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第37話:新しい風が吹く日
第37話:新しい風が吹く日
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王都の外れにある甘味工房《Elysia Sweets》は、朝の光を受けて静かに輝いていた。
店の前の石畳には、まだ人影はない。だが、甘い香りが風に乗って漂い始めると、まるでそれを合図にするかのように、遠くから人々の足音が近づいてくる。
今日から、この店に新しい仲間が加わる。
そして――俺が店から一歩引くための、最後の準備が整う日でもあった。
厨房では、カイルとレオンがすでに仕込みを始めていた。
「スポンジ、生地の気泡が昨日より細かいな。いい感じだ」
「レオン、プリンのカラメル、火弱めるぞ。昨日の温度より少し低めで」
二人の動きは、もう完全に“職人”のそれだった。
俺がいなくても、厨房は回る。
その事実が、嬉しくもあり、少しだけ寂しくもある。
そこへ、扉が控えめにノックされた。
「失礼します⋯⋯本日より働かせていただく、ミーナです!」
柔らかな淡金髪を肩で揺らし、明るい琥珀色の瞳を輝かせた女性が、緊張しながらも笑顔で立っていた。
元宿屋の看板娘。
接客のプロだ。
「同じく、本日より⋯⋯リサと申します。よろしくお願いします」
もう一人は、淡い銀灰色の髪をきちんとまとめた、落ち着いた雰囲気の女性。
元菓子職人見習いで、手先が器用だと紹介所から聞いている。
カイルとレオンは、二人を見て一瞬固まった。
「⋯⋯女の人が二人も⋯⋯」
「厨房、狭くなる⋯⋯いや、嬉しいけど⋯⋯」
「お前ら、動揺しすぎだろ」
俺が苦笑すると、ミーナがくすっと笑った。
「大丈夫ですよ。狭い厨房には慣れてますから」
リサも静かに頷く。
「作業の邪魔にはなりません。むしろ、効率を上げられるように動きます」
その言葉に、カイルとレオンの表情が少しだけ和らいだ。
開店すると、ミーナの本領がすぐに発揮された。
「いらっしゃいませ! 本日のおすすめは、苺のショートケーキと、レモンタルトです!」
声が明るい。
笑顔が自然。
客の反応を見て、言葉を変える柔軟さもある。
冒険者の兄ちゃんたちが、ミーナの笑顔に釣られてショートケーキを二つ買っていく。
商人の親父が、「あの子のおすすめなら間違いない」と言って、レモンタルトを追加で注文する。
子どもたちも、ミーナの優しい声に安心して、列に並ぶのを怖がらなくなった。
――接客のプロとは、こういうことだ。
一方、リサは厨房で静かに力を発揮していた。
「カイルさん、プリンのカラメル、温度が少し高いです。火を落としたほうが」
「えっ⋯⋯あ、本当だ。ありがとう!」
「レオンさん、苺のカット、あと少し薄くしたほうが、ショートケーキの層が綺麗に見えます」
「⋯⋯すごいな。よく見てる」
リサは無駄な動きが一切ない。
必要なところだけに手を伸ばし、必要な言葉だけを添える。
そのおかげで、厨房の流れが驚くほど滑らかになった。
カイルとレオンは、最初こそ緊張していたが、すぐにリサの存在を頼もしく感じ始めていた。
昼過ぎ、店が一番混み合う時間帯。
俺は、客席側の端に座り、店の様子を見守っていた。
今日は本当に、俺が手を出す必要がない。
ミーナが客の流れを読み、列を整理し、注文をスムーズに通す。
リサが厨房の動きを整え、カイルとレオンがその指示を自然に受け取る。
ネロとリオは配膳を手伝い、ヨシュアは皿洗いと補助に回る。
――完璧だ。
そのとき、店の扉が勢いよく開いた。
「おーいシュウ! 今日の新作はどれだ!」
アレンだった。
手を大きく振りながら、いつもの調子で店に入ってくる。
「アレン、今日は新作ないぞ。忙しいからな」
「なんだよ、ケチくせぇな。⋯⋯ん?」
アレンの視線が、ミーナとリサに向いた。
「おお⋯⋯なんだ、女の子増えてんじゃねぇか。いいじゃんいいじゃん!」
ミーナが笑顔で挨拶する。
「いらっしゃいませ! アレン殿下ですね。いつもありがとうございます!」
