖かったのです」
最初は、記憶がない故に追い出されるかと思った。だが、エリアストはそんなことに頓着しない。共にいればいるほど、エリアストの優しさに気付く。言葉も態度も冷たく見える。そう、見えるだけ。どうしようもなく、惹かれる。
そんな彼だから。とてもとても優しい人だから。記憶が戻ったら、婚約者がいたと知ったら。
婚約者の下へ帰れ、と言われたら。
「アリス」
低く、冷たい声。
「俺は、間違えたようだ」
エリアストの左手に、短剣が握られた。
「俺がおまえを手放す?はっ」
鼻で笑う。
「なあ、アリス。どうやったらおまえを手放せるか教えてくれ」
エリアストの右手が、ゆるゆると頬を撫でる。
「おまえがどんな無理難題を言ったところで、俺はすべて叶える」
「エル、様」
「おまえが俺をいらないと言うなら、俺を殺して構わない」
「っ」
「おまえに殺されることすら、俺には褒美だ」
耳元で囁かれ、アリスは全身を震わせた。
「結婚するまではと、珍しく我慢をしてやったというのに」
短剣をクルクルと弄ぶ。
「いらん我慢だったようだな、アリス」
獰猛な目が、欲に濡れた。
「なあ、アリス。どうやってもおまえを手放せないと、教えてやろう」
持っていた短剣が、服を切り裂いた。
*4へつづく*
冷酷な彼が、執する少女。
この一文は、執着する、ではなく、執する、で間違いないです。
あしからず。
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