『世界は救えないと知っている勇者が、それでも剣を取る理由』

夜澄 文

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第十話 従わない理由

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 命令書は、簡潔だった。

「北部境界、第三監視砦へ向かえ。
目的:存在の提示。
行動制限:交戦・交渉ともに禁止」

 存在の提示。
 要するに、立っていろということだ。

 俺は、紙を折りたたみ、しまった。

 護衛が二人、黙って控えている。
 目は真っ直ぐだ。
 命令に忠実な兵士の目。

 城を出る直前、声をかけられた。

「少し、時間をもらえますか」

 セレーナ王女だった。

 公式ではない。
 護衛も、下がらされる。

 場所は、城の裏庭。
 人の少ない、風の通る場所だ。

「あなたに、説明が必要だと思いました」

「説明で、選択肢が増えるなら聞く」

 王女は、苦笑した。

「増えません」

 正直だ。

「北部は、限界です」

 彼女は、低く言う。

「魔王軍の動きが活発化している。
 それでも、こちらから仕掛ける余力はない」

「だから、俺を置く」

「ええ」

 勇者が立っているだけで、
 戦線は保たれる。

「剣を抜くな、と」

「抜けば、戦争になります」

 それも事実だ。

「あなたが選べば、国が動く。
 今は、それが許されない」

 王女は、拳を握っている。

「私は、国を守る立場です」

 自分に言い聞かせるような声だ。

「……個人は?」

 問いは、自然に出た。

「個人は、後回しになります」

 即答だった。

「それが、王族の役目です」

 沈黙が落ちる。

 風が、木々を揺らす。

「俺が、命令に従わなかったら」

 静かに言う。

 王女は、一瞬だけ目を閉じた。

「処罰されます」

「勇者でも?」

「勇者だから、です」

 特別だからこそ、例外にできない。

「それでも」

 彼女は、続けた。

「あなたが“なぜ”従わなかったかは、
 私は聞きます」

 それが、彼女の限界だった。

「……ありがとう」

 礼として、適切かは分からない。

 北部への道中、
 護衛は多くを語らなかった。

 砦は、寒々しい場所だ。
 兵たちの顔には、疲れが刻まれている。

「勇者殿が来た」

 それだけで、空気が変わる。

 期待と、依存。

 俺は、剣を抜かない。

 命令だからではない。
 抜けば、ここが戦場になる。

 夜、砦の壁の上に立つ。

 闇の向こうに、敵がいる。

 いるだけで、意味を持つ存在。

 それが、今の俺だ。

 そのとき、声がした。

「息苦しそうだね」

 魔王だ。

「命令は、楽だろう?」

「……責任を、考えなくて済む」

「そう」

 魔王は、優しい声で言う。

「君が選ばなければ、
 誰も君を責めない」

 それは、救いだ。

「だが」

 声が低くなる。

「それでも、何かが壊れる」

 俺は、城壁を握る。

「君はもう、知っている」

 魔王は続ける。

「命令に従うだけでは、
 世界は延びない」

 否定できない。

「さあ、勇者」

 最後の問いだ。

「君は、
 “正しい命令”と
 “間違っていると分かっている沈黙”
 どちらを選ぶ」

 声は消えた。

 夜明け前、
 遠くで、小さな火が上がった。

 偵察報告ではない。
 予定にない。

 村の方向だ。

 命令では、動くなと言われている。

 だが、立って見ていれば、
 あの火は消えない。

 剣に、手をかける。

 軽い。

 だが、今は確かに、
 選択の重さが乗っている。

 夜明けが来る。

 俺は、まだ動いていない。

 だが、
 従わない理由は、
 もう十分すぎるほど、揃っていた。
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