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第34話:王都外れの小さな甘味工房
第34話:王都外れの小さな甘味工房
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王都の喧騒が遠くに霞む、外れの区画。
商人たちが行き交う中心街からは少し離れているが、住民の生活の匂いが濃く残る、素朴で静かな一角だ。
俺は、そこにぽつんと建つ古い木造の空き家の前で腕を組んでいた。
「⋯⋯ここか」
アレンが隣で肩をすくめる。
「まあ、ボロいっちゃボロいが⋯⋯場所は悪くねぇ。人通りはそこそこあるし、家賃も安い。なにより、王都の連中が押し寄せてこない距離だ」
ミラが頷く。
「甘味屋を開くなら、まずは落ち着いた場所がいいと思います。王都の中心で始めたら、初日で行列ができて混乱しますから」
「⋯⋯それは困るな」
俺は苦笑した。
甘味革命だの、ケーキで国家が揺れただの、そんな騒ぎを起こした張本人としては、静かに始めたいのが本音だ。
そして今日――
俺は、この店を任せるための“弟子”を迎えることになっていた。
「⋯⋯来たよ」
リオが指差した先から、二人の男が歩いてくる。
一人は、がっしりした体格の青年。
短く刈った茶髪に、真面目そうな瞳。
元・王都のパン職人見習い、カイル。
もう一人は、細身で背が高く、栗色の髪を後ろで束ねた青年。
手先が器用で、細工菓子に興味があるという、元・木工職人のレオン。
カイルが深々と頭を下げた。
「シュウ様⋯⋯本当に、俺たちを雇ってくださるんですか?」
レオンも続く。
「甘味の作り方を学べるなんて⋯⋯夢みたいです」
俺は笑って言った。
「夢じゃない。今日から現実だ。ただし――甘味作りは簡単じゃないぞ? 地球の菓子は、魔法より繊細だ」
二人は真剣に頷いた。
「覚悟はできています!」
「ぜひ、教えてください!」
その熱意に、俺は胸の奥が少し温かくなった。
――よし、やるか。
店の中は、埃と古い木の匂いが混ざっていた。
窓を開け、皆で掃除を始める。
ネロとリオは床を磨き、ミラは薬草園で使っている清浄魔法で空気を整え、アレンは壊れた棚を修理し、フェイは⋯⋯なぜか店の前で剣を構えていた。
「フェイ、何してんだ?」
「シュウ様の店に近づく不審者を斬ります」
「斬るな、バカもの! 客が来なくなる!」
そんなやり取りをしながら、店は少しずつ形になっていく。
カイルは力仕事を黙々とこなし、レオンは器具の配置を見て「ここは動線が悪いですね」と改善案を出す。
――いい人材だ。
俺は心の中でそう呟いた。
掃除が終わり、簡易の調理台を設置すると、いよいよ本番だ。
「まずは、スポンジケーキからだ」
カイルが緊張した面持ちで材料を並べる。
「卵、砂糖、小麦粉……これだけで、あんなふわふわができるんですか?」
「できる。だが――混ぜ方ひとつで失敗する」
俺はボウルを持ち、卵を割る。
「カイル、卵を泡立てる。レオン、お前は粉をふるえ」
「はい!」
「了解です!」
カイルは力任せに泡立てようとする。
「違う。腕力じゃない。空気を抱き込むように、優しく、でもリズムよく」
「こ、こうですか?」
「そうそう。焦るな。菓子は急ぐと怒り出すぞ?」
レオンは粉をふるいながら、目を輝かせていた。
「粉が雪みたいに細かくなる⋯⋯これが、あの軽さの秘密なんですね」
「そうだ。地球の菓子は“空気”を食うようなものだ」
二人は真剣そのものだった。
混ぜ、焼き、冷まし、切り分ける。
初めてにしては――悪くない。
カイルが焼き上がったスポンジを見て、目を丸くした。
「⋯⋯ふわふわだ⋯⋯!」
レオンは断面を見て、感嘆の声を漏らす。