「お、おう⋯⋯!」
アレンが珍しく照れた。
リサは軽く会釈する。
「厨房の邪魔にならないようにお願いします」
「は、はい⋯⋯!」
アレンが完全にペースを崩されているのを見て、俺は思わず吹き出した。
「お前、女の子に弱すぎだろ」
「う、うるせぇ!」
だが、アレンが来たことで、店の空気はさらに賑やかになった。
閉店後。
店内には、甘い匂いと、心地よい疲労だけが残っていた。
カイルが深く息を吐く。
「⋯⋯今日も、すごかったな」
「うん。でも、なんか⋯⋯楽しかった」
レオンも、珍しく満足そうな顔をしている。
ミーナは笑顔で言った。
「お二人とも、すごく動きやすかったですよ。指示も分かりやすいし、厨房の雰囲気も良かったです」
リサも静かに付け足す。
「カイルさんとレオンさんの動きは、私たちが合わせやすいです。これなら、もっと効率を上げられます」
二人は、照れくさそうに頭を掻いた。
俺は、そんな彼らを見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯今日の店は、俺がいなくても完璧だった」
全員がこちらを見る。
「だから、正式に言う。
《Elysia Sweets》の営業は――これから、お前たち四人に任せる」
カイルが息を呑む。
「し、シュウさん⋯⋯本当に?」
「ああ。俺はこれから、森の拠点と王都を行き来しながら、新作の開発と材料の調達に専念する。店を回すのは、お前たちだ」
ミーナが嬉しそうに笑い、リサは静かに頷いた。
レオンは拳を握りしめ、カイルは目を潤ませていた。
「⋯⋯やります。絶対に、店を守ります」
「俺も。もっと上手くなって、もっと美味しいもの作れるようにする」
ミーナが胸に手を当てる。
「お客様に、もっと笑顔になってもらえるように頑張ります!」
リサも短く言った。
「この店を、王都一の甘味屋にします」
その言葉を聞いて、俺は静かに頷いた。
「頼んだぞ。《Elysia Sweets》は――今日から、お前たちの店だ」
その瞬間、店の空気が変わった。
甘い香りの奥に、確かな未来の匂いが混ざった。
王都の外れの小さな甘味屋は、今日――新しい仲間とともに、本当の意味で動き始めた。
店の前の石畳には、まだ人影はない。だが、甘い香りが風に乗って漂い始めると、まるでそれを合図にするかのように、遠くから人々の足音が近づいてくる。
今日から、この店に新しい仲間が加わる。
そして――俺が店から一歩引くための、最後の準備が整う日でもあった。
厨房では、カイルとレオンがすでに仕込みを始めていた。
「スポンジ、生地の気泡が昨日より細かいな。いい感じだ」
「レオン、プリンのカラメル、火弱めるぞ。昨日の温度より少し低めで」
二人の動きは、もう完全に“職人”のそれだった。
俺がいなくても、厨房は回る。
その事実が、嬉しくもあり、少しだけ寂しくもある。
そこへ、扉が控えめにノックされた。
「失礼します⋯⋯本日より働かせていただく、ミーナです!」
柔らかな淡金髪を肩で揺らし、明るい琥珀色の瞳を輝かせた女性が、緊張しながらも笑顔で立っていた。
元宿屋の看板娘。
接客のプロだ。
「同じく、本日より⋯⋯リサと申します。よろしくお願いします」
もう一人は、淡い銀灰色の髪をきちんとまとめた、落ち着いた雰囲気の女性。
元菓子職人見習いで、手先が器用だと紹介所から聞いている。
カイルとレオンは、二人を見て一瞬固まった。
「⋯⋯女の人が二人も⋯⋯」
「厨房、狭くなる⋯⋯いや、嬉しいけど⋯⋯」
「お前ら、動揺しすぎだろ」
俺が苦笑すると、ミーナがくすっと笑った。
「大丈夫ですよ。狭い厨房には慣れてますから」
リサも静かに頷く。
「作業の邪魔にはなりません。むしろ、効率を上げられるように動きます」
その言葉に、カイルとレオンの表情が少しだけ和らいだ。
開店すると、ミーナの本領がすぐに発揮された。
「いらっしゃいませ! 本日のおすすめは、苺のショートケーキと、レモンタルトです!」
声が明るい。
笑顔が自然。
客の反応を見て、言葉を変える柔軟さもある。
冒険者の兄ちゃんたちが、ミーナの笑顔に釣られてショートケーキを二つ買っていく。
