ワケあり捨てられ(元)奴隷少女は、無類の動物好き王子からの寵愛に戸惑いを隠せない

小麦 錬る

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知りたい気持ち

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「おはよう。変わりは無い?」

 ブルルと鼻を鳴らし、頭をすり寄せてくるフィーナの頬を優しく撫でる。
朝のブラッシングをしながら体調のチェックをしたあと、食事を摂らせて馬房から庭園に離し、その間に厩舎の掃除をすることが、ゼノフィリアスの日課だった。

 この国の王子ともあろう人が、馬小屋の掃除などやめてくれと何度ライオネルに叱られても、好きでやってるんだから邪魔しないでくれと突っぱね、やっと彼が小言を言うことを諦めたのがつい最近の事だ。

 その様子をアナベルは他人事のようにケタケタと笑って見ているものだから、余計にライオネルの導火線に火が付き、周りのものたちは幾度も、とばっちりを喰らっている。被害者は主にライオネルの隊の部下たちだ。そういった日の訓練メニューは、やたらとハードになるらしい。

 他の使用人たちはいつもの光景だとばかりに、その光景を微笑ましく見ていたが、奔放すぎる王子にライオネル自身は、心労でどうにかなりそうだと小言が尽きないでいた。



 「おはよう、クリス」
「ゼノフィリアス王子、おはようございます。」

 “ルオント“の敷地内にある室内庭園に入り温室の扉を開けると、薬草の採取を行なっていた宮廷薬剤師見習いのクリストフ・ドナが、こちらを見上げる。

 なるべく自然な環境で治療をするために、軽傷の保護動物たちは外の庭で放し飼いをしている。室内庭園では、もうすぐ自然に帰せそうな子や、経過観察中の子の治療を主に行い、病状の重いものはゼノの診療所に併設されている病室で、ゼノが寝泊まりしながら世話をすることもあった。


 「コルッカの実、育ったかな?少し分けて欲しいんだけど。それと、おすすめのハーブある?」
「はい、さっき採ったばっかりですので、お好きなだけ!··············彼女は·····まだ目を覚まさないんですね?」

言われて眉尻を下げ微笑む。
 あの半獣の少女を拾ってから4日目の朝だった。しかし彼女の目が覚める気配はまだない。

 宮廷の薬師たちの中でも、まだごく一部の人間にしか彼女の存在を話してはいない。半獣は存在自体が珍しく、ゼノのように初めて見るものも多い。そのため、いらぬ騒動を引き起きしかねないからだ。
 彼女の目が覚めない今は、もうしばらく静かにしておいてあげたかった。


 クリスは薬草学を熟知していて、まだ薬師見習いながらもその知識量は皆から一目を置かれるほどだった。
 ゼノはよく彼から薬草を分けてもらっている。最近では眠っている彼女が安心するように、そして早く目覚めてもらえるようにと、安らぎの効果があるハーブや花を聞いては、部屋に置いていたのだった。

 
 室内庭園で過ごしている動物たちの怪我の経過を診てから、それぞれに食事を与える。
朝の掃除は既にクリスが行ってくれていたので、礼を述べ、もらったコルッカの実とハーブ、いくつかの薬草を抱え、隠れ家へ向かった。


 なるべく音を立てないように部屋に入ると、さっそくキッチンへ向かう。
先ほどのコルッカの実で足りなくなった薬を作るのだ。
 実を潰して汁を出し、種と皮をわける。棚にあるいくつかの薬草と汁を煎じる。それを冷ますと傷によく効く薬ができる。
全て薬室長のアナベルから教え込まれた事だった。
 煮立った薬を冷まそうと容器に入れ、少し息をつく。ふと、奥の部屋へ視線を向けた。


 ゼノはここを隠れ家として、朝から晩まで動物たちの世話をし、遊び、薬草や医療について学んでいる。
必要なあれこれを小屋に運び入れ、次第にここで過ごす時間が多くなっていた。
 同じ敷地内とは言え、あまりにも城を不在にする王子に彼を溺愛する双子の姉たちは彼を心配し、恋しがった。
自分の食事もそこそこで、動物たちのために動いてしまう彼にせめて、夜だけは城でちゃんと食事を摂るようにと言い付けが出たのだ。
 それからというもの、容体の思わしくない動物がいない限り夜は城で過ごしていたが、最近は専らこの隠れ家に入り浸っている。

 奥の部屋と繋がる扉をそっと開けると、彼用のベットが一つ。
ゼノが、主に重傷の患者を看るために置いたものだったが、今、そこには彼女が眠っている。


 銀色の耳と尻尾を持つ半獣の少女。
あの日からずっと眠り続けていて、未だその意識が戻る様子はない。

 当初は顔も酷く殴られて、片目は目蓋も開けられない程腫れていたが、薬が効いたのか徐々にそれも引いてきているようだ。


 彼女はどんな瞳の色をしているのだろうか。
どんな声で話して、どんな風に喋るのだろうか?

