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第19話:回想
第19話:回想
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俺は涙を拭いながら、ネロとリオの小さな手が俺の腕をぎゅっと握るのを感じた。
その温もりが、今ここにいるという現実を強く教えてくれた。
彼らの瞳には、まだ幼さの残る不安と、俺への深い信頼が交錯している。
ネロの翡翠色の瞳は、未来を見通す力を持っているというのに、今の彼には俺の心の奥底にある記憶の断片までは映らないようだった。
リオの黒い瞳は、星の守護者の血を引く者としての誇りを秘めながら、今はただ「兄さん」と呼ぶ存在の痛みを分け合おうとしている。
「地球ってとこ、どんなとこだったの、兄ちゃん?」
とネロが小さな声で尋ねる。
彼の声はまだ少し掠れていて、成長期の変化が顔にも体にも現れ始めている。
茶髪の髪は太陽の光を受けて金色に輝き、翡翠色の瞳はまるで森の奥深くにある泉のように透き通っている。
彼は11歳ながら、既に俺の魔法の基礎を習得し始め、未来視の力も日に日に鋭くなってきている。
だが、その力の使い方を教えるのは俺の役目であり、彼がそれをどう生かすかは、彼自身の選択だ。
今の彼はただ、兄ちゃんが何を思い、何を感じているのかを知りたがっているだけだ。
俺はゆっくりと息を吐き、視線を遠くの森へと向けた。
そこには銀狼フェンリルが静かに佇んでおり、その鋭い目は俺の心の波動を察知しているかのようにこちらを見つめている。
そして、古代樹の根元からは、九尾の銀狐の姿をした大精霊ラムが、静かに現れた。
彼女の碧い瞳は、幾万年の時を越えて積み重ねられた知恵を宿しており、今この瞬間の俺の回想さえも、既に予見していたかのようだった。
「地球は⋯⋯なあ、ネロ、リオ」と俺は声をかけ、二人の前に膝をついて目線を合わせた。
「とても大きな星で、海も山も森もある。空は青くて、夜になると星がたくさん見える。でも、人間はその星を大切にせずに、争いを繰り返し、環境を壊していった。俺がいたのは、そんな世界の中の小さな国、日本っていう場所だった。そこでは、朝起きて、仕事をして、家族とご飯を食べて、また眠る。毎日が繰り返されていく。でも、その中で、俺には大切な存在がいた。それが、俺の甥っ子、ハルトだ」
リオが静かに耳を立て、黒い髪を風に揺らしながら聞き入っている。
彼は狼族の末裔として、言葉以上に感情を読み取る力を持っている。
ネロはまだ完全には理解できないかもしれないが、それでも兄ちゃんが語る言葉の一つ一つに、心を寄せていた。
「ハルトは、俺の妹の息子で、両親を交通事故で亡くして、俺が引き取った。当時、俺は40歳でな。もう十分に大人で、人生の半分近くを生きてきた男だった。でも、彼を育てることで、俺自身もまた、新しい人生を歩み始めた気がした。朝、彼を起こす。『ハルト、起きろ、遅れるぞ』って布団を剥ぐ。彼はいつも『うー、あと5分⋯⋯』って言って、俺は笑いながら頭を撫でた。朝食はトーストと卵、ときには味噌汁も作って、学校まで送った。あの日々は、今思えば、どれもが宝物だった」
ネロが「兄ちゃん、ハルトって人、今どうしてるの?」と尋ねる。
その問いに、俺は少し胸が締め付けられるのを感じた。
「⋯⋯もう、会えないよ。俺が死んで、ここに来たんだから。でもな、彼はきっと、今も元気に暮らしている。彼女と同棲して、仕事もちゃんとやって、毎日を生きているはずだ。俺が教えたこと――清潔にすること、無理をしすぎないこと、そして、自分の身体を大事にすること――を、ちゃんと守ってくれているだろう。あの子は、優しいし、真面目だったからな」
リオが静かに言った。
「⋯⋯兄さんも、ハルトを大事にしてたんだね」
