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シェードカオン
アレクサンダー・マドゥ
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内線が呼び出し音を鳴らした。
クロスは舌打ちすると手を止めて、音声だけを繋いだ。どこからでも内線が繋がるホテルでは、プライバシーを守るためそういう設備がある。
「なんだ?」
『クロス・ノーマン様に外線が入っております。お相手は、アレクサンダー・マドゥ様ですが、お繋ぎしますか?』
アレクサンダー・マドゥ。通称三番目。大ボスの三男からだった。蔑ろにしていい相手ではない。
クロスは体を起こした。
その隙にスワロウがクロスの下から這い出し、はだけられ乱れた衣装を調え始めた。
その様子を横目で眺め、クロスはさらに苦い顔になる。
「こちらからは音声だけに出来るか?」
『もちろん出来ます』
「繋げ」
端末の画面が起動し、まだ若い男が映し出された。栗色の髪と、灰色の瞳、顔立ちは整っているが、それはクロスには似ていなかった。どちらかというと甘い、貴族的な容姿である。アレクサンダー・マドゥは兄弟の中で一番母親に容姿が似ている。
『あれ? 繋がっているのかな? 映像がこないけど?』
にこにこ笑いながらカメラを突っついている。
「繋がっています。申し訳ありませんが、見苦しくて映像を送れる状態にありませんので」
『ああ、そう。シャワーでも浴びてたのかな? 悪かったね。言わなくても知っているだろうけど、僕はアレクサンダー・マドゥ。大ボスの息子なんで、いちおう幹部ってことになってるよ。実質、君の三番目の兄。お兄ちゃんって呼んでいいよ』
「……」
クロスは一瞬硬直した。その後ろでスワロウも顔を引きつらせていた。
シェードカオンには五代目とその家族が住んでいる。わざわざ呼びつけたからには、何らかの接触があっても不思議ではないが、まさかこのような軽薄な言葉を投げつけられようとは予想外だった。
三番目は何かと派手なことが好きで軽薄だと聞いてはいたが、ここまでとは。
『あれ、本当に繋がっている?』
「通じています……失礼、ちょっと眩暈が」
『お兄ちゃん』発言は、クロスに眩暈を起こさせるほどの精神攻撃だった。
『長旅で疲れているのかな?』
「そのようです。始めてお目にかかります。『サザンクロス』のクロス・ノーマンです」
クロスは気を取り直した。
「お噂は、かねがね。大ボスのご子息に声をかけられるとは光栄です」
社交辞令を舌にのせながら、死んでも『お兄ちゃん』などとは呼ばんと心に決めた。
画面の向こうで声を立ててアレクサンダーが笑った。
『どんな噂だか、想像つくけどね。まあ、いいや。僕が派手好きの腰抜けだというのは、本当だからね』
そうはっきり言われても返答に困る、とクロスは思った。
『ところで、今日これから、予定はあるかな? なければ、ディナーなんか、招待したいんだけど』
「それは、光栄です」
相手は大ボスの息子だ。クロスの公式の身分を考えれば、たとえ他の予定をキャンセルしてでも、誘いを断るわけにはいかない。
アレクサンダーが朗らかに笑った。
『それはよかった。六時半ぐらいに迎えの車を行かせるよ。それまでは、シェードカオンを楽しむといい。娯楽には力を入れているからね。僕の名にかけて、外れはないよ。お勧めの観光スポットのパンフ送るから、羽を伸ばすといい。じゃあ、ディナーを楽しみにしているよ』
軽薄に手を振りながら、アレクサンダーからの通信が切れた。
これが芝居なら大したものだと、クロスは思った。少なくとも、精神的に疲労させるのが目的ならば、その役割は果たしている。
「行くのか?」
「ああ、大ボスのご子息の招待だ。身分を考えれば断れん。予定もない」
端末が呼び出し音を立て、大容量のデータが送られてきたことを知らせた。律儀なことに、本当にお勧め観光スポットのデータを送りつけたらしい。
「六時半に迎えに来るそうだ。それまではまだ時間があるな」
クロスが視線を向けると、勝手に解かれた髪を束ねなおしていたスワロウは顔かを赤らめた。
視線の意味に気がついているからだろう。
「待っ! この後、予定が入ったんだろう、護衛が! だから、その……」
「分かっている。外出をしようってのに、護衛を使い物にならなくするわけにはいかんからな。しかし、楽しむくらいの時間はあるだろう?」
金具を外す音がした。
「来いよ」
呼ばれたスワロウは、諦めたように溜息をつき、クロスの望みのままにクロスの前で膝をついた。
とにかく押せば、何とかなるものだとクロスは覚えてしまっている。
自分もその行為をされたことがあるからか、慣れるほどさせたわけでもないのに、スワロウはだいぶ巧くなっている。まだぎこちなさはあるものの、的確に感じるところを刺激する。
最後まで出来ないのは残念だが、これからまだ時間はある。とりあえずは我慢するべきだろう。
気に入りのしなやかな髪を弄びながら、今後の予定に思いを馳せるクロスだった。
車は予定通りの時間に来た。特に何事もなく、指定されていた店についた。
大振りなサングラスで顔を隠したスワロウが先に出て、あたりに気を配る。危険はないと確認した後、護衛に囲まれるようにしてクロスが降りた。
仰々しいと思われるかも知れないが、コネクション関係者はいつ襲われるか知れたものではない。常に最低限の注意をするべきだ。
クロスは店の者にコートを預けたが、護衛の者はそのままだった。
クロスは『サザンクロス』の制服をジャケットのように着て、その下にフォーマルなスーツを着用していた。
ボーイは店の奥にいざなった。そこは特別な部屋になっているようだった。
二間続きの部屋で、手前の部屋を通らずに奥の部屋には行けない作りになっている。どちらも金をたっぷり使ったと分かる、洗練された調度品で美々しく飾り立てている。
手前の部屋にも食事は用意されていたが、それは護衛のためのものようだった。すでに数人のコネクション関係者──おそらくはアレクサンダーの護衛──が席についている。
奥の部屋にはすでにアレクサンダーがいた。
「時間通りだね。護衛の方は、そちらの部屋で食事でもどうぞ。クロスは、こっちの席ね。兄弟水入らずで、食べよう」
にこにこと笑うアレクサンダーには一見悪意は無いように見える。だが、笑いながら人を殺せる人間を知っているクロスは気を抜かなかった。
「お招きにあずかり、光栄です」
クロスと離れなければならないと知り、護衛がざわめいた。
「おや? 護衛の人は、不満なようだね。だけど、この部屋に入るにはそっちの部屋を通らないと来られないし、窓は全て防弾だよ。危ないことなんて、なにもないけどね。何が危ないと言うのかな? 僕と二人きりだよ? 給仕は機械がやるし、僕がクロスをどうにかできると思うかい?」
それはない──即答できる質問だった。
相手が大ボスの息子ともなれば、護衛もごり押しは出来ない。出来るのは、せいぜい前の部屋に陣取って胡乱な者を奥へ通さないことだ。
スワロウを初めとする護衛は、アレクサンダーの護衛とともに、手前の部屋で食事をすることになった。
アレクサンダーがクロスに席を薦めた。
クロスは大人しく席に着く。
何が嬉しいのか、アレクサンダーは微笑を絶やさない。
「護衛の人には悪いけど、兄弟水入らずで話したいことがあるんだ。そうそう、ここのレストランはなかなかいいものを出すよ。コース料理をすでに頼んであるけど、苦手なものはあるかな?」
「いえ……」
アレクサンダーが眼を細めて、クロスを頭からつま先まで見ているようだった。
「本当に、父さんに似てるね。兄弟の中じゃ一番似てるんじゃないかな。もっとも、中身は数倍危険みたいだけど」
食事が始まった。しかし、アレクサンダーは時間を無駄にする気はないようだった。
「実はね、少々困ったことになっているんだ。君にも関係していることだよ、クロス」
二番目か『グランティア』に関したことだろうとクロスは当たりを付けた。
「いやいや、なにも君を責めようってわけじゃないさ。あれは正当防衛だからね。元々兄さんはせいぜい御輿さ。担ぐ者が残っていれば、その御輿が新品になったってかまいやしない。新しい御輿は考えてあるよ」
組織を切り回していた人間はそのまま残っている。ようは飾りを替えればいい。
実の兄のことをあっさり切り捨てるアレクサンダーという人間のことを、少し甘く見すぎていた、とクロスは思った。
無意識に頬の傷を指先でなぞっていた。
「問題なのは、『グランティア』の代わりさ。『グランティア』だけは道連れにしちゃったからね。すぐに代わりの組織を作るつもりだけどさ、僕も兄さん──一番上のだよ、もそっちの方は詳しくないからね。組織は人だよ。数は集められても、組織として機能させるには、それを整えられる才覚を必要とするよ」
長兄エドワードはどちらかというと実業家のようだという噂はクロスも聞いている。
『グランティア』は実質ハンソンという男が仕切っていたらしい。ハンソンは『グランティア』と運命をともにした。
「で、ものは相談なんだけど、君は武闘派でそういう組織のノウハウを持っている。『グランティア』に代わるコネクションの盾となる組織を作るのを手伝って欲しいんだ」
「……よろしいので?」
クロスがかかわれば、実質配下にするようなものだ。
「いまや名実ともにマドゥコネクション一の武闘派組織である、『サザンクロス』に匹敵する戦闘力を持ったものにしたいんだよ。それと、組織が出来るまで、『サザンクロス』が『グランティア』の穴を埋めて欲しい」
「組織の編成と、その間の守りですか。いいでしょう。どちらにしろ、今、外に眼を向けられる状態ではありませんから」
『サザンクロス』は先の戦闘でのダメージを回復しきれてない。守りにまわすのもいいだろう。