商人の親父が、「あの子のおすすめなら間違いない」と言って、レモンタルトを追加で注文する。
子どもたちも、ミーナの優しい声に安心して、列に並ぶのを怖がらなくなった。
――接客のプロとは、こういうことだ。
一方、リサは厨房で静かに力を発揮していた。
「カイルさん、プリンのカラメル、温度が少し高いです。火を落としたほうが」
「えっ⋯⋯あ、本当だ。ありがとう!」
「レオンさん、苺のカット、あと少し薄くしたほうが、ショートケーキの層が綺麗に見えます」
「⋯⋯すごいな。よく見てる」
リサは無駄な動きが一切ない。
必要なところだけに手を伸ばし、必要な言葉だけを添える。
そのおかげで、厨房の流れが驚くほど滑らかになった。
カイルとレオンは、最初こそ緊張していたが、すぐにリサの存在を頼もしく感じ始めていた。
昼過ぎ、店が一番混み合う時間帯。
俺は、客席側の端に座り、店の様子を見守っていた。
今日は本当に、俺が手を出す必要がない。
ミーナが客の流れを読み、列を整理し、注文をスムーズに通す。
リサが厨房の動きを整え、カイルとレオンがその指示を自然に受け取る。
ネロとリオは配膳を手伝い、ヨシュアは皿洗いと補助に回る。
――完璧だ。
そのとき、店の扉が勢いよく開いた。
「おーいシュウ! 今日の新作はどれだ!」
アレンだった。
手を大きく振りながら、いつもの調子で店に入ってくる。
「アレン、今日は新作ないぞ。忙しいからな」
「なんだよ、ケチくせぇな。⋯⋯ん?」
アレンの視線が、ミーナとリサに向いた。
「おお⋯⋯なんだ、女の子増えてんじゃねぇか。いいじゃんいいじゃん!」
ミーナが笑顔で挨拶する。
「いらっしゃいませ! アレン殿下ですね。いつもありがとうございます!」
「お、おう⋯⋯!」
アレンが珍しく照れた。
リサは軽く会釈する。
「厨房の邪魔にならないようにお願いします」
「は、はい⋯⋯!」
アレンが完全にペースを崩されているのを見て、俺は思わず吹き出した。
「お前、女の子に弱すぎだろ」
「う、うるせぇ!」
だが、アレンが来たことで、店の空気はさらに賑やかになった。
閉店後。
店内には、甘い匂いと、心地よい疲労だけが残っていた。
カイルが深く息を吐く。
「⋯⋯今日も、すごかったな」
「うん。でも、なんか⋯⋯楽しかった」
レオンも、珍しく満足そうな顔をしている。
ミーナは笑顔で言った。
「お二人とも、すごく動きやすかったですよ。指示も分かりやすいし、厨房の雰囲気も良かったです」
リサも静かに付け足す。
「カイルさんとレオンさんの動きは、私たちが合わせやすいです。これなら、もっと効率を上げられます」
二人は、照れくさそうに頭を掻いた。
俺は、そんな彼らを見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯今日の店は、俺がいなくても完璧だった」
全員がこちらを見る。
「だから、正式に言う。
《Elysia Sweets》の営業は――これから、お前たち四人に任せる」
カイルが息を呑む。
「し、シュウさん⋯⋯本当に?」
「ああ。俺はこれから、森の拠点と王都を行き来しながら、新作の開発と材料の調達に専念する。店を回すのは、お前たちだ」
ミーナが嬉しそうに笑い、リサは静かに頷いた。
レオンは拳を握りしめ、カイルは目を潤ませていた。
「⋯⋯やります。絶対に、店を守ります」
「俺も。もっと上手くなって、もっと美味しいもの作れるようにする」
ミーナが胸に手を当てる。
「お客様に、もっと笑顔になってもらえるように頑張ります!」
リサも短く言った。
「この店を、王都一の甘味屋にします」
その言葉を聞いて、俺は静かに頷いた。
「頼んだぞ。《Elysia Sweets》は――今日から、お前たちの店だ」
その瞬間、店の空気が変わった。
甘い香りの奥に、確かな未来の匂いが混ざった。
王都の外れの小さな甘味屋は、今日――新しい仲間とともに、本当の意味で動き始めた。
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