「あぁ、もちろん。彼は、俺の家族だった。俺とは血はつながってないけど、心では、本当の息子と同じだった。彼が初めて夢精した時、朝パンツが濡れていて、泣きそうになってたんだ。『どうした?』って聞いたら、『変な夢を見て、気持ち良くなったら変な液体が出た⋯⋯』って。俺は笑って、『それは大人になった証拠だよ。身体がちゃんと成長してるってことだ』って教えてやった。そしたら、彼は安心して、それから毎日、こっそりオナニーを始めた」
ネロが目を丸くして、
「えっ、ハルトもオナニーしてたの!?」
「あぁ、もちろん。男の子なら、誰でもする。俺もしたし、ネロもしてるだろう? リオもしてるよな?」
リオは少し照れて頬を赤くし、「⋯⋯兄さんに許可されてるから、してる」と小声で答えた。
「そうだろう。俺は、それを否定するつもりなんてない。性欲は、生命の証だ。それを抑えるより、どう向き合うかが大事なんだ。だから、ハルトにも『清潔にすること』と『やりすぎないこと』を教えた。風呂場でやるなら、ちゃんと後片付けをしろ。部屋なら、ティッシュで拭いて、ゴミ箱に捨てろ。それが礼儀だ。彼は、ちゃんと守ってくれた。友達を家に呼んで、一緒にやることもあったらしい。浴室で笑いながら、『俺のは大きいぞ!』とか『俺のは早く出るんだ!』とか言って、まるで競争みたいにしてたらしい。今思うと、本当に微笑ましいよ。あの頃の彼らの無邪気さ、今ここにいるお前らとそっくりだ」
ネロはにんまりと笑い、
「俺たちも風呂場でやってるよ! フェイ兄さんと一緒に! リオもいるし、アレン兄さんもときどき来るし、ヨシュア兄さんはまだ下手だけど、一生懸命だよ!」
「あぁ、知ってるよ。風呂場の水音と、ときどき漏れる声、全部聞こえてる。でも、俺は怒らない。むしろ、それがお前たちの成長の一部だって思ってる。アレンも、ヨシュアも、フェイも、皆、自分の身体と向き合ってる。ミラだけが、それを全く気づいてないのが面白いけどな」
リオが「ミラさんは、毎日薬草の世話をして、料理も作って、掃除もして⋯⋯本当に働き者だもん」と尊敬の眼差しで言う。
「あぁ、ミラは素晴らしい女性だ。彼女が気づかないのは、彼女の純粋さの証だ。男どものオナニーなんて、彼女の世界には存在しないんだろう。でも、それがいい。彼女がそのままでいられるように、俺は守ってやる。彼女の笑顔が、この家を明るくしているんだから」
その時、風呂場の方から水音と笑い声が聞こえてきた。
どうやら、フェイ、アレン、ヨシュアがすでに風呂場に集まり、いつもの朝の儀式を始めているらしい。
フェイの「ヨシュア様、今日はもう少し奥まで指を挿れてみたらどうです? 刺激が強くなりますよ」という真剣なアドバイスと、ヨシュアの「えっ、そ、そうなの? あ、あそこをこするの⋯⋯? は、はぁ⋯⋯」という戸惑いと快感が混ざった声が、風に乗って届いてくる。
ネロが「あっ、フェイ兄さんたち、もう始めてる!」と嬉しそうに言う。
「あぁ、始めてるな。お前らも、そろそろ行くか?」
「うん! 兄ちゃんも来る?」
「今日は見学するよ。お前らがどれだけ成長したか、見届けてやる」
二人は喜びながら走り去り、俺はゆっくりと立ち上がった。
ログハウスのテラスから見える風景は、まるで絵画のようだ。
青空、緑の森、山々の向こうに広がる草原。
温泉からは湯気が立ち上り、その先にはミラが薬草園でしゃがみ、何かの葉を摘んでいる。
彼女の金髪が風に靡き、赤い瞳は真剣そのものだ。
彼女は本当に、この家の心臓のような存在だ。
俺は深く息を吸い、地球での記憶を胸にしまい込んだ。
あの日々は、もう戻らない。
でも、その記憶は、今の俺を形作っている。
ハルトを育てた経験が、ネロとリオを養子に迎える勇気を与えた。
あの頃の優しさ、厳しさ、そして見守る心が、ここでも生き続けている。
女神エリシアが「間違っちゃった」と言った。
確かに、俺の死は事故だった。
だが、その「間違い」が、新たな命と出会い、新たな家族を築く機会を与えてくれた。
チート能力? 未来視、魔法、身体能力の強化、あらゆる知識のインストール――確かにそれらは便利だ。
だが、俺が本当に感謝しているのは、その能力ではなく、ここにいる者たちとの絆だ。