なんといっても、いちおうギルバート・マドゥが死んだことにより、コネクションの一部が浮いている。早急に引き締めることが必要だ。
深刻なのは『グランティア』が消えたということであり、それに目を付けたコネクションも確かにある。今のところ、他の幹部から回された人員が何とか凌いでいるという状態なのだ。
それも、名高き『サザンクロス』が出てくれば手を引くだろう。
「それはよかった。これで、二つ、片付いたな」
おそらく根回しのためにアレクサンダーが招待したのだと、クロスにも分かった。後の幹部会で決定事項として議題に上ることだろう。しかし、アレクサンダーのお願いはこれだけではなかった。
「ここまでは、父さんと兄さんからのお願いなんだけど、僕個人として、頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「なんでしょう」
大ボスの息子の願いを無下に断るわけにもいかないが、安請け合いすることも出来ない。クロスは慎重に聞いた。
「義姉さんと、姪のことを頼みたいんだよ。兄さんが死んだことにより、義姉さんはその代理を務めることになる。飾りだけど……分かるだろう? 義姉さんを手に入れれば、兄さんの後釜になれると思う奴が出てくる。力ずくでもって、輩がでてきたら、酷いことをされるかもしれない。護ってやれる人間が必要だ」
「……後見人になれという意味でしたら、引き受けますが……」
「それ以上を望んだら?」
「引き受けかねます」
クロスは即答した。言葉の裏にあるものに気づいていたからだ。
クロスとて、義姉や姪にまで危害が及ぶのは、目覚めが悪い。よからぬことを企むものも、クロスという後ろ盾がいれば手を引くだろう。
しかし、アレクサンダーが望む、『それ以上』はクロス自身が『ギルバートの後釜に座れ』ということだ。
アレクサンダーはしばし、クロスの目を見つめていた。口元は微笑んでいたが、眼は笑っていない。クロスも視線を外さない。
「だめかぁ。いちおうね、君の女性の好みも調べてみたんだけど、『その土地で一番いい女』って言われちゃったよ」
誰の言葉なのか、すぐに察しがついた。
笑いながら殺戮を楽しむ、アンバーの瞳の部下と、目の前の兄が妙に重なって見えた。
「一番かどうかは、わかんないけど、義姉さんも美人だから、言うだけは言ってみたってところだね。後見人だけなら引き受けてもらえるのかな?」
「それならば、喜んで」
「じゃあ、決まりだね」
アレクサンダーが朗らかに言った。
諦めたわけではなく、一時保留というところだろう。
しかし、殺した本人に、その後釜に座るよう示唆するとは、どういう料簡かと、訝しみたくもなる。
遺族の感情とか、本人の心情とかをすっぱり切り捨てて、合理性だけで物事を考えれば、そういう考えも出てくるだろうか。
アレクサンダー・マドゥという人間は、クロスが思っていたより奥が深いかもしれない。
クロスは舌打ちすると手を止めて、音声だけを繋いだ。どこからでも内線が繋がるホテルでは、プライバシーを守るためそういう設備がある。
「なんだ?」
『クロス・ノーマン様に外線が入っております。お相手は、アレクサンダー・マドゥ様ですが、お繋ぎしますか?』
アレクサンダー・マドゥ。通称三番目。大ボスの三男からだった。蔑ろにしていい相手ではない。
クロスは体を起こした。
その隙にスワロウがクロスの下から這い出し、はだけられ乱れた衣装を調え始めた。
その様子を横目で眺め、クロスはさらに苦い顔になる。
「こちらからは音声だけに出来るか?」
『もちろん出来ます』
「繋げ」
端末の画面が起動し、まだ若い男が映し出された。栗色の髪と、灰色の瞳、顔立ちは整っているが、それはクロスには似ていなかった。どちらかというと甘い、貴族的な容姿である。アレクサンダー・マドゥは兄弟の中で一番母親に容姿が似ている。
『あれ? 繋がっているのかな? 映像がこないけど?』
にこにこ笑いながらカメラを突っついている。
「繋がっています。申し訳ありませんが、見苦しくて映像を送れる状態にありませんので」
『ああ、そう。シャワーでも浴びてたのかな? 悪かったね。言わなくても知っているだろうけど、僕はアレクサンダー・マドゥ。大ボスの息子なんで、いちおう幹部ってことになってるよ。実質、君の三番目の兄。お兄ちゃんって呼んでいいよ』
「……」
クロスは一瞬硬直した。その後ろでスワロウも顔を引きつらせていた。
シェードカオンには五代目とその家族が住んでいる。わざわざ呼びつけたからには、何らかの接触があっても不思議ではないが、まさかこのような軽薄な言葉を投げつけられようとは予想外だった。
三番目は何かと派手なことが好きで軽薄だと聞いてはいたが、ここまでとは。
『あれ、本当に繋がっている?』
「通じています……失礼、ちょっと眩暈が」
『お兄ちゃん』発言は、クロスに眩暈を起こさせるほどの精神