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 兄が、明日まで、時間をくれと言った。その、約束の日の夜。
 門に出て待っていた。兄が影艶を連れて来てくれると、確信していた。
 「影艶かげつや、影艶」
 兄が、やっぱり影艶を連れて来てくれた。四日ぶりの影艶。その姿を見るだけで、ひどく心が安らぐ。
 でも、影艶、目を合わせてくれない。
 どうしようもなく不安になる。
 胸が、痛い。
 怖い。
 私を否定する言葉が、影艶から零れたら。
 堰を切ったように、涙が溢れる。
 「ごべんだざい、がげづや、ごべんだざい。いいごに、だるがら(ごめんなさい、影艶、ごめんなさい。いい子に、なるから)」
 両手で顔を覆う。膝から崩れ落ちるようにひざまずき、そのまま地面にうずくまる。まともに言葉が出てこない。
 「ぎらいに、だらだいれぇ(嫌いに、ならないでえ)」
 情けなくも、泣いて縋るしか出来ない私を、影艶が全身で包んでくれた。
 「すまない、すまない、真白。泣くな、真白、泣かないでくれ」
 嫌じゃないの?嫌いになったんじゃないの?
 「ゔあぁ、あううぅぅ」
 影艶の感触が優しくて、涙が止まらない。
 「真白、真白、頼む、泣くな、真白」
 影艶が、泣きそうに言う。
 「ううぅ、が、がげ、づやあ、ごべん、だざい、ごべんだざいぃ」
 とにかくどこにも行って欲しくなくて、首元の毛を掴む。
 「真白、違う、違うんだ、真白、真白」
 何を言っているか不明瞭なはずなのに、影艶が懸命に応えてくれる。
 「真白、すまない。泣かないで、お願いだ、泣かないでくれ、真白」
 影艶が、ひどく動揺している。私の涙を止めようと、全身で私を慰める。それでも、どうしても泣き止まない私に。
 「真白。愛している」
 驚いて顔を上げる。
 今、何て言ったの? 
 「愛している、真白」
 愛?私を?ホントに?じゃあ、どうして、いなくなったの?
 「私は人ではないから。真白は、人と、幸せに生きるべきだと、思ったから」
 そう言って、影艶が涙を舐めとってくれる。
 なんだよ、それ。なんで影艶のままじゃダメなんだよ。そんなことで私から離れるのかよ。影艶が狼だって知ってるよ。わかってて一緒にいてくれって言ったじゃないか。狼の姿だと何が悪いんだよ。だったら。
 「ぞでだだ、がげづやが、人にだれば、いいだだいがあ(それなら、影艶が、人になれば、いいじゃないかあ)」
 そうだよ。影艶が人になってよ。どうしても無理なら、私が狼になるから。
 そんな私の無茶振りな言葉に、影艶の動きが止まる。
 「私が、人になっても、いいのか?」
 なれるの?
 「がげづやだら、だんでぼいい(影艶なら、何でもいい)」
 影艶が言葉を話せるようになった時みたいに、今度は影艶の全身がキラキラと光の粒子を纏う。
 なんて、綺麗。
 真っ白な髪が、真珠の艶を纏っている。鍛えられたしなやかな体は美しく、見上げるほどその背は高い。切れ長の金色の目が、嬉しそうに細められ、私を見つめた。
 人になった影艶の手が、私の頬に優しく触れる。嬉しくて頬をすり寄せると、頬を舐められて、顔中にキスの雨を降らせてくれた。
 「真白、愛している。もう離さない」
 美しい人の姿になった影艶は、そう言って私を抱き締めてくれた。


*つづく*
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