俺は歩き出す。
風呂場へと向かう途中、フェンリルが横に並び、低くうなる。
「⋯⋯お前も、俺のことを心配してくれてたのか?」
フェンリルは黙ってうなずき、そして先を歩き始めた。
森の守護者として、彼はこの家の平穏を守り続けている。
風呂場に着くと、湯気の中、フェイが立っていた。
銀髪碧眼の騎士団長は、湯に浸かりながらも、凛とした佇まいを崩さない。
アレンは湯船の端で、目を閉じて恍惚とした表情を浮かべ、ヨシュアは壁にもたれかかり、フェイの指導に従って必死にオナニーしている。
その光景は、異世界とは思えないほど日常的で、それでいてどこか神聖にすら思えた。
「シュウ様、おはようございます」とフェイが気づいて声をかける。
「あぁ、おはよう。今日も元気だな」
「はい。ヨシュア様が、新しいテクニックに挑戦中です」
ヨシュアが顔を赤くして「シュウさん⋯⋯見ないでください⋯⋯でも、アドバイスは欲しいです⋯⋯」
「あはは、いいよ。恥ずかしがることなんてない。お前も、立派な男だ。その身体をちゃんと知ることが、大事なんだ」
ネロとリオが湯船に飛び込み、「俺たちもやるよー!」と叫ぶ。
そして、湯気の中、少年たちの笑い声と、男たちの吐息が混ざり合い、朝の風呂場は、生命の鼓動で満たされていった。
俺はその光景を静かに見つめながら、心の中でつぶやいた。
――ハルト、俺はここでも、ちゃんと生きてる。
お前を育てた日々が、今も俺の心に生きている。
そして、ここにいる子たちも、俺の大切な家族だ。俺はもう、孤独じゃない。
女神よ、ありがとう。
たとえそれが「間違い」でも、この出会いだけは、俺の人生で最も正しい出来事だった。
そして俺は、湯船にゆっくりと浸かり、温かい湯に身を任せた。
未来は、まだ続いていく。
俺の物語も、ネロとリオの物語も、フェイもアレンもヨシュアもミラも、皆の物語が、ここからまた、一歩ずつ歩み始める。
――俺は、シュウ・タチバナ。
元・地球のおっさん。
現・エリュシアの公爵。
ネロとリオの兄ちゃん兼父親。
そして、この家に集うすべての者たちの、たった一人の「シュウ」だ。
今日も、朝が来た。
その温もりが、今ここにいるという現実を強く教えてくれた。
彼らの瞳には、まだ幼さの残る不安と、俺への深い信頼が交錯している。
ネロの翡翠色の瞳は、未来を見通す力を持っているというのに、今の彼には俺の心の奥底にある記憶の断片までは映らないようだった。
リオの黒い瞳は、星の守護者の血を引く者としての誇りを秘めながら、今はただ「兄さん」と呼ぶ存在の痛みを分け合おうとしている。
「地球ってとこ、どんなとこだったの、兄ちゃん?」
とネロが小さな声で尋ねる。
彼の声はまだ少し掠れていて、成長期の変化が顔にも体にも現れ始めている。
茶髪の髪は太陽の光を受けて金色に輝き、翡翠色の瞳はまるで森の奥深くにある泉のように透き通っている。
彼は11歳ながら、既に俺の魔法の基礎を習得し始め、未来視の力も日に日に鋭くなってきている。
だが、その力の使い方を教えるのは俺の役目であり、彼がそれをどう生かすかは、彼自身の選択だ。
今の彼はただ、兄ちゃんが何を思い、何を感じているのかを知りたがっているだけだ。
俺はゆっくりと息を吐き、視線を遠くの森へと向けた。
そこには銀狼フェンリルが静かに佇んでおり、その鋭い目は俺の心の波動を察知しているかのようにこちらを見つめている。
そして、古代樹の根元からは、九尾の銀狐の姿をした大精霊ラムが、静かに現れた。
彼女の碧い瞳は、幾万年の時を越えて積み重ねられた知恵を宿しており、今この瞬間の俺の回想さえも、既に予見していたかのようだった。
「地球は⋯⋯なあ、ネロ、リオ」と俺は声をかけ、二人の前に膝をついて目線を合わせた。
「とても大きな星で、海も山も森もある。空は青くて、夜になると星がたくさん見える。でも、人間はその星を大切にせずに、争いを繰り返し、環境を壊していった。俺がいたのは、そんな世界の中の小さな国、日本っていう場所だった。そこでは、朝起きて、仕事をして、家族とご飯を食べて、また眠る。毎日が繰り返されていく。でも、その中で、俺には大切な存在がいた。それが、俺の甥っ子、ハルトだ」
