最深部からのダンジョン攻略 此処の宝ものは、お転婆過ぎる

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第三話 依頼、そして……

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 公一はノイから呼ばれるのを待つことにして床に正座をした。公一は焦る様子も無く黙然と座り続ける。目を半眼にして自分を暗闇に溶け込ませるように気配を消す。

 二人の会話のない大広間は空気も動くことも無ない静まり返った空間だった。
 しばらくするとノイが向かった方向から咳ばらいが聞こえ、公一を呼ぶ声が静かな広間に響いた。

「コーイチ、まだそこにいるか? こっちへ来てくれ」
 公一は半眼だった目を開け、ゆっくりと立ち上がった。声のする方、先ほどノイが歩いていった方向に体を向けた。

 声の主は先ほどまでのノイの高い声とは違い少し年上の少女の声だった。

「声が少し低いな、やっと本体のお出ましか。どんな奴が何を言ってくるかだな」

 公一は財宝の山から金塊や宝石が崩れ落ち狭くなった道をたどっていく。

「こっちの方は随分と開けているな」

 先ほどまで座っていた所と違い、道は開けた場所へとつながっていた。

「お、舞台か、いや祭壇だな」

 祭壇は半円形で、床は祭壇に向かって下って行く造りになっている。傾斜になった床面にはびっしりと流れるような文字が彫り込まれ、文字は半円の祭壇を取り囲む様に刻み込まれていた。
 
 公一は祭壇の下まで来ると傾斜のせいで自分の背丈より高くなった祭壇を見上げた。やはり祭壇の緩やかな曲面にも同じ文字が刻み込まれている。
 
  
「祭祀用か呪詛に使ってたみたいだ。さて上はどうなってるかだな。宝の山の代わりに頭蓋骨の山だったらぞっとしないな」

 祭壇のふちに飛び付こうと体を屈め脚に力を溜める。
「おっと、危ない、危ない。まず罠とか仕掛けが無いか確かめないと」

 手を掛けようとしていた舞台の端を撫でたり軽く叩いたりしてみる。
 丁寧に仕上げられた石材からは埃も舞う事もなかった。

「おい、そんなことしてないで早くこっちへ上がってくれ待ちくたびれたぞ。階段ならもう少し先だ」
 小気味よく響く声が公一を急かす

 左手で壁を触りながら、壁に沿って早足で歩き階段を探した。
「向こう側か? それにしてもでかいな、グランドの外周でも回ってる感じだ」

 飛び上がって祭壇の奥を覘いでみる。急かす声の主が祭壇の壁際中央にある長椅子に座っているのが一瞬だけ見えた。
「いた。このまま壁伝いに行けば間違いないな。急ぐか」

 公一は右手に宝の山を見ながら道を急いだ。少し走った所で祭壇に上がれる階段を見つける事が出来た。

 不用意に階段を上がり全身を晒すつもりのない公一は、祭壇の奥が確認できる位置で足を止めた。
 
「申し訳ありません。こちらまで御出で願いたく存じます。先ほどの童女の主様で御座いますか?」
 公一は自分の知っている限りの丁寧な言葉使いで先程の声の主に呼び掛けた。

「ふん、やっと私の偉大さ理解したようだな。だが私を呼びつけるのは中々の度胸だ」
 少し笑いを含んだ口調の言葉が帰ってくる。
「いいだろう。そこまで行ってやる」

 ノイの裸足で歩く微かな足音が祭壇の奥から響いてくる。
 足音が近づくにつれ、動いていないかった空気が二つに割れるように揺らぐのが、公一には感じることが出来た。

 足音は階段の上で止まり、ひょいと先ほどの声の主が顔を覗かせ声を掛けてきた。
「やれやれ、ここまで来るのに随分と苦労した。我ながら呆れるよ」

 薄暗いため輪郭程度しか判らなかった姿が、今では表情まではっきりと判る。
 肩まで伸びている金髪と深みのある青色をした特徴のある目はノイと全く同じだった。大きく違うのは十二、三才程度に見える年恰好のすらりとした引き締まった体だった。ぼろ布を身にまとっているだけだったが年齢に見合わない威厳を漂わせいている。
 
 公一は少し視線をそらして尋ねた。
「さっきの子は貴方様ですか? 」

 少女はあきれた様に溜息をついて階段の一番上に腰を下ろして足を組んだ。
「無理もないか、あれは私の変化した姿だ。改めて名乗ろう。ノイ・モーント・ドラッヘだ。特別にノイと呼ぶことを許すぞ」

 公一は慌てて首を左右に振った。

「畏れ多い。ノイ様と呼ばせて頂きます」
 ノイの内から溢れ出る迫力に気圧された公一は心ならずも跪いて頭を垂れた。

 公一の殊勝な姿を見たノイは喉の奥まで見せるように大きく口を開け笑い、舞台の上でしゃがみ公一の顔を覗き込んで上機嫌で声を掛けた。
「いいぞ、良いぞコーイチもっと崇めてくれ。そうすれば私の力もより強くなるからな」

