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番外編

バレンタイン イザベル編 彼女の受難はここから始まる

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私、イザベル・ラウエニアは、朝から落ち込んでいた。
今日はバレンタイン、大好きなヘンリー様にチョコを渡そうと朝から張り切っていた。
髪型もいつもの縦ロールの髪型をやめ、今日はポニーテールでうなじを見せてみた。
背も低く幼児体形な事を気にしている私は、少しでも大人っぽく見える努力を欠かさない。
私達はまだ11歳だ。
しかし、このフロランティル王国の国民達は皆発育が良い。
年相応よりは、年上に見られる人が多い。

友達の、ティーナもシャルロットも11歳とは思えない妖艶な雰囲気を持っている。
しかし、中身はアホと変態だ。
そんな2人に負けている事を悔しく思うと共に、頑張らねばとやる気になる。
彼女達と友達になっていなかったら、私には心を開く事が出来る友達が居なかったかもしれない。

あの日ティーナが訳の分からない事を言いながら近付いて来た事を私は感謝しているのだ。
そう言えばあの時、私にライバルが現れると言っていたけど、あれはどうなったのかしら?
そんな事を考えながら、歩いていると学園の玄関にさしかかる。
後ろの方からアルルーノ様とマグリット様が歩いて来ていたので、バレンタインに燃える女子の集団に巻き込まれては堪らないと慌てて玄関の中に入った。

そして愕然とする。
ヘンリー様にチョコを渡す為に女子の列が出来ていたのだ。
私の姿を見て、女子達がコソコソと陰口を叩く。
私はそれを一瞥すると構わず歩き出した。
気にしたら負けだ。
ヘンリー様は殿下という肩書きがある。学園では生徒として生活しているが、殿下という真実は消えたりしない。
今列をなしている女子達は、殿下からすれば大切な国民なのだ。
それは分かっている、私は分かっていなければならない。
私は列とは反対側へ足を向けた。
私がヘンリー様に朝の挨拶をする事は彼女達の雰囲気を壊す事になるだろう。

全て分かった上でヘンリー様から逃げるのだ。恥じる事はない。
私はそう自分に言い聞かせて、遠回りして教室へと向かった。

教室に入ると、ティーナがもう来ていた。彼女の顔を見るとホッとする。

「おはようイザベル。」

「おはよう。」

しばらくすると、マグリット様とアルルーノ様が来て、ティーナをからかい始める。
彼らは女子の集団に揉みくちゃにされ、朝から気が立っていたようだ。
八つ当たりも良いところなのだが、ティーナも楽しそうなので私もあえて止めたりはしない。
彼女は皆の精神安定剤的存在なのだろう。

しばらくして皆揃った教室に、ヘンリー様とイサキオス様だけが現れなかった。ティーナの心配そうな横顔が見える。
彼らが揃って来ないとは、王宮で何か問題でもあったのだろうか、、。
イサキオス様は聖剣を使えるようになってから、呼び出しを受ける事が増えた。魔物に絶大なダメージを与えられるのただ。致し方無いが、その度ティーナが心配し心を痛めている姿を見ると、私も悲しくなる。

そして、昼になっても彼らは現れなかった。
私が皆とランチへ向かおうとした時、お父様より至急帰宅せよという連絡が入った。
帰って来ないヘンリー様と、イサキオス様、そして家よりの呼び出し、、私は嫌な予感を感じながら、馬車へ飛び乗った。
馬車の中には、古くからラウエニア家に支えてくれている従者が乗っている。
白髪混じりの彼はもう50過ぎ、珍しく緊張した面持ちだ。

「お父様の呼び出しに心当たりは?」

私は簡潔に聞いた。
彼は首を振る。

「私は至急お嬢様をお迎えに行くようにと命を受けただけでして。しかし、あの様に慌てたご様子の旦那様は初めて見ました。」

「、、そう。」

想像してもしょうがない。私はお父様から話しを聞くまでジタバタせず落ち着こうと深呼吸した。
しばらくして、家へ着く。
この前帰った時は、ティーナとシャルロットとお菓子作りをした時。あの時とは屋敷自体も雰囲気が違う気がする。
中に入ると、メイド達や従者達がオロオロと忙しなく動き回っていた。

「イザベルお嬢様!」

幼い頃から私の1番理解者でいてくれたメイドのパメロが慌ててやって来た。

「お父様の所へ。」

私がそう言うと彼女は顔を引き締め、私をお父様の居る場所へと案内した。
私は扉を3回ノックし、

「イザベルです。ただ今戻りました。」

と言った。
中から入れと声がかかったので、扉をそっと開けた。胸がドキドキする。
扉を開けると、お父様は私の元へ歩み寄り私を抱きしめた。

「お父様!?」

お父様は私を大切に育ててくれたが、スキンシップのあまり無い人だった。
本当に一体何があったのだろうか。

「一体何が?」

「あぁ、順を追って説明しよう。そこに座りなさい。」

お父様は私の手を引いて、ソファーに座らせた。
お父様は背があまり高くない。痩せた身体に、金色の髪をオールバックにし、小さな丸渕の眼鏡をかけ、神経質そうなイメージを持つ外見だ。
冷酷な一面があるがとても頭が良い人で、他の貴族達からも一目を置かれている。
お父様は何から話そうかと口を開いた。

