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第七話 通路に延びる二人の影

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 巨大な石を積み上げて作られている広間の出入り口は二人を待ち受ける様に口を開けている。出入り口を支える円柱の石組は緻密に加工それており境目にはカミソリの刃も通らない程に正確に組み上げられていた。数人の人間で腕を回したとしても石の支柱は抱えきれない太さだった。

 公一は広間の出入り口を支える石組みの造りに圧倒されて思わず感嘆の声を上げた。
「でかいなあ。とても人間が作ったとは思えない。この幅、高さだったら象の群れが通っても問題ないな」
 カンテラを掲げるが光は闇に吸い込まれ天井に届かなかった。

 ノイは石組みの様子を調べる為に柱を見上げている公一に構わず通路に足を踏み入れて行った。
「置いていくぞ」

「ちょっと、お待ちを」
 公一は慌ててノイの腕を捕まえようとするが軽くふり払われてしまう。
「罠が有ったらどうするんですか? 敵に会う前に終わりですよ」

「お前は本当に心配性だ。これを見てみろ」
 ノイは此処を見ろと言わんばかりに爪先で通路の床をつつく。

 小鬼達の歩いた跡だろうか、長年の往復で削られた床は一本の獣道の様になって暗闇の中へと続いている。

「それっ、どっちが早いか競走だ」

 慌てて後追おうとするを尻目にノイは駆け出してしまった。
 そんなノイに公一の言葉使いも思わず荒くなってしまう。
「こら、ちょっと待っててば」

 広間から続く通路は手掘りで掘られた隧道と違い不気味なほど直線的に作られている。通路を駆ける二人の足音と息遣いは響くことなく暗闇に吸い込まれていった。

 ノイの足は思った以上に早く、肩に懸けたカバンの紐が気になる公一はどうしても遅れてしまう。

「あはは。遅い、遅いぞ。公一早く来い」
 ノイは遅れる公一に早く来いとばかりに同じ場所をグルグルと回りながら足踏みをしている。

 公一はなんとかノイに追いつき、肩からずり落ちたカバンの紐を元の位置に戻して一息ついた。

「随分と御ゆっくりの到着だな」
「どうも、足が遅くてすいませんね」
 公一は肩から掛けた鞄と腰につけた流星鎚を大きく揺らして見せ、口を尖らせた。

「まあむくれるな、見てみろ階段が有るだろう。あそこが本当の出口だ。そんなに私が危なっかしく見えるならお前が先に行ってみるか?」

 ノイの指さした先には確かに上りの階段が見える。公一の夜目は普通の人間と比べると修業のおかげで随分利く様になっていた。今ではノイの加護か以前とは比べ物にならない程になっている。

 公一はカンテラの火を吹き消し、煙の収まるのを待ってから鞄の奥に仕舞い込んだ。
「明りは消します。敵の良い的ですから。よし、気合入れていきますか」
 緊張のせいか少しだけ声を低くした。自由になった両手で顔をこすった後、階段を見つめて軽く頬を叩いた。
 
 牢獄からの脱走としたら二人は騒ぎ過ぎだ。あの階段からいつ敵が現れてもおかしくはない。 
 公一は焦る気持ちを抑え、ゆっくりと足を床に付けた。その途端に重い音が廊下に響き渡り、通路の床全体が一段沈んだ。慌てて後ろを振り返るとノイが天井を指さしていた。

「うむ、ホコリか、砂も落ちてくるな」
 ノイの声につられて、のけぞる様に上を見あげた公一の顔にも砂とホコリが、どっと降り注いだ。

 公一は口に入った砂粒を吐き捨て畜生めと毒ついた。バラバラと細かい砂が降り注いだ後、天井の方から石臼を転がす様な低く鈍い音が響き始め通路全体を揺るがした。
 ノイはこれから起きることが理解出来ないらしく、何が起こるか興味津々の表情で天井を見上げている。
「ふん、面白い趣向だな」
 振動は何の前ぶれもなく突然に止み、通路は耳が痛くなるほど静まり返った。

 今度は公一がノイを急かす番だった。階段を一瞥してノイの肩に手をやり早く先に行くように促した。焦る公一を尻目にノイはの呑気なもので改めて聞いてきた。
「どうした。何を慌ててる」

「とにかく静かなうちに出口に、階段を上ってしまいましょう」

 一瞬の静寂を破り天井が鼓膜を破らんばかりの轟音をたて始め通路全体を揺さぶり始める。石と石をこすり合わせる異様な音を響かせながら天井が真っ黒の影になって二人の頭上に猛烈な勢いで迫った。

「ノイ様、体を低く。頭を下げて」
 公一はとっさにノイを頭を庇うように抱きすくめ、ノイも公一の頭の後ろに手を回し二人は互いに庇い合う様に抱き合った。

 釣り天井の罠は腹の底に響く音を立てて公一の頭寸前で止まってしまった。
 公一は自分を襲うだろう衝撃から目を逸らす為、きつく閉じていたまぶたを少しだけ開けて頭上すれすれの天井を見上げた。