「だがなコーイチ話しづらい。そこから上がって来い。心配するな、ここにはお前をはめ込む罠や魔法も掛かってはいない」
ノイは顎で舞台の中心にある階段をさした。

「祭壇に上った途端、二人とも捕まることは?」
 
「ない、ここから出られないのは私に掛けられた呪いのせいだ。大きい魔力を持った者を閉じ込めておく場所さ」
ノイは辺りを見回しながら続ける。

「それにな迷い込んだネズミを閉じ込めるには柵の幅が広すぎるよ」
ノイは細い眉を上下に動かして不満気に言った。

「ネズミですか。まあ確かに俺の力はそんなもんでしょう」
 公一は頭を掻くしかない。見回してノイに尋ねた。
「だから、さっきの格好に? 」
 
「そう、あの姿になって自分の力を無理やり抑え込むのさ。あの大きさなら辛うじて、ここの呪いから抜け出せる」

「そのまま逃げたら問題は解決なのでは?」

「それが出来れば簡単なのだがな。あの格好でいるのには、ずいぶんと力が必要でな。逃げる途中で疲れて寝てしまうわ」

 ノイは少し俯いて溜息をついた。
「寝ている間、誰が守ってくれる? ここには私以外には喋る者はいないんだぞ」

「それで俺が必要だと? ここから逃げた後で元の姿になれば良いのでは?」

「それがな、この姿に戻ると呪いのせいでここに飛ばされるんだよ」

「だからですか」
今度は公一が溜息をつく番だった。 

「そう、だからお前という人間の協力者が欲しいんだ」

 その時、公一は右手首の数珠を押さえた。
「ちっ。何か来たな」

「お前、判るのか? あいつらの気配を」

「あっちの方向が、ここの出入り口ですか?」
 公一は自分の右手方向を指さした。

 その方向からは騒がしい足音や耳障りな怒鳴り声がかすかに響いて来る。
 
 ノイが公一に向かって低い声で言った。
「今見つかると面倒だ。私が呼ぶまで隠れていろ。来た道の二股になった所、反対側の道を行け。骨が有る。そこなら見つからん。急げ」

 公一は返事もせず階段を飛び下りるように降り走り出した。
 だいぶ目が慣れたせいもあり飛ぶように元来た道を戻る。言われた様に道を曲がり財宝の山陰に隠れようと大股で踏み込んだ。

「この人が先客か」公一は横たわる白骨化した遺体に向かって両手を合わせた。
「悪いね少し邪魔させてもらうよ」そう言って、白骨死体の横に腰を下ろす。
 
 ぼろぼろになった服を身に着け横たわっている死者の胸には折れた矢が突き刺さっていた。

「抜けないな矢が骨まで食い込んでるか、これが致命傷だな」
 亡骸の持ち物を見ようとしている公一の耳に怒鳴り声が大きく聞こえるようになった。
「悪の御一行の登場だな。隠れているように言ったが、ノイ様は大丈夫だよなあ」
 公一は山の反対側にある舞台の方に心配そうに体を向けた。

 かん高い耳障りな声はノイを挑発する様に響きわたっている。
 ノイも負けじと怒鳴り返している様だったが、それに対しての返事はあざけるような下品な笑い声だった。 
 そして、かん高い掛け声の後に弓を射る音が響きだした。

「おい、おい。かなり手ひどくやられてる様だな、今はじっと我慢するしかないか」
 公一は立膝をついて、すぐにでもノイの所まで飛び出せる様に身構えた。

 しかし、ノイが公一に助けを求める声を上げる事は無かった。仕事も終わったのか怒鳴り声を上げていた連中の声も遠ざかっていく。 

「ノイ様は無事だろうな。ここで死なれると帰る当てが無くなるぞ」
 そう呟いて急いで祭壇まで戻った公一の目に入ったものは惨憺たる有様と猛烈な悪臭だった。
口元を押さえながら公一は叫んだ。

「ノイ様、ご無事ですか?」
 
「無事で有るものか鼻が曲がりそうだ」
 ノイはすぐに怒鳴り返してきた。
 公一は舞台に駆け上がりしゃがみこんでいるノイのそばに駆け寄った。

 ノイは公一を見あげて吐き捨てるように言った
 「奴らに言わせると私のエサだそうだ。弓も射かけてきたわ」
 ノイは猛烈な匂いのする、緑をした泥状の物を手に掬い取り公一に投げつけた。
 泥は、よける様子も無い公一の顔に見事に命中する。

