菓子侍

神笠 京樹

文字の大きさ
1 / 6

一、たると大名松平定行

しおりを挟む
 長崎奉行、松平隠岐守定行は数名の従卒のみを従えて決然と南蛮船に乗り込んだ。
 定行は伊予松山藩十五万石の藩主である。神君徳川家康公はその伯父にあたり、時の将軍である三代家光は従甥、すなわち従兄弟の子にあたる。従兄弟とは秀忠である。家康の甥といっても松平一門男系の血を引くものではなく、家康の生母於大の方の再嫁先で成した子のそのまた息子に当たるのがこの定行なのだが、いずれにせよ家康直々に松平姓の名乗りを許された親藩大名の身であり、この徳川全盛の時代において、幕閣の中にあっても決して軽きに置かれるものではなかった。
 定行が乗り込んだ南蛮船が掲げるのは葡萄牙の旗章である。何ゆえに定行がこれに乗り込むに当たって決然たる覚悟を決めなければならなかったかと言えば、そもそもこの頃、日本とポルトガルの関係は良好というにほど遠いものであったからだ。
元から話を辿るならば、日本とポルトガルの交流は天文十二(1543)年に始まる。この年、種子島に漂着した中国船に乗っていたポルトガル人が日本に鉄砲を伝来させるとともに、只伝説としてのみ知られていた黄金の国ジパングの実在をヨーロッパへと報せたのである。 
 それから丸百と余年を過ぎ、今年、正保四(1647)年現在に至るまで日本とポルトガルの関係はいかにして険悪となっていったか。次第はこうだ。寛永十三(1636)年に日本人との混血児を含めたポルトガル人とその妻子が国外に追放され、寛永十六(1639)年には島原の乱の煽りを受けてポルトガル船の日本の港への入港が禁止された。
 代わって日本との交易を牛耳るようになったのはよく知られるように阿蘭陀であるが、その話は置いておこう。とまれ、大事は寛永十七(1640)年に起こった。この年、通商の再開の交渉の為にやってきたポルトガルからの使者六十一名が、幕府の命によって全員処刑されてしまったのである。
 それからわずか七年しか経っていない今年、ポルトガルがまた使者を立ててきた。その意図は報復か。それとも、性懲りもなく貿易再開の交渉を求めてやってきたのか。長崎への入港は平和裏に行われ、つまりいきなり大砲を打ち放ってくるわけではなかったが、そうであればこそかえって彼らの手の内は読めなかった。
 江戸幕府の鎖国なるものの実態については論ずるならば長くなるのだが、いずれにせよ幕府はオランダ・中国・朝鮮以外の国家との一切の交渉を完全に遮断していたわけではなかった。明らかなる事実の一つとして、外交上の有事に際し交渉などに当たる幕府閣僚が存在した。それが長崎奉行と呼ばれる御役目である。
 長崎奉行はこの頃二人いたが、一人は江戸詰である。もう一人、長崎在番を勤めていたのが、伊予松山藩主松平定行であった。
 ポルトガル船との仲介はまず長崎出島のオランダ商会がこれを行う事になった。これ自体にオランダの日本に対する特権的な地位を誇示する意図が含まれているのは言うまでもない。さてオランダの通詞がポルトガル船からの言葉を受けて言うには、ポルトガル国に於いて王朝の交代があったのでその事を伝えにやってきたのであり、挨拶以上の用向きはない、とのことである。
 長崎奉行は職務上、多くの軍事力を手元に置いている。すなわち手持ちの兵が七千二百に、軍船が三百五十艘あった。砲門を開いて大砲を打ち掛けるのならば、小艦隊であるに過ぎないポルトガル勢を打ち払うは容易であった。しかし、これを外交使節であるとして対応するのであれば、それ相応の応手を以て遇さねばならない。
 ポルトガルの側にもがあった。そもそも、ポルトガルで何があったかというと、1640年にスペインに対する革命が起き、60年ほどに渡って併合されていたスペインからの独立を果たしたのである。ブラガンサ家を新王家に立て、王国を再興したというわけだ。ちなみに、オランダを経由してそれらの情報はもちろん幕府、そして定行の元にも到達している。未知の事実ではない。
 だがつまり実情はともかく建前としてはブラガンサ朝ポルトガル王国は新興国であり、日本と外交上接するのはこれが初めてであるということになる。ならば、南蛮船打ち払いについて知らぬ体で、御挨拶に伺った、と言われればこれを先年と同じように誅するは蛮に過ぎるやもしれぬ。
 結局、定行は長崎奉行として決断した。まず、ポルトガル船の者を長崎に上陸させてはならない。しかし、挨拶の用向きだけは聞くこととする。だからといってまさか船べり越しに会話をするわけにもいかないから、相手の使者を上陸させない以上は、こちらの使者を相手の船に乗せなければならない。
