刃愛

のどか

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シェードカオン

シェードカオン

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「留守は、任せてね~。お土産よろしく」
「……リッパー……」
 輝く笑顔で送り出すリッパーに、スワロウは憮然とした。
「分かっているのか?」
「んふふ、高速艇用意しとくよ。シェードカオンに近いところに兵隊置いときたいけど、ばれると敵対行為にされちゃうから、限度があるんだよね。中枢からは自力で逃げてもらわないとだめだけど、スワローとボスなら、どんな状況でも逃げ出せるっしょ?」
 笑顔で言うが、分かっているようだった。最悪の場合、コネクション全体が敵に回る。
「なんかの場合には、救援隊向かわせるから~」
「……分かっているならいい」
 リッパーなら、考えうる手は全てうっておいてくれるだろう。
 問題は、自分で考えておいたことを冷静に実行できるかだ。自分で戦場に立った場合、リッパーは殺戮に夢中になる傾向がある。
「だあぁいじょうぶ、サムがいるから~。留守の間の采配は任せといてね」
 長年リッパーの副官を務めていたサムは、リッパーの推薦で幹部に昇進していた。マリオネットの穴を埋めるため採用されたものだ。冷静沈着、その分独創性にややかけるが、使える男だった。
「頼んだぞ」
 飛行艇に乗り込もうとしたスワロウの背に、リッパーが声をかけた。
「ま、何事も無いかもしんないし。旅行も楽しんでおいでよ、ボスとね」
 最後の一言で思わず足を止めたスワロウだった。
「どういう意味だ」
「深い意味はないよ。そのまんま」
 そのリッパーの笑顔は、どう見ても腹に一物抱えた者のそれだった。

 シェードカオンはマドゥコネクションの本拠地に当たる。それだけに整備され、各施設が充実している。マドゥの力が隅々にまで染み渡り、そこに住む人も、何らかの形でコネクションにかかわっている。
 初めて訪れたその街は、灰色の雲のベールを被り、白く雪化粧をしていた。それは取り澄ました貴婦人に似ている。
 空港から出ると、白いものが舞い始めていた。
 美しくも冷たい街は、吐く息さえ白く凍てつき、体の芯まで凍えさせようとしているかのようだ。
 踏みしめる雪は、さほど積もってはいない。一歩踏みしめるごとに黒いアスファルトの地顔を見せる。
 スワロウはさりげなくコートの下に隠した剣に触れた。
 一人の男が、明らかにクロスの顔を見て近づいてきたからだ。一目でコネクション関係者と分かる強面に、黒いコートの男。
 スワロウはクロスと男の間に体を入れた。万が一のときは、射線をさえぎるためだ。他の護衛もさりげなくクロスの回りを固める。
「クロス・ノーマン様ですね。お迎えに参りました」
 男は深々と頭を下げた。
 この日のクロスは黒く長い裾のコートを着込んでいる。その下に何が隠されているのかは、スワロウも知らないが、丸腰ではないだろう。
 常に武装するのは、コネクション関係者の嗜みだ。
「どこへだ?」
「これは失礼。私はマドゥコネクションから参ったもので、アントと申します。手配したホテルへの案内を申し付けられております。どうぞ、こちらへ」
 このシェードカオン行きは、ほとんど本家が手配している。コードジュエルからシェードカオンへの飛行艇は自前のものを使うのを許可されたが、それ以外はほとんどお仕着せだ。泊まるホテルから、送り迎えの車までコネクションの指定なのだ。
 費用はあちら持ちだが、まるでこちらの行動を監視されるようで気分が悪い。
 クロスは鷹揚に頷き、歩き始めた。
 クロスがそうならば、スワロウは従うしかない。
 一瞬、アントが眼をとめて怪訝そうな顔をしたのに、スワロウは気づいた。
 スワロウは大振りなサングラスを取り出し、顔を隠した。
 長年『サザンクロス』の中で活動していたからうっかりしていたが、スワロウの外見はあまり強そうには見えない。
 華やかで整った麗貌──クロスのような男らしい整い方ならともかく、スワロウのような顔──女顔は舐められるもとだ。
 好きでこんな顔に産まれたわけではないが、一見した相手はまず、甘く見る。
 どうしてこんな、弱そうな者が護衛なのかと、訝しんでも仕方ない。
 車はコネクション幹部が好んで使う丈夫な高級車だ。いちおうは、重要な客として扱うつもりらしい。
 内部は広々として、高級な革張り。高級酒まで完備していたが、誰一人として手をつけなかった。
「地図はあるか? ホテルの回りを把握しておきたいのだが」
「こちらです。ホテルの見取り図も要りますかな? そちらに送ったはずですが」
「与えられた情報が正確とは限らないからな」
 スワロウは地図と見取り図を受け取った。事前に送られてきたものと、現在手元の端末に表示されているそれと、回りの風景を重ね合わせる。護衛として、いざというときの逃走経路の確認も必要だからだ。
「何の心配もいりませんよ。ここはシェードカオン、マドゥコネクションのお膝元ですよ。ここでコネクションの者が襲われることは、まずありません」
 気軽にいうアントの表情には嘘は含まれていない。どうやら、アントが刺客という線は無いようだ。
「そうあって欲しいものだな」
「シェードカオンは初めてですか? ここの治安は大変いいのですよ。娯楽も充実してますしね。よくここに来る護衛の方達は、半分観光目的ですよ」
 からからと笑うアントに、スワロウは別の不安を抱いた。
 ──何かあったとき、ここの人間は当てにならんな──気が抜けている──常に辺境で戦闘三昧だった身には、生ぬるいように思えた。

