4 / 13
デビュタント
しおりを挟む
デビュタント。
それは、十六歳を迎えた貴族の子どもたちが、王族に挨拶をして成人となり、社交界という大人たちの集いに参加できる資格を得る、年に一度の成人の儀。余程の事情がない限り、必ず参加が義務付けられている。
貴族たちのあらゆる欲望が渦巻く社交界。
そんな貴族社会の頂点に長らく君臨してきた、筆頭公爵家バルシュミーデ前当主ゲルト。
当主の座を息子に譲り、隠居生活を始めても、その影響力は計り知れない。数年前に妻を亡くし、ほとんど公の場に姿を見せなくなった今もってしても。
「閣下、ご挨拶申し上げます」
年に一度のデビュタントの日。
ほとんど姿を見せないゲルトは、なぜか必ずこの式典には参加していた。あらゆる憶測が飛び交うが、その理由は誰も知らない。
通常この式典は、デビュタントを迎える本人とその親や後見人などが参加するものだが、式典を経た者であれば、誰でも参加可能だ。本人に連なる者たち以外は参加することはあまりなかったが、昔からゲルトがこの式典には必ず参加をするため、公の場に姿を見せなくなった彼との繋がりを欲しがる者たちが、挙って参加するようになった。それ故、ここ数年のデビュタントは、国中の貴族が集まると言っても過言ではなかった。
今年もまたやって来たこの日に、王族よりも王族らしい風格を備えたゲルトが姿を見せた。一瞬で会場の空気を変えてしまうほどの影響力を持つ男に、すぐさま挨拶を交わすために人垣が出来る。ゲルトが動くとその人垣も一緒に移動する。
その様子に、本日デビュタントを迎える者はもちろん、デビュタントから日の浅い者たちは息をのむ。もちろん彼の存在は貴族であれば当然知っているし、無礼があってはならないと家族からも言い含められている。けれど、実際その姿を見て思う。
決して近づけない存在だ、と。
百聞は一見に如かず。無礼を働くどころか、遠目に見ることだけで精一杯。家族の注意は杞憂に終わる。それでいい。それしかない。なぜなら、息をすることもやっとなのだから。あのような存在に近付き挨拶を交わす者たちを、尊敬すらする。そこに、自分の家族の姿を見たりしたら、家族を見直すのだ。
そんなゲルトが、ある人物を見た瞬間、目が離せなくなった。
「どうされました、閣下?」
様子の異なるゲルトに、周囲の者たちが、慌てたように声をかける。
ああ、なんてことだ。
次の瞬間、ゲルトは、杖を投げ捨てて走った。
時は流れ、小さかった兄妹も、もうすっかり、とまではいかないが、それなりに大きくなった。それでもやはり周囲と比べると、どうしても成長の遅れが見て取れる。
ようやく十六を迎えたサーフォニアとともに、兄ユーリィも遅ればせながらデビュタントを迎える。ただし、病気療養をしていたヘイモ・カレ・エルランジェとして。
他人として王族に挨拶をしなくてはならないことに、ユーリィは気持ちが沈む。王族を、というより、人を騙すことが堪らなく嫌だった。
「兄様」
そっと寄り添うサーフォニアが、心配を隠しもしない表情でユーリィを気遣う。そんなサーフォニアに、ユーリィは気丈にも笑った。
「心配かけてごめんね、ニア。これさえ終わらせれば、やっと父様の後を継いで当主となれる。そうなれば、ニアにもうつらい思いをさせずに済むから頑張るよ」
後見人ヘイノから、ヘイモがデビュタント出来ていないから代わりにデビュタントしてくれと言われた。それさえ終わればユーリィを当主とし、その役目が出来るようしっかりサポートする、と。
色々と思うことはあったが、ユーリィは頷いてここまで来た。
何とか自分を納得させようとしていると、空気が変わったことを感じてそちらを向いたユーリィとサーフォニア。
少しして、その空気を生み出した人の姿が見えた。
サーフォニアは、ゲルトの姿を見て時が止まった。
わたし、あのひとを、しっている?
