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第42話:星の渦の中心で揺れる影
第42話:星の渦の中心で揺れる影
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星の道は、歩くほどに“音”を変えていった。
最初は、砂を踏むような柔らかい音。
次第に、金属を擦るような硬い響きへと変わり――
今は、まるで遠い鐘の音が重なり合うような、透明な振動が足元から伝わってくる。
シュウは胸の痛みを押さえながら、前を行く“闇のシュウ”を見つめた。
黒いマントは風もないのに揺れ、その背中は、どこか“空洞”のように見えた。
アレンが隣で息を整えながら呟く。
「⋯⋯この道、前世のときより深い」
「深い?」
「ああ。前はもっと⋯⋯乾いていた。何もない、ただの“通路”だった。今は――」
アレンは目を細める。
「“誰かの感情”が混じっている」
その言葉に、シュウの胸がわずかに熱を帯びた。
ネロが後ろから声を上げる。
「兄ちゃん⋯⋯星の道が、なんか、ざわざわしてる」
ネロの翡翠色の瞳には、無数の線が走っていた。
未来の断片、可能性の揺らぎ、星の流れ――
それらが複雑に絡み合い、ネロの視界に映り込んでいる。
ラムの尾の光が、ネロの胸で淡く脈動した。
「ネロ、無理はするな。見えすぎると、心が持たん」
「うん⋯⋯でも、大丈夫。ラムの尾が、守ってくれてる」
ネロの声は震えていたが、その瞳はしっかりと前を見ていた。
リオは、胸を押さえながら歩いていた。
星の痛みは増しているはずなのに、足取りは乱れない。
その背中には――
“何かが目覚めようとしている気配”があった。
闇のシュウは、そんな三人を一瞥し、静かに言った。
「ここから先は、星の渦の中心だ。お前たちの“影”が試される」
「影?」
「そうだ。星の道は、光だけでは形を保てない。影があるからこそ、道は存在する。お前たちの影が弱ければ――飲まれる」
その言葉と同時に、足元の星々がざわりと揺れた。
まるで、何かが“目覚めた”かのように。
道が開けた。
そこは、空でも地でもない。
ただ、無数の星々が渦を巻き、中心に向かって吸い込まれていく巨大な空間だった。
中心には――黒い球体。
光を吸い込み、
影を吐き出し、
星の流れを歪める“核”。
闇のシュウが、その前に立つ。
「これが⋯⋯星の渦の核。お前が転生したとき、切り捨てられた“可能性”が集まった場所だ」
シュウは息を呑んだ。
「じゃあ⋯⋯あれは」
「ああ。俺の“墓場”だ」
闇のシュウの声は、静かだった。
だが、その静けさの奥には――
長い孤独と、果てしない虚無が積み重なっていた。
そのとき、アレンが突然膝をついた。
「アレン!」
シュウが駆け寄ろうとした瞬間――アレンの胸から、強烈な光が溢れた。
星の紋が浮かび上がり、
その光がアレンの意識を過去へと引きずり込む。
アレンの視界に――
崩れ落ちる塔、
闇に飲まれる星空、
そして、倒れた“誰か”の姿が映った。
その“誰か”は――
闇のシュウだった。
「⋯⋯思い出した」
アレンは震える声で呟いた。
「前世の俺は⋯⋯お前を守ろうとして死んだんだ」
闇のシュウの瞳が揺れる。
「お前⋯⋯」
「お前は、星の流れを正すために戦って⋯⋯そして、倒れた。俺は⋯⋯その後を追ったんだ。お前を一人にしたくなくて」
アレンの声は、痛みと後悔に満ちていた。
「なのに⋯⋯今世の俺は、お前のことを忘れて⋯⋯」
「忘れたんじゃない」
闇のシュウは、静かに言った。
「忘れさせたんだ。星が。俺という“選ばれなかった可能性”を、お前の記憶から切り離した」
アレンは拳を握りしめた。
「⋯⋯それでも、俺はお前を見捨てない」
その言葉に、闇のシュウの胸がわずかに震えた。
その瞬間――
星の渦が、激しく揺れた。
リオが胸を押さえ、苦しげに息を吐く。
「っ⋯⋯兄さん⋯⋯星が⋯⋯暴れてる⋯⋯!」
リオの身体が光に包まれた。
骨が軋む音。
筋肉が伸びる音。
血が流れを変える音。
獣人特有の“成長の跳躍”。
リオの身体は、少年から青年へと一気に変化していく。
黒髪は長くなり、
瞳は深い闇色に輝き、
背は伸び、
肩幅は広がり、
声は少し低く、落ち着いた響きへと変わった。
星の紋が、額にくっきりと刻まれる。
リオは息を整え、ゆっくりと顔を上げた。
「⋯⋯兄さん。俺、もう⋯⋯逃げない」
その姿は、まるで“星の守護者”そのものだった。
星の渦が暴れ、影が襲いかかろうとした瞬間――
ネロの胸の光が強く輝いた。
ラムの尾の力が、ネロの周囲に結界を張る。
銀色の狐火が、影を焼き払う。
「ネロ、下がってろ!」
「うん⋯⋯でも、見えるよ。兄ちゃんたちの“未来の線”が」
ネロの瞳には、無数の未来が映っていた。
その中には――
シュウが倒れる未来も、
闇のシュウが消える未来も、
アレンが再び命を落とす未来もあった。
ネロは震えながらも、声を上げた。
「兄ちゃん⋯⋯“選ばなかった未来”が、全部ここにある!」
