誕生日のお茶会

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突撃

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 並んで座った鷹華と曹長は自分達の装備確認をしながら話し始めた。
「良く考えよう。この作戦は先に突入した部隊が英雄ってことだ」

 武器の整備に余念が無い曹長は短い物だった。
「ええ、成功さえすればですが」

 曹長は自分の自動拳銃の点検を終えると鷹華に向かって手を差し出した。
「少尉殿、点検します」

「ああ、頼む。当然、向こうは手柄を立てたいだろうな」

「中隊本部が先に仕掛けますか……」

「いいや私なら、こちらが攻撃を受けた事を確認して突入する。我々は囮には打ってつけだからな」
 
「各分隊を見て回りましたが間違えなく我々は突出してます」
 曹長はため息交じりに答えた。

「そうだしかも数も少ないし敵の真正面だ。我々を突破すればどうなると思う」
 
「中隊が包囲されて作戦失敗に終わります。どうぞ」
 点検を終えた自動拳銃を鷹華に手渡す。

「指向性地雷は正面に二つ設置してあったな。これが切り札だな」

「置いた場所が近すぎます爆発時は地面に張り付かないとまずいですな。お客さん達には良く言って聞かせないと」

「始まれば顔も上げれないさ」
 鷹華は先程の中尉の狼狽ぶりを思いだし我慢できず小さく笑った。

「後はこいつの整備か、まさかこれが一番頼りになるとはな」
 
 鷹華は背嚢に取り付けられていた将校用の日本刀に似た剣を取り外した。胡座を正座に座り直し日本刀に似た件を鞘か抜いて捧げる様に眺めた。
 美しさは本物と比べるべくもないが今は心強い味方だった。日本刀と特別に違う点は刃先が食い込んだ時に激しく振動する事で切れ味が数段違う事だった

「しかし歩兵突撃が戦いの決め手になるとは思いもよりませんでした。塹壕戦でもないのに」
 曹長は自分の手のひらを銃剣の刃先に近づけて振動の有無を確認していた。

 「そうだなAIの兵隊は、我々から見れば昔の映画の怪物そのものだからな。弾丸を弾いてしまう奴まで作るとはね」「少尉、私はセントジョージにでもなった気分ですよ」

 鷹華はAIが人類に出した合理的な回答を思い出していた。
 『地球環境の最適化から人類は除外し迅速に排除。ただし例外に的に基幹遺伝子細胞の保存と活用を認めるものとする』
 
「この作成が失敗した時は私達は恨まれるだろうな。ミサイルを打ち込んで全てを吹き飛ばしてしまえば兵隊は楽なんだが。地球生態系再生に必要なサンプルとDNAデーターも失う可能性が高い。地球の未来を人質に取られているようなものだからな」


 このAIの通達に一番の衝撃を受けたのは政治家と官僚達だった。
 なにしろ自分達が支配するはずだった天国がいきなり牙を向けたのだから。
 支配者層の怒りと焦りは相当な物で前線兵士たちに無理な作戦を強いる形になっていた。
 兵士たちは過酷な状況でも粘り強く戦い続け、各地に有るAIが管理していた『環境及び生体系制御システム』の拠点のいくつかを占領する事が出来た。
 当然、拠点はいつのまにか生産されていたAI側の兵士がおり人類側の兵士に出血を強いた。
 曹長は背嚢からレーションを取り出した。
「これが欲しいだけで軍に志願する者は多いです。少なくとも訓練中は餓える事はありませんから」
 
 難民用のシェルターと食糧生産装置も建築中だが何時の時代も弱者は後回しで食料不足を物語っている。どうせ死ぬなら腹一杯の方が良いのだろう。

 しかし食糧製造装置の本来の目的を知れば食欲もなくなるはずだ。
 用済みなった人間を溶液にしてAIの言う今の環境に最適化された生物のエサや肥料にするプラントの流用されているからだ。もしかしたら初期に作られた物を口にした人間は知らずに禁忌を破っているかもしれない。
 
 今やAIとの戦いは人間にとって生存競争の様相を帯びた事に変わっていた。 曹長はレーションを口に入れると目を丸くして鷹華の顔を見た。何か言おうとして喉にレーションを詰まらせむせてしまった。

「おい気を付けてくれよ。戦闘前に食べ物喉につまらせて死んだなんて報告書には書けないから」

 曹長は咳き込みながら口を開いた。
「大切な事を忘れておりました」

「とうした何か変わったことでもあったのか」

「いえ、昨日のコーヒーのお礼を申し上げるのを忘れておりました。ご馳走様でした。皆に飲ませてくれた本物のコーヒーは何処で手に入れたんですか?」

「ああ、あれはこの前の歩兵突撃章を受領した時に金色歩兵突撃章より上が無かったんだ。で、勲章の追加で総司令部から仔褒美としてもらったものだ。まあ金より上がコーヒーってのも厳しい世の中だよ」
「あと残りのキャンディーは皆の手に渡ったか? あれは合成甘味料じゃない本物だぞ」

「はい大丈夫です。弾薬の分配の時にちゃんと配りました。皆、大喜びしておりました」

「喜んでくれたか。ここまで来れたのは皆のお陰でもあるからな。まあ、あれが本物の肉だったらお手上げだ。料理はやったことが無いからな」

「それと給仕のやり方も堂に入っていましたね」

「道具は無かったから有り合わせでやったんだが。やるならもっと本格的なものを使いたかった。最後はひっくり返してしまったからホーロー張りのマグカップで良かったよ。割れたえらいことだ」

「とんでもない。今ではあれだけの事を出来る人はおりません」

 鷹華は照れ隠しに笑って陣地の緩い傾斜に寄りかかった。
 視線を中に漂わせて自分の思いで話を始めた。

「私の母方の祖母だよ。お婆様には作法や言葉使いは厳しく仕込まれたっけなあ。勿論コーヒーの淹れ方も作法の一つで本格的だった」

「高価な茶器の横でふざけていて大目玉をくらったことも有ったよ。それ以来お茶の席では女らしくお上品に振る舞う様に心掛けている」
「だから爆風でコーヒーカップが砕けるのを見た時は無性に悲しかった」

 少し慌てた曹長は話題を変えようとした。
「少尉は子供の時にやりたかった仕事とかありましたか」

「児童書で読んだ宮廷の話しとか面白かったな。王女様の御付の女の子か活躍する話で同年代の子には人気だったな。その話の主人公になりたかったな」
「高価な茶器の横でふざけていて大目玉をくらったことも有ったよ。それ以来お茶の席では女らしくお上品に振る舞う様に心掛けている」

「ああ、剣道を教えてもらった。カラテも習ったな。大男でもここを殴ると一発で終わるとか丁寧に教えてもらった」

「ああ、道理で素手でも強いわけだ」

「御婆様はとりわけ剣を抜くのが早くて電光石火の早業だった。えっと他に……」

「十分に判りました」

「思い出話はこれで仕舞にしよう。お掛けで生き残ってきたし勲章まで貰えるとはね。一番役に立ったのが、お婆様の嫌っていた暴力だったのは辛いな」


「ここの作戦が終わったら次はどこでしょうね。今度は楽をさせて貰いたいもんです。それにしてもここが昔は永久凍土が有った場所ってのは信じられません。これを元に戻すにはどえらい時間が必要でしょうね」

 曹長が言い終わらないうちに地面に変化がに起こった。


 突然辺り一面野草の新芽が地面から吹き出し細かな瓦礫が散乱した制御棟に繋がる道路を覆った。一同があっけにとられているうちに新芽は一挙に蕾を付けるまで成長し一斉に開き色とりどりの花をつけ、制御棟への道路は一瞬して春の高山の花畑と化した。そして何処からともなく蝶が現れ蜜を求めて舞い始めた。

「おい馬鹿野郎どもぼんやりしてないで、そいつを押さえろ」

 工兵の内一人が陣地から花を摘もうと身を乗り出した途端頭を撃ち抜かれ仰向けに倒れた。

「来るぞ。装備作動確認。惑わされるなよ」
 少尉が怒鳴る。続けて曹長の怒号が響いた。
「合図が有るまで絶対に撃つな」
 小隊は突然の変化に動揺する事も無く、恐怖に駆られて発砲する者は誰もいなかった。

鷹華は陣地内の様子を素早く確認し怒鳴った。
「中尉、そのまま蹲っていて下さい。頭を吹っ飛ばされたくなかったら絶対顔を上げないで」
「曹長、何か怪しい物は見えるか」