リオが静かに耳を立て、黒い髪を風に揺らしながら聞き入っている。
彼は狼族の末裔として、言葉以上に感情を読み取る力を持っている。
ネロはまだ完全には理解できないかもしれないが、それでも兄ちゃんが語る言葉の一つ一つに、心を寄せていた。
「ハルトは、俺の妹の息子で、両親を交通事故で亡くして、俺が引き取った。当時、俺は40歳でな。もう十分に大人で、人生の半分近くを生きてきた男だった。でも、彼を育てることで、俺自身もまた、新しい人生を歩み始めた気がした。朝、彼を起こす。『ハルト、起きろ、遅れるぞ』って布団を剥ぐ。彼はいつも『うー、あと5分⋯⋯』って言って、俺は笑いながら頭を撫でた。朝食はトーストと卵、ときには味噌汁も作って、学校まで送った。あの日々は、今思えば、どれもが宝物だった」
ネロが「兄ちゃん、ハルトって人、今どうしてるの?」と尋ねる。
その問いに、俺は少し胸が締め付けられるのを感じた。
「⋯⋯もう、会えないよ。俺が死んで、ここに来たんだから。でもな、彼はきっと、今も元気に暮らしている。彼女と同棲して、仕事もちゃんとやって、毎日を生きているはずだ。俺が教えたこと――清潔にすること、無理をしすぎないこと、そして、自分の身体を大事にすること――を、ちゃんと守ってくれているだろう。あの子は、優しいし、真面目だったからな」
リオが静かに言った。
「⋯⋯兄さんも、ハルトを大事にしてたんだね」
「あぁ、もちろん。彼は、俺の家族だった。俺とは血はつながってないけど、心では、本当の息子と同じだった。彼が初めて夢精した時、朝パンツが濡れていて、泣きそうになってたんだ。『どうした?』って聞いたら、『変な夢を見て、気持ち良くなったら変な液体が出た⋯⋯』って。俺は笑って、『それは大人になった証拠だよ。身体がちゃんと成長してるってことだ』って教えてやった。そしたら、彼は安心して、それから毎日、こっそりオナニーを始めた」
ネロが目を丸くして、
「えっ、ハルトもオナニーしてたの!?」
「あぁ、もちろん。男の子なら、誰でもする。俺もしたし、ネロもしてるだろう? リオもしてるよな?」
リオは少し照れて頬を赤くし、「⋯⋯兄さんに許可されてるから、してる」と小声で答えた。
「そうだろう。俺は、それを否定するつもりなんてない。性欲は、生命の証だ。それを抑えるより、どう向き合うかが大事なんだ。だから、ハルトにも『清潔にすること』と『やりすぎないこと』を教えた。風呂場でやるなら、ちゃんと後片付けをしろ。部屋なら、ティッシュで拭いて、ゴミ箱に捨てろ。それが礼儀だ。彼は、ちゃんと守ってくれた。友達を家に呼んで、一緒にやることもあったらしい。浴室で笑いながら、『俺のは大きいぞ!』とか『俺のは早く出るんだ!』とか言って、まるで競争みたいにしてたらしい。今思うと、本当に微笑ましいよ。あの頃の彼らの無邪気さ、今ここにいるお前らとそっくりだ」
ネロはにんまりと笑い、
「俺たちも風呂場でやってるよ! フェイ兄さんと一緒に! リオもいるし、アレン兄さんもときどき来るし、ヨシュア兄さんはまだ下手だけど、一生懸命だよ!」
「あぁ、知ってるよ。風呂場の水音と、ときどき漏れる声、全部聞こえてる。でも、俺は怒らない。むしろ、それがお前たちの成長の一部だって思ってる。アレンも、ヨシュアも、フェイも、皆、自分の身体と向き合ってる。ミラだけが、それを全く気づいてないのが面白いけどな」
リオが「ミラさんは、毎日薬草の世話をして、料理も作って、掃除もして⋯⋯本当に働き者だもん」と尊敬の眼差しで言う。
「あぁ、ミラは素晴らしい女性だ。彼女が気づかないのは、彼女の純粋さの証だ。男どものオナニーなんて、彼女の世界には存在しないんだろう。でも、それがいい。彼女がそのままでいられるように、俺は守ってやる。彼女の笑顔が、この家を明るくしているんだから」
その時、風呂場の方から水音と笑い声が聞こえてきた。