闇のシュウは、星の核の前に立ち、静かに言った。
「シュウ。お前が“両方守る”と言うなら――証明してみせろ」
黒い星光が、闇のシュウの胸から溢れ出す。
「俺は⋯⋯お前の影だ。お前が捨てた痛み、孤独、絶望⋯⋯全部、俺が背負ってきた」
その声は、怒りでも憎しみでもなく――ただ、深い深い“悲しみ”だった。
「だからこそ⋯⋯お前の中に戻る資格があるのか、俺は知りたい」
シュウは、胸の痛みを押さえながら前に出た。
「戻る資格なんて、最初からある」
闇のシュウが目を見開く。
「お前は⋯⋯俺だ。
俺が捨てたものじゃない。
俺が“抱えきれなかったもの”だ」
シュウは、手を伸ばした。
「だったら――一緒に生きよう」
闇のシュウの影が、揺れた。
その揺らぎは、
拒絶ではなく、
迷いでもなく――
救われたいという、微かな願いだった。
星の核が脈動し、
四人の影がゆっくりと“形”を持ち始めた。
だが――
その姿は、先ほどとは違っていた。
最初に形を成したのは、シュウの影だった。
それは――
異世界に転生した直後の、15歳のシュウ。
まだこの世界の空気にも慣れず、誰も知らず、何も持たず、ただ“生き直せと言われた”だけの少年。
影のシュウは、震える声で呟いた。
「⋯⋯どうして⋯⋯俺は、ここに来たんだ⋯⋯」
その声は、地球での55年の疲れと後悔を背負ったまま、突然若い身体に放り込まれた“あの日”の痛みそのものだった。
シュウは息を呑む。
(⋯⋯そうだ。俺は最初、この世界でひとりだった)
次に現れた影は、小さな少年の姿だった。
痩せて、怯えて、未来が見えるせいで周囲から避けられ、孤児院の暗い部屋で膝を抱えていた頃のネロ。
「⋯⋯見えるのに⋯⋯誰も信じてくれない⋯⋯言ったら怒られる⋯⋯だから⋯⋯黙ってるしかなかった⋯⋯」
その声は、胸を締め付けるほど弱かった。
ネロは唇を噛む。
「⋯⋯俺⋯⋯こんな顔、してたんだ⋯⋯」
鎖の音が響く。
リオの影は、奴隷として扱われていた頃の姿だった。
痩せ細り、声を出すことすら許されず、ただ命令に従うだけの“物”として扱われていた少年。
「⋯⋯自由なんて⋯⋯知らなかった⋯⋯名前を呼ばれることも⋯⋯なかった⋯⋯」
リオは拳を震わせる。
「⋯⋯もう、戻りたくない⋯⋯」
最後に現れたのは、アレンの影。
それは――
前世のアレン。
星の守護者として、誰にも理解されず、ただ使命だけを抱えて戦い続けた青年。
「⋯⋯守るものが⋯⋯何もなかった」
アレンは息を呑む。
「⋯⋯俺は⋯⋯お前を⋯⋯」
影のアレンは、闇のシュウを見つめていた。
四つの影が、ゆっくりと本体へ歩み寄る。
闇のシュウが低く告げた。
「影は、お前たちの“弱さ”そのものだ。逃げれば飲まれる。向き合わなければ、道は開かない」
星の渦が揺れ、影が伸びる。
影のシュウが叫ぶ。
「どうして⋯⋯俺を置いていったんだよ⋯⋯!」
影のネロが泣き叫ぶ。
「助けてほしかった⋯⋯誰でもいいから⋯⋯!」
影のリオが鎖を引きずりながら手を伸ばす。
「⋯⋯自由なんて⋯⋯知らなかった⋯⋯!」
影のアレンが静かに呟く。
「⋯⋯孤独は⋯⋯終わらないと思っていた」
影たちが迫る。
そのとき――
星の核の奥で、さらに別の揺らぎが生まれた。
影とは違う。
闇のシュウとも違う。
もっと深く、もっと古く、もっと危険な――
闇のシュウが、初めて声を荒げた。
「⋯⋯まずい⋯⋯“あれ”が目覚める⋯⋯!」
「“あれ”って⋯⋯何だよ!」
シュウが叫ぶと、闇のシュウは低く答えた。
「星の道が閉ざされるとき、切り捨てられた可能性の中でも――最も深く、最も危険で、最も“歪んだ”存在。」
星の渦が裂ける。
光がねじれ、
影が震え、
星の核の奥から――
“第三の存在”が、ゆっくりと姿を現し始めた。
星の核が脈動するたび、
影たちの輪郭が揺れ、
星の渦全体が不穏な呼吸を始めた。
影のシュウは、転生直後の不安と孤独を抱えたまま、影のネロは、孤児院で泣き声すら押し殺したまま、影のリオは、鎖の重みを引きずり、影のアレンは、前世の孤独を纏っていた。
だが――
その影たちですら、星の核の奥から滲み出す“何か”に怯えているように見えた。
闇のシュウが、低く呟く。
「⋯⋯来るぞ。“影”ですら触れられなかった、もっと深い層の存在が」
「深い層⋯⋯?」
シュウが息を呑む。
星の核の奥――
光と闇がねじれ、渦を巻き、
その中心に“穴”が開いた。
そこから、声がした。
――⋯⋯たちばな⋯⋯
――⋯⋯しゅう⋯⋯
聞き覚えのある声。
だが、どこか歪んでいる。
ネロが震えた声で言う。
「兄ちゃん⋯⋯あれ⋯⋯“兄ちゃんの声”に似てる⋯⋯」
リオも眉をひそめる。
「でも⋯⋯違う。兄さんの声じゃない。もっと⋯⋯冷たい」
アレンが剣を構えた。
「これは⋯⋯“可能性”じゃない。
もっと根源的な⋯⋯“星の道そのものの歪み”だ」
闇のシュウが、初めて焦りを見せる。
「星の道は、本来“選ばれなかった可能性”を吸収し続ける。だが⋯⋯長い年月の中で、吸収しきれなかった“残滓”が溜まることがある」
「残滓⋯⋯?」