「いえ私には何も。あと来るはずの増援も影も形も見えません。事態は最悪ですな」
「ここ最近、最悪以外なかったぞ。指向性地雷動作確認」

 曹長手元にある確認ボタンを押した。
「確認しました。弾薬ですが各分隊二回戦は戦えます」
「どうせ片道だ。皆には悪いが十分だ」
「全員覚悟はできています」
 
「おい、俺はいつまで頭を下げていれば良いんだ? こっちも突入の手順確認しておきたいんだが」 
 サイモンは腹ばいになったまま悲鳴に近い声を上げた。

 鷹華は素早く目標を探しだし小銃を構え発砲した。スコープの向こう側で部品が砕け散ったが映像は一瞬だけぶれただけですぐにもとに戻ってしまった。

 鷹華の発砲を合図に他の陣地に貼り付いていた兵士達が制御棟に向かって水平射撃を始めた。辺りは煙硝の臭いと小銃の乾いた発砲音に包まれる。

「さっき言ったろう最低でも三つ壊さなと意味が無いって」

「駄目だ立体映像が邪魔して狙い付けられない」
 鷹華は狙撃する事を諦め叫んだ。
「曹長、目の前に有る物を全部吹き飛ばせ指向性地雷を使え」

「点火」
 指向性地雷が爆発しベアリング球を猛烈な勢いで前方に向かって吐き出した。もし生き物がいたら爆風とベアリングの威力でズタズタに切り裂かれているだろう。立体映像が揺らいだ瞬間、いきなり映像の裂け目から蜘蛛に似た生き物が現れ通信兵に飛び掛かった。 
 通信兵に押し倒した蜘蛛は醜い二本の牙を突き立てようとする。
 近くにいた曹長はすぐさま反応して銃剣を蜘蛛の頭に突き刺し止めに銃弾を撃ち込んだ。

 力なくへたり込んだ蜘蛛の下から通信兵が絶叫しながら這い出てきた。
「最初に居たやつらより二回りもでかい。脅かしやがって今度はこっちがやってやる」
 蜘蛛は子供でも入れそうな薄いピンク色をした丸い胴体を持ち、肌には無数の赤い血の透ける動脈と静脈が複雑に絡み合っているのが見えた。
 頭には八つの単眼と牙をもち、首の部分に当たる場所からは何でも器用にこなせそうな人間の女の手が生えている。

 死んだと思われていた蜘蛛の腹が震えだし不気味な音を立てて亀裂が入った。亀裂からは膿と血が混じった体液が噴き出し割れ目はは徐々に大きくなっていた。
 
 亀裂の隙間から二本の手が伸び中から赤むけの人間の形をしたのもがズルズルと音を出しながら這い出してきた。 
 あっけに取られている男達の目の前で銃声が響き醜い頭が吹きとぶ。

「誕生日おめでとう適合生物。私からのプレゼントだ」
 鷹華は拳銃を構え茫然としている男たちを叱り飛ばした

「映像に誤魔化されたな。まだいるぞ」
 そう言った瞬間、鷹華が剣を鋭く抜き放った。飛び掛かって来た茶色の粘液をまとった適合生物は何も出来ないまま、卵が割れる様な音を残して地面に飛び散った。 

 鷹華は身体にかかった粘液を気に止める事もなく叫んだ。
「突撃用意、全員着剣。曹長は復唱どうした」

 曹長は我にかえり小隊の全員の耳に届く大音声をあげ命令を復唱した。

 鷹華は腰を抜かして動けなくなっている中尉の横にひざまずいて耳のもとで怒鳴った。
 「中尉、立って走るだけで英雄になれるますよ」

 爆発のせいで画像投影器は故障したようで、爆煙が晴れ始めると壁に指向性地雷の無数のベアリングを食い込こませた制御棟が見える。

 爆煙の間から見える制御棟の扉からは適合生物が吐き出され始めた。
「曹長、敵も本気を出して来たな。もう一度、指向性地雷で出来るだけ吹き飛ばす。その後ランチャーを扉の中に打ちこめ出来るな」

「お任せ下さい」
 
「突撃第一班は私に続け」

「点火します」
 爆発がおこり目の前は爆煙で全く視界が効かない状態になった。

「さあ、お茶会の始まりだ。突撃!」

 陣地から飛び出した鷹華は振り返ることなく全力で走った。頭の上をランチャーから放たれたロケットが耳障り音たて飛翔し制御棟の中で爆発した。
予定通り。曹長は相変わらずいい仕事をする。全ては予定通りだ。
 
 鷹華は入口を塞ぐようにいた適正生物を切り伏せ制御棟に消えて行った。
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