 コネクションが用意したホテルは、なんとも格式の高そうな、豪華なものだった。クロスのためにコネクションはホテルのフロアを二つ貸し切っていた。
 特別な処置ではなく、定宿を持たない者には平均的な待遇なのだという。
「護衛を連れてくるのは常識ですし、その計画を邪魔したりはしません。しかし、このホテルのセキュリティは完璧です。護衛の方も、シェードカオンでは寛いでいただけると、自負しております」
 アントは世話役とガイドを任されているということだった。いつでも連絡してくださいと、連絡先を置いていった。
 二間続きのロイヤルスイートがクロスの部屋で、後の部屋割りは自由にしていいとのことだった。
 そこでリッパーが護衛計画をかねた部屋割りをしておいてくれたのだが、スワロウには部屋の割り当てが無かった。
 部屋はあることはあるのだが──
「……」
「おまえは、護衛をかねてここを使え」
 クロスがそう言って渡した部屋の鍵は、クロスの部屋の片割れだった。ひとつの扉で繋がる部屋は、どちらも広く豪華ではある。両方の部屋に専用のバストイレがついていて、それぞれキングサイズのベッドがある。独立した部屋として充分使える。
「あんたも承知の上か?」
「当然だ」
(──あの野朗──帰ったら刻む)
 空港でのリッパーの意味ありげな笑みを思い出し、殺意すら覚えるスワロウだった。
「大事なことだろう。ベッドに刺客を送られたら、たまらんからな」
 背を押され、部屋の中に踏み込んでしまったスワロウの背後で、部屋の鍵が閉められた。
 サングラスがはずされた。
「なんで、顔を隠す?」
 スワロウは溜息をついた。
「うっかり忘れてたが、俺みたいな顔をしてると舐められるんだよ」
「舐めさせとけばいい。おまえの手際を知れば誰もばかにはできんさ」
 クロスがスワロウのあごを持ち上げた。
「おい! ちょっと待て! 着いた早々に──」
 抗議はクロスの唇に中断させられた。
 きっちり襟元まで閉めたコートの前をはずされ、クロスの指が服の上から、体に触れてきた。その手が止まる。
「物騒な奴だな、こんなものを隠してやがったのか」
 コートの内側に仕込んでおいた剣を見つけて、クロスが笑った。
「あんただって……」
 抱きしめられた拍子に触れた、クロスの服のあちこちに武器らしき硬い感触があった。
「こんなものは、いらんな」
 クロスがコートを剥ぎ取った。やけに重い音を立ててコートが落ちた。

 ホテルを辞したアントはすぐに本来の上司に連絡を入れた。
「お客様はホテルにお連れしました」
 通信機の向こうから上機嫌な答えが返ってきた。アントが知る限り、この上司は不機嫌だったことが無い。
 あるいは、そのように見せかけることに長けている。
『ご苦労様。で、君から見た印象は、どんな感じだった?』
 アントの脳裏に、初めて会ったクロスの姿がありありと浮かんだ。
 後ろへ撫で付けた黒髪に、鋭い黒の瞳。端正な顔は、大ボスと形だけはよく似ている。黒いコートに包まれていても、長身の逞しさは見て取れる。
 穏健派の大ボスと違い、クロスは明らかに武闘派だ。その雰囲気からして、他人を萎縮させてしまう何かを全身から漂わせている。
 商売柄、多くの幹部を見たが、あれほど物騒な人間を見たことは無い。近くにいるだけで、常に頭に拳銃を押し付けられている気分になる。
 アントは正直に感想を伝えた。
『へええ、我が弟はそんなにおっかないんだ。せいぜい喧嘩しないようにしなきゃ』
 彼の上司は上機嫌で笑った。
「ですが、あんまり警戒はしてないようですよ」
『そうかい? おっかしいなぁ。状況が状況だから、ハリネズミみたいに警戒してるだろうと思ったんだけどな』
「警戒されないように、軟弱そうな護衛を連れてきていますよ。護衛は警戒していますが、使えそうに無い護衛ですからね」
 アントの脳裏に護衛のまとめ役らしき人物の姿がよみがえった。
 女のような顔をした、髪の長い若い男。役者にもいないような、綺麗な顔をしていた。
『でも、それってサザンクロスのメンバーだろ? あそこのメンバーは皆強いはずだけどね。まあ、いいや。嫌でも顔をあわせるだろうからね』
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