「ああ。それはもう“可能性”ですらない。名前も、形も、未来も持たない――ただの“歪み”」
星の核が裂けた。
そこから現れたのは――
それは、人の形をしていなかった。
黒い霧が凝縮し、
星の光を吸い込み、
影のようでありながら、影ではない。
だが――
その中心に、ひとつだけ“目”があった。
星のように輝く、
しかし光を放たず、
ただ全てを見下ろすような、冷たい目。
ネロが息を呑む。
「⋯⋯未来の線が⋯⋯見えない⋯⋯!」
予知眼を持つネロが、未来を読めない。
それはつまり――
この存在は“未来を持たない”ということ。
リオが低く唸る。
「⋯⋯兄さん。あれ⋯⋯“生き物”じゃない」
アレンが剣を握りしめる。
「星の道が長い年月で溜め込んだ“歪み”。名前も、意思も、目的もない。ただ――“存在してしまった”だけのもの」
闇のシュウが言葉を継ぐ。
「そして⋯⋯“存在してしまった以上”、何かを喰わなければ形を保てない」
その瞬間、
黒い霧が四人の影へと伸びた。
影のシュウが悲鳴を上げる。
「やめろ⋯⋯! 俺を⋯⋯喰うな⋯⋯!」
影のネロが泣き叫ぶ。
「いやだ⋯⋯消えたくない⋯⋯!」
影のリオが鎖を引きずりながら後ずさる。
「⋯⋯戻りたくない⋯⋯戻りたくない⋯⋯!」
影のアレンは、静かに目を閉じた。
「⋯⋯また⋯⋯孤独に⋯⋯」
黒い霧が影たちを飲み込もうとする。
「やめろッ!」
シュウが叫び、星光を放つ。
胸の奥の星が脈動し、星の道全体が震えた。
黒い霧が一瞬だけ後退する。
闇のシュウが驚いたように目を見開く。
「⋯⋯お前⋯⋯“影”を守るつもりか?」
「当たり前だろ」
シュウは影の自分を見た。
転生直後の孤独を抱えた少年。
地球での後悔を抱えた大人の残滓。
「こいつは⋯⋯俺だ。“選ばなかった俺”でも、“捨てた俺”でもない」
黒い霧が、星光を吸い込みながらシュウへと迫る。
影たちを喰らおうとしていた霧が、今度は“本体”へと狙いを変えたのだ。
ネロが叫ぶ。
「兄ちゃん、来るッ!」
リオが前に出ようとするが、アレンが腕で制した。
「駄目だ、リオ! あれは……“触れたら終わり”だ!」
黒い霧は、意思がない。
だからこそ、止まらない。
ただ“存在”を奪うために伸びてくる。
闇のシュウが叫ぶ。
「シュウ! 影を守るなら――“歪み”そのものを揺らせ!」
「揺らすって⋯⋯どうやって!」
「お前の“選択”でだ!」
黒い霧が、シュウの胸元へ迫る。
星光が脈動し、星の道全体が震えた。
影のシュウが、震える声で叫ぶ。
「⋯⋯俺は⋯⋯置いていかれたんじゃないの⋯⋯?」
影のネロが泣きながら手を伸ばす。
「助けてほしかった⋯⋯誰でもいいから⋯⋯!」
影のリオが鎖を引きずりながら叫ぶ。
「⋯⋯自由なんて⋯⋯知らなかった⋯⋯!」
影のアレンは、静かに呟く。
「⋯⋯孤独は⋯⋯終わらないと思っていた」
影たちは、黒い霧に怯えながらも、シュウの言葉を待っていた。
黒い霧が触れようとした瞬間――
シュウは、影の自分を抱き寄せた。
「⋯⋯お前は、俺だ。
捨てたんじゃない。
“乗り越えた”んだ」
影のシュウが、驚いたように目を見開く。
「⋯⋯乗り越え⋯⋯?」
「お前がいたから、今の俺がいる。孤独も、不安も、後悔も⋯⋯全部、俺の一部だ」
影のシュウの瞳が揺れ、
黒い霧が一瞬だけ後退する。
シュウは続けた。
「ネロの影も、リオの影も、アレンの影も――全部“選ばなかった未来”じゃない。“俺たちが歩いてきた道の途中”だ」
影たちが、静かに顔を上げる。
その瞬間――
影たちの身体が、淡い光を帯び始めた。
影のネロが、涙を拭いながら呟く。
「⋯⋯兄ちゃん⋯⋯俺⋯⋯消えたくない⋯⋯」
「消えない。お前は“過去のネロ”じゃない。“今のネロを作った大事な一部”だ」
影のネロの瞳に、初めて光が宿る。
影のリオが鎖を握りしめる。
「⋯⋯俺⋯⋯自由になりたかった⋯⋯」
「なったじゃないか。今のお前は、もう鎖なんてついてない」
影のリオの鎖が、音もなく砕け散る。
影のアレンが、静かに目を閉じる。
「⋯⋯孤独は⋯⋯終わらないと思っていた」
「終わったよ。お前は今、俺たちと一緒にいる」
影のアレンの身体が、星光に包まれる。
影たちが光を帯びるほどに、
黒い霧は激しく震え始めた。
まるで――
“喰えるはずの影が光に変わっていく”ことに、耐えられないかのように。
霧の中心の“目”が、シュウを睨む。
――⋯⋯タチバナ⋯⋯
――⋯⋯シュウ⋯⋯
――⋯⋯ナゼ⋯⋯ユルス⋯⋯
声が、歪んだ星の響きで響く。
闇のシュウが低く呟く。
「⋯⋯あれは“理解できない”んだ。影が光に変わることを。“歪み”には、選択も、赦しも、意味もない」
黒い霧が、怒りのように渦を巻く。
星の渦全体が震え、
空間が軋む。
アレンが剣を構えた。
「来るぞ⋯⋯!」
黒い霧が、ついに形を変えた。
霧が凝縮し、
星光を吸い込み、
巨大な“影の獣”のような姿を取る。
だが、その中心には――
相変わらず“目”がひとつ。
未来を持たない、
名前もない、
ただ存在してしまった“歪み”。
ネロが震える声で言う。
「兄ちゃん⋯⋯あれ⋯⋯“未来の線”が一本もない⋯⋯生き物じゃない⋯⋯!」
リオが低く唸る。
「⋯⋯兄さん。あれは⋯⋯“倒す”とかじゃない。“正す”しかない⋯⋯!」
闇のシュウが頷く。
「そうだ。あれは敵ではない。だが、放置すれば星の道そのものを喰い尽くす」
黒い獣が、咆哮を上げた。
星の渦が裂け、
影たちが光に包まれ、
シュウの胸の星光が――
かつてないほど強く脈動する。
「⋯⋯だったら――」
シュウは一歩前に出た。
影たちが、背中に寄り添うように光を放つ。
「俺が――“歪み”を正す!」
黒い獣が、星の渦を揺らしながら突進してくる。
アレンが剣を構え、
リオが爪を光らせ、
ネロが未来の線を読み、
闇のシュウが黒い星光を構える。
そして――
星の道の中心で、
“歪み”との戦いが始まった。
黒い獣のような“歪み”が、星の渦を揺らしながら突進してくる。
星光を吸い込み、
影を喰らい、
存在そのものを削り取る――
そんな“無”の塊。
シュウは胸の星光を輝かせ、真正面から立ち向かった。
「来いよ⋯⋯! 俺はもう、影も過去も捨てない!」
黒い獣が咆哮し、星の道が震える。
「シュウ、右だ!」
アレンが叫び、剣を振り抜く。
星光を帯びた刃が黒い霧を裂き、獣の肩口に深い傷を刻んだ。
だが――
傷口は、すぐに“無”へと戻るように閉じていく。
「⋯⋯やっぱり、普通の攻撃じゃ通らないか」
アレンが歯を食いしばる。
闇のシュウが低く言う。
「“歪み”には形がない。だからこそ、形を持つ攻撃は意味をなさない」
「じゃあ、どうすれば⋯⋯!」
「“選択”だ。お前が影を赦したように――“歪み”にも揺らぎを与えろ!」
黒い獣がリオへ向かって跳ねた。
「リオ、下がれ!」
「⋯⋯下がらない!」
リオの身体が星光に包まれ、青年へと成長した姿がさらに輝きを増す。
黒狼族の血が、星の守護者の血と共鳴し、リオの爪が星光を帯びた。
「兄さんの未来を⋯⋯奪わせない!」
リオが跳躍し、獣の顔面へ爪を叩き込む。
星光が爆ぜ、黒い霧が散った。
だが――
霧はすぐに再構築される。
リオは息を荒げながら言った。
「⋯⋯兄さん。あれ⋯⋯“痛み”を感じてない」
「痛み⋯⋯?」
「うん。俺たちが何をしても、あれは“反応”してるだけ。意思がない。ただ……喰うために動いてる」
ネロが震える声で続ける。
「未来の線も⋯⋯一本も見えない⋯⋯“選択肢”がない存在なんだ⋯⋯!」
ネロの翡翠色の瞳が、星光に照らされて揺れる。
「兄ちゃん⋯⋯見える⋯⋯!」
「何が見える!」
「“歪み”の中心⋯⋯あれは⋯⋯“誰かの可能性”じゃない⋯⋯“誰のものでもなかった未来”が溜まって⋯⋯形になっちゃったんだ⋯⋯!」
闇のシュウが頷く。
「そうだ。星の道は、選ばれなかった可能性を吸収する。だが、あまりに多くの“行き場のない未来”が溜まると――こうして“歪み”として形を持つ」
「じゃあ⋯⋯あれは⋯⋯」
「“誰にも選ばれなかった未来の塊”だ」
ネロが息を呑む。
「⋯⋯だから⋯⋯未来が見えないんだ⋯⋯“誰の未来でもない”から⋯⋯!」
そのとき――
光を帯びた影たちが、シュウの背後に立った。
影のシュウが、震えながらも言う。
「⋯⋯俺は⋯⋯消えたくない⋯⋯でも⋯⋯お前の邪魔にもなりたくない⋯⋯」
「邪魔じゃない。お前がいたから、今の俺がいる」
影のシュウの瞳が揺れ、光が強くなる。
影のネロが、涙を拭いながら言う。
「兄ちゃん⋯⋯俺⋯⋯あの頃の俺を⋯⋯嫌いだった⋯⋯でも⋯⋯兄ちゃんが拾ってくれたから⋯⋯今の俺がいる⋯⋯」
影のリオが鎖を握りしめる。
「⋯⋯俺は⋯⋯自由になりたかった⋯⋯兄さんが⋯⋯自由をくれた⋯⋯」
影のアレンが静かに言う。
「⋯⋯孤独は⋯⋯終わった。今の俺は⋯⋯一人じゃない」
影たちの光が、黒い獣の動きを鈍らせる。
“歪み”は、光を嫌う。
光は“選択”の象徴だからだ。
シュウの胸の星光が、これまでにないほど強く脈動した。
星の道全体が震え、
黒い獣が苦しげに後退する。
「⋯⋯これは⋯⋯?」
闇のシュウが目を見開く。
「シュウ⋯⋯お前⋯⋯“星の道そのもの”と繋がり始めている⋯⋯!」
「繋がる⋯⋯?」
「影を赦し、過去を受け入れ、“歪み”に揺らぎを与えようとしている。それは――星の道の本質だ」
星光が、シュウの身体から溢れ出す。
黒い獣が、初めて“怯えた”ように後退した。
ネロが叫ぶ。
「兄ちゃん⋯⋯! “歪み”が⋯⋯兄ちゃんの光を怖がってる⋯⋯!」
だが――
黒い獣は、次の瞬間、形を変えた。
霧が凝縮し、
星光を吸い込み、
巨大な“口”を開く。
その口は――
星の道そのものを喰らおうとしていた。
アレンが叫ぶ。
「まずい! あれが星の道を喰ったら――俺たち全員、帰れなくなる!」
リオが爪を構える。
「兄さん⋯⋯!」
ネロが未来の線を読み、震える声で言う。
「兄ちゃん⋯⋯! “今のままじゃ勝てない”って未来が⋯⋯多すぎる⋯⋯!」
黒い獣が、星の道へ噛みつこうとした瞬間――
シュウが叫んだ。
「だったら――俺が“道”を繋ぐ!」
星光が爆ぜ、シュウの身体が光に包まれた。
星の道が、シュウの足元から広がっていく。
黒い獣が咆哮し、
星の渦が裂け、
影たちが光を放ち――
星の道の中心で、決戦が始まった。
最初は、砂を踏むような柔らかい音。
次第に、金属を擦るような硬い響きへと変わり――
今は、まるで遠い鐘の音が重なり合うような、透明な振動が足元から伝わってくる。
シュウは胸の痛みを押さえながら、前を行く“闇のシュウ”を見つめた。
黒いマントは風もないのに揺れ、その背中は、どこか“空洞”のように見えた。
アレンが隣で息を整えながら呟く。
「⋯⋯この道、前世のときより深い」
「深い?」
「ああ。前はもっと⋯⋯乾いていた。何もない、ただの“通路”だった。今は――」
アレンは目を細める。
「“誰かの感情”が混じっている」
その言葉に、シュウの胸がわずかに熱を帯びた。
ネロが後ろから声を上げる。
「兄ちゃん⋯⋯星の道が、なんか、ざわざわしてる」
ネロの翡翠色の瞳には、無数の線が走っていた。
未来の断片、可能性の揺らぎ、星の流れ――
それらが複雑に絡み合い、ネロの視界に映り込んでいる。
ラムの尾の光が、ネロの胸で淡く脈動した。
「ネロ、無理はするな。見えすぎると、心が持たん」
「うん⋯⋯でも、大丈夫。ラムの尾が、守ってくれてる」
ネロの声は震えていたが、その瞳はしっかりと前を見ていた。
リオは、胸を押さえながら歩いていた。
星の痛みは増しているはずなのに、足取りは乱れない。
その背中には――
“何かが目覚めようとしている気配”があった。
闇のシュウは、そんな三人を一瞥し、静かに言った。
「ここから先は、星の渦の中心だ。お前たちの“影”が試される」
「影?」
「そうだ。星の道は、光だけでは形を保てない。影があるからこそ、道は存在する。お前たちの影が弱ければ――飲まれる」
その言葉と同時に、足元の星々がざわりと揺れた。
まるで、何かが“目覚めた”かのように。
道が開けた。
そこは、空でも地でもない。
ただ、無数の星々が渦を巻き、中心に向かって吸い込まれていく巨大な空間だった。
中心には――黒い球体。
光を吸い込み、
影を吐き出し、
星の流れを歪める“核”。
闇のシュウが、その前に立つ。
「これが⋯⋯星の渦の核。お前が転生したとき、切り捨てられた“可能性”が集まった場所だ」
シュウは息を呑んだ。
「じゃあ⋯⋯あれは」
「ああ。俺の“墓場”だ」
闇のシュウの声は、静かだった。
だが、その静けさの奥には――
長い孤独と、果てしない虚無が積み重なっていた。
そのとき、アレンが突然膝をついた。
「アレン!」
シュウが駆け寄ろうとした瞬間――アレンの胸から、強烈な光が溢れた。
星の紋が浮かび上がり、
その光がアレンの意識を過去へと引きずり込む。
アレンの視界に――
崩れ落ちる塔、
闇に飲まれる星空、
そして、倒れた“誰か”の姿が映った。
その“誰か”は――
闇のシュウだった。
「⋯⋯思い出した」
アレンは震える声で呟いた。
「前世の俺は⋯⋯お前を守ろうとして死んだんだ」
闇のシュウの瞳が揺れる。
「お前⋯⋯」
「お前は、星の流れを正すために戦って⋯⋯そして、倒れた。俺は⋯⋯その後を追ったんだ。お前を一人にしたくなくて」
アレンの声は、痛みと後悔に満ちていた。
「なのに⋯⋯今世の俺は、お前のことを忘れて⋯⋯」
「忘れたんじゃない」
闇のシュウは、静かに言った。
「忘れさせたんだ。星が。俺という“選ばれなかった可能性”を、お前の記憶から切り離した」
アレンは拳を握りしめた。
「⋯⋯それでも、俺はお前を見捨てない」
その言葉に、闇のシュウの胸がわずかに震えた。
その瞬間――
星の渦が、激しく揺れた。
リオが胸を押さえ、苦しげに息を吐く。
「っ⋯⋯兄さん⋯⋯星が⋯⋯暴れてる⋯⋯!」
リオの身体が光に包まれた。
骨が軋む音。
筋肉が伸びる音。
血が流れを変える音。
獣人特有の“成長の跳躍”。
リオの身体は、少年から青年へと一気に変化していく。
黒髪は長くなり、
瞳は深い闇色に輝き、
背は伸び、
肩幅は広がり、
声は少し低く、落ち着いた響きへと変わった。
星の紋が、額にくっきりと刻まれる。
リオは息を整え、ゆっくりと顔を上げた。
「⋯⋯兄さん。俺、もう⋯⋯逃げない」
その姿は、まるで“星の守護者”そのものだった。
星の渦が暴れ、影が襲いかかろうとした瞬間――
ネロの胸の光が強く輝いた。
ラムの尾の力が、ネロの周囲に結界を張る。
銀色の狐火が、影を焼き払う。
「ネロ、下がってろ!」
「うん⋯⋯でも、見えるよ。兄ちゃんたちの“未来の線”が」
ネロの瞳には、無数の未来が映っていた。
その中には――
シュウが倒れる未来も、
闇のシュウが消える未来も、
アレンが再び命を落とす未来もあった。
ネロは震えながらも、声を上げた。
「兄ちゃん⋯⋯“選ばなかった未来”が、全部ここにある!」
闇のシュウは、星の核の前に立ち、静かに言った。
「シュウ。お前が“両方守る”と言うなら――証明してみせろ」
黒い星光が、闇のシュウの胸から溢れ出す。
「俺は⋯⋯お前の影だ。お前が捨てた痛み、孤独、絶望⋯⋯全部、俺が背負ってきた」