「気泡が均一⋯⋯魔法みたいだ⋯⋯」
俺は笑った。
「魔法じゃない。技術だよ。そして――心だ!」
カイルとレオンは、まるで子供のように頷いた。
夕暮れが近づき、店の前に皆が集まった。
「店の名前、どうするんだ?」とアレン。
ネロが「兄ちゃんの名前入れようよ!」と言い、リオは「甘い匂いのする名前がいい」と呟く。
ミラは「地球語でも素敵ですね」と提案し、フェイは「“シュウ様の聖菓殿”など⋯⋯」と危険な案を出した。
「却下だ」
俺は苦笑しながら、看板に手を置いた。
そして――ゆっくりと、文字を書き始める。
《Elysia Sweets(エリュシア・スイーツ)》
ミラが目を細めた。
「⋯⋯素敵です。この世界と、シュウさんの世界が混ざった名前ですね」
俺は頷いた。
「そうだ。ここは――二つの世界の甘味が出会う場所だ」
カイルとレオンは、胸に手を当てて言った。
「必ず⋯⋯この店を成功させます!」
「シュウ様の甘味を、王都中に届けます!」
俺は二人の肩を叩いた。
「頼んだぞ。俺は監修と新作開発に専念する。店を回すのは、お前たちだ」
夕陽が店を照らし、木の壁が温かく輝く。
王都の外れに、小さな甘味工房が誕生した瞬間だった。
夜。
店の奥で、カイルとレオンはまだ練習を続けていた。
カイルはスポンジを焼き、レオンは飾り切りを研究し、二人とも汗だくになりながらも笑っていた。
「⋯⋯いい弟子を持ったな」
アレンが隣で言う。
俺は静かに頷いた。
「甘味は、人を幸せにする。それを作る人間も、幸せじゃないといけない」
フェイが真剣に言う。
「シュウ様。この店は、きっと王都の光になります」
ミラは微笑む。
「明日が楽しみですね」
ネロとリオは、店の前で看板を磨いていた。
「兄ちゃん、絶対流行るよ!」
「うん⋯⋯甘い匂いが、王都に広がる⋯⋯」
俺は空を見上げた。
星が瞬き、夜風が甘い香りを運んでいく。
――明日、店が開く。
甘味革命は、まだ始まったばかりだ。
商人たちが行き交う中心街からは少し離れているが、住民の生活の匂いが濃く残る、素朴で静かな一角だ。
俺は、そこにぽつんと建つ古い木造の空き家の前で腕を組んでいた。
「⋯⋯ここか」
アレンが隣で肩をすくめる。
「まあ、ボロいっちゃボロいが⋯⋯場所は悪くねぇ。人通りはそこそこあるし、家賃も安い。なにより、王都の連中が押し寄せてこない距離だ」
ミラが頷く。
「甘味屋を開くなら、まずは落ち着いた場所がいいと思います。王都の中心で始めたら、初日で行列ができて混乱しますから」
「⋯⋯それは困るな」
俺は苦笑した。
甘味革命だの、ケーキで国家が揺れただの、そんな騒ぎを起こした張本人としては、静かに始めたいのが本音だ。
そして今日――
俺は、この店を任せるための“弟子”を迎えることになっていた。
「⋯⋯来たよ」
リオが指差した先から、二人の男が歩いてくる。
一人は、がっしりした体格の青年。
短く刈った茶髪に、真面目そうな瞳。
元・王都のパン職人見習い、カイル。
もう一人は、細身で背が高く、栗色の髪を後ろで束ねた青年。
手先が器用で、細工菓子に興味があるという、元・木工職人のレオン。
カイルが深々と頭を下げた。
「シュウ様⋯⋯本当に、俺たちを雇ってくださるんですか?」
レオンも続く。
「甘味の作り方を学べるなんて⋯⋯夢みたいです」
俺は笑って言った。
「夢じゃない。今日から現実だ。ただし――甘味作りは簡単じゃないぞ? 地球の菓子は、魔法より繊細だ」
二人は真剣に頷いた。
「覚悟はできています!」
「ぜひ、教えてください!」
その熱意に、俺は胸の奥が少し温かくなった。
――よし、やるか。
店の中は、埃と古い木の匂いが混ざっていた。
窓を開け、皆で掃除を始める。
