34 / 39
第四章 五月雨よ
車間距離
しおりを挟む
――薫――
海沿いに建つ廃ホテルは、昼間に見たときよりもずっと歪んで見えた。
潮風に削られたコンクリートは白く粉を吹き、割れた窓ガラスの隙間から、夜の闇が内部に溜まり込んでいるようだった。
兵庫エリア攻略のため、前線に近いこの場所で一泊する。
周囲にヘイト反応がないことは確認済みだ。それでも——胸の奥に、理由のわからないざらつきが残っていた。
「絶対ここ、出るよ。幽霊」
沙羅が懐中電灯をぶんぶん振り回しながら言う。
「こういう廃ホテルって、ほら、鏡とかさ……」
「やめてください……」
莉乃が真顔で続けるから、余計に空気が冷える。
私は笑ってごまかしたけれど、正直、気味が悪かった。
音が吸い込まれる。人の気配がないのに、見られている感じだけが、ずっと背中に張り付いている。
やがて櫻小隊のメンバーはそれぞれ別の部屋で休むことになった。
ベッドに横になっても、天井の染みが人の顔に見えて、目を閉じるのが怖かった。
——いつの間にか、意識が沈んでいく。
どれくらい経っただろう。
廊下から、足音がした気がした。
カツ、カツ、と一定の間隔。
誰かが歩いている。
私はゆっくりと起き上がり、ドアノブに手をかけた。
開けた瞬間、廊下の奥に——私の後ろ姿があった。
同じ髪型。
同じ服。
同じ歩き方。
「……誰?」
声は、やけに小さく響いた。
その人物は振り返らない。ただ、私から一定の距離を保ったまま、歩き続ける。
追いかける。
距離は縮まらない。
まるで、見えない線——車間距離でも保っているみたいに。
途中、割れた鏡の前を通り過ぎた。
ガラスには、廊下とその奥の闇だけが映っていた。
私の姿は、どこにもなかった。
でも、その異常さに、私は気づかない。
ロビーに出ると、ゲームセンターだったらしい一角が見えた。
その中のクレーンゲームのケースに、凛が閉じ込められている。
目を開いたまま、動かない。
次の部屋では、マネキンに囲まれた紫鈴が立っていた。
表情も、瞬きも止まっていて、人形の一部みたいだった。
おかしい。
そう思ったはずなのに、私はそのまま通り過ぎてしまう。
導かれるように辿り着いたのは、水の抜かれたプールだった。
底が見えないほど暗い。
周囲には、櫻小隊のメンバーが集まっていた。
しかし—— 全員、顔がなかった。
足がすくむ。
後ずさりした瞬間、背中に強い衝撃。
誰かに押された。
体が浮く。
プールの底をすり抜けて、私は——落ちた。
激しい衝撃とともに、視界が切り替わる。
そこは地下の駐車場跡だった。
「薫ちゃん!」
声がする。
振り向くと、櫻小隊のメンバー全員が、無事な姿で集まっていた。
車が数台、まだ動きそうな状態で残っている。
私たちは分乗し、暗いトンネルへと走り出した。
「車間距離、詰めすぎないで!」
誰かの声が響く。
前のテールランプだけを頼りに、闇を進む。
距離を保つ。
離れすぎず、近づきすぎず。
やがて、出口の光。
夜明け前の、青白い海沿いの道路に出た。
「……助かった」
安堵した、その瞬間——
目を開けると、私は廃ホテルのベッドの上にいた。
朝の光が、割れた窓から差し込んでいる。
夢だった。
全部、悪い夢。
早くここを出よう。
そう思って荷物をまとめ、部屋を出る。
ロビーを抜けるとき、ふと鏡が目に入った。
そこに——
私とそっくりの後ろ姿が、静かに立っていたように見えた。
でも私は、振り返らなかった。
海沿いに建つ廃ホテルは、昼間に見たときよりもずっと歪んで見えた。
潮風に削られたコンクリートは白く粉を吹き、割れた窓ガラスの隙間から、夜の闇が内部に溜まり込んでいるようだった。
兵庫エリア攻略のため、前線に近いこの場所で一泊する。
周囲にヘイト反応がないことは確認済みだ。それでも——胸の奥に、理由のわからないざらつきが残っていた。
「絶対ここ、出るよ。幽霊」
沙羅が懐中電灯をぶんぶん振り回しながら言う。
「こういう廃ホテルって、ほら、鏡とかさ……」
「やめてください……」
莉乃が真顔で続けるから、余計に空気が冷える。
私は笑ってごまかしたけれど、正直、気味が悪かった。
音が吸い込まれる。人の気配がないのに、見られている感じだけが、ずっと背中に張り付いている。
やがて櫻小隊のメンバーはそれぞれ別の部屋で休むことになった。
ベッドに横になっても、天井の染みが人の顔に見えて、目を閉じるのが怖かった。
——いつの間にか、意識が沈んでいく。
どれくらい経っただろう。
廊下から、足音がした気がした。
カツ、カツ、と一定の間隔。
誰かが歩いている。
私はゆっくりと起き上がり、ドアノブに手をかけた。
開けた瞬間、廊下の奥に——私の後ろ姿があった。
同じ髪型。
同じ服。
同じ歩き方。
「……誰?」
声は、やけに小さく響いた。
その人物は振り返らない。ただ、私から一定の距離を保ったまま、歩き続ける。
追いかける。
距離は縮まらない。
まるで、見えない線——車間距離でも保っているみたいに。
途中、割れた鏡の前を通り過ぎた。
ガラスには、廊下とその奥の闇だけが映っていた。
私の姿は、どこにもなかった。
でも、その異常さに、私は気づかない。
ロビーに出ると、ゲームセンターだったらしい一角が見えた。
その中のクレーンゲームのケースに、凛が閉じ込められている。
目を開いたまま、動かない。
次の部屋では、マネキンに囲まれた紫鈴が立っていた。
表情も、瞬きも止まっていて、人形の一部みたいだった。
おかしい。
そう思ったはずなのに、私はそのまま通り過ぎてしまう。
導かれるように辿り着いたのは、水の抜かれたプールだった。
底が見えないほど暗い。
周囲には、櫻小隊のメンバーが集まっていた。
しかし—— 全員、顔がなかった。
足がすくむ。
後ずさりした瞬間、背中に強い衝撃。
誰かに押された。
体が浮く。
プールの底をすり抜けて、私は——落ちた。
激しい衝撃とともに、視界が切り替わる。
そこは地下の駐車場跡だった。
「薫ちゃん!」
声がする。
振り向くと、櫻小隊のメンバー全員が、無事な姿で集まっていた。
車が数台、まだ動きそうな状態で残っている。
私たちは分乗し、暗いトンネルへと走り出した。
「車間距離、詰めすぎないで!」
誰かの声が響く。
前のテールランプだけを頼りに、闇を進む。
距離を保つ。
離れすぎず、近づきすぎず。
やがて、出口の光。
夜明け前の、青白い海沿いの道路に出た。
「……助かった」
安堵した、その瞬間——
目を開けると、私は廃ホテルのベッドの上にいた。
朝の光が、割れた窓から差し込んでいる。
夢だった。
全部、悪い夢。
早くここを出よう。
そう思って荷物をまとめ、部屋を出る。
ロビーを抜けるとき、ふと鏡が目に入った。
そこに——
私とそっくりの後ろ姿が、静かに立っていたように見えた。
でも私は、振り返らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。
同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる