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第六話 出発準備 その2

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「ノイ様、後もう一工夫必要です」

「まだ足りないのか? お前は心配が過ぎる」
 ノイは大げさにため息をついて天井を見上げた。

「ノイ様の服と私の服を作らないといけませんよ」
 公一は自分の着ているスエットの肘辺りを引っ張って見せた。
「これでは薄すぎで裸、同然です」
「さそれに歩き回ったせいで靴下に穴が開きました。ノイ様は裸足ですが大丈夫ですか?」

「足なんかなんともない。それより服だ、随分と久々だ服を身に着けるのは。で、どんな具合になる?」
 少しむくれていたノイだったが興味津々に食いついてきた。

「良い道具が無いので間に合わせですが、この旗印を正面に来るように作ってみます」
 公一は二重に書かれた円から放射状に文字が配列されている模様を指でなぞった。
「随分と薄くなっていますが、見る人が見れば判るでょう」

ノイは眉をひそめて
「私が人間の旗印を纏うのか? そもそも旗印は我此処に有りを示す物だし、私が家臣になると言う事だぞ」
 
「この旗印で人間の見方が増えるかもしれませんよ。王家の血筋として尊敬してくれるかも……」

ノイは公一の言葉を遮って
「馬鹿を言うな。私と王家の血筋とは全然格が違う。ホントにお前は考えなしだな」
「でも、この人のお下がりだと、ひどく地味ですよ」

「かまわん、このノイはどこに行っても、ノイはどこでもノイなのだ服装では無い」
 余りの剣幕に公一は首をすくめて

「判りましたから、こっちの旗印の方は私がマント代わりにします。機嫌直して下さい」

「やっぱ、神は何処の世界でも頑固……」
「まだ、ぐずくず言うか、ホントに雷落とすぞ」

 ノイは急に青白く光り髪を逆立て公一を見下ろす高さまで浮かび上がった。
「ノイ様、ちょっと待てっく……いっ、たたた。痛いって」
 公一は落雷の先行放電が頭の天辺に当たり痛みと衝撃で肩をすくめ目が飛び出さんばかりにまぶたを開いた。

「なんだ、そのヘンテコな顔は? その顔に免じて今回はこの位にしてやる」
 最後は笑い半分の口調になっていた。

 宙に浮いたままの近づいて来るノイに、公一は吸い寄せられるように浮かび勢い余って抱き付く格好になった。
「おお、公一痛かったか? 頭でも撫ぜて欲しいか?」

「ノイ様、また、そう言って俺をからかう。真面目な話どうやって浮いているんです?」
ノイは公一の放電の当たった辺りを撫ぜてやりながら
「神の贈り物に理由は無い。じきにお前も自力で浮くことが出来るようになるぞ。こんな事も出来る」

 公一は床に降ろされた途端、がっくりと膝を落とした。
「お、重い。体が重い」
「そのくらいで弱音を吐くな。もっと重くも出来るぞ。これが他の者たちと違う私だけの力だ。他の力は戦う時に見せてやる」

ノイは公一の脇に降り立ち
「いつまで床にへばりついているつもりだ。やる事が有るのだろう」
「うう、さっきから、やられ放題だ。師匠、神には近づくなの意味がよく判りました」
 公一は涙目で天井を見あげた。

「それで? これから何をするんだ」ノイの遠慮のない声が飛ぶ
「服の大きさを決めますから、採寸させて下さい。上手くは無いですが何とかなると思います」

 公一は半ばやけくそで返事をして鞄の中にあった火おこしの道具を取出した。
「火口は湿ってないな、麻の繊維みたいだ」

 打ち金を火打石に勢いよく当て火花を散らす。石と一緒に握っていた火口に火花が移り煙が立ち上り始めた。公一は息を吹きかけ火を大きくして、付木(つけぎ)に火を移す。
「蝋燭、蝋燭。よし、ついた」
 最初、頼りなく揺れていた蝋燭の火はカンテラの中で次第に大きくなり公一の手元を明るくした。その明りは二人を照らし、影は鈍く光る宝の山に伸びて揺れた。

「いくら、夜目が利いても裁縫するには、これ位光が無いと」

 そんな公一を見ていたノイはこの指とまれの格好をしてみせた。
「公一、明りが欲しければ、こうすれば良いのだぞ」
 指先に光が集まりだし蝋燭より強い光を灯した。

「助かります。随分と明るいですね、熱く感じないから火が有るわけでは無いですね?」
「ああ、光の力を集めたんだ。ほれ、燃えたりしないだろう」
 公一の頭に明りを近づけた。

