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第十八話 陰そして陰と陽
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虫の死骸を乗り越えながら進むと辺りは産卵場と思しき場所に変わっていった。
産卵場には羽化して中身の無い卵の欠片や、ノイの起こした爆発の影響で中身が飛び出してしまった物などが散乱していた。
公一は飛散った卵の中身と匂いに閉口したが、公一の後に続くノイは気にも止めていない様子だった。
「公一は苦手か?」
「元いた場所では、ここまで凄いのは見たことが無いで、驚いてしまって……」
「ふん、早く慣れろ。それより、この卵を産んだ奴が一番奥にいるぞ。これで驚いていたら気絶するかもしれんぞ。周りの卵をよく見てみろ」
公一は近くにある卵は入り口に近い物と比べてもぬめりを帯びた粘液に包まれていた。
人の荒い息使いに気付いた公一は気配のする方に目をやった。
僅かな光を少しでも避けようとしているのか、部屋のすみの暗がりには幽霊と見紛う 蒼白い肌をした全裸の女が浮かんでいた。
公一は思わず、ぎょっとしてしまった。自分以外の人間を見て驚いたのではなく、女の姿形に驚いたのだった。
空中に浮かんでいるように見えた女は、あばら骨の辺りから生えた橙色の細長い足で壁に張り付いていた。
女の身体は鼻の下から 縦方向に紡錘形に裂けており、その赤黒い裂け目から時折艶めかしいうめき声と透明な体液を吐き出していた。
恍惚の表情をした女が喘ぎ声を上げ、その度に女の半透明の大腸に似た胴体が卵を産み付ける場所を探して動く。肥大化して間延びした胴体の先端にある産卵管が床の隙間を埋めるように卵を産み付けていく。
「少しでも多く卵を産み付けるつもりらしいな」
「大急ぎで産み付けてますね。それに泣いてる。自分の終わりが近いのが判るのでしょうか」
だだ支配者の手先として創られた虫の母親は、生まれた時の定め従って今も卵を産み続けている。
ノイは女の焦点の合わない目から流れ落ちる涙を黙ってを見詰めていた。
「可哀想だが仕方ないな。ここで情けを掛けても他の連中の害悪しかならない」
一息をついて、一瞬だけ目を伏せた。
「公一お前なら、どう始末をつける?」
「焼き払うか凍らせるかですね。この部屋は他の場所と比べると狭いですね。凍らせる方が良いでしょう。せめてもの情けです。あの女の痛みも少ないと思います」
「氷のままで、あの醜い姿を残すつもりか。あまりに不憫ではないか」
「俺に考えが有ります。身体全体を凍らして下さい」
「うん、お前やってくれと言うならやるが……」
「ここから上を粉々にします。その後はここから全体を氷の塊にして下さい。ノイ様なら簡単に出来ますよね?」
公一は自分の肩のあたりを指で一直線になぞった後、床を指さした。
「お前、私を誰だと思っているんだ! その位は造作もない見ていろよ」
ノイは女を見据え決心したように呪文を唱えた。
「極北の精霊の王よ、我ここに命ず。この哀れなる女の血肉の温もりを、その凍てつく地吹雪で奪い去れ」
呪文は女の全身から体温を奪い、氷の細かいひび割れる高い美しい音色となって部屋中に響き渡った。
「公一、お前の望むものになったか確かめろ」
ノイの口調は公一が女を粗末に扱えば今にも感情を爆発しかねない勢いが有った。
「さあ、粉々出来るならやってみるがいい」
公一は素早く弓の弦を張り直し空撃ちをして感触を確かめる。
無言で矢をつがえ南無の小さい呟きをして矢を放った。
鋭い弓弦を鳴らした後、矢は凄まじい羽根の音を残して女の眉間に突き刺さった。
公一の救の言葉と心を乗せた矢は、女の人間の部分だけ見事に消し飛ばし辺り一面に氷の粉を降らせた。氷の粉は赤い輝きを放って消えて行った。
「ノイ様、人がひとり亡くなりました。哀悼を捧げましょう」
公一は黙祷をして頭を下げた。ノイもつられて頭を下げる。
「さあ、ノイ様、今ここに転がっているのは虫のメスです。遠慮はいりません氷の中に閉じ込めて二度と人目に触れさせない様にしましょう」
「ああ、判った。ここから向こう側は、この世が変わらない限り氷で閉ざしてやる」
