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第十話 船歌
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入道達は全身のに力を籠め唸り声を上げながら、一歩また一歩と鎖のきしむ音とともに前へと進む。
足を床に付ける度に、爪を床に食い込ませる耳障りな音が辺りに響き渡る。
「深い溝は、こいつらの苦役の跡だったか」
入道達が引く鎖は彼ら身体に食い込み皮膚を破るが、入道達は流れ出る血を物ともしない。辺りには汗と血の匂い、入道達が舞い上げる砂と交じる匂いが立ち込めた。
ノイは荒い息使いし苦役に耐えている入道達に近づき大声て声を掛けた。
「面倒をかけてすまない。私も力を貸すからもう少し辛抱してくれ」
「ノイ様も引くのを手伝うつもりですか? ノイ様の力が有れば簡単ですね」
ノイは何かを思案する様に目を閉じて公一に答えた。
「私が直接引っ張るわけないだろう。それでは何の意味も無い。さてとだ」
閉じていた目を開け入道達を見つめた。
「こいつらが、なぜこの仕事をずっと続けいるか判るか?」
「確かに、俺なら逃げ出しますね。ノイ様は今から何をなさるおつもりですか?」
ノイは大きく深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出した。
「ああそうだ逃げる力さえあれば、どこぞにでも逃げるだろうな。今は私にしか出来ない事をして、こいつらを手伝うのさ。歌だよ。歌を唄うのさ」
「服は脱ぎませんよね」
ノイ少しうんざりした目で公一を見た。
「裸になるのは戦いの舞の時だけだよ。また見たいのか。しょうがないやつだな」
ノイは言葉とは裏腹に両の腕で自分を抱き締めて身をよじらせている。
何かを振り払う様に両の手を柏手を打つように鳴らした。
「さあ、歌うぞ。お前も聞いてみるが良いさ。力が出る唄だ」
ノイは静な節回しで歌い出した。単調な節回しではあるが、身体全体を楽器の代わりにして震わせ、その歌声は次第に力強い響きを増した。
低音で始まった澄んだ良く通る歌声が、鎖を引いている入道達を包み込むように響き、ノイの歌に合わせるかのように入道達の足は前に進む。先程まで上げていた唸り声は調子を取り出した。
歌を聞いているだけの公一でさえ足腰が軽くなり何故か踊り出しそうになってしまう。
「背丈さえ合えば一緒に引けたのに」
公一はいかにも残念そうにノイに声を掛けた。
公一のじれったそうに足踏みをする様子を横目で見ながら、思いを込めて唄う。
それに答えるかのように入道達は仕事の仕上げに取り掛かっていた。
入道達は鎖の先端の鉄の輪を、反対側の飛び出した錆びた鉄のカギに掛け様とする。
ノイは最後の力を振り絞っている入道達に力を授ける為、一層力を込めた歌声で入道達の後押しする。
鉄の輪は鎖の軋む音と共に鉄のカギに漸く収まった。
歌の興奮が収まらないノイは公一に飛びつく様に抱き付いた。
「どうだ公一、私の労働の歌も大した物だったろう」
ノイは顔を輝かせ公一の顔を覗き込む。ノイの興奮で潤んだ瞳には、少しだけ困っいるように見える公一の顔が映っていた。
「なんだ、不満だったか」
抱き付いたまま、心配そうに聞いて来るノイの表情と、微かに甘い香りのする汗の匂いが一層に公一を困らせた。
公一どぎまぎしている自分をごまかす為に、ワザとらしい位に声を上げる。
「いいえ、大したものでしたよ。声も綺麗で、歌っている立ち姿も美しい物でした」
ノイは満足そうに頷き、頭を公一顎に擦り付けて身体を離した。
「さてと、こいつらはどうしたものかな」
ノイ達の周りに作業を終えた入道達が集まり始め、一番体の大きい物を筆頭にして一人、また一人として跪いて行く。
「ノイ様の歌に感謝したいみたいですね」
「きっと、お前にもだぞ。この暗闇の奥底で人を笑わせる道化の真似事が出来る奴も大したものだ」
魔素が、おりの様に沈殿したこの暗い場所で最後に歌と笑い声が響いてから、どれだけの時を経ているのだろうか。もしここにノイの最後の敵がいたなら天地驚愕の事態には違いは無いだろから。
「暗闇の奥底と聞くと単純には喜べませんよ。それにこの人たちどうします」
入道達は跪いたまま、俯いている者、両手で顔を覆っている者そして、一番の手前に控える入道は声を立てずに涙を流していた。