「おお、全然熱くない。一瞬、髪の毛燃えるかと思いました。あ、そのままじっとしていて下さい」

 公一はノイの体に荷物の中にあった予備の服をあてて体の寸法の違いを確かめる。
「それにしても……」
 寸法を取ろうとした公一が一番困ったことは、ノイがくすぐったがってじっとしてくれない事ではなく公一の視線を全く気にぜす肌を露出している事だった。

 特に困ったのは胴回りの寸法を取る時で、どうしてもノイの生えそろってはいない若草が目に入ってしまう事だった。

 公一は何とか目に入れない様に不自然な姿勢を取って作業を続けた。
「私の生まれたままの姿がそんなに不満か」
 公一の努力もノイには理解してもらえず怒りをかって雷を頭に落とされる羽目になった。

 何とか採寸も終わりノイのを体に合わせる為、だぶつくところに穴を開け皮ひもの長さで調節する事に落ち着いた。
「これしかないなあ。裁縫の腕前が良い訳もないし、時間もない」
 ナイナイ尽くしの状態に頭を掻くしかない。
「ノイ様、申し訳ないですが、これで辛抱して下さい」

 ノイは服の出来には何も言わないで身に上着を身に着けてくれた。
 ズボンに対しては抵抗があるらしく足を通してくれない。

 下着代わりのフンドシをヒラヒラ振りながら
「なあ、このなんだこれ、この小さいのは旗か? お前の国の女は股にこんなのつけるのか?」
  下着代わりのフンドシをヒラヒラ振りながら
「もう、大事な所を隠すものです。早く紐を腰に回して縛って下さい」

 ノイはいやいやながらでも、がに股でズボンに足を通そうとするが、どうしてもフンドシの収まりが悪いらしく目が何かを訴えている。
「つけ方が判らん」

 当たり前の話だがノイの世界に越中フンドシなど有るわけもない。それにノイには下着をつける習慣すら無かったかもしれない。
考えた公一はジーンズを脱いで自分のトランクスのゴムを引っ張って放した。

「これにしますか?」
「お前のお古だが、まだそっちの方がましだ寄越せ」
 公一は再び尻の割れ目をノイの前に晒すことになった

「フンドシを締めて取り掛かれって事だな。神事、儀式だ、そう考えよう」
 自分の尻を景気づけにひっぱたいた。
 その音は何か虚しげに大広間に響くだけで、公一は、そそくさとジーンズをはいた。

 公一は改めて旗印を調べ初めてた。端の方はボロボロになっていて、旗の上の方は棒が通せるように丸く織り込むように縫われている。旗の両端には青くさびた金具が取り付けられており、ここに紐を通して竿で掲げられるようになっていた。

 ところどころある黒いシミは旗の模様を汚しており、幾度となく兵士たちと敵に突進し味方の拠り所として活躍してきた事を物語っている。

「繊維は一体なんだろう。燃やして確かめてみるか」

 公一は旗印の端を引っ張り短剣で切り取ろうとした。短剣は使い慣れない両刃で力の加減を誤り自分の指先に剣の先端を食い込ませてしまった。
「ああ、やっちまった」

 反射的に指を咥えて血が流れるのを止めようとした。
「んん? 血が出てない。いや切れてないんだ」
 公一が改めて刃先が当たった場所をカンテラの明りで照らし見ていると
 ノイが公一の肩に顎をこすり付けるように乗せ、耳に息を吹きかけるように囁いてきた。
「んふふ、不思議か? 驚いたか? 貸してみろ」
 ノイは公一の肩越に手を回して貸せとばかりにひらひらと動かす。
 公一はその手に短剣をそっと置く。

「驚くなよ」
 いきなりノイは公一の首、頸動脈あたりに短剣の刃を思いっきり押し付け短剣を引きながら一歩後ろに跳びずさった。
 公一は反射的に噴き出すはずの血を止める為に頸動脈を押さえた。

 押さえた場所からは一滴も血は流れておらず信じられないといった表情してノイと手のひらを見比べるしかなかった

 ランタンの明りに照らされているノイの目は怪しく揺れて見え、口元には満足そうに微笑みをたたえている。
「自分の目で確かめてみろ」と言わんばかりに持っていた短剣を公一の足もとに投げてよこした。