その声は、怒りでも憎しみでもなく――ただ、深い深い“悲しみ”だった。
「だからこそ⋯⋯お前の中に戻る資格があるのか、俺は知りたい」
シュウは、胸の痛みを押さえながら前に出た。
「戻る資格なんて、最初からある」
闇のシュウが目を見開く。
「お前は⋯⋯俺だ。
俺が捨てたものじゃない。
俺が“抱えきれなかったもの”だ」
シュウは、手を伸ばした。
「だったら――一緒に生きよう」
闇のシュウの影が、揺れた。
その揺らぎは、
拒絶ではなく、
迷いでもなく――
救われたいという、微かな願いだった。
星の核が脈動し、
四人の影がゆっくりと“形”を持ち始めた。
だが――
その姿は、先ほどとは違っていた。
最初に形を成したのは、シュウの影だった。
それは――
異世界に転生した直後の、15歳のシュウ。
まだこの世界の空気にも慣れず、誰も知らず、何も持たず、ただ“生き直せと言われた”だけの少年。
影のシュウは、震える声で呟いた。
「⋯⋯どうして⋯⋯俺は、ここに来たんだ⋯⋯」
その声は、地球での55年の疲れと後悔を背負ったまま、突然若い身体に放り込まれた“あの日”の痛みそのものだった。
シュウは息を呑む。
(⋯⋯そうだ。俺は最初、この世界でひとりだった)
次に現れた影は、小さな少年の姿だった。
痩せて、怯えて、未来が見えるせいで周囲から避けられ、孤児院の暗い部屋で膝を抱えていた頃のネロ。
「⋯⋯見えるのに⋯⋯誰も信じてくれない⋯⋯言ったら怒られる⋯⋯だから⋯⋯黙ってるしかなかった⋯⋯」
その声は、胸を締め付けるほど弱かった。
ネロは唇を噛む。
「⋯⋯俺⋯⋯こんな顔、してたんだ⋯⋯」
鎖の音が響く。
リオの影は、奴隷として扱われていた頃の姿だった。
痩せ細り、声を出すことすら許されず、ただ命令に従うだけの“物”として扱われていた少年。
「⋯⋯自由なんて⋯⋯知らなかった⋯⋯名前を呼ばれることも⋯⋯なかった⋯⋯」
リオは拳を震わせる。
「⋯⋯もう、戻りたくない⋯⋯」
最後に現れたのは、アレンの影。
それは――
前世のアレン。
星の守護者として、誰にも理解されず、ただ使命だけを抱えて戦い続けた青年。
「⋯⋯守るものが⋯⋯何もなかった」
アレンは息を呑む。
「⋯⋯俺は⋯⋯お前を⋯⋯」
影のアレンは、闇のシュウを見つめていた。
四つの影が、ゆっくりと本体へ歩み寄る。
闇のシュウが低く告げた。
「影は、お前たちの“弱さ”そのものだ。逃げれば飲まれる。向き合わなければ、道は開かない」
星の渦が揺れ、影が伸びる。
影のシュウが叫ぶ。
「どうして⋯⋯俺を置いていったんだよ⋯⋯!」
影のネロが泣き叫ぶ。
「助けてほしかった⋯⋯誰でもいいから⋯⋯!」
影のリオが鎖を引きずりながら手を伸ばす。
「⋯⋯自由なんて⋯⋯知らなかった⋯⋯!」
影のアレンが静かに呟く。
「⋯⋯孤独は⋯⋯終わらないと思っていた」
影たちが迫る。
そのとき――
星の核の奥で、さらに別の揺らぎが生まれた。
影とは違う。
闇のシュウとも違う。
もっと深く、もっと古く、もっと危険な――
闇のシュウが、初めて声を荒げた。
「⋯⋯まずい⋯⋯“あれ”が目覚める⋯⋯!」
「“あれ”って⋯⋯何だよ!」
シュウが叫ぶと、闇のシュウは低く答えた。
「星の道が閉ざされるとき、切り捨てられた可能性の中でも――最も深く、最も危険で、最も“歪んだ”存在。」
星の渦が裂ける。
光がねじれ、
影が震え、
星の核の奥から――
“第三の存在”が、ゆっくりと姿を現し始めた。
星の核が脈動するたび、
影たちの輪郭が揺れ、
星の渦全体が不穏な呼吸を始めた。
影のシュウは、転生直後の不安と孤独を抱えたまま、影のネロは、孤児院で泣き声すら押し殺したまま、影のリオは、鎖の重みを引きずり、影のアレンは、前世の孤独を纏っていた。
だが――
その影たちですら、星の核の奥から滲み出す“何か”に怯えているように見えた。
闇のシュウが、低く呟く。
「⋯⋯来るぞ。“影”ですら触れられなかった、もっと深い層の存在が」
「深い層⋯⋯?」
シュウが息を呑む。
星の核の奥――
光と闇がねじれ、渦を巻き、
その中心に“穴”が開いた。
そこから、声がした。
――⋯⋯たちばな⋯⋯
――⋯⋯しゅう⋯⋯
聞き覚えのある声。
だが、どこか歪んでいる。
ネロが震えた声で言う。
「兄ちゃん⋯⋯あれ⋯⋯“兄ちゃんの声”に似てる⋯⋯」
リオも眉をひそめる。
「でも⋯⋯違う。兄さんの声じゃない。もっと⋯⋯冷たい」
アレンが剣を構えた。
「これは⋯⋯“可能性”じゃない。
もっと根源的な⋯⋯“星の道そのものの歪み”だ」
闇のシュウが、初めて焦りを見せる。
「星の道は、本来“選ばれなかった可能性”を吸収し続ける。だが⋯⋯長い年月の中で、吸収しきれなかった“残滓”が溜まることがある」
「残滓⋯⋯?」
「ああ。それはもう“可能性”ですらない。名前も、形も、未来も持たない――ただの“歪み”」
星の核が裂けた。
そこから現れたのは――
それは、人の形をしていなかった。
黒い霧が凝縮し、
星の光を吸い込み、
影のようでありながら、影ではない。
だが――