ノイは目を薄っすらと閉じて言い放った。
「来い、氷の牙と角を持つ龍よ。お前の涙と叫び声で、ここを氷の墓としろ」
ノイの呼びかけに答える様に部屋の空気は一瞬で凍りつき公一の足もとを境に巨大な氷壁が出来上がった。
公一の吐く息も真っ白に凍りつき大きな形を作る。
「寒いです。早くここから出ない俺も凍り付いてしまいすよ」
公一は全身を震わせてノイに訴えた。
「なんだ、だらし無い奴だ。歯まで鳴らして……」
ノイはそれ以上言わず出口に向かって歩きだし、急こう配になっている出口に向かう坂を一気に駆け上がった。
「早く来い」
坂の上で公一に向かって手を差し伸べてくれている。
公一は槍を杖代わりにして何とか坂の上のノイ所までたどり着いた。
ノイの手を掴もうとして手を出した瞬間、槍を取り上げられて下に蹴落とされてしまった。
「ひっどいなあ。またふざけて」
「悔しかったらここまで登って来い。文句は上に来たら聞いてやる」
公一は力を振り絞って駆け上がってはみたものの、またしてもノイに落とされてしまった。
そんな公一の落ちっぷりが余程面白かったのか、ノイは出口から見下ろして高笑いをしていた。
「さあ、もう一度だ。公一この程度を登れないと先が思いやられるぞ」
公一は今度は落とされまいとノイを見ながら慎重に坂を上った。ノイが足を突きだした瞬間を狙い飛びついた。
公一の見たノイの大きく開かれた瞳には潤んでいおり、自分の姿が鏡の様に映し出されていた。
ノイは公一に抱きすくめられると抵抗する事なく後ろに倒れこんだ。
二人は黙ったまま、お互いを強く抱きしめ合った。
しばらくすると
「公一、寒いか? 震えが止まらんな」
「はい、初めて人を殺しました……」
「そうか、お前には世話をかけてしまったな」
「知った人でしたか?」
「……」
ノイの返事は直ぐには無かった。暫くして
「……たとえ知っている奴だったとしても、どうしようもなかった。お前が気に病む事ではないぞ」
「はい、判っていますが……」
ノイは返事の代わりに公一の頭を強く抱きしめた。
「だからな公一よ、この世界は私がいないうちに酷く荒らされてしまった」
「はい」
「欲望のままに動いた奴らが好き放題がこの有様だ。だからな、私たちのやる事はここでいつまでも寝てることじゃないんだよっと」
ノイは言った途端、公一を巴投げの様に自分の頭の向こう側に投げ飛ばした。
公一も心得たもので投げられた瞬間体を丸め見事に着地した。
「いきなり投げるのも酷いですよ」
ノイは起き上がり腰に手をやって小首を傾げた。
「なんなら、もう少し抱いてやろうか?」
公一は真っ赤になって手を振った。
そんな公一を見てノイはプイと背を向け聞こえない声で何かを呟いた。
「余り呑気に時間を潰していられないのは判っていますよ」
公一は慌ててノイの背中に慌てて声を掛けた。
「それに誰かに見張られているのは間違いないですし」
ノイは深くため息をついて振り返った。
「お前は本当に面白味のない、つまらない奴だなあ」
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空中に浮かんでいるように見えた女は、あばら骨の辺りから生えた橙色の細長い足で壁に張り付いていた。
女の身体は鼻の下から 縦方向に紡錘形に裂けており、その赤黒い裂け目から時折艶めかしいうめき声と透明な体液を吐き出していた。
恍惚の表情をした女が喘ぎ声を上げ、その度に女の半透明の大腸に似た胴体が卵を産み付ける場所を探して動く。肥大化して間延びした胴体の先端にある産卵管が床の隙間を埋めるように卵を産み付けていく。
「少しでも多く卵を産み付けるつもりらしいな」
「大急ぎで産み付けてますね。それに泣いてる。自分の終わりが近いのが判るのでしょうか」
だだ支配者の手先として創られた虫の母親は、生まれた時の定め従って今も卵を産み続けている。
ノイは女の焦点の合わない目から流れ落ちる涙を黙ってを見詰めていた。
「可哀想だが仕方ないな。ここで情けを掛けても他の連中の害悪しかならない」
一息をついて、一瞬だけ目を伏せた。
「公一お前なら、どう始末をつける?」
「焼き払うか凍らせるかですね。この部屋は他の場所と比べると狭いですね。凍らせる方が良いでしょう。せめてもの情けです。あの女の痛みも少ないと思います」