ネロとリオは床を磨き、ミラは薬草園で使っている清浄魔法で空気を整え、アレンは壊れた棚を修理し、フェイは⋯⋯なぜか店の前で剣を構えていた。
「フェイ、何してんだ?」
「シュウ様の店に近づく不審者を斬ります」
「斬るな、バカもの! 客が来なくなる!」
そんなやり取りをしながら、店は少しずつ形になっていく。
カイルは力仕事を黙々とこなし、レオンは器具の配置を見て「ここは動線が悪いですね」と改善案を出す。
――いい人材だ。
俺は心の中でそう呟いた。
掃除が終わり、簡易の調理台を設置すると、いよいよ本番だ。
「まずは、スポンジケーキからだ」
カイルが緊張した面持ちで材料を並べる。
「卵、砂糖、小麦粉……これだけで、あんなふわふわができるんですか?」
「できる。だが――混ぜ方ひとつで失敗する」
俺はボウルを持ち、卵を割る。
「カイル、卵を泡立てる。レオン、お前は粉をふるえ」
「はい!」
「了解です!」
カイルは力任せに泡立てようとする。
「違う。腕力じゃない。空気を抱き込むように、優しく、でもリズムよく」
「こ、こうですか?」
「そうそう。焦るな。菓子は急ぐと怒り出すぞ?」
レオンは粉をふるいながら、目を輝かせていた。
「粉が雪みたいに細かくなる⋯⋯これが、あの軽さの秘密なんですね」
「そうだ。地球の菓子は“空気”を食うようなものだ」
二人は真剣そのものだった。
混ぜ、焼き、冷まし、切り分ける。
初めてにしては――悪くない。
カイルが焼き上がったスポンジを見て、目を丸くした。
「⋯⋯ふわふわだ⋯⋯!」
レオンは断面を見て、感嘆の声を漏らす。
「気泡が均一⋯⋯魔法みたいだ⋯⋯」
俺は笑った。
「魔法じゃない。技術だよ。そして――心だ!」
カイルとレオンは、まるで子供のように頷いた。
夕暮れが近づき、店の前に皆が集まった。
「店の名前、どうするんだ?」とアレン。
ネロが「兄ちゃんの名前入れようよ!」と言い、リオは「甘い匂いのする名前がいい」と呟く。
ミラは「地球語でも素敵ですね」と提案し、フェイは「“シュウ様の聖菓殿”など⋯⋯」と危険な案を出した。
「却下だ」
俺は苦笑しながら、看板に手を置いた。
そして――ゆっくりと、文字を書き始める。
《Elysia Sweets(エリュシア・スイーツ)》
ミラが目を細めた。
「⋯⋯素敵です。この世界と、シュウさんの世界が混ざった名前ですね」
俺は頷いた。
「そうだ。ここは――二つの世界の甘味が出会う場所だ」
カイルとレオンは、胸に手を当てて言った。
「必ず⋯⋯この店を成功させます!」
「シュウ様の甘味を、王都中に届けます!」
俺は二人の肩を叩いた。
「頼んだぞ。俺は監修と新作開発に専念する。店を回すのは、お前たちだ」
夕陽が店を照らし、木の壁が温かく輝く。
王都の外れに、小さな甘味工房が誕生した瞬間だった。
夜。
店の奥で、カイルとレオンはまだ練習を続けていた。
カイルはスポンジを焼き、レオンは飾り切りを研究し、二人とも汗だくになりながらも笑っていた。
「⋯⋯いい弟子を持ったな」
アレンが隣で言う。
俺は静かに頷いた。
「甘味は、人を幸せにする。それを作る人間も、幸せじゃないといけない」
フェイが真剣に言う。
「シュウ様。この店は、きっと王都の光になります」
ミラは微笑む。
「明日が楽しみですね」
ネロとリオは、店の前で看板を磨いていた。
「兄ちゃん、絶対流行るよ!」
「うん⋯⋯甘い匂いが、王都に広がる⋯⋯」
俺は空を見上げた。
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――明日、店が開く。
甘味革命は、まだ始まったばかりだ。
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