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本編
竜王姫。
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――戦況は、どう考えても不利だ。
シルハークは戦争に慣れていて、ヴェルスブルクは不慣れだ。だから傭兵を雇っている。
でも、それ以上に押されている。戦闘は避けるように、カインが指示しているからだ。
私は、堅牢に築かれた砦の中で、カインの報告を聞きながら、溜息をついた。
――神竜王の加護を受けた者が、シルハークを退けよ。
その王命に反対してくれたカインと、アトゥール殿下、そしてオリヴィエは、私とローランの護衛として同行している。こちらに神竜王がいることを知ってか、シルハークは決定的に攻めてはこない。だけど、じわじわと侵食してきている。
「……姫。少し、お休みなさい」
アトゥール殿下がそう言うと、カインははっとしたように私を見た。
「申し訳ない。俺達軍籍の者と同じ日程は、姫には厳しすぎる……アトゥール、心遣いに感謝する」
私に謝って、カインも部屋に戻るよう勧めてくれた。だけど、ローランを置いていけない。
最近はだいぶましになったけれど、でも、基本的に人見知りなのだ。更に、カインとオリヴィエのことは苦手意識を持っている。アトゥール殿下は、どこか精霊じみているから気にならないようだけど。
「……いえ。まだ、大丈夫です」
「姫。休める時に休んでおきなさい」
「でも」
攻防はしていない。シルハーク軍が一歩詰めてきたら、こちらは一歩下がっている。戦術家でも戦略家でもない私には、どうすればシルハーク軍を退けられるのか、わからない。
カインとアトゥール殿下は、私に無理をさせないように気遣ってくれるけど、そんな状態だから、こちらから攻めて撃退することもできないのだ。
――頭、痛い。
そう思った時、ローランが口を開いた。
「私が行く」
「神竜王陛下?」
「いつまでもここにいても、援軍はない。私には必要ないが、糧食の蓄えもいずれ尽きる。そうなる前に、私が出る」
「しかし……王太子殿下は、あちらには神竜王陛下への何らかの対策があろうから、御身を前線には出すなと」
抗弁したカインに、ローランは薄く紅に変わりかけた瞳を向けた。
「ならば、このままここで死ぬか? そなた達が死ぬのは自由だが、アレクシアは死なせない」
「ローラン。カインは、あなたのことも心配してくれているの。そんな言い方は駄目」
私の言葉に、ローランは小さく頷いて、カインに「言葉が悪かった」と謝罪した。
「……しかし、神竜王陛下のお言葉は正しい。援軍のあてはなく、このまま籠城もできない」
アトゥール殿下は独り言のように呟いて、ローランを見た。オリヴィエも同じ意見らしく、沈黙を保っている。
「……私が抑えている魔力を完全に解放すれば、十万から二十万の人の軍なら、退けられる」
ローランはそう言うと、答えを委ねるように私を見つめた。
「完全に解放するということは、竜型になって魔力を全開にすることだ。……魔力を費いきって、二度と人型を取れなくなる可能性もある」
「……え?」
「だから、アレクシアの望む通りにする」
優しい言葉は、決断を迫る断罪の刃だった。
宛がわれた部屋に戻って、私はローランを抱き締めた。
――あの発言の後、誰も何も言わなかった。それが最善だとわかるから。そうできるなら、そうしてほしいと思っているから、彼らは何も言わずにいてくれた。
私は、言葉にならない気持ちで、ローランをぎゅうぎゅう抱き締めた。静かに抱き返されて、泣きたくなる。
「……ローランは、ローランのまま?」
「私は変わらない」
「一緒にいてくれる?」
「竜型の私と、共に過ごせる場所があるなら」