その中心に、ひとつだけ“目”があった。
星のように輝く、
しかし光を放たず、
ただ全てを見下ろすような、冷たい目。
ネロが息を呑む。
「⋯⋯未来の線が⋯⋯見えない⋯⋯!」
予知眼を持つネロが、未来を読めない。
それはつまり――
この存在は“未来を持たない”ということ。
リオが低く唸る。
「⋯⋯兄さん。あれ⋯⋯“生き物”じゃない」
アレンが剣を握りしめる。
「星の道が長い年月で溜め込んだ“歪み”。名前も、意思も、目的もない。ただ――“存在してしまった”だけのもの」
闇のシュウが言葉を継ぐ。
「そして⋯⋯“存在してしまった以上”、何かを喰わなければ形を保てない」
その瞬間、
黒い霧が四人の影へと伸びた。
影のシュウが悲鳴を上げる。
「やめろ⋯⋯! 俺を⋯⋯喰うな⋯⋯!」
影のネロが泣き叫ぶ。
「いやだ⋯⋯消えたくない⋯⋯!」
影のリオが鎖を引きずりながら後ずさる。
「⋯⋯戻りたくない⋯⋯戻りたくない⋯⋯!」
影のアレンは、静かに目を閉じた。
「⋯⋯また⋯⋯孤独に⋯⋯」
黒い霧が影たちを飲み込もうとする。
「やめろッ!」
シュウが叫び、星光を放つ。
胸の奥の星が脈動し、星の道全体が震えた。
黒い霧が一瞬だけ後退する。
闇のシュウが驚いたように目を見開く。
「⋯⋯お前⋯⋯“影”を守るつもりか?」
「当たり前だろ」
シュウは影の自分を見た。
転生直後の孤独を抱えた少年。
地球での後悔を抱えた大人の残滓。
「こいつは⋯⋯俺だ。“選ばなかった俺”でも、“捨てた俺”でもない」
黒い霧が、星光を吸い込みながらシュウへと迫る。
影たちを喰らおうとしていた霧が、今度は“本体”へと狙いを変えたのだ。
ネロが叫ぶ。
「兄ちゃん、来るッ!」
リオが前に出ようとするが、アレンが腕で制した。
「駄目だ、リオ! あれは……“触れたら終わり”だ!」
黒い霧は、意思がない。
だからこそ、止まらない。
ただ“存在”を奪うために伸びてくる。
闇のシュウが叫ぶ。
「シュウ! 影を守るなら――“歪み”そのものを揺らせ!」
「揺らすって⋯⋯どうやって!」
「お前の“選択”でだ!」
黒い霧が、シュウの胸元へ迫る。
星光が脈動し、星の道全体が震えた。
影のシュウが、震える声で叫ぶ。
「⋯⋯俺は⋯⋯置いていかれたんじゃないの⋯⋯?」
影のネロが泣きながら手を伸ばす。
「助けてほしかった⋯⋯誰でもいいから⋯⋯!」
影のリオが鎖を引きずりながら叫ぶ。
「⋯⋯自由なんて⋯⋯知らなかった⋯⋯!」
影のアレンは、静かに呟く。
「⋯⋯孤独は⋯⋯終わらないと思っていた」
影たちは、黒い霧に怯えながらも、シュウの言葉を待っていた。
黒い霧が触れようとした瞬間――
シュウは、影の自分を抱き寄せた。
「⋯⋯お前は、俺だ。
捨てたんじゃない。
“乗り越えた”んだ」
影のシュウが、驚いたように目を見開く。
「⋯⋯乗り越え⋯⋯?」
「お前がいたから、今の俺がいる。孤独も、不安も、後悔も⋯⋯全部、俺の一部だ」
影のシュウの瞳が揺れ、
黒い霧が一瞬だけ後退する。
シュウは続けた。
「ネロの影も、リオの影も、アレンの影も――全部“選ばなかった未来”じゃない。“俺たちが歩いてきた道の途中”だ」
影たちが、静かに顔を上げる。
その瞬間――
影たちの身体が、淡い光を帯び始めた。
影のネロが、涙を拭いながら呟く。
「⋯⋯兄ちゃん⋯⋯俺⋯⋯消えたくない⋯⋯」
「消えない。お前は“過去のネロ”じゃない。“今のネロを作った大事な一部”だ」
影のネロの瞳に、初めて光が宿る。
影のリオが鎖を握りしめる。
「⋯⋯俺⋯⋯自由になりたかった⋯⋯」
「なったじゃないか。今のお前は、もう鎖なんてついてない」
影のリオの鎖が、音もなく砕け散る。
影のアレンが、静かに目を閉じる。
「⋯⋯孤独は⋯⋯終わらないと思っていた」
「終わったよ。お前は今、俺たちと一緒にいる」
影のアレンの身体が、星光に包まれる。
影たちが光を帯びるほどに、
黒い霧は激しく震え始めた。
まるで――
“喰えるはずの影が光に変わっていく”ことに、耐えられないかのように。
霧の中心の“目”が、シュウを睨む。
――⋯⋯タチバナ⋯⋯
――⋯⋯シュウ⋯⋯
――⋯⋯ナゼ⋯⋯ユルス⋯⋯
声が、歪んだ星の響きで響く。
闇のシュウが低く呟く。
「⋯⋯あれは“理解できない”んだ。影が光に変わることを。“歪み”には、選択も、赦しも、意味もない」
黒い霧が、怒りのように渦を巻く。
星の渦全体が震え、
空間が軋む。
アレンが剣を構えた。
「来るぞ⋯⋯!」
黒い霧が、ついに形を変えた。
霧が凝縮し、
星光を吸い込み、
巨大な“影の獣”のような姿を取る。
だが、その中心には――
相変わらず“目”がひとつ。
未来を持たない、
名前もない、
ただ存在してしまった“歪み”。
ネロが震える声で言う。
「兄ちゃん⋯⋯あれ⋯⋯“未来の線”が一本もない⋯⋯生き物じゃない⋯⋯!」
リオが低く唸る。
「⋯⋯兄さん。あれは⋯⋯“倒す”とかじゃない。“正す”しかない⋯⋯!」
闇のシュウが頷く。
「そうだ。あれは敵ではない。だが、放置すれば星の道そのものを喰い尽くす」