「こいつらは声を上げて泣くことも許されないのか」
ノイは絶句した。
「逃げ出せない理由は呪いのか、この人達が生まれる前から続いている悪しき伝統なのか。どっちみち何かを起こさないと解決はしません。この人たちは私たちに期待して跪いているのでしょう」
「お前ならどうする」
公一は躊躇なく言い放った。
「残酷ですが、この人達はこのままにして先に進みます」
ノイの反応は公一の予想とは違い冷静、むしろ何事にも動じない賢者としての表情を持ち合わせていた。
「理由は、こいつらを巻き込まない為か?」
公一はノイの反応に驚きつつも深くうなずいた。
「今、くびきを外したら後先を考えず暴れ出すかもしれません。さっきの小鬼を蹴り飛ばした事は覚えてますよね」
二人は、今は大人しく跪いている彼らが死んでいる小鬼を思いっきり蹴り飛ばしている姿を見ている。入道達が如何に普段から虐げられた生活をしているか想像に難くは無かった。
「ああ、大変な憎みようだと思う」
何か思案しているノイの返答は感情も無く短い物だ。
「他の方法をお考えで?」
公一は立てた槍に身体をもたれかけて尋ねた。
「いや、良い知恵はまだ思い浮かばん。それよりもだ、こいつらは歌を唄ってたな、歌えるようになり始めているのかもしれない。これが変化の始まりだったらどうなると思う?」
「争いも時間の問題ですね。しかしこの人たちと一緒に戦うのは」
「そうだ時間が必要になる。ただ戦うのは簡単だ、しかし一度動き出したら止めるのは難しい。それも判っている。だが、だ」
公一の両手をこすり合わせる音がやけに大きく聞こえた。二人の間には若干の齟齬が生じていた。公一にもノイの気持ちは痛いほど判っている。彼女もまた長い間、惨めに暗い場所に閉じ込められていたのだから。
ノイは、ただ、ただ、涙を流すだけで何も言わないの入道達をじっと見つめていた。
「こいつらが一番の喜びってなんだろうな。こいつらの幸せって何だろうな」
今ではノイは何も考えず動く性質の持ち主では無くなっていた。長い耐乏の時間が彼女を変えていた。昔の彼女なら、今すぐにでも先頭に立ち敵に向かって切り込んで行っただろう。
ノイは天井を仰いだ後、入道達が来た方向を指さした。
「行け、お前たちの住む場所に帰れ」
「もう一度い言う。早く行け。行くんだ。口で言って判らぬのなら痛い目を見るぞ」
入道達は最初はおずおずとしてノイの様子を窺っていたが、ノイの口調と怒りの表情、そして体が光り出したのを見ると恐れをなして我先に逃げだした。一番身体の大きい入道は何度も、何度も立ち止まり振り返りながら消えて行った。
入道達が見えなくなるまで睨めつけていたノイは、急に袖口で目を擦り始めた。
「これでいいな。これで良かったんだな」
ノイの微かに震えている声を聞いた公一はノイの顔が見ない場所に腰を下ろした。
しきりと服の袖で顔をこする仕草を繰り返している。ノイの後ろ姿は普段とは違い普通の少女にしか見えない。
「どうしたら良いか判らん。安請け合いの約束は絶対にしたくない。果たせない約束は騙した事と同じだ。騙された者の気持ちの辛さはよく分かっている」
「少し整理、考えてみましょう」
公一は、こんな時必要なのは慰めの言葉より、次やる事を決め実行させる事だと信じていた。
「どのみち此処のにずっと居る訳にも行きません。あの人達をつけて住処まで行ってみましょう。生活の様子も判るし誰が支配してるかも判ります」
ノイは公一の話を聞いて振り返った。
「敵もはっきりとするな」
足を床に付ける度に、爪を床に食い込ませる耳障りな音が辺りに響き渡る。
「深い溝は、こいつらの苦役の跡だったか」
入道達が引く鎖は彼ら身体に食い込み皮膚を破るが、入道達は流れ出る血を物ともしない。辺りには汗と血の匂い、入道達が舞い上げる砂と交じる匂いが立ち込めた。
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「服は脱ぎませんよね」
ノイ少しうんざりした目で公一を見た。
「裸になるのは戦いの舞の時だけだよ。また見たいのか。しょうがないやつだな」
ノイは言葉とは裏腹に両の腕で自分を抱き締めて身をよじらせている。
何かを振り払う様に両の手を柏手を打つように鳴らした。
「さあ、歌うぞ。お前も聞いてみるが良いさ。力が出る唄だ」
ノイは静な節回しで歌い出した。単調な節回しではあるが、身体全体を楽器の代わりにして震わせ、その歌声は次第に力強い響きを増した。
