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誕生日は終わらない

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街から帰った私は、シャルロットの両親達にも誕生日のお祝いをして貰った。

シャルロットにはお姉さんと、妹がいる。
3人ともそっくりなので、その美人3姉妹におめでとうを言われ、私は鼻の下が伸びる様な思いになった。
男装生活が長くなった影響だろうか。

ちなみに、イザベルは部屋でぶっ倒れている。きっと朝まで起きないだろう。
同じ事を思ったのか、シャルロットが、

「それにしても、イザベルがあんなにお酒が弱いとは思わなかったわね。」

フフフッと思い出して笑っている。

「ほんとに、チョット匂いがつく程度のお酒だったらしいのにね。ヘンリーのお嫁さんになるなら、これから十分気を付けないと。」

私は未来の王妃が酒の力で喚き散らす姿を想像した。恐怖映像と言っても過言ではない。

その後誕生日ケーキも出してくれたのだが、今日はさすがに食べられそうにない。
ロウソクだけ吹き消して、朝必ず食べる約束をした。
とても幸せな気持ちだ。

早い晩餐だったので、7時には部屋に戻った。
シャルロットともう少し話すつもりだったのだが、誰かお客さんが来るらしいので諦めた。
椅子に座ると思いのほか身体が疲れていた事に気付く。
早めに寝ようとお風呂に入り、寝巻きに着替えた。

綿の半袖に、ゆったりしたズボン、男の子の寝姿は楽だなと思う。しかし、外出中なのでプロテクターは付けたまま寝なくてはいけないだろう。
苦しいが仕方がない。

ベットに転がるとそのまま寝てしまいそうだ。
まだ髪を乾かしていないのを思い出し、自分の髪に触れた。街の帰りに色が戻ってしまった私の髪は、カラスの様な漆黒だ。
ため息を吐いた。
寝る時は髪をくくらないので、ベット上に無造作に広がっている。
今回はリサを連れて来ていないので、何か用があればシャルロットの家のメイドさんを呼ばなくてはいけない。
自分の事は自分でしようと呼ぶのをやめた。

一瞬眠ってしまったのだろうか、ドアの開く音で目が覚める。
人の気配がするので、そちらに目をやると、誰か立っている。

「、、誰?」

「あぁ、寝ていたのかごめん。」

入って来たその人は、寝転ぶ私の側に来た。
銀色の髪にきらめく金色の瞳、色の白い透き通った肌、そして剣を知る男らしい手で私の髪に触れた。

「イサキオス、、。」

「髪、戻ったんだな。この方がずっと良い。」

整った顔立ちの彼だが、笑うと少年らしくなる。私はこの顔が大好きだ。
私はハッとして慌てて起きる。覚醒した。

「どうしたの?何でシャルロットの家に?」

「シャルロットから手紙を貰った。クリスの誕生日の日、自分の家に招いていると。」

私は聞かされていなかった事実に驚く。

「シャルロットが?僕には何も言ってなかったのに。」

そこで思い至る。お客が来るとはシャルロットにではなく、自分にだったのかと。きっとシャルロットは今悪い顔で笑っている事だろう。

「クリスの誕生日に会いたかった、、。今日は月が綺麗だ。表に連れ出しても?」

「もちろん!」

差し出されたイサキオスの手をギュッと握りしめる。

転移魔法でシャルロットの家の屋根へ飛んだ私達は、平らな場所を探して座った。
今日は雲ひとつない空が広がっているようだ。
満月が私達を見下ろす。

「これを、、。」

イサキオスが小さな箱を取り出した。
私は受け取り、箱をそっと開けた。
中には婚約指輪が入るような、紺色のケースが収まっている。

震える手で恐る恐る開けると、そこには小さなピアスが1つ入っていた。
小さく丸い形のピアスは、シルバーで周りを縁取りされていて、中にはイエローダイヤの石が収まっていた。

