暴虐の王

らがまふぃん

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 強大な帝国、アラバストロ。
 小さな国に過ぎなかったアラバストロは、近隣の国に突如として牙を剥いた。
 少し離れた国には、アラバストロの存在すら知られていない。そんな状況が大いに不満だったのは、その国の第三王子として生まれた男だった。
 第三王子は美しかった。十五で成人を迎える頃には、近隣の国に噂が届くほどとなっていた。王家に生まれたからには政略の駒となることは当然のことと言えたが、第三王子はそんなことを許容しない。
 国のためと、剣の腕を磨き続ける第三王子に心酔する騎士たちが多くいた。その中でも、第三王子の本性に気付きそれでも惹かれる者たちを側に置く。
 その内に飼う獰猛な獣を狡猾に隠し、時を待つ。
 心身共に成熟した第三王子は、美しい顔を王族家族の血で染め上げ、弱冠二十二の王となる。
 弱々しい名を捨て、新たに付けた名は、バルトロメウス=エックハルト・アラバストロ。
 数年後には、知らぬ者はいなくなった。
 三十五の頃には帝国となり、四十を超えて世界の半分を手中に収め、その数年後には世界を手に入れた。
 暴虐の王と恐れられ、誰もが怒りに触れぬよう顔色を窺う。
 世界を手に入れたバルトロメウス。
 自身の子どもである血を分けた兄弟姉妹を争わせ、暇潰しの道具とする、狂王。
 容赦のない行いを見てきた者たちは、とにかく早くこの支配が終わることを願った。
 一年が経ち、二年が経ち、五年、十年が経ち。
 世界は絶望する。
 何年経っても姿を変えず、若く美しいままの王の姿に。










 帝国となり六十余年。
 バルトロメウスは、帝国の娯楽の一つ、闘技場に来ていた。
「アラバストロ帝国の太陽、皇帝陛下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。ようこそおいでくださいました」
 闘技場の支配人が、恭しく頭を下げたまま、口上を述べる。
「本日は陛下に少しでもお楽しみいただけますよう、選りすぐりをご用意させていただきました」
 闘技場。
 獣同士を、獣と人間を、そして人間同士を戦わせる、施設。
 戦う者同士、どちらが勝つか賭けることも出来る、賭博施設の一端も担う。
 人間は罪を犯した者を使うため、犯罪の抑止力という側面も持っていた。
 ただ、成人を迎えたばかりのような姿の、とても罪を犯したとは思えない見た目の者も多かった。そして、そんな者たちは何故か皆、驚くほど強かった。本当に罪人ばかりなのかという疑問にはフタをしている。それはもちろん、暴虐の王バルトロメウスが何も言わないからだ。関係のない人間を庇って、大切な家族、一族郎党にまで被害が及んでは堪ったものではない。そんな心理ばかりではないが、概ねそんな理由からであった。



「さあお待ちかね、今回も開幕の時となりました!」
 進行役の口上が始まると、会場はさらに熱気を増した。月に三度開かれる闘技場は、いつでも超満員。
「今回は、いつもと違う趣向でお楽しみいただこうと思います!」
 普段は一対一での戦闘が、いくつも行われる。
「今回は、五人一組!対するものは、これだー!!」
 舞台の上で黒い布を被せられていたそれを取り去る。そこに現れたものを見て、観客からどよめきが起こった。大きな檻に入れられたそれは、異形の獣であった。
「当闘技場が誇る、最高傑作の合成獣キメラ!!さあ、どのような能力があるのかご説明いたしましょう!」
 獅子の背中に人間の上体が生え、二本の蛇の尾を持つ。身体能力は獅子のそれで、獅子は口から火を吐き、人間の頭部は思考するため、両手で武器も操る。二匹の蛇は、口から垂れる液体が床を焼くほどの猛毒を持っている。人の頭部があるとは言え、戦闘本能で生きるキメラ。少しの会話は出来るが、人間らしい感情など持たない。
「ベットする方は、人間が赤、キメラが黒!オッズはこちら!締め切りは十五分後となります!」





 舞台の上に、三つの死体が転がっている。
 立っている人間は、あと二人。一人は男、パーシュといった。もう一人は女、ジェリという。
 キメラも二人も満身創痍であった。
 どちらが勝ってもおかしくないギリギリの戦いに、会場はかつてないほどの熱気に包まれている。
 けれど、二人にその熱気は届かない。
 二人にとって会場は、やけに、静かだった。
「ジェリ」
 パーシュに名前を呼ばれ、残った片眼で視線をやる。パーシュはキメラを見据えたまま歩き出す。
「ジェリは、獅子の首を」
 ジェリの横を通り過ぎる際、その手に触れた。
「ボクは、人間の首を」
 僅かに振り返ったパーシュの口元は、笑っていた。
「エーヴァと三人、ここを出るよ、ジェリ」





「パーシュ!!」
「ジェリ!!」





*つづく*
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