「イザベル、お前は学園祭の時に光の魔法を使い、魔竜の青い炎を消した平民がいたという話しを知っているか?」

「はい。私も近くで見ておりました。」

どうやら話しは10月まで遡るようだ。

「あの時の功績が認められて、その時の少女が子爵の養子に迎えられる事になってな。4月より学園入学も決まったらしいのだが、、話しはそれで終わるはずだった。」

私は先を促すように頷く。

「今になって陛下がその少女に褒美を授けると言い出してな。陛下からしてみれば、平民の少女が貴族になったのだ、宝石やドレスやそんな物を与えるつもりだったのだろう。そして、光の魔法を使える者は貴重な存在だから、どのような者なのか把握しておきたかったのだと思う。」

嫌な予感は増していくが、私は頷くしか出来ない。
お父様は一呼吸置いてから言った。

「そこで少女は、陛下に殿下と結婚したいと言い出したんだ。」

私は声も出なかった。
お父様が何と言ったのか、理解出来なかったからだ。

「魔竜の炎を消した時に、殿下を見たらしい。一目惚れしたから、殿下と結婚したいと、、。しかしそんなのは馬鹿げた話しだ。平民出の子爵の娘が殿下と釣り合うはずもない。この話しは笑い話しにでもなるはずだった。」

「、、それはどういう意味ですか?」

私の指先が震える。

「イザベルが殿下と結婚する事で、私に権力が傾く事を良く思わない一部の貴族達が彼女を持ち上げ始めたのだ。光の魔法を使えるという事は、彼女もいずれ聖剣を持つ事が出来るはずだ。王妃としてこれほどの器を持った者はいないと、、。」

「、、そんな、、。でも、でもその娘は平民から貴族になったばかりなのですよね?淑女教育が始まった所なのに、王妃などと、、。」

私は声が震えて最後まで言えなかった。

「私はあまりにも馬鹿げていると言ったのだが、その少女が聖剣を持てば確かに話しは変わってくる。イサキオス殿が聖剣を出せるようになっていなければ、今すぐにでも王妃の座を奪われていたかもしれない。」

「、、そんな。」

お父様は私の横に移動し、頭を撫でた。

「お前が殿下を愛していないのであれば、結婚の話しを白紙に戻しても良いと思ったのだが。向こうは、こちらの持参金が無ければ財政が悪化する事を分かっていない。最近魔物が多発したせいで、フロランティル王国の財政が火の車だ。」

お父様は私の目を真っ直ぐ見つめる。

「お前は殿下を愛しているのだね?」

私の瞳から涙が溢れた。

「、、はい。、、もうずっとお慕いしております。」

「そうか。」

私の頭を撫でながらお父様は言った。

少女はマリアと言うらしい。
マリアは4月より学園に通う事が決まっている。
私の家や、彼女を持ち上げる貴族の息がかかっていない第3者の者が2人を観察し、王妃に相応しい方を選ぶという前代未聞の提案が受理された。
それを聞いたお父様は怒り狂った。
それはそうだ。ラウエニア家は、将来娘が殿下に嫁ぐという事が決まっていたから、今まで何かと援助してきたのだ。
陛下にしても、援助が無くなる事は死活問題だった。
しかし、初代王妃が聖剣を持っていたという話しを持ち出されれば、国の安泰の為、マリアの方が王妃に相応しいのではという思いも消す事が出来なかったそうだ。

私は全て聞いた後、一目惚れしたから結婚したいと言い出した女が腹が立って腹が立ってしょうがなかった。
アホなの?そんな子供みたいな話しを陛下の御前でしたの?あり得ないわ。
腹が立って来たら涙も止まった。

「お父様、結局のところ私はその女に勝てば良いのですわよね?」

不敵に笑う。
私は以前のように1人では無い。
友達がいると言うことがこんなにも心強いのかと胸が熱くなる。

「私は、イザベル・ラウエニア。将来王妃になる女ですのよ!!」

もう迷わない。
彼を誰にもあげたりしない。
私はその日結局ヘンリー様に会う事が出来なかった。
呑気にチョコを渡しに王宮へ行く気持ちにもなれなかったので、作ったお菓子はメイド達にあげた。
とりあえず彼に会って話しを聞かなくてわ。
私の最悪なバレンタインはこうして終わっていった。
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