黒い獣が、咆哮を上げた。
星の渦が裂け、
影たちが光に包まれ、
シュウの胸の星光が――
かつてないほど強く脈動する。
「⋯⋯だったら――」
シュウは一歩前に出た。
影たちが、背中に寄り添うように光を放つ。
「俺が――“歪み”を正す!」
黒い獣が、星の渦を揺らしながら突進してくる。
アレンが剣を構え、
リオが爪を光らせ、
ネロが未来の線を読み、
闇のシュウが黒い星光を構える。
そして――
星の道の中心で、
“歪み”との戦いが始まった。
黒い獣のような“歪み”が、星の渦を揺らしながら突進してくる。
星光を吸い込み、
影を喰らい、
存在そのものを削り取る――
そんな“無”の塊。
シュウは胸の星光を輝かせ、真正面から立ち向かった。
「来いよ⋯⋯! 俺はもう、影も過去も捨てない!」
黒い獣が咆哮し、星の道が震える。
「シュウ、右だ!」
アレンが叫び、剣を振り抜く。
星光を帯びた刃が黒い霧を裂き、獣の肩口に深い傷を刻んだ。
だが――
傷口は、すぐに“無”へと戻るように閉じていく。
「⋯⋯やっぱり、普通の攻撃じゃ通らないか」
アレンが歯を食いしばる。
闇のシュウが低く言う。
「“歪み”には形がない。だからこそ、形を持つ攻撃は意味をなさない」
「じゃあ、どうすれば⋯⋯!」
「“選択”だ。お前が影を赦したように――“歪み”にも揺らぎを与えろ!」
黒い獣がリオへ向かって跳ねた。
「リオ、下がれ!」
「⋯⋯下がらない!」
リオの身体が星光に包まれ、青年へと成長した姿がさらに輝きを増す。
黒狼族の血が、星の守護者の血と共鳴し、リオの爪が星光を帯びた。
「兄さんの未来を⋯⋯奪わせない!」
リオが跳躍し、獣の顔面へ爪を叩き込む。
星光が爆ぜ、黒い霧が散った。
だが――
霧はすぐに再構築される。
リオは息を荒げながら言った。
「⋯⋯兄さん。あれ⋯⋯“痛み”を感じてない」
「痛み⋯⋯?」
「うん。俺たちが何をしても、あれは“反応”してるだけ。意思がない。ただ……喰うために動いてる」
ネロが震える声で続ける。
「未来の線も⋯⋯一本も見えない⋯⋯“選択肢”がない存在なんだ⋯⋯!」
ネロの翡翠色の瞳が、星光に照らされて揺れる。
「兄ちゃん⋯⋯見える⋯⋯!」
「何が見える!」
「“歪み”の中心⋯⋯あれは⋯⋯“誰かの可能性”じゃない⋯⋯“誰のものでもなかった未来”が溜まって⋯⋯形になっちゃったんだ⋯⋯!」
闇のシュウが頷く。
「そうだ。星の道は、選ばれなかった可能性を吸収する。だが、あまりに多くの“行き場のない未来”が溜まると――こうして“歪み”として形を持つ」
「じゃあ⋯⋯あれは⋯⋯」
「“誰にも選ばれなかった未来の塊”だ」
ネロが息を呑む。
「⋯⋯だから⋯⋯未来が見えないんだ⋯⋯“誰の未来でもない”から⋯⋯!」
そのとき――
光を帯びた影たちが、シュウの背後に立った。
影のシュウが、震えながらも言う。
「⋯⋯俺は⋯⋯消えたくない⋯⋯でも⋯⋯お前の邪魔にもなりたくない⋯⋯」
「邪魔じゃない。お前がいたから、今の俺がいる」
影のシュウの瞳が揺れ、光が強くなる。
影のネロが、涙を拭いながら言う。
「兄ちゃん⋯⋯俺⋯⋯あの頃の俺を⋯⋯嫌いだった⋯⋯でも⋯⋯兄ちゃんが拾ってくれたから⋯⋯今の俺がいる⋯⋯」
影のリオが鎖を握りしめる。
「⋯⋯俺は⋯⋯自由になりたかった⋯⋯兄さんが⋯⋯自由をくれた⋯⋯」
影のアレンが静かに言う。
「⋯⋯孤独は⋯⋯終わった。今の俺は⋯⋯一人じゃない」
影たちの光が、黒い獣の動きを鈍らせる。
“歪み”は、光を嫌う。
光は“選択”の象徴だからだ。
シュウの胸の星光が、これまでにないほど強く脈動した。
星の道全体が震え、
黒い獣が苦しげに後退する。
「⋯⋯これは⋯⋯?」
闇のシュウが目を見開く。
「シュウ⋯⋯お前⋯⋯“星の道そのもの”と繋がり始めている⋯⋯!」
「繋がる⋯⋯?」
「影を赦し、過去を受け入れ、“歪み”に揺らぎを与えようとしている。それは――星の道の本質だ」
星光が、シュウの身体から溢れ出す。
黒い獣が、初めて“怯えた”ように後退した。
ネロが叫ぶ。
「兄ちゃん⋯⋯! “歪み”が⋯⋯兄ちゃんの光を怖がってる⋯⋯!」
だが――
黒い獣は、次の瞬間、形を変えた。
霧が凝縮し、
星光を吸い込み、
巨大な“口”を開く。
その口は――
星の道そのものを喰らおうとしていた。
アレンが叫ぶ。
「まずい! あれが星の道を喰ったら――俺たち全員、帰れなくなる!」
リオが爪を構える。
「兄さん⋯⋯!」
ネロが未来の線を読み、震える声で言う。
「兄ちゃん⋯⋯! “今のままじゃ勝てない”って未来が⋯⋯多すぎる⋯⋯!」
黒い獣が、星の道へ噛みつこうとした瞬間――
シュウが叫んだ。
「だったら――俺が“道”を繋ぐ!」
星光が爆ぜ、シュウの身体が光に包まれた。
星の道が、シュウの足元から広がっていく。
黒い獣が咆哮し、
星の渦が裂け、
影たちが光を放ち――
星の道の中心で、決戦が始まった。
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