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静かな怒り
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「そう、キミがエルランジェの正統な跡継ぎか」
堅苦しい話は食事の後だと、とにかくお腹を満たすことを優先させた後。ゲルトが重厚感のある声でそう頷いた。
「お、恐れながら閣下、私は今夜初めて社交の場に出ます」
「そのようだな。だがエルランジェの後継者という者を、何度か社交場で見ている」
ユーリィは、今日自分がヘイモとしてデビュタントに来ることになったおかしな経緯に繋がると思った。
「閣下。これは私の想像でしかありませんが、お聞きいただけましたら幸甚に存じます」
ユーリィの言葉にゲルトが頷くと、ユーリィは意を決して話し始めた。
祖父母の病気療養によりその目がなくなると、一日に二度あった食事は一度に減らされ、ついには一度でも出ればいい方となった。部屋も屋根裏へと移され、課される仕事量も増えていった。だが、ユーリィが外で働かされることで、何とか食料を手に入れられる日も多くなった。少ない使用人たちも懸命に守ってくれていたが、成長して出来ることが増えるたびに減らされ、最後の一人がついに三年程前に解雇された。
領地経営なども教えてくれていた最後の一人だった執事が、解雇される直前、首を捻った。とある店から届いた請求書に、違和感を覚えたからだ。請求書を手に執事がヘイノに確認に行くと、ヘイノは捲し立てるように怒鳴りつけ、そのまま執事を解雇してしまったのだ。
執事は、考えたくないことですが、と出ていくときにユーリィに伝えた。
その請求書は、仕立て屋からのもの。その年はユーリィのデビュタントの年。そのためかと考えるも、ユーリィやサーフォニアがある程度社会のことも理解するようになると、街に出さなくなった。噂や入れ知恵などで厄介なことにならないよう、社会から離れさせたのだ。そのため、ユーリィの服だとするなら、仕立て屋がこの邸に採寸に訪れないと作れない。被服の請求は確かに毎月あるが、明らかに額が違う。となると、正装の購入と考えられた。
執事は言った。デビュタントの日に後見人たちがヘイモを連れて出て行ったら、エルランジェ当主を挿げ替える気かもしれない、と。
「その日、叔父たちは出かけていきました。そして、私の一つ下である彼がデビュタントを迎える年、出かけることはありませんでした」
ゲルトは黙って聞いている。
「叔父の子どもは三人、年子です。一番下は、サーフォニアと同い年なので、全員が成人を迎えることになります。私が、病気療養として遅れてデビュタントを迎える、ヘイモ・カレ・エルランジェとして、陛下にご挨拶申し上げれば」
ヘイモとしてデビュタントすれば、ユーリィを当主とし、その役目が出来るようしっかりサポートする、と言われていた。領地経営は執事がいなくなって、ユーリィが一人で奮闘している。家のことに忙しいサーフォニアも、合間を見つけて手伝ってくれていた。
「十九になった今も、当主となるための手続きをしないことを考えると、執事が危惧した通りなのだろう、と」
「そこまでわかっていて、なぜこの場にいる」
ゲルトの言葉に、ユーリィはこぶしを握った。
「ニアを、サーフォニアを、デビューさせられれば、と思いました」
こんなことに巻き込まないために、何も知らないまま、優しい人に嫁いでいければいいと、少しでも早く出会いの場を、と。
サーフォニアには、当主となればもうつらい思いをさせずに済む、と伝えたが、当主となることはないだろうと思っていた。だから、少しでも良い人に嫁がせることが、当主挿げ替えなどというエルランジェの犯した罪から離れさせることが、自分の最後の役目だと。だから、叔父の要求に黙って従った。へそを曲げられて、サーフォニアのデビュタントを取りやめられることを避けたかったから。
「世間を知らぬ子どもが、与えられたものの中で出来る最大限で、咲穂を守って来たか」
もっとうまくできただろうと言うのは、世の中を少なからず知る者の言葉だ。
「そうか。アレは、偽物であったか。それは重畳」
ゲルトは扉近くの侍従に視線をやると、侍従は頭を下げて部屋を出た。
「今まで咲穂をよく守った。礼を言う。あとのことは私が引き受けよう。よくがんばったな」