「お、止まったか? 故障か。ノイ様、なんとか助かりそうですよ」
「阿呆、良く確かめろ」
 公一は止まった天井を片手だげて支えているノイを見あげた。

 ノイを庇っているつもりの公一だったが、いつのまにか腰を落としてしまい端から見ればノイにしがみついている様にしか見えない。
「だからな、お前。これは止まったんじゃなくて止めてるんだ。いつまでしがみついているつもりだ」
 憮然とした表情で公一を見つめた。

「なんて様だ。肝の細い奴だなお前は。もっとどっしりと構えないか、そんなのだから目も細ければ体も細いんだ。おまけに鼻まで低い。ちゃんと肉を食べてるのか」
 なぜか食事の事まで怒る始末だ。
「そんなに私の力が信頼できないか。私が支えている内に早う前に出て歩け」

 みっともないと思われた公一は何も反論できずに黙って先頭に出て中腰で歩き出す。時々振り返ってはノイの顔色を怖々と窺った。
 目を合わせないノイだったが器用に両腕を交互に入れ替えてながら釣り天井をを支えて付いて来てくれる。

「いて、頭をこすった。ノイ様、ここからは狭くなってるから注意して下さい」
 ノイは怒り心頭に達しているのか何も返事をよこさなかった。

 公一は慎重に一歩踏み出したつもりだったが、今度もさっきより強く頭を天井にぶつけた。
「まさか天井がまた落ち始めてるのか」

 慌てて振り返るとノイの姿勢はさっきと違い、首と背中を使い天井を支えている。全身に力を入れているせいか力む声が小さく聞こえてくる。
「ノイ様、あと少し、四、五歩で階段です」

「お前だけでも逃げろ。私はどうなってもいい」
ノイからの返事の最後の方は言葉でなく呻き声近かった。

「そんな事出来ますか」
 公一は次第に落ちてくる天井と床との間を体をねじ込むようにしてノイの隣にもぐこんだ。公一もノイにあわせて全身に力をこめて天井を支える。

  二人は階段まであともう一歩のところまでたどり着く。手を伸ばせば届く距離なのだが、その一歩がひどく遠い。ノイの力も限界なようで天井はジリジリと容赦なく下がってくる。

「すいません。とんだ役立たずが来てしまって、何もお手伝いしないうちにこのざまです」
 うつむいていたノイは苦く笑い公一を横目で見た。
「お前だけなら逃げられた物を。お前は本当に馬鹿でお人好しだ。だがな少しでも私の役に立とうとしてくれた。それは褒めてやる」

 ノイはもう一度、華奢な身体をふるわせて力を振り絞った。
「早く出ろ、外から支えろ」

 公一は言われるがまま隙間から転がり出りでて、外側から肩を入れジリジリと下がる天井を支えた。ノイの細い指先も天井の縁に懸かる。
 公一の踏ん張りをよそに天井は止まってくれない。

 ノイの笑い声が聞こえた。
「公一、もういい下がれ。そこから離れていろ。巻き込まれるぞ」
 公一は額に脂汗を浮かべて怒鳴った。

「絶対に離れません」
「お前は本当に、しょうがない奴だな」

 巨石の天井は突然はね上がった。持ち上げようとしていた公一は、つられてひっくり返り後頭部を石の床に打ち付けてしまった。
 公一は慌てて顔をあげた。視線の先のノイは片手で天井の縁を持ち上げ優しく笑いかける。

「だから、言っはずたぞ」
 ノイは階段をにらみ荒々しく釣天井を放り上げる。支えを失った釣天井は地響きを立て罠の口を閉じた。

 ノイは唖然とし腰を抜かしている公一をいとおしそうに抱きしめて語りかけた。

「公一よ、お前を試すようなことをしてすまなかった。私がここまで来るのにどれくらい待ったと思う? その後ろの岩が砂粒になる位に耐えねば為らなかったのだ。お前の力はまだまだだ、だがな気持ちだけは十二分だ。嬉しいぞ」
 最後のは言葉は震えている。ノイはワザとらしく咳払いをして誤魔化そうとした。

「ああ、アレルギーですね。自分の国の流行り病です。さっきの埃とか吸うと涙が出るんです。俺も目が痛いし、くしゃみが出そうですよ」
 公一ノイの腕の中で下手なくしゃみの真似をしてみせる。

「いつまでも、こののままではいかんな。おい公一、暫くこうしているか? 母御でも恋しくなったか? 残念だが私の乳は膨らんではおらんから何も出んぞ」

 ノイにからかわれた公一は顔を真っ赤にして、ノイの首に絡み付いて来る腕からすり抜けた。

「そっ、そうですね。あれだけの音がしたんだからばれてるに違いないです。急ぎましょう」

 ノイは公一に頷いて見せ上へと続く階段を見あげた。
「じゃあ、改めて出陣だな」
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