 そもそも、半獣はヒトの言葉がわかるのか····?
もしかしたら半獣専用の言葉があるのだろうか?

 初めて対峙する生物に最初こそ好奇心が優ったが、今ははやく起きている彼女が見たくて、話をしてみたくて、たまらなかった。

まだ目覚めぬ少女に対して、ゼノはその想いを募らせていったのだった。
 

 サイドテーブルへ先程のハーブを飾ると、その優しい香りが鼻腔に広がり、胸の高鳴りが凪いだ気がした。




━━━━━━━━━━━





 カビ臭い路地を進んだ先にある、古ぼけた看板の店に入る。
もう何年も油の刺していない扉はギイィと耳障りな音を立てた。

 「いらっしゃい、······なんだ。またあんたか。」
狼獣人の店主は、チラリと客を見るなり、不躾な態度でその客を出迎えた。

 「何度来たって同じさね。売れるものはない。」
濁声を響かせ、キッパリとそう言うなり乱暴に広げた新聞に視線を落とす。

 「入り用でして。あとこれだけ、何とか用立てて欲しいのですが。」

 客の男は、指を2本立てて店主に問う。
黒い外套に身を包み、フードを深く被り顔を隠しているため表情は確認できないが、その喋り口調はひどく穏やかで、どこか気品さえも感じ取れるようだった。



 王都から少し離れた西側に位置する街。
その街の市場にある一軒の酒場は、とても人当たりの良い店主が切り盛りをしている。
一見なんの変哲もないその“至極“普通のバーには、ある秘密があった。
 ある曜日の、ある時間に‘’合言葉“と、店主が欲する“あるもの“を提示した者のみが入ることを許される扉がある。
 その扉をくぐり地下へ続く階段を降りると、そこにはその街には存在しないはずの、もう一つの市場があった。

 ここはいわゆる“闇市場“と呼ばれる場所で、表沙汰にはできないような商品の販売や、違法な武器や輸入品などの取引を行っていた。
 憲兵たちの目を掻い潜るため、闇商人たちはなんの変哲もない酒場の隠された地下通路に店を出し、取引場所としていた。
 そのため秘密が漏れることのないよう、時間や曜日、提示するものを細かく決め取引相手を慎重に選別していたのだった。

 そんな悪行が蔓延る陰湿な雰囲気の場所に、その男の存在は少し異様な気さえもする。


 「2!? 2なんてとんでもない。無理だね。」

強い口調で声を荒げた店主に、男は僅かばかり溜息をこぼした。
 仕方ないとばかりに肩をすくめ、自身の外套に手を差し入れる。

「前金として、受け取ってもらえませんか?」

 男は懐からいくつか札束を出し、カウンターに置く。
店主は一瞬ギョッとするも、チラチラと金と新聞を交互に見て視線を泳がせる。

 「ダメダメ、こんな金じゃ動けないね。···あんた知らないのか? ここ3、4日前から急に憲兵団が動き出したって話。 お陰でうちのも何人かやられちまってね、今ごろ奴らは檻の中よ。…まったくとんだヘマをしてくれた。これじゃあ聞いての通り、商売にならん。」

 悪態をつきつつも、客の様子を伺うように、金ばかりではなく男の方へも視線を向ける。

 男はまた溜息をつきながら、
「いいですか?これはあくまで“前金“です。 用意してくれたらこの3倍お出ししますよ。」

「······さっ!? ·········し、しかし·········言ったろ?何人か捕まったって。現実的に人員不足で····。」
 店主の目が一瞬輝きに満ちるも、すぐにしゅんとその尻尾はしな垂れてしまった。先ほどまでの横柄な態度とは打って変わって、しゃがれ声でバツが悪そうにモゴモゴと話す。

 目の前の金を前に、実に、それはもう実に残念そうな店主を見下ろし、男はこれ見よがしにまた、小さくはぁとため息をこぼすと、持ってきていた革製の鞄を店主に広げて見せる。
中には大量の札束が詰め込まれていた。

 「残念です。実は…もしも足りなかった分として今これだけ手元にあるのですが·········。仕方ないですね、前金も全て、これらは持って帰るとしましょう·········。では、また。」

 「ま、待ってくれ!!」

 男がカウンターに置かれた札束をカバンの中へ詰めようとすると、店主は勢いよく立ち上がり、その手を止めた。
 男は掴まれた腕を見やり、フードの奥でニヤリと口角を上げる。