「ラウエンシュタイン家を甘く見ないでね。地方に別荘は山ほどあるのよ」
王都の屋敷でも、キャパ的には問題ないけど――この結果を誘因した国王陛下と宰相閣下に近いところには、いたくない。
「アレクシア」
「なあに?」
「これが、恋だろうか。そなたを抱いていると、胸が痛い」
そうね。私も、痛い。
だけど、激情にそのまま身を委ねてしまうことはできない。今日のこと、明日のことを思うと、刹那的な快楽は追えない。
「アレクシアと同じに生まれたかった」
「私こそ、あなたと同じに生まれたかったわ」
叶わない夢だとわかっているから、口にできる。叶えられそうな現実は、口にできない。
「でも、違ったからこそ、愛おしい」
「そうね。違わなきゃ、会えなかったかもしれないものね」
私を抱くローランの腕の力が、一瞬、息もできないくらい強くなって――離れた。
「私を召喚したのが、そなたでよかった。……そなたでなければよかった」
吐息のように囁いて、ローランは部屋を出て行った。
――その夜は、眠れるはずもなかった。
翌朝。
集まった皆に、私達の結論を告げる。アトゥール殿下は、それでいいのかという風に私を見たけれど、何も言えなかった。
砦の屋上に出て、私はローランを見送る。
「アレクシア」
もう、人型には戻れないかもしれない。だから、その前にと、ローランは私を抱き締め――口づけた。
「愛している。ミレイでもアレクシアでもいい、愛している」
この、少し冷たい肌にも、指に絡まることのないサラサラの銀髪にも、二度と触れられないかもしれない。優しい光を湛えた綺麗な瞳に、私が映ることはないのかもしれない。
それでも――私は、頷いた。竜型でも人型でも、ローランがローランなら、私は恋をする。
「私の、神竜王――誰よりも誇り高いあなたを、愛します」
愛し続けます。
私の言葉は、誓い。
ずっと人型に戻れなくてもいい。竜型のままでもいい。だって、ローランだもの。どちらでもいい。一緒にいられるなら、それでいい。
「私の――ええと、悪役令嬢」
可愛く小首を傾げて呼びかけられた。それはちょっと今はやめてほしい呼称です。
「悪しきモノではいられぬそなたに、永遠の愛を」
私の耳朶をくすぐるように囁き、離れると――ローランは、竜の姿に変じていく。
高らかに咆哮して、ローランは最前線へと飛んでいった。
翼が羽ばたく度に白い焔が舞い踊り、次いで冷気のブレスが、砦近くに布陣していた敵兵だけを襲う。招雷で正確にシルハーク兵を攻撃しながら、ローランの姿が小さくなり――見えなくなる。
頑丈に守られている砦で、私はただ、ローランを待つしかできない。そのことが、たまらなく不安だった。
遠目にも、殆どの敵兵が退いて、ヴェルスブルクの優勢が確立されつつあった。
けれど、不安は消えない。砦の守護を任されているカインが、ずっと立ち続けている私を案じてくれたけど、何故か、そこから離れることができない。
「将軍。姫」
オリヴィエが、ドージェをひっ捕まえて走り込んできた。
「どうされた」
「姫。あちらには――竜王姫がいる。桜華という、太王太后が」
「……え?」
「ドージェがいやに逃げようとするので、軽く締め上げたら……吐きました」
「わ、我は竜じゃ! 神竜王の姫に、逆らえるはずがない!」
小さな水色の竜は、そう言い訳して、オリヴィエに真名で締めつけられ、悲鳴を上げた。
――待って。ずっと昔に、人になって降嫁した竜王姫が、生きているの……? 神竜を人に変えられる秘術を知る女性が!
「ローラン!」
戻って、と叫んだ。
ローランは、竜型なら最強だ。誰も敵わない。人型でも、神竜王の魔力と腕力で、大抵の人間には勝てる。だけど、完全に「人」にされてしまったら? 荒れ狂っている戦場の只中に落とされたら?
