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夢幻の住人編
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あの手の人間は、自分の世界を生きている。
言葉が通じず、どこまでも都合のいい世界を見ている。
アリスの名を呼んだだけでも万死に値するのだが、とにかくアリスをあれ以上あの場にいさせたくなかった。ビゲッシュ家次男は、何にもならない。何の価値もない。だからアレのことは、一旦護衛に任せることにした。少しでも早く、あんなところからアリスを連れ出したかった。
「私は何という愚か者なのだ」
帰りの馬車で、エリアストはアリスをずっと抱き締めていた。
「考えればいや、考えなくともわかることだった」
これほどまでに愛らしいのだ。どこでどんな輩に目をつけられるかわからない。夜は本当なら外になど出したくはない。だが、アリスの立場を考え、自分が一緒のときならばと、アリスの友人が開く夜会やパーティーに出席することもあった。それが間違いであった。アリスを極力人の目に触れさせない。これからは、本当に必要最低限でいい。アリスであれば、社交はより厳選した昼間の茶会で事足りる。
「怖い思いをさせた、エルシィ」
隠すように抱き締める。腕の中にすっぽりと収まってしまう、小さなアリス。
「エルシィ、すまない、エルシィ、エルシィ」
このままどこかに閉じ込めてしまおうか。誰にも見せず、誰も見せず、互いの目に映るのは、互いだけ。閉じ込めるなら、あの別荘。新婚旅行で行った、ボートで空に浮かんだ、美しいあの別荘。何も考えず、ただ互いを求め合い、その永遠を閉じ込められたなら。
「ありがとうございます、エル様」
お礼を言われ、昏い感情がどこかへ吹き飛び、エリアストはアリスを見る。腕の中から見上げている愛しいアリスは、嬉しそうに微笑んでいた。
「いつも守ってくださって、ありがとうございます、エル様」
すり、とその胸に擦り寄るアリス。エリアストの顔が赤く染まる。
「怖くありませんでしたわ。わたくしの側には、エル様がいてくださいましたもの」
何も、怖くなかった。意味はわからなかったが、絶対的に安心出来る存在が側にいるのだ。それだけで、アリスは満たされていた。
それなのに。
あの男は、エリアストに向かって何と言った。
エリアストは、見る人によって印象が変わる。確かにその容赦のなさは、畏怖の対象となろう。けれど、公言しているではないか。何をすれば、エリアストの容赦がなくなるのか。危険だと思えば近付かなければいい。それでも近付こうとするのなら、約束事を守ればいい。それだけだ。
その領域を侵し、あまつさえあの暴言。
赦せなかった。
どうしても、言ってやりたかった。
エリアストには止められたが、どうしても言ってやりたかった。
それさえも、やはり側にエリアストがいてくれたから、何も恐れずいられた。
エリアストに甘えきっている自覚はある。エリアストは、甘えとすら思っていないだろうけれど。
「ありがとう、ございました、エル様」
いつもワガママを赦してくれて。いつでもすべてで守ってくれて。
アリスは手を伸ばし、エリアストの頬にそっと触れた。そして、顔を寄せ、その頬にくちづける。
「愛しています、エル様」
真っ赤なアリスが、照れ笑いをしながらそう言った。
邸に着いたエリアストとアリス。風のように寝室に消えた二人の姿を再び見たのは、翌々日の昼であった。
*~*~*~*~*
王城の地下には、罪人を一時的に拘束する地下牢がいくつかある。裁判で決裁されるまでの間、ここに拘束されることとなる。
これとは別に、真っ黒な扉がひとつ。ノブがついているだけの、鉄の扉。この扉の鍵は、ディレイガルドが所持している。
「おまえのような悪魔に話すことなどない。天使に会わせるなら話してやらなくもない」
夜会から三日後の昼、ようやく現れたエリアストに、男はそう言った。
*幕間を挟んでつづく*
言葉が通じず、どこまでも都合のいい世界を見ている。
アリスの名を呼んだだけでも万死に値するのだが、とにかくアリスをあれ以上あの場にいさせたくなかった。ビゲッシュ家次男は、何にもならない。何の価値もない。だからアレのことは、一旦護衛に任せることにした。少しでも早く、あんなところからアリスを連れ出したかった。
「私は何という愚か者なのだ」
帰りの馬車で、エリアストはアリスをずっと抱き締めていた。
「考えればいや、考えなくともわかることだった」
これほどまでに愛らしいのだ。どこでどんな輩に目をつけられるかわからない。夜は本当なら外になど出したくはない。だが、アリスの立場を考え、自分が一緒のときならばと、アリスの友人が開く夜会やパーティーに出席することもあった。それが間違いであった。アリスを極力人の目に触れさせない。これからは、本当に必要最低限でいい。アリスであれば、社交はより厳選した昼間の茶会で事足りる。
「怖い思いをさせた、エルシィ」
隠すように抱き締める。腕の中にすっぽりと収まってしまう、小さなアリス。
「エルシィ、すまない、エルシィ、エルシィ」
このままどこかに閉じ込めてしまおうか。誰にも見せず、誰も見せず、互いの目に映るのは、互いだけ。閉じ込めるなら、あの別荘。新婚旅行で行った、ボートで空に浮かんだ、美しいあの別荘。何も考えず、ただ互いを求め合い、その永遠を閉じ込められたなら。
「ありがとうございます、エル様」
お礼を言われ、昏い感情がどこかへ吹き飛び、エリアストはアリスを見る。腕の中から見上げている愛しいアリスは、嬉しそうに微笑んでいた。
「いつも守ってくださって、ありがとうございます、エル様」
すり、とその胸に擦り寄るアリス。エリアストの顔が赤く染まる。
「怖くありませんでしたわ。わたくしの側には、エル様がいてくださいましたもの」
何も、怖くなかった。意味はわからなかったが、絶対的に安心出来る存在が側にいるのだ。それだけで、アリスは満たされていた。
それなのに。
あの男は、エリアストに向かって何と言った。
エリアストは、見る人によって印象が変わる。確かにその容赦のなさは、畏怖の対象となろう。けれど、公言しているではないか。何をすれば、エリアストの容赦がなくなるのか。危険だと思えば近付かなければいい。それでも近付こうとするのなら、約束事を守ればいい。それだけだ。
その領域を侵し、あまつさえあの暴言。
赦せなかった。
どうしても、言ってやりたかった。
エリアストには止められたが、どうしても言ってやりたかった。
それさえも、やはり側にエリアストがいてくれたから、何も恐れずいられた。
エリアストに甘えきっている自覚はある。エリアストは、甘えとすら思っていないだろうけれど。
「ありがとう、ございました、エル様」
いつもワガママを赦してくれて。いつでもすべてで守ってくれて。
アリスは手を伸ばし、エリアストの頬にそっと触れた。そして、顔を寄せ、その頬にくちづける。
「愛しています、エル様」
真っ赤なアリスが、照れ笑いをしながらそう言った。
邸に着いたエリアストとアリス。風のように寝室に消えた二人の姿を再び見たのは、翌々日の昼であった。
*~*~*~*~*
王城の地下には、罪人を一時的に拘束する地下牢がいくつかある。裁判で決裁されるまでの間、ここに拘束されることとなる。
これとは別に、真っ黒な扉がひとつ。ノブがついているだけの、鉄の扉。この扉の鍵は、ディレイガルドが所持している。
「おまえのような悪魔に話すことなどない。天使に会わせるなら話してやらなくもない」
夜会から三日後の昼、ようやく現れたエリアストに、男はそう言った。
*幕間を挟んでつづく*
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