どうやら、フェイ、アレン、ヨシュアがすでに風呂場に集まり、いつもの朝の儀式を始めているらしい。
フェイの「ヨシュア様、今日はもう少し奥まで指を挿れてみたらどうです? 刺激が強くなりますよ」という真剣なアドバイスと、ヨシュアの「えっ、そ、そうなの? あ、あそこをこするの⋯⋯? は、はぁ⋯⋯」という戸惑いと快感が混ざった声が、風に乗って届いてくる。
ネロが「あっ、フェイ兄さんたち、もう始めてる!」と嬉しそうに言う。
「あぁ、始めてるな。お前らも、そろそろ行くか?」
「うん! 兄ちゃんも来る?」
「今日は見学するよ。お前らがどれだけ成長したか、見届けてやる」
二人は喜びながら走り去り、俺はゆっくりと立ち上がった。
ログハウスのテラスから見える風景は、まるで絵画のようだ。
青空、緑の森、山々の向こうに広がる草原。
温泉からは湯気が立ち上り、その先にはミラが薬草園でしゃがみ、何かの葉を摘んでいる。
彼女の金髪が風に靡き、赤い瞳は真剣そのものだ。
彼女は本当に、この家の心臓のような存在だ。
俺は深く息を吸い、地球での記憶を胸にしまい込んだ。
あの日々は、もう戻らない。
でも、その記憶は、今の俺を形作っている。
ハルトを育てた経験が、ネロとリオを養子に迎える勇気を与えた。
あの頃の優しさ、厳しさ、そして見守る心が、ここでも生き続けている。
女神エリシアが「間違っちゃった」と言った。
確かに、俺の死は事故だった。
だが、その「間違い」が、新たな命と出会い、新たな家族を築く機会を与えてくれた。
チート能力? 未来視、魔法、身体能力の強化、あらゆる知識のインストール――確かにそれらは便利だ。
だが、俺が本当に感謝しているのは、その能力ではなく、ここにいる者たちとの絆だ。
俺は歩き出す。
風呂場へと向かう途中、フェンリルが横に並び、低くうなる。
「⋯⋯お前も、俺のことを心配してくれてたのか?」
フェンリルは黙ってうなずき、そして先を歩き始めた。
森の守護者として、彼はこの家の平穏を守り続けている。
風呂場に着くと、湯気の中、フェイが立っていた。
銀髪碧眼の騎士団長は、湯に浸かりながらも、凛とした佇まいを崩さない。
アレンは湯船の端で、目を閉じて恍惚とした表情を浮かべ、ヨシュアは壁にもたれかかり、フェイの指導に従って必死にオナニーしている。
その光景は、異世界とは思えないほど日常的で、それでいてどこか神聖にすら思えた。
「シュウ様、おはようございます」とフェイが気づいて声をかける。
「あぁ、おはよう。今日も元気だな」
「はい。ヨシュア様が、新しいテクニックに挑戦中です」
ヨシュアが顔を赤くして「シュウさん⋯⋯見ないでください⋯⋯でも、アドバイスは欲しいです⋯⋯」
「あはは、いいよ。恥ずかしがることなんてない。お前も、立派な男だ。その身体をちゃんと知ることが、大事なんだ」
ネロとリオが湯船に飛び込み、「俺たちもやるよー!」と叫ぶ。
そして、湯気の中、少年たちの笑い声と、男たちの吐息が混ざり合い、朝の風呂場は、生命の鼓動で満たされていった。
俺はその光景を静かに見つめながら、心の中でつぶやいた。
――ハルト、俺はここでも、ちゃんと生きてる。
お前を育てた日々が、今も俺の心に生きている。
そして、ここにいる子たちも、俺の大切な家族だ。俺はもう、孤独じゃない。
女神よ、ありがとう。
たとえそれが「間違い」でも、この出会いだけは、俺の人生で最も正しい出来事だった。
そして俺は、湯船にゆっくりと浸かり、温かい湯に身を任せた。
未来は、まだ続いていく。
俺の物語も、ネロとリオの物語も、フェイもアレンもヨシュアもミラも、皆の物語が、ここからまた、一歩ずつ歩み始める。
――俺は、シュウ・タチバナ。
元・地球のおっさん。
現・エリュシアの公爵。
ネロとリオの兄ちゃん兼父親。
そして、この家に集うすべての者たちの、たった一人の「シュウ」だ。
今日も、朝が来た。
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