最深部からのダンジョン攻略 此処の宝ものは、お転婆過ぎる

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第二十七話 潜む者の丘

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「中に居るのは判っている。知らぬふりをせず、その面を出せ」
公一の声には答える者は居なかった。ただ無造作に積み上げられ赤肌の猿たちの死骸からは聞こえるはずのない無念の声が公一の耳をうった。

 公一は暫く待ってみたが、死骸の丘からは何も返答は無い。聞こえるのは赤い小鬼達が行う単調な作業の音だけだった。

「もう一度言う早く出てこい。出てこないならこちらにも考えがある」
 公一は素早く印を切り一指し指を高々とかかげ叫んだ。その指先には煌々と光る炎が燈っていた。
 
「隠れていたいのなら、そのままで聞け。俺は年老いた者の使いでここに来た。今から口上を言う」

「先の族長が云う、汝が卑怯な手段で我を追い落としたことは許されざる事なり。しかるに今一度、一対一での果し合いを望まんとす。以上だ」

 公一は息継ぎもせず、矢継ぎ早に言った。
「お前には二つに一つを選ばせてやる。この炎で焼け死ぬか先の族長と戦って生を勝ち取るか、どちらか好きな方を選べ」

 ようやく中に潜む者が動いた。
 公一の目の前の肉の壁が、中から聞こえるくぐ持った声のせいで細かく震える。
「お前は何者だ。我が楽しみの邪魔をするならば死がお前を覆うぞ。そして死んだ後に主の貢物にしてやる」

「グズクズと言わないで早く出てこい! 今はお前の楽しみに付き合ってやる暇はない。その主とやらにも用が出来た」
 公一の言葉は鋭い物に変わっていた。公一の考えていたとおり目の前の潜む者に手を貸している者の存在があったからだ。
「ついでに聞いておく。お前の馬鹿な主はどこだ!」
 
「主に対しての侮辱は許さん……」
 
 肉の壁が湿った音を立てゆっくりと口を開けた。
 中からは老猿を一回り逞しくした体の持ち主が赤い糸を引きながら這い出してきた。
 潜む者は豊かだった毛が血でべったりと体に張り付いている。その顔を覆う黒みかがった血液のせいで眼球の白さが異様に際立っていた。

「許されぬのなら先の族長と戦え。そして勝ったのなら俺の首も落とすがいい。勝てれば話だが」

「いつもこそこそと悪あがきをしている、あの老いぼれの話しか。あの剣しか取り得のないやつか」
 かって猿だった潜む者は嘲り続けた。
「よかろう。あの老いぼれのとの違いを見せてやる。今では我の力と知恵はあいつを超えている。お前の首も主に捧げるのも悪くない話しだ」

 潜む者は老猿とは違い流暢に話す事が出来た。
「お前、仲間を捨てた上に生贄にしたな」

「捨てた覚えはない。この同胞の数を見ろ」
 潜む者は自分の背後に積み上げられた死骸の山を僅かに振り返って満足げに言いはなった。
「こいつらは我が体の血肉となり我と共に生きるのだ」
「じゃあ、あの剥いだ皮ををどうするつもりだ?」
「あれか、あれは主の物のだ。我には要らぬ物だ。貢ぎ物にはちょうど良い」

「お前の主とやらは、なかなかの欲張りだな」
「主がどう使おうが我ににも貴様にもかかわりないことだ。お前は珍しいヤツだ余興に主の前に引きだし生きたまま皮を剥いでくれる。楽しみにしていろ」
 潜む者は舌なめずりをしたあと公一の向かって顔を近づけ生温かい息を吹きかけた。
 息は臭いを通りこして刺激のある死臭だった。

 しかし公一は潜む者が今まで殺めた者たちと違い、顔を歪めたり背けることも無かった。
 潜む者が驚いたことに黙ったまま真っ直ぐ見つめ返してくるのだった。
 潜む者は物怖じしない公一に機嫌を損ねたか小さく舌打ちをした。

 公一はかすかな舌打ちの音を聞き逃さなかった。
「この程度で動揺するのか大したことは無いな」

 潜む者は口を開けたと思うや否や喉の奥から伸ばした舌で公一を襲った。
 公一は矢のような速さで繰り出された舌を踊るように体を回転させ難なくかわしてしまった。
 絶対の奇襲に自信を持っていた潜む者は、いとも簡単に自分の攻撃をかわした公一を忌々しげに見つめた。

「その程度では、先の族長には遠く及ばないな。雑、極まりない。言っていることは判るか。良い直してやる。お前はあの人よりも弱い、足元にも及ばない」

 潜む者は悔しげに唸り声を上げた。
「ならば奴を喰ってお前を必ず八つ裂きにしてやる」
「出来るものならな。あの年老いた人に勝てるか怪しいものだがな」
「言わせておけば……」

 公一の意図の半分は当たりかけていた。まず潜む者をこの丘から引きずり出すことだ。このまま挑発を続ければエサである公一に飛びついて来るだろう。
 欲を言えば公一は、この元は猿だった者を堕落させた張本人の正体も探りたいところだった。

「そこまでは無理かな……」

 潜む者は公一の呟きを自分の弱さに対する挑発だと思い込み吼えた。
「案内しろ。奴がいる所までだ。早くしろ」

 公一は内心所詮、猿知恵と思ったがおくびにも出さず潜む者の気の短い正確を利用しようと考えた。

「よし嫌でも俺についてきたくさせてやる」
 公一は指に灯していた炎を死骸の丘に投げつけた。
「いいか、これは破邪の炎だ。忌まわしい呪いを受けた者を滅するものだ。もたもたしていると、お前もこのこの炎に焼かれるぞ」

 炎は一瞬にして丘全体を包み、焼かれた猿の死骸はあっという間にさらさらとした荒い砂となってしまった。炎は容赦なく肉の中にまで食い込み始めた。

「我の身をよくも台無したな。あの老いぼれを殺るまえにお前を始末してくれる」
 低く響く叫び声を上げて潜む者は身体全体を公一の目に晒した。
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