「氷のままで、あの醜い姿を残すつもりか。あまりに不憫ではないか」
「俺に考えが有ります。身体全体を凍らして下さい」
「うん、お前やってくれと言うならやるが……」
「ここから上を粉々にします。その後はここから全体を氷の塊にして下さい。ノイ様なら簡単に出来ますよね?」
公一は自分の肩のあたりを指で一直線になぞった後、床を指さした。
「お前、私を誰だと思っているんだ! その位は造作もない見ていろよ」
ノイは女を見据え決心したように呪文を唱えた。
「極北の精霊の王よ、我ここに命ず。この哀れなる女の血肉の温もりを、その凍てつく地吹雪で奪い去れ」
呪文は女の全身から体温を奪い、氷の細かいひび割れる高い美しい音色となって部屋中に響き渡った。
「公一、お前の望むものになったか確かめろ」
ノイの口調は公一が女を粗末に扱えば今にも感情を爆発しかねない勢いが有った。
「さあ、粉々出来るならやってみるがいい」
公一は素早く弓の弦を張り直し空撃ちをして感触を確かめる。
無言で矢をつがえ南無の小さい呟きをして矢を放った。
鋭い弓弦を鳴らした後、矢は凄まじい羽根の音を残して女の眉間に突き刺さった。
公一の救の言葉と心を乗せた矢は、女の人間の部分だけ見事に消し飛ばし辺り一面に氷の粉を降らせた。氷の粉は赤い輝きを放って消えて行った。
「ノイ様、人がひとり亡くなりました。哀悼を捧げましょう」
公一は黙祷をして頭を下げた。ノイもつられて頭を下げる。
「さあ、ノイ様、今ここに転がっているのは虫のメスです。遠慮はいりません氷の中に閉じ込めて二度と人目に触れさせない様にしましょう」
「ああ、判った。ここから向こう側は、この世が変わらない限り氷で閉ざしてやる」
ノイは目を薄っすらと閉じて言い放った。
「来い、氷の牙と角を持つ龍よ。お前の涙と叫び声で、ここを氷の墓としろ」
ノイの呼びかけに答える様に部屋の空気は一瞬で凍りつき公一の足もとを境に巨大な氷壁が出来上がった。
公一の吐く息も真っ白に凍りつき大きな形を作る。
「寒いです。早くここから出ない俺も凍り付いてしまいすよ」
公一は全身を震わせてノイに訴えた。
「なんだ、だらし無い奴だ。歯まで鳴らして……」
ノイはそれ以上言わず出口に向かって歩きだし、急こう配になっている出口に向かう坂を一気に駆け上がった。
「早く来い」
坂の上で公一に向かって手を差し伸べてくれている。
公一は槍を杖代わりにして何とか坂の上のノイ所までたどり着いた。
ノイの手を掴もうとして手を出した瞬間、槍を取り上げられて下に蹴落とされてしまった。
「ひっどいなあ。またふざけて」
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公一は力を振り絞って駆け上がってはみたものの、またしてもノイに落とされてしまった。
そんな公一の落ちっぷりが余程面白かったのか、ノイは出口から見下ろして高笑いをしていた。
「さあ、もう一度だ。公一この程度を登れないと先が思いやられるぞ」
公一は今度は落とされまいとノイを見ながら慎重に坂を上った。ノイが足を突きだした瞬間を狙い飛びついた。
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「知った人でしたか?」
「……」
ノイの返事は直ぐには無かった。暫くして
「……たとえ知っている奴だったとしても、どうしようもなかった。お前が気に病む事ではないぞ」
「はい、判っていますが……」
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「はい」
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ノイは起き上がり腰に手をやって小首を傾げた。
「なんなら、もう少し抱いてやろうか?」
公一は真っ赤になって手を振った。
そんな公一を見てノイはプイと背を向け聞こえない声で何かを呟いた。
「余り呑気に時間を潰していられないのは判っていますよ」
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