「何度も何度もこんな目に合う私の気持ちが、お前に解るか」
 ノイはもう一度、汚物をつかみ公一にぶつけた。

 公一は怒り猛っているノイをそのままにしてノイが背にしていた壁に注意を向けていた。

「おい公一、お前には私のこの悔しさが解らんのかあ。あの小鬼たちの糞をぶつけられる屈辱が。おいこら、何とか言え」

「この壁に魔法の力が有るのか。ノイ様の感情の変化で魔方陣の光り方が違いますね」
 壁全体に書き込まれた模様がノイの感情の昂りと呼吸に合わせるかのように光を強めたり弱めたりしている。

「そうさ、忌々しい呪いの魔法だ。私の力をそこから吸い取っているんだ」

 公一は立ち上がり壁に近づくと刻み込まれた文字を指でなぞった。
「サンスクリット文字に似ているけど解読は出来ないか……」

 公一は足元に落ちていたスパイクが付いたハンマーを拾いノイの所に戻った。
「こんなものまでぶつけられたんですか」

「ああ、投げつけてきた。当たるわけもないし、当たったとしても何ともないがな」
 公一は手に持ったハンマーを睨めるように見つめて言った。

「こんな物をぶつけて、虜になった貴方を怒らせている訳ですか」
  深くため息をついてノイに言った。
「長いあいだ、さぞ辛かったでしょう」

ノイはそっぽを向いて強がるように言った。
「ふん、辛くなんかないわ。悔しいだけだ」

 公一はノイの正面に正座をしそっぽを向くノイの横顔を見つめて続けた。 
「師匠からは神格同士の争いには係わるなときつく言われたが……」 

「ふん、やっぱりお前もあの骨と同じ役立たずか」

 公一は黙ったままハンマーを両手で捧げてノイに言った。
「武器を受け取りたまえ。そして再び我に授けよ」

「こ、公一、私に助成してくれるのか」
 ノイはハンマーをひったくるようにして受け取る。
 
 公一は抱き付かんばかりのノイに向かってうやうやしく頭を垂れ言葉を返した。
「はい、本来なら身を清め供物も捧げた上の儀式を執り行うのですが、この有様です御無礼をお許しください」

「わかった。で、お前の言う儀式はどうすれば良い?」

「私が宣誓します。終わりましたら許すと言って、そのハンマーをお返しください」

「よし儀式だな早くやってくれ」

「それでは宣誓の儀を執り行います」

公一は正座をし背筋を伸ばして宣誓の文言を口にした。
「浄化の炎に仕える我は、我が力を用いノイ・モートン・ドラッヘの剣となりノイの行く道に横たわる影のすべてを薙ぎ払い、また盾となり災いから守る事をここに誓う」

ノイは返事をする前に公一に飛びつく様に抱き付いてきた。
「許す、許すぞ」

「ノイ様、慌てずにお願いします。先に武器の下賜をお願いします。それと苦しい……」

「おお、すまん、すまん」ノイは公一と同じように正座し言った。
「公一、お前に武器を授ける。受け取れ」

「謹んでお受けします」公一は差し出した手にハンマーを受け取り頭を下げた。


「しかし、それ武器として役に立つのか? 随分と貧相だが」
 ノイはハンマー指さしを改めて言った。

 公一は大工道具の金槌より少し大きめなハンマーを確かめるように手に軽く打ち付けて答えた。
「まあ、無いよりましですよ。こっから出るには、まず色々と必要ですね」
 公一自分の格好を見せるように両腕を広げた。

「そうだな、今度は私の番だ。公一、裸になれ」
 ノイはそう言って汚物まみれになった体に巻いた布を脱ぎ捨て生まれたままの姿になってしまった。

「ちょっとノイ様いきなり何やってんですか?」
 まだ発達しきっていないノイ裸体に目のやり場に困った公一は顔を背けた。

「なんだ公一、恥ずかしいのか?」
 ノイはニヤニヤ笑いながら公一の服を強引に剥ごうとした。

「ノイ様ちょっと服が破れるから。待てって、おい」
 そんな公一に御構い無くノイは絡み付いて来るように若い身体をぶつけてくる。

「ノイ様、ちょっとお互い汚いから待てって言ってるでしょう。臭いって。どんなプレイだよこれ」

 公一の抗議の声にノイはすかさず言い返す。
「お前が早く裸にならんからだろう。私も急がねばならんのだ」

「自分で脱ぎますから、服破くのは勘弁して」
そう言って公一は渋々全裸になった。
 
「前を隠すな、もっと堂々としろ公一、男だろうが」

公一の下と顔を見比べたノイの口からはため息をつくような笑いがもれた。
 
「悪かったな……」

「まあいいだろう。さて奴らも集まってくるまでもう少しだ」
 ノイは悪戯ぽく笑い公一に言った。
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