Sakura Generation  ~絶望を希望に変える少女たち~

にわかばでぃ

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第四章 五月雨よ

車間距離

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――薫――

 海沿いに建つ廃ホテルは、昼間に見たときよりもずっと歪んで見えた。
 潮風に削られたコンクリートは白く粉を吹き、割れた窓ガラスの隙間から、夜の闇が内部に溜まり込んでいるようだった。

 兵庫エリア攻略のため、前線に近いこの場所で一泊する。
 周囲にヘイト反応がないことは確認済みだ。それでも——胸の奥に、理由のわからないざらつきが残っていた。

「絶対ここ、出るよ。幽霊」
 沙羅が懐中電灯をぶんぶん振り回しながら言う。
「こういう廃ホテルって、ほら、鏡とかさ……」
「やめてください……」
 莉乃が真顔で続けるから、余計に空気が冷える。

 私は笑ってごまかしたけれど、正直、気味が悪かった。
 音が吸い込まれる。人の気配がないのに、見られている感じだけが、ずっと背中に張り付いている。

 やがて櫻小隊のメンバーはそれぞれ別の部屋で休むことになった。
 ベッドに横になっても、天井の染みが人の顔に見えて、目を閉じるのが怖かった。

 ——いつの間にか、意識が沈んでいく。

 どれくらい経っただろう。

 廊下から、足音がした気がした。
 カツ、カツ、と一定の間隔。
 誰かが歩いている。

 私はゆっくりと起き上がり、ドアノブに手をかけた。
 開けた瞬間、廊下の奥に——私の後ろ姿があった。

 同じ髪型。
 同じ服。
 同じ歩き方。

「……誰?」
 声は、やけに小さく響いた。

 その人物は振り返らない。ただ、私から一定の距離を保ったまま、歩き続ける。
 追いかける。

 距離は縮まらない。
 まるで、見えない線——車間距離でも保っているみたいに。

 途中、割れた鏡の前を通り過ぎた。
 ガラスには、廊下とその奥の闇だけが映っていた。
 私の姿は、どこにもなかった。
 でも、その異常さに、私は気づかない。

 ロビーに出ると、ゲームセンターだったらしい一角が見えた。
 その中のクレーンゲームのケースに、凛が閉じ込められている。
 目を開いたまま、動かない。

 次の部屋では、マネキンに囲まれた紫鈴が立っていた。
 表情も、瞬きも止まっていて、人形の一部みたいだった。

 おかしい。
 そう思ったはずなのに、私はそのまま通り過ぎてしまう。

 導かれるように辿り着いたのは、水の抜かれたプールだった。
 底が見えないほど暗い。

 周囲には、櫻小隊のメンバーが集まっていた。

 しかし—— 全員、顔がなかった。

 足がすくむ。
 後ずさりした瞬間、背中に強い衝撃。

 誰かに押された。
 体が浮く。
 プールの底をすり抜けて、私は——落ちた。

 激しい衝撃とともに、視界が切り替わる。
 そこは地下の駐車場跡だった。

「薫ちゃん!」
 声がする。

 振り向くと、櫻小隊のメンバー全員が、無事な姿で集まっていた。
 車が数台、まだ動きそうな状態で残っている。

 私たちは分乗し、暗いトンネルへと走り出した。
「車間距離、詰めすぎないで!」
 誰かの声が響く。

 前のテールランプだけを頼りに、闇を進む。
 距離を保つ。
 離れすぎず、近づきすぎず。
 やがて、出口の光。
 夜明け前の、青白い海沿いの道路に出た。

「……助かった」
 安堵した、その瞬間——

 目を開けると、私は廃ホテルのベッドの上にいた。
 朝の光が、割れた窓から差し込んでいる。

 夢だった。
 全部、悪い夢。

 早くここを出よう。
 そう思って荷物をまとめ、部屋を出る。
 ロビーを抜けるとき、ふと鏡が目に入った。

 そこに——
 私とそっくりの後ろ姿が、静かに立っていたように見えた。
 でも私は、振り返らなかった。
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