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ドイツェルン国 後編
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明日は休みだという透子を、ジーンは自分の邸に来るよう伝えていた。仕方がないので、あの三人も一緒に。三人は邪魔だが、楽しみで仕方がなかった。
けれど今日、限界まで頑張り意識を失った透子。あまりにも心配で、そのまま邸で預かることにした。どうせ明日来てもらうのだ、今日来てもらっても変わりはないと、まったく言い訳にもならない言い訳で、ブーイングの三人を蹴散らして連れて帰ってきた。いや、蹴散らせはしなかったが。三人も一緒に泊まると言い出したのだから。
ジーンは透子が眠る部屋に入るが、まだ目覚めない。何となく冷やしたタオルを額にそっと乗せてみると、突然透子の手がジーンを掴み、そのまま互いの位置が反転する。ベッドに倒れ、顔の横で透子の両手に両手を拘束されたジーンは、驚きすぎて声がまったく出ない。
「は、あ、あ?ヴァン、タイン、さま?」
意識が浮上した瞬間だったのだろうか。気配を感じて危機回避行動に出たようだ。気配の正体がジーンだと気付き、透子は安堵の息と共に、謝罪を口にする。
「あ、申し訳、ありません」
そしてそのままジーンの上に、トサリと覆い被さるように、再び意識を失った。
あまりのことに驚いたが、やがてジーンはゆっくりその背中に腕を回して、抱き締める。
「トーコ」
愛しい人の耳元で名を囁き、微かにその耳にくちづける。
回した腕に、ギュッと力を込めた。
「ん、とーこ?」
寝起きのままの少し舌っ足らずな声が、透子を呼ぶと、穏やかな声が降ってきた。
一度は案内された客室で寝ようとした。けれどやはり心配で、透子が眠る部屋に来てしまった。先にジーンがいて、透子の枕元に座ってぼんやりしていたため声をかけると、ジーンはゆっくり振り返り、力なく笑った。
「おまえもやはり心配だよな、アスカーノ」
来ることがわかっていたのだろう。透子のベッドの側には、すでに椅子が用意されていた。あと二つの空席も、すぐに埋まるだろう。その予想通り、すぐに空席は埋まり、四人は黙って透子の寝顔を見つめた。
初めて見る寝顔は、幼い少女のようだった。
それぞれ思うことはあるだろう。だが、上手く言葉に出来ず、気付けば四人は透子の手を握り、椅子に座ったままベッドに伏せるようにして眠っていた。
差し込んだ朝日が眩しくて、マリノが目を覚ます。
寝起きで働かない頭でも、透子のことだけは覚えていた。
「ん、とーこ?」
眠い目を擦りながら顔を上げて透子を呼ぶと、既に起きて座っている透子が、柔らかく返事をした。
「はい、アスカーノ様」
微笑む透子に、マリノは目を見開いて頬を染めた。
人の動く気配に三人も目を覚まし、穏やかに微笑む透子を見て固まった。そんな四人を知ってか知らずか、透子は言った。
「おはようございます。私を案じてくださって、ありがとうございます。これは、とても、とても、体が、特に胸の辺りが、温かくなりました」
四人が握る両手を見つめる。心配して、夜通し側にいてくれたであろう状況に、透子は体中が温かくなった。
自然と顔が綻ぶ透子の破壊力に、四人は再びベッドに顔を突っ伏した。
*最終話へつづく*
けれど今日、限界まで頑張り意識を失った透子。あまりにも心配で、そのまま邸で預かることにした。どうせ明日来てもらうのだ、今日来てもらっても変わりはないと、まったく言い訳にもならない言い訳で、ブーイングの三人を蹴散らして連れて帰ってきた。いや、蹴散らせはしなかったが。三人も一緒に泊まると言い出したのだから。
ジーンは透子が眠る部屋に入るが、まだ目覚めない。何となく冷やしたタオルを額にそっと乗せてみると、突然透子の手がジーンを掴み、そのまま互いの位置が反転する。ベッドに倒れ、顔の横で透子の両手に両手を拘束されたジーンは、驚きすぎて声がまったく出ない。
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「あ、申し訳、ありません」
そしてそのままジーンの上に、トサリと覆い被さるように、再び意識を失った。
あまりのことに驚いたが、やがてジーンはゆっくりその背中に腕を回して、抱き締める。
「トーコ」
愛しい人の耳元で名を囁き、微かにその耳にくちづける。
回した腕に、ギュッと力を込めた。
「ん、とーこ?」
寝起きのままの少し舌っ足らずな声が、透子を呼ぶと、穏やかな声が降ってきた。
一度は案内された客室で寝ようとした。けれどやはり心配で、透子が眠る部屋に来てしまった。先にジーンがいて、透子の枕元に座ってぼんやりしていたため声をかけると、ジーンはゆっくり振り返り、力なく笑った。
「おまえもやはり心配だよな、アスカーノ」
来ることがわかっていたのだろう。透子のベッドの側には、すでに椅子が用意されていた。あと二つの空席も、すぐに埋まるだろう。その予想通り、すぐに空席は埋まり、四人は黙って透子の寝顔を見つめた。
初めて見る寝顔は、幼い少女のようだった。
それぞれ思うことはあるだろう。だが、上手く言葉に出来ず、気付けば四人は透子の手を握り、椅子に座ったままベッドに伏せるようにして眠っていた。
差し込んだ朝日が眩しくて、マリノが目を覚ます。
寝起きで働かない頭でも、透子のことだけは覚えていた。
「ん、とーこ?」
眠い目を擦りながら顔を上げて透子を呼ぶと、既に起きて座っている透子が、柔らかく返事をした。
「はい、アスカーノ様」
微笑む透子に、マリノは目を見開いて頬を染めた。
人の動く気配に三人も目を覚まし、穏やかに微笑む透子を見て固まった。そんな四人を知ってか知らずか、透子は言った。
「おはようございます。私を案じてくださって、ありがとうございます。これは、とても、とても、体が、特に胸の辺りが、温かくなりました」
四人が握る両手を見つめる。心配して、夜通し側にいてくれたであろう状況に、透子は体中が温かくなった。
自然と顔が綻ぶ透子の破壊力に、四人は再びベッドに顔を突っ伏した。
*最終話へつづく*
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