元アラフィフ男の異世界転生記 〜新しい家族とともに異世界を謳歌する〜

あかいとまと

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第35話:甘味屋《Elysia Sweets(エリュシア・スイーツ)》開店!

第35話:甘味屋《Elysia Sweets(エリュシア・スイーツ)》開店!

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 王都の朝は、甘い匂いでざわついていた。

 まだ太陽が昇りきらない薄青い空の下、俺はログハウス二階の窓から外を覗き、思わず目をこすった。

「⋯⋯おいおい、マジかよ」

 甘味屋《Elysia Sweets》の前には、すでに長蛇の列。  
 家族連れ、冒険者、商人、近所の住民⋯⋯通りの角を曲がり、さらにその先まで続いている。

 背後から、寝起きの声がした。

「⋯⋯シュウさん、もう行列が⋯⋯?」

 振り返ると、寝癖のついた銀髪を手で押さえながら、ヨシュアがあくびをしていた。

「お前、王子のくせに寝癖ひどいな」

「ここでは“王子”じゃありませんから⋯⋯ただのヨシュアです⋯⋯えぇ⋯⋯」

 そのまま俺のベッドに倒れ込みそうになったので、首根っこを掴んで止めた。

「寝るな。今日は開店初日だぞ」

「⋯⋯はい⋯⋯」

 ヨシュアは眠そうな目をこすりながら、しかしどこか誇らしげに微笑んだ。

「でも⋯⋯すごいですね。こんなに人が並ぶなんて⋯⋯シュウさんの甘味が、王都を動かしてる」

「動かしてほしくなかったんだけどな⋯⋯」

 苦笑しつつ、俺は階下へ向かった。



 一階に降りると、すでに厨房は大忙しだった。

 カイルは生クリームを泡立て、レオンは苺を均一にスライスし、ミラは香草を選び、アレンは皿を並べ、フェイは玄関で警備の準備をしている。

 そして――

「シュウさん、スポンジ焼けました! 次の生地いきます!」

 ヨシュアがエプロン姿で、汗を拭いながらスポンジを運んでいた。

「⋯⋯お前、本当に次期国王か?」

「ええ。でも、ここでは“仲間”ですから」

 その言葉に、ミラが微笑む。

「ヨシュアさん、クリームの温度、少し下げた方がいいですよ」

「はい、ミラさん!」

 ネロとリオはカウンターの準備をしながら、ヨシュアを見て笑っていた。

「ヨシュアさん、昨日より動きが軽い!」 
 
「うん、もう完全に店員だ」

「⋯⋯王族としての威厳が⋯⋯」

「最初からないだろ」

 アレンのツッコミに、ヨシュアは肩を落とした。

 だが、その顔はどこか楽しそうだった。



 その時――  
 店の裏口から、重厚な気配が近づいてきた。

 「⋯⋯ん? 来たか」

 俺が呟くと、ネロとリオが同時に身を乗り出した。

 「ウォルフだ!」
  
 「ラムも来てる⋯⋯!」

 裏口の扉が静かに開き、銀色の巨大な狼――フェンリルのウォルフが姿を現した。

 その後ろには、九本の尾を揺らす銀狐――大精霊ラム。

 ウォルフは鼻をひくつかせ、店内の甘い香りに眉をひそめた。

「⋯⋯またお前の甘ったるい匂いが森まで届いていたぞ、シュウ」

「悪いな。今日は開店初日なんだ」

「知っている。森の精霊たちが“甘味の波動が王都に満ちている”と騒いでいた」

 ラムは静かに頷いた。

「⋯⋯甘味は、生命力を刺激する。この世界では珍しい“幸福の波動”だ。放っておけば、森の魔獣が吸い寄せられる」

「だから来たのか?」

「違う。――甘味を食べに来た」

「お前もかよ!」

 ラムは九尾をふわりと揺らし、優雅に言った。

「甘味は、千年に一度の贅沢だ。お前のケーキは⋯⋯魂が震える」

 ウォルフも、そっぽを向きながら言った。

「⋯⋯アップルパイを一つだけだ。森の王としての威厳があるからな」

「威厳あるやつが毎回“サクサクが癖になる”って言ってるんだよな」

「言ってないぞ!」

 言ってる。

 ヨシュアが笑いながら二人に頭を下げた。

「ウォルフさん、ラムさん。今日はよろしくお願いします。混雑しますので、裏の席をご用意しますね」

 ラムは満足げに頷いた。

「気が利くな、若き王子よ。お前は甘味屋に向いている」

「⋯⋯王子としてより、甘味屋店員として評価されてる⋯⋯」

 ヨシュアは複雑な顔をした。



 俺は全員を集め、カウンター前に立った。

 「いいか。今日から《Elysia Sweets》は本格的に動き出す。甘味は、魔力を増やす薬でも、戦うための道具でもない。“生きててよかった”と思える、一瞬の贅沢だ」