「……竜殺しの称号を求める者に、殺される」
カインの言葉は――傭兵だった人の言葉は、真実だ。称号を持つ傭兵は重用されるし、賃金もいい。まして「竜殺し」どころか「神竜王殺し」なんて――前例のない称号だ。傭兵でなくても、欲しくなってしまいかねない。
「やめて! ローラン、戻ってきて!」
私が力の限りに叫ぶのと、遠くの空で、ローランが喚んだものではない雷が稲光りしたのは、ほぼ同時だった。
シルハークは戦争に慣れていて、ヴェルスブルクは不慣れだ。だから傭兵を雇っている。
でも、それ以上に押されている。戦闘は避けるように、カインが指示しているからだ。
私は、堅牢に築かれた砦の中で、カインの報告を聞きながら、溜息をついた。
――神竜王の加護を受けた者が、シルハークを退けよ。
その王命に反対してくれたカインと、アトゥール殿下、そしてオリヴィエは、私とローランの護衛として同行している。こちらに神竜王がいることを知ってか、シルハークは決定的に攻めてはこない。だけど、じわじわと侵食してきている。
「……姫。少し、お休みなさい」
アトゥール殿下がそう言うと、カインははっとしたように私を見た。
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私に謝って、カインも部屋に戻るよう勧めてくれた。だけど、ローランを置いていけない。
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「……いえ。まだ、大丈夫です」
「姫。休める時に休んでおきなさい」
「でも」
攻防はしていない。シルハーク軍が一歩詰めてきたら、こちらは一歩下がっている。戦術家でも戦略家でもない私には、どうすればシルハーク軍を退けられるのか、わからない。
カインとアトゥール殿下は、私に無理をさせないように気遣ってくれるけど、そんな状態だから、こちらから攻めて撃退することもできないのだ。
――頭、痛い。
そう思った時、ローランが口を開いた。
「私が行く」
「神竜王陛下?」
「いつまでもここにいても、援軍はない。私には必要ないが、糧食の蓄えもいずれ尽きる。そうなる前に、私が出る」
「しかし……王太子殿下は、あちらには神竜王陛下への何らかの対策があろうから、御身を前線には出すなと」
抗弁したカインに、ローランは薄く紅に変わりかけた瞳を向けた。
「ならば、このままここで死ぬか? そなた達が死ぬのは自由だが、アレクシアは死なせない」
「ローラン。カインは、あなたのことも心配してくれているの。そんな言い方は駄目」
私の言葉に、ローランは小さく頷いて、カインに「言葉が悪かった」と謝罪した。
「……しかし、神竜王陛下のお言葉は正しい。援軍のあてはなく、このまま籠城もできない」
アトゥール殿下は独り言のように呟いて、ローランを見た。オリヴィエも同じ意見らしく、沈黙を保っている。
「……私が抑えている魔力を完全に解放すれば、十万から二十万の人の軍なら、退けられる」
ローランはそう言うと、答えを委ねるように私を見つめた。
「完全に解放するということは、竜型になって魔力を全開にすることだ。……魔力を費いきって、二度と人型を取れなくなる可能性もある」
「……え?」
「だから、アレクシアの望む通りにする」
優しい言葉は、決断を迫る断罪の刃だった。
宛がわれた部屋に戻って、私はローランを抱き締めた。
――あの発言の後、誰も何も言わなかった。それが最善だとわかるから。そうできるなら、そうしてほしいと思っているから、彼らは何も言わずにいてくれた。
私は、言葉にならない気持ちで、ローランをぎゅうぎゅう抱き締めた。静かに抱き返されて、泣きたくなる。
「……ローランは、ローランのまま?」
「私は変わらない」
「一緒にいてくれる?」
「竜型の私と、共に過ごせる場所があるなら」
「ラウエンシュタイン家を甘く見ないでね。地方に別荘は山ほどあるのよ」
王都の屋敷でも、キャパ的には問題ないけど――この結果を誘因した国王陛下と宰相閣下に近いところには、いたくない。
「アレクシア」
「なあに?」