小さいが高価な物だろう。

「俺の母さんは、俺が8歳の時に死んだ。」

イサキオスは唐突に話し始めた。

「将来大切な人が出来たら使って欲しいと、兄さんには父さんから貰った婚約指輪を、俺にはイエローダイヤのネックレスを母さんから譲り受けたんだ。」

私はそこまで聞いて、嫌な予感がした。

「母さんの瞳の色も俺と同じ金色だったんだ。父さんが母さんと瞳と同じ色のプレゼンとをしたいと作った物だった。」

予感が確信に変わり、私の背中に冷たい汗が流れた。

「大切な人にプレゼントを贈りたいと兄さんに相談したら、瞳と同じ物を贈れば気持ちが伝わると言われた。」

「、、イサキオス。」

私の瞳は不安で揺れる。
私は彼に嘘をついている。
名前も性別も身分も、、彼がくれようとしているこのピアスはこんな私が受け取って良い物ではない。

ヘンリーから逃げずに真実を伝え、あの時に彼にも打ち明けていれば、、後悔に苛まれる。

彼は言った。

「受け取ってくれるか?」

私はせめてもの抵抗をする。

「これは友情の証?」

友情ならば性別は些細な事だ。
彼は答える。

「今はこの気持ちにまだ名前を付けることが出来ない。こんな気持ちは初めてで。でもクリスは俺の大切な人だ。きっとこの気持ちは友情では片付けられない。」

私の瞳から堪え切れず涙が溢れた。彼の優しさが、彼の純粋さが胸に突き刺さる。
こんな大切な物を貰う事など出来ない。でも、こんな大切な物を断る事も出来ない。
お母さんの形見のネックレスは、もうピアスへと形を変えているのだから。

イサキオスは困った様に私の涙を拭った。
私は顔を上げた!!

「、、貰う!大切にする。何があってもずっと付ける!!」

私は彼に正体がばれ、嫌われるまで側にいる覚悟をした。
、、彼が私の手を離すその日まで。

その後、彼の光魔法でピアスで刺しながら耳を治療するという処置を受けた。
全然痛くない。不思議だ。
私は、嬉しそうに左耳に手をやる。
彼の方に目をやると、彼の左耳にも同じピアスが付いていたのだった。

私の視線に気付いたイサキオスは、少し恥ずかしそうにして、しかし急に真剣な顔になった。
私の指先を握り引き寄せる。
私の瞼にキスを落とし、その後唇に。
私の11歳の誕生日、私達は触れるだけのキスをした。

そしてこの日私は確信する。
彼は男色家なのだと。
私が女だと分かれば、彼はどれほどガッカリするのだろうか。
ガッカリでは済まないだろう、恋愛対象外なのだから。
私は思う、あと少しだけ、もう少しだけ。


次の朝イザベルは酔っ払ってからの記憶が無かった。
記憶無くすなんてヤバいやつだと、私は半眼で彼女を見る。

「だから!あんたのその目腹立つのよ!!」

イザベルは朝から絶好調だ。
シャルロットも揃って、朝ご飯代わりにケーキを食べる。

「あら、クリス。そのピアスどうしたの?」

シャルロットは私の耳に気付き、ニヤニヤ笑う。

「まぁ、それイサキオス様の瞳の色じゃない。昨日来てたの?」

イザベルはイサキオスが来た事を知らないのにすぐに気付く。
私はピアスを指で触りながら、ため息をつく。
シャルロットは首を傾げた。

「思ったより幸せそうじゃないわね?どうかした?」

「、、物語に登場するヒローイン達は皆幸せになるだろ。色々嫌な事があっても大体ハッピーエンドじゃん。でも現実はそんなに甘くないだろ?」

1日経って、私はまた弱気になった。
私は男装出来ても、男の子にはなれないのだ。

「違うわ!!」

イザベルが力強く答えた。

「違うって?」

「ヒローインじゃなくて、ヒロインよ!!そこ伸ばさないでよ!!」

私は呆れた。

「そこなの!?今の話し聞いてそこなの!?」

「だいたい、あんた私の勉強見てた時に散々言ってきたじゃない。努力すれば大概のことを乗り切れるって。あんたが何に悩んでるか分からないけど、努力したわけ?私に胸を張れるぐらい頑張ったの?」

イザベルがまともな事を言うので、私は目を見開いた。

「だから、その顔腹立つわね。何かあったら助けてやるわよ!頑張りなさい!!」

「、、うん。ありがとう!!そっかぁ、、ヒロインかぁ!初めて知ったよ。いや~恥ずかしいな。」

今度はシャルロットが、

「そこなの!?」

と叫んだ。
私はまだまだ頑張れそうだ。
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