ユーリィは、たくさんの涙を落とした。
*つづく*
堅苦しい話は食事の後だと、とにかくお腹を満たすことを優先させた後。ゲルトが重厚感のある声でそう頷いた。
「お、恐れながら閣下、私は今夜初めて社交の場に出ます」
「そのようだな。だがエルランジェの後継者という者を、何度か社交場で見ている」
ユーリィは、今日自分がヘイモとしてデビュタントに来ることになったおかしな経緯に繋がると思った。
「閣下。これは私の想像でしかありませんが、お聞きいただけましたら幸甚に存じます」
ユーリィの言葉にゲルトが頷くと、ユーリィは意を決して話し始めた。
祖父母の病気療養によりその目がなくなると、一日に二度あった食事は一度に減らされ、ついには一度でも出ればいい方となった。部屋も屋根裏へと移され、課される仕事量も増えていった。だが、ユーリィが外で働かされることで、何とか食料を手に入れられる日も多くなった。少ない使用人たちも懸命に守ってくれていたが、成長して出来ることが増えるたびに減らされ、最後の一人がついに三年程前に解雇された。
領地経営なども教えてくれていた最後の一人だった執事が、解雇される直前、首を捻った。とある店から届いた請求書に、違和感を覚えたからだ。請求書を手に執事がヘイノに確認に行くと、ヘイノは捲し立てるように怒鳴りつけ、そのまま執事を解雇してしまったのだ。
執事は、考えたくないことですが、と出ていくときにユーリィに伝えた。
その請求書は、仕立て屋からのもの。その年はユーリィのデビュタントの年。そのためかと考えるも、ユーリィやサーフォニアがある程度社会のことも理解するようになると、街に出さなくなった。噂や入れ知恵などで厄介なことにならないよう、社会から離れさせたのだ。そのため、ユーリィの服だとするなら、仕立て屋がこの邸に採寸に訪れないと作れない。被服の請求は確かに毎月あるが、明らかに額が違う。となると、正装の購入と考えられた。
執事は言った。デビュタントの日に後見人たちがヘイモを連れて出て行ったら、エルランジェ当主を挿げ替える気かもしれない、と。
「その日、叔父たちは出かけていきました。そして、私の一つ下である彼がデビュタントを迎える年、出かけることはありませんでした」
ゲルトは黙って聞いている。
「叔父の子どもは三人、年子です。一番下は、サーフォニアと同い年なので、全員が成人を迎えることになります。私が、病気療養として遅れてデビュタントを迎える、ヘイモ・カレ・エルランジェとして、陛下にご挨拶申し上げれば」
ヘイモとしてデビュタントすれば、ユーリィを当主とし、その役目が出来るようしっかりサポートする、と言われていた。領地経営は執事がいなくなって、ユーリィが一人で奮闘している。家のことに忙しいサーフォニアも、合間を見つけて手伝ってくれていた。
「十九になった今も、当主となるための手続きをしないことを考えると、執事が危惧した通りなのだろう、と」
「そこまでわかっていて、なぜこの場にいる」
ゲルトの言葉に、ユーリィはこぶしを握った。
「ニアを、サーフォニアを、デビューさせられれば、と思いました」
こんなことに巻き込まないために、何も知らないまま、優しい人に嫁いでいければいいと、少しでも早く出会いの場を、と。
サーフォニアには、当主となればもうつらい思いをさせずに済む、と伝えたが、当主となることはないだろうと思っていた。だから、少しでも良い人に嫁がせることが、当主挿げ替えなどというエルランジェの犯した罪から離れさせることが、自分の最後の役目だと。だから、叔父の要求に黙って従った。へそを曲げられて、サーフォニアのデビュタントを取りやめられることを避けたかったから。
「世間を知らぬ子どもが、与えられたものの中で出来る最大限で、咲穂を守って来たか」
もっとうまくできただろうと言うのは、世の中を少なからず知る者の言葉だ。
「そうか。アレは、偽物であったか。それは重畳」
ゲルトは扉近くの侍従に視線をやると、侍従は頭を下げて部屋を出た。
「今まで咲穂をよく守った。礼を言う。あとのことは私が引き受けよう。よくがんばったな」
ユーリィは、たくさんの涙を落とした。
*つづく*
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