「これが、恋だろうか。そなたを抱いていると、胸が痛い」
そうね。私も、痛い。
だけど、激情にそのまま身を委ねてしまうことはできない。今日のこと、明日のことを思うと、刹那的な快楽は追えない。
「アレクシアと同じに生まれたかった」
「私こそ、あなたと同じに生まれたかったわ」
叶わない夢だとわかっているから、口にできる。叶えられそうな現実は、口にできない。
「でも、違ったからこそ、愛おしい」
「そうね。違わなきゃ、会えなかったかもしれないものね」
私を抱くローランの腕の力が、一瞬、息もできないくらい強くなって――離れた。
「私を召喚したのが、そなたでよかった。……そなたでなければよかった」
吐息のように囁いて、ローランは部屋を出て行った。
――その夜は、眠れるはずもなかった。
翌朝。
集まった皆に、私達の結論を告げる。アトゥール殿下は、それでいいのかという風に私を見たけれど、何も言えなかった。
砦の屋上に出て、私はローランを見送る。
「アレクシア」
もう、人型には戻れないかもしれない。だから、その前にと、ローランは私を抱き締め――口づけた。
「愛している。ミレイでもアレクシアでもいい、愛している」
この、少し冷たい肌にも、指に絡まることのないサラサラの銀髪にも、二度と触れられないかもしれない。優しい光を湛えた綺麗な瞳に、私が映ることはないのかもしれない。
それでも――私は、頷いた。竜型でも人型でも、ローランがローランなら、私は恋をする。
「私の、神竜王――誰よりも誇り高いあなたを、愛します」
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私の言葉は、誓い。
ずっと人型に戻れなくてもいい。竜型のままでもいい。だって、ローランだもの。どちらでもいい。一緒にいられるなら、それでいい。
「私の――ええと、悪役令嬢」
可愛く小首を傾げて呼びかけられた。それはちょっと今はやめてほしい呼称です。
「悪しきモノではいられぬそなたに、永遠の愛を」
私の耳朶をくすぐるように囁き、離れると――ローランは、竜の姿に変じていく。
高らかに咆哮して、ローランは最前線へと飛んでいった。
翼が羽ばたく度に白い焔が舞い踊り、次いで冷気のブレスが、砦近くに布陣していた敵兵だけを襲う。招雷で正確にシルハーク兵を攻撃しながら、ローランの姿が小さくなり――見えなくなる。
頑丈に守られている砦で、私はただ、ローランを待つしかできない。そのことが、たまらなく不安だった。
遠目にも、殆どの敵兵が退いて、ヴェルスブルクの優勢が確立されつつあった。
けれど、不安は消えない。砦の守護を任されているカインが、ずっと立ち続けている私を案じてくれたけど、何故か、そこから離れることができない。
「将軍。姫」
オリヴィエが、ドージェをひっ捕まえて走り込んできた。
「どうされた」
「姫。あちらには――竜王姫がいる。桜華という、太王太后が」
「……え?」
「ドージェがいやに逃げようとするので、軽く締め上げたら……吐きました」
「わ、我は竜じゃ! 神竜王の姫に、逆らえるはずがない!」
小さな水色の竜は、そう言い訳して、オリヴィエに真名で締めつけられ、悲鳴を上げた。
――待って。ずっと昔に、人になって降嫁した竜王姫が、生きているの……? 神竜を人に変えられる秘術を知る女性が!
「ローラン!」
戻って、と叫んだ。
ローランは、竜型なら最強だ。誰も敵わない。人型でも、神竜王の魔力と腕力で、大抵の人間には勝てる。だけど、完全に「人」にされてしまったら? 荒れ狂っている戦場の只中に落とされたら?
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カインの言葉は――傭兵だった人の言葉は、真実だ。称号を持つ傭兵は重用されるし、賃金もいい。まして「竜殺し」どころか「神竜王殺し」なんて――前例のない称号だ。傭兵でなくても、欲しくなってしまいかねない。
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