 公一は拾い上げて刃に爪の先を当てて切れ味を確かめる。
「刃が落ちて丸刃になってる」
 刃には返りが無くなっており、切れ味の良い刃先の独得の感触は無く只の鉄板を触っているだけだった。

 ノイは楽しげに答えた。
「どうだ我が半身。私には傷などつけることは出来ないんだ。そしてお前もだ」
 公一はノイの言ってる事が耳に届いていない様子で、ぶつぶつと呟きながら熱心に刃先を触っている。
「おい、お前、聞いてるのか」

 短剣の柄をノイに向けた。
「ノイ様、これはどうですか?」

 ノイは受け取った短剣の刃先と公一の顔を見比べた。
「む、お前さっきら何をやっているのかと思ったら、自分の肌を砥石代わりにしたのか」

「刃が落ちるなら、付けることも出来るか試してみました」

「私には効かぬが面白い細工もしたな。こいつを嫌がるやつは此処にはいくらでもいる。お前が持ってろ」

「ノイは武器とかは何か好みは有りますか?」

「大概はぶん殴って御終いだが、剣は使う時は使うぞ。気に入った物が手に入れば、手入れは、お前に頼むことにする」

 人間の道具には余り興味を持たないノイだが武器は別だったようだ。
 公一に身振り手振りで注文を付けだした。

「ノイ様、もう十分判りましたから。そこまで、そこまでにして下さい」
 公一は苦笑いをして旗印の改造に取りかかった。

長年放置されたせいで随分と薄くなってしまった旗印の紋章だったが、改造によって傷をつけられることなく形よく収まってくれた。

 公一はマントを羽織ってみる。マントは膝上の高さまで隠してくれる。
「ノイ様の御加護の事を知ってれば、いらなかったかな。せっかく作ったものだし、このまま羽織っていくか。あれノイ様どこ行った?」

見回すとノイがひょっこりと宝の山から顔を出して
「なあ、公一こいつを連れていっても良いだろう?」

 両手で掬う様に持ってきた半透明の者を公一見せた。目を伏せ目がちにして
「こいつは此処で一番の古株だ。とっても役に立つぞ。酒も作ってくれるし、それに……」

 公一の口元には自然に笑みが浮かんだ。
「ずっと一緒だったんですね。連れ行くのはこいつだけですよ。でも、どうやって連れてきます?」

「まあ、肩にでも乗せるか。ちょっと、まて……!!」
半透明の者は素早くノイの服の中に隠れてしまう。

「ちょっと、お前そこは、待てって」
内股になったノイは公一と視線が合うと、
「馬鹿者」と叫び青白く光る。公一は、お仕置きの放電の巻き添えを喰らうことになった。

「まあ、色々と有りましたが何とか準備できました。ノイは様は靴は履かないんですね」
 当然とばかりに頷き
「お前だって穿く必要はないんだぞ。そんな軟弱な体ではいはずだ」

「元いた国の習慣ですよ。おっと習慣で思い出した。今から出発前のオマジナイをいします」
「ノイ様、背中をこっちに向けて下さい」
 ノイは怪訝そうに背中を公一に見せる。
「それで、どうするんだ」

  公一は火打石を取り出すと打ち金で火花を出した。
「厄除けです。切り火って言います。俺にもやってもらえますか? 軽くでいいので」
 ノイの打った火打ち石からは公一の出した火花とは比べ物にならない程の大きさの火花が飛び出した。火花は大きく辺りを跳ね回り出し、最後はノイの前まで戻って鬼火の様に燃え空中に浮かんだ。

 公一は一歩下がり、鬼火を見つめるノイの様子を窺った。
 ノイは鬼火に話し掛けた。
「公一はしばらく借り受ける。力添え良しなに頼む」
 
 鬼火は回転しながら床に落ちると激しく火花を散らし、辺りに硫黄の煙と臭いを残して消えてしまった。

 ノイは公一を一瞥し
「お前の国のやつとは話は着いた。いざとなったら力も貸してくれるそうだ」
「話が出来た?」
「何を驚いている。わざわざのお越しだったんだ。お前という奴は挨拶も出来ないのか」
 ノイはあからさまに落胆した口調になった。

「お前は国では下位だったのだろうから仕方ないか。お前の儀式も済んだな」
「はい、出発ですね、あ、ノイ様、走らないで」
 ノイは公一の返事を待たずに上機嫌で叫び走り出した。
「出陣する。ついて来い」
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