 ウォルフが鼻を鳴らす。

「……確かに。お前の甘味は、戦いの疲れを忘れさせる」

 ラムも静かに言葉を重ねた。

「甘味は、魂の栄養。この世界に欠けていた“幸福の文化”だ」

 ヨシュアが深く頷く。

「⋯⋯僕も、初めて食べた時、そう思いました」

 ネロとリオも胸を張る。

「兄ちゃんのケーキは、世界一だ!」  

「うん⋯⋯心があったかくなる」

 フェイは胸に手を当て、真剣に言った。

「シュウ様の甘味は、我らの誇りです」

 アレンが笑う。

「よし、全員気合い入ってるな。じゃあ――開店するか、店主」

 俺は深呼吸し、扉の方を見た。

「⋯⋯よし。開店だ!」



 フェイが扉を開けると、外のざわめきが一気に店内へ流れ込んだ。

「開いたぞ!」  

「やっとだ!」  

「甘味⋯⋯甘味⋯⋯!」

 だがフェイの落ち着いた声が、熱気を抑える。

「本日は初日につき、入店は十名ずつ。順番にご案内します」

 最初に入ってきたのは――昨日カップケーキを渡した、あの少女と父親だった。

 少女はショートケーキをひと口食べ、花が咲くような笑顔を見せた。

 その瞬間――

 ウォルフの耳がぴくりと動いた。

「⋯⋯今の“幸福の波動”、強いな」

 ラムも目を細める。

「甘味は、子どもの魂に最も強く響く。⋯⋯美しい」

 ヨシュアはその言葉に胸を押さえた。

「⋯⋯尊い⋯⋯」

「ヨシュア、語彙力」

 アレンが小声で突っ込む。



 夕方、すべてのケーキが売り切れ、フェイが「本日分完売」の札をかけた。

 店内は、疲労と達成感で満ちていた。

 ネロとリオは床に倒れ込み、カイルとレオンは壁にもたれ、  ミラはお茶を淹れ、アレンは椅子に座って天井を見上げ、フェイは静かに見回りをしている。

 そして――

 ウォルフとラムも、裏の席で静かに座っていた。

 ウォルフは尻尾を揺らしながら言った。

「⋯⋯今日のアップルパイは、特にサクサクしていたな」

「お前、威厳どこいったよ」

「やかましい!」

 ラムは優雅に紅茶を飲みながら言った。

「シュウよ。甘味屋を開いたのは、正しい選択だ。この国は、甘味によって変わる」

 ヨシュアが頷く。

「⋯⋯僕も、そう思います」

 俺は厨房から、形が崩れたバターケーキを持ってきた。

「よし、まかないタイムだ」

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 ネロとリオが復活し、ヨシュアは目を輝かせ、ウォルフはそっぽを向きながら近づき、ラムは九尾を揺らして席を整えた。

 皆でケーキを食べながら、今日の出来事を語り合う。

 笑い声が絶えず、まるで家族の団欒のようだった。



 皆が寝静まった後、俺は一人、カウンターに座って明日の仕込みを考えていた。

 ウォルフとラムは、店の外で森の気配を見張っている。

「⋯⋯甘味の匂いは、魔獣を呼ぶ。だが、我らが守る」

「安心して甘味を作れ、シュウよ」

 その言葉に、俺は小さく笑った。

 ――本当に、いい仲間に恵まれた。

 「よし。明日はショートケーキをもう少し増やすか」

 そして、心の中でそっと呟いた。

 ――女神エリシア。  
 “ゴメンね~”じゃなくて、本当にありがとう。

 俺の人生は、今、甘くて、温かくて、とても悪くない。


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