*つづく*
それは、十六歳を迎えた貴族の子どもたちが、王族に挨拶をして成人となり、社交界という大人たちの集いに参加できる資格を得る、年に一度の成人の儀。余程の事情がない限り、必ず参加が義務付けられている。
貴族たちのあらゆる欲望が渦巻く社交界。
そんな貴族社会の頂点に長らく君臨してきた、筆頭公爵家バルシュミーデ前当主ゲルト。
当主の座を息子に譲り、隠居生活を始めても、その影響力は計り知れない。数年前に妻を亡くし、ほとんど公の場に姿を見せなくなった今もってしても。
「閣下、ご挨拶申し上げます」
年に一度のデビュタントの日。
ほとんど姿を見せないゲルトは、なぜか必ずこの式典には参加していた。あらゆる憶測が飛び交うが、その理由は誰も知らない。
通常この式典は、デビュタントを迎える本人とその親や後見人などが参加するものだが、式典を経た者であれば、誰でも参加可能だ。本人に連なる者たち以外は参加することはあまりなかったが、昔からゲルトがこの式典には必ず参加をするため、公の場に姿を見せなくなった彼との繋がりを欲しがる者たちが、挙って参加するようになった。それ故、ここ数年のデビュタントは、国中の貴族が集まると言っても過言ではなかった。
今年もまたやって来たこの日に、王族よりも王族らしい風格を備えたゲルトが姿を見せた。一瞬で会場の空気を変えてしまうほどの影響力を持つ男に、すぐさま挨拶を交わすために人垣が出来る。ゲルトが動くとその人垣も一緒に移動する。
その様子に、本日デビュタントを迎える者はもちろん、デビュタントから日の浅い者たちは息をのむ。もちろん彼の存在は貴族であれば当然知っているし、無礼があってはならないと家族からも言い含められている。けれど、実際その姿を見て思う。
決して近づけない存在だ、と。
百聞は一見に如かず。無礼を働くどころか、遠目に見ることだけで精一杯。家族の注意は杞憂に終わる。それでいい。それしかない。なぜなら、息をすることもやっとなのだから。あのような存在に近付き挨拶を交わす者たちを、尊敬すらする。そこに、自分の家族の姿を見たりしたら、家族を見直すのだ。
そんなゲルトが、ある人物を見た瞬間、目が離せなくなった。
「どうされました、閣下?」
様子の異なるゲルトに、周囲の者たちが、慌てたように声をかける。
ああ、なんてことだ。
次の瞬間、ゲルトは、杖を投げ捨てて走った。
時は流れ、小さかった兄妹も、もうすっかり、とまではいかないが、それなりに大きくなった。それでもやはり周囲と比べると、どうしても成長の遅れが見て取れる。
ようやく十六を迎えたサーフォニアとともに、兄ユーリィも遅ればせながらデビュタントを迎える。ただし、病気療養をしていたヘイモ・カレ・エルランジェとして。
他人として王族に挨拶をしなくてはならないことに、ユーリィは気持ちが沈む。王族を、というより、人を騙すことが堪らなく嫌だった。
「兄様」
そっと寄り添うサーフォニアが、心配を隠しもしない表情でユーリィを気遣う。そんなサーフォニアに、ユーリィは気丈にも笑った。
「心配かけてごめんね、ニア。これさえ終わらせれば、やっと父様の後を継いで当主となれる。そうなれば、ニアにもうつらい思いをさせずに済むから頑張るよ」
後見人ヘイノから、ヘイモがデビュタント出来ていないから代わりにデビュタントしてくれと言われた。それさえ終わればユーリィを当主とし、その役目が出来るようしっかりサポートする、と。
色々と思うことはあったが、ユーリィは頷いてここまで来た。
何とか自分を納得させようとしていると、空気が変わったことを感じてそちらを向いたユーリィとサーフォニア。
少しして、その空気を生み出した人の姿が見えた。
サーフォニアは、ゲルトの姿を見て時が止まった。
わたし、あのひとを、しっている?
*つづく*
61
あなたにおすすめの小説
【完結済】25年目の厄災
紫
恋愛
生まれてこの方、ずっと陽もささない地下牢に繋がれて、魔力を吸い出されている。どうやら生まれながらの罪人らしいが、自分に罪の記憶はない。
だが、明日……25歳の誕生日の朝には斬首されるのだそうだ。もう何もかもに疲れ果てた彼女に届いたのは……
25周年記念に、サクッと思い付きで書いた短編なので、これまで以上に拙いものですが、お暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
私の存在
戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。
何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。
しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。
しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる