役に立たなくていいと思っていた俺の生活魔法が、国を静かに変え始めるまで―追放された生活魔法使いの、村から始まるスローライフ

夜澄 文

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第五話 見られている生活

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 視察の一行は、翌日も村に留まった。

 宿は村長の家。
 護衛は三人。
 規模としては、これ以上ないほど小さい。

 俺は特に気にせず、いつも通り朝の作業を始めた。

 井戸を確認し、水量と澄み具合を見る。
 昨日の雨の影響は、もう残っていない。

 水路の分岐を一つずつ見て回る。
 流れは均等で、滞りもない。

 途中、視察団の女性と目が合った。

 年は若い。
 身なりは質素だが、布の質が違う。

「おはようございます」

 声をかけると、少し驚いたように頷かれた。

「……毎朝、これを?」

「ええ。習慣です」

 それ以上の会話はなかった。
 彼女は、ただ見ている。

 畑では、収穫の準備が進んでいた。
 作物の傷みは少ない。

 俺は頼まれもしないのに、保存用の木箱を調整した。
 湿度を下げ、虫が寄らないようにする。

「そんなことまで?」

 村人が言う。

「後でやるより、今の方が楽ですから」

 それで納得されるのが、この村だ。

 昼前、視察団の書記官が近づいてきた。

「作業時間を、少しお聞きしても?」

「構いませんが……何をですか」

「水路の点検と、倉庫の整備」

 正確に覚えていない。
 だいたいの感覚で答えた。

「午前中で終わりました」

 書記官は、何も書かなかった。
 ただ、首を傾げただけだ。

 午後、村の子どもたちが走り回っている。
 転んで、泥だらけになる。

 洗ってやると、すぐ元通りだ。

「魔法、すごい!」

「そうか?」

「だって、一瞬だ!」

 一瞬、というほどでもない。
 呼吸二つ分はかかっている。

 遠くで、あの女性がそれを見ていた。
 目線が、子どもではなく、俺の手元に向いている。

 作業の手順。
 魔力の流れ。

 ――そんなところだろう。

 夕方、村長の家から呼ばれた。

「視察の方が、お礼を言いたいそうだ」

 形式的なものだろうと思い、顔を出す。

 女性が一歩前に出た。

「第五王女、エリシアです」

 名乗られて、少し驚いた。
 視察団の規模に合わない肩書きだ。

「……どうも」

 礼をすると、王女は微かに眉を動かした。

「この村の生活は、非常に安定しています」

「そうでしょうか」

「ええ。水、保存、衛生。どれも、地方としては整いすぎている」

 指摘は、穏やかだった。
 非難でも、称賛でもない。

「理由を、村の方々は説明できませんでした」

 それは、そうだろう。

 俺も説明できない。

「あなたは、この状態を……普通だと思っていますか?」

 少し考えた。

「田舎なら、こんなものだと」

 王女は、何も言わなかった。
 ただ、確認するように一度だけ頷いた。

「今日は、ここまでにします」

 それで終わりだ。

 質問も、命令もない。

 拍子抜けするほど、あっさりしていた。

 その夜、村は妙に静かだった。

 視察団がいるからではない。
 皆、様子を見ている。

 俺は、保存棚を点検し、灯りを落とす。

 生活は、いつも通り回っている。
 見られていようと、関係ない。

 だが、布団に入ってから、昼の言葉を思い出した。

 ――整いすぎている。

 それが問題になるとは、考えたことがなかった。

 ――第五王女視点。

 数字にすると、歪む。
 報告書にすると、反発を受ける。

 だが、現場は嘘をつかない。

 一人の生活魔法使いが、
 村全体の「当たり前」を、無意識に維持している。

 それは、制度の外側にある価値だ。

 今は、まだ言わない。
 言えない。

 観察が、必要だ。
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