低音で始まった澄んだ良く通る歌声が、鎖を引いている入道達を包み込むように響き、ノイの歌に合わせるかのように入道達の足は前に進む。先程まで上げていた唸り声は調子を取り出した。
歌を聞いているだけの公一でさえ足腰が軽くなり何故か踊り出しそうになってしまう。
「背丈さえ合えば一緒に引けたのに」
公一はいかにも残念そうにノイに声を掛けた。
公一のじれったそうに足踏みをする様子を横目で見ながら、思いを込めて唄う。
それに答えるかのように入道達は仕事の仕上げに取り掛かっていた。
入道達は鎖の先端の鉄の輪を、反対側の飛び出した錆びた鉄のカギに掛け様とする。
ノイは最後の力を振り絞っている入道達に力を授ける為、一層力を込めた歌声で入道達の後押しする。
鉄の輪は鎖の軋む音と共に鉄のカギに漸く収まった。
歌の興奮が収まらないノイは公一に飛びつく様に抱き付いた。
「どうだ公一、私の労働の歌も大した物だったろう」
ノイは顔を輝かせ公一の顔を覗き込む。ノイの興奮で潤んだ瞳には、少しだけ困っいるように見える公一の顔が映っていた。
「なんだ、不満だったか」
抱き付いたまま、心配そうに聞いて来るノイの表情と、微かに甘い香りのする汗の匂いが一層に公一を困らせた。
公一どぎまぎしている自分をごまかす為に、ワザとらしい位に声を上げる。
「いいえ、大したものでしたよ。声も綺麗で、歌っている立ち姿も美しい物でした」
ノイは満足そうに頷き、頭を公一顎に擦り付けて身体を離した。
「さてと、こいつらはどうしたものかな」
ノイ達の周りに作業を終えた入道達が集まり始め、一番体の大きい物を筆頭にして一人、また一人として跪いて行く。
「ノイ様の歌に感謝したいみたいですね」
「きっと、お前にもだぞ。この暗闇の奥底で人を笑わせる道化の真似事が出来る奴も大したものだ」
魔素が、おりの様に沈殿したこの暗い場所で最後に歌と笑い声が響いてから、どれだけの時を経ているのだろうか。もしここにノイの最後の敵がいたなら天地驚愕の事態には違いは無いだろから。
「暗闇の奥底と聞くと単純には喜べませんよ。それにこの人たちどうします」
入道達は跪いたまま、俯いている者、両手で顔を覆っている者そして、一番の手前に控える入道は声を立てずに涙を流していた。
「こいつらは声を上げて泣くことも許されないのか」
ノイは絶句した。
「逃げ出せない理由は呪いのか、この人達が生まれる前から続いている悪しき伝統なのか。どっちみち何かを起こさないと解決はしません。この人たちは私たちに期待して跪いているのでしょう」
「お前ならどうする」
公一は躊躇なく言い放った。
「残酷ですが、この人達はこのままにして先に進みます」
ノイの反応は公一の予想とは違い冷静、むしろ何事にも動じない賢者としての表情を持ち合わせていた。
「理由は、こいつらを巻き込まない為か?」
公一はノイの反応に驚きつつも深くうなずいた。
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二人は、今は大人しく跪いている彼らが死んでいる小鬼を思いっきり蹴り飛ばしている姿を見ている。入道達が如何に普段から虐げられた生活をしているか想像に難くは無かった。
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「いや、良い知恵はまだ思い浮かばん。それよりもだ、こいつらは歌を唄ってたな、歌えるようになり始めているのかもしれない。これが変化の始まりだったらどうなると思う?」
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「そうだ時間が必要になる。ただ戦うのは簡単だ、しかし一度動き出したら止めるのは難しい。それも判っている。だが、だ」
公一の両手をこすり合わせる音がやけに大きく聞こえた。二人の間には若干の齟齬が生じていた。公一にもノイの気持ちは痛いほど判っている。彼女もまた長い間、惨めに暗い場所に閉じ込められていたのだから。
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ノイは天井を仰いだ後、入道達が来た方向を指さした。
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