相手方は王命を帯びた使者である。となれば当然、こちら側もそれ相応の格式を持った者を使とせねばならず、現実問題、それに相当する幕府の重鎮はこの長崎には定行自身しかいなかった。そういう事情で、松平隠岐守定行は決然と南蛮船に乗り込んだのである。
 事と次第によっては命懸けの任務であると定行は認識していたが、船に登ってみればこれといって、殺気立った対応をされるような事も無かった。船長室に通される。通り一辺倒の挨拶と、ブラガンサ王朝の成立に関する説明が行われた。定行は丁重かつそっけなく、ただ「委細承った」とのみ回答した。その答えを通詞がポルトガルの船長に伝える。
そこから、オランダの通詞とポルトガル船の船長の間に短くも緊張した会話が行われた。漸くのち、通詞は解説を加えた。
「やはり、ポルトガルは通商の再開の可能性について、探りを入れる意図を持っている由に御座いますが。如何なさいますか、長崎奉行さま」
「その儀、余の胸のうちにのみ留め、幕府には奏ぜぬ事と致したい。さもなければ、また血を流さねばならぬ事と相成ろう。それは誰の望む所でもなかろうと思うが」
「御意のままに」
 オランダ通詞とポルトガルの船長の間に、また会話が交わされる。通詞が安堵の表情を浮かべて、言う。
「では、これにて報ずべきところは報じましたれば、船を引き揚げること致します、と申しております」
「然様であるか」
「ただ、その前に」
「む」
「せっかくですので菓子をどうぞ、と申しております」
 定行の意識は最前から目の前に置かれている菓子らしきものへと向かった。おそらくは南蛮菓子であろうが、菓子くらいなら構わぬという態度を示し、これを食するべきか。それとも、決然と拒否し、そのまま船を引き取ってもらうべきであるか。
「そこなるは、Tortaと申すポルトガルの郷土菓子だとのことにて御座います」
「なに? 何と申した?」
「Torta」
「たるた? いや、たると、か?」
「御意」
「南蛮の菓子ならば、同じものがオランダにもあるのではないか? 知っておるか?」
 と尋ねると、オランダ通詞はちょっと口ごもった。
「セッシャの知り居りまする限り、オランダにもタルトと申す菓子は御座いますが、そこにありますものとは全く似ておりませぬ。従いますれば、オランダ商館にても同じものをご用意するのはおそらく無理ではないかと存じまする」
 ポルトガル船は長旅をしてきた後である。長崎での補給は許していないから、たいしたものは積んでいないことであろう。そのような状況でただ一皿の菓子を勧めてくるというのは、まあ精一杯のもてなしであり、同時に虚勢なのであろうと思われた。
「葡萄牙の珍味か。ならば、頂くとしようか」
 定行は一礼し、そして「たると」を賞味した。そして、思わず破顔する。二切れ目に手が伸びた。三切れ目。すぐ、皿の上には何も無くなった。
「旨し」
 ポルトガルの船長も微笑んだ。まだ残りがあるから、お代わりを持って来させましょう、という。本来なら遠慮するのが体裁であるが、定行はあえて、お代わりを所望した。ポルトガル船長の笑みはさらに濃くなった。含意のある笑みではなく、単に祖国ポルトガルの菓子を素直に旨いと評する異国人の所作が好ましくての笑みのようであった。
「御満足いただけたようで何より。では、私どもは、これで」
 通詞を介して船長は暇を告げた。定行は、これは幕府の為にではなく己自身の為にのみ、かすかに悔いた。つまりは、この状況と話の流れでは、「たると」の作り方を聞く余裕などはまったくない、ということをである。
 そして、七千二百の兵を背後に率いつつ、定行はポルトガル船が長崎の港から去っていくのを見た。思わず、口をついて言葉が出た。
「無念である」
 それを家老の一人が聞きとめ、意想外、という顔をした。
「これは如何なる御無念にてあらせられましょうか。異国船、無事に退去せし事、まことの慶事かと拙者は存じまするが」
「ポルトガル船はもう来ぬであろう。確かに将軍家はこれにて安泰、目出度きことである。されど……」
「何か御所念が御座いますか?」
「つまり余はもう二度とたるとを賞味することが出来ぬのじゃ」
「はて。たるととは何にて御座いましょう」
 この家老はポルトガル船に同行してはいなかったのである。
「たるととは何か。そう、それがまさに問題なのじゃ」
 定行はひとりごちた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...