 「···········わかったよ、ただし、時間をくれ。すぐには無理だ。·····人員の確保と、憲兵団の網を掻い潜る手立てが必要だからな。」

 「········1ヶ月のうちにせめて1はお願いしますよ。」

「1ヶ月!?短すぎる! 元々そんなに頻繁に捕まるような種族じゃないんだぞあいつらは!1年で1匹捕まえられたらいい方さ!あんたも知ってるだろう!?」

「·········仕方ないですね。では半年以内に。ひと月でも早く差し出してくれたら、…そうですね、ボーナスをあげますよ。しかし、1日でも遅れたら減額していきます。どうです?」

「半年以内に1匹だと·········?」

「いいえ、半年以内に2匹ですよ。 それ相応な金額を提示しているはずです。できなければ他へ行くまでですが······もちろん、やってくれますよね?」


 店主は一瞬襲い掛かりそうな目の色を男に見せたが、剥き出しそうな狼の牙をグッと押し隠し一言、「わかった」と呟く。
それを聞いた男は口元の笑みを深くすると、手にしていた札束を再びカウンターに置いて、「では良い報告を期待していますよ。」と去り際に店主に優しく投げかけ、錆び付い扉をまたギィと鳴らして店を後にした。
 店主は男が店を出て行くと、扉に向かって舌打ちをし酒瓶を投げつけた。




━━━━━━━━━━━



 本当は、優しい声が何度も聞こえていた。何度も語りかけてくれていた。
けれども起き上がる気力が無くて、もういっそのこと、このまま海底に沈むように、静かに眠り込んでしまいたかった。

 こんなにゆっくり眠るのは初めてかも知れない。
夜はいつも冷たく、暗く、怖いものだったから。
 
 それでも何度も何度も語りかけてくる声に、不思議と嫌悪感はなくて。なぜだか暖かく感じるそれに、ほんの少し応えてみたくなった。

 まるで引き寄せられるかのように、沈んでいた意識が徐々にはっきりとしてくる。



 腕がふわふわと浮いているような、そんな違和感を感じた。
瞼を開けたいが、重たくてなかなか開けられない。
朝なのだろうか。窓からの日差しが少し目に辛い。
黒い影が見える。自分の腕に何かを巻きつけている。



 なに?



 しぱしぱと心許ない瞬きを何回か試し、ぼんやりとした意識の中でその影を見つめる。
すると影は段々と人型を保ち、こちらに気がつく。

「やあ、起きたね。まだ動かないで、傷が開くから。」


 黒の中に深い青が混じった色の瞳をした、顔立ちの良い青年がこちらを見おろしている。
ぼーっとする頭と、はっきりしない視界の中で何も考えられずにいると、「少し身体を診せてね。」と、体温や心音などの確認を終えた後、彼は「待ってて。」と言い残し部屋から出ていってしまった。
ぽつんとひとり部屋に残され、視線だけを動かして辺りを見回す。


 柔らかな笑みを向ける青年と、腕に巻かれた純白の包帯。柔らかなベッドに暖かい毛布。
まだ覚醒し切れていない頭で考えを巡らせるが、何故自分がこの状況になっているのか全く理解できずにいる。


 知らない場所に知らない匂い。
色々な薬品と薬草と、枕元に飾られている可愛らしい花のいい香り。
 
 包帯を巻かれている左腕は折れているのか、固定されて上手く動かせない。
 右腕に施された点滴の雫が、ポタポタと規則正しく落ちている。





「~~~~~っはあぁーーー。」

 パタンと後ろ手で閉めた扉に寄りかかり、ゼノは声にならない息をつく。
待ち望んでいた少女の目覚めに、心臓が早鐘を打つ。

 自分の態度はおかしくなかっただろうか?変なことは言っていないよな?
なんだか二人きりの空間がいたたまれなくてすぐに部屋から出てきてしまったけど·····知らない男が腕に包帯を巻いて体を診るなんでマズっかったかな。医療をかじってるくらい言えばよかったかも·········
 と、悶々とした想いが次々と浮かんで訳もなく不安に苛まれる。



 額に手を当てて、少し考え深呼吸をした後、
アナベルを呼ぼう·····と、ふらふらとした足取りで部屋の窓を開けた。
 窓台には、小さな鉢植えにピンク色の花が咲いている。その花弁をひとつ取り、掌に乗せ花弁送りの呪文を唱えた。宮廷内の薬室長室か調合室か温室か図書室か····城の中にはいるものの、場所までは定まっていないアナベルを呼ぶ際の連絡手段としていたものだ。
 ふっ、と呪文を唱えて息をかければ、花弁はその風に乗って、意思を伝えたい人の元へ行く。

······のだが、ゼノはそれを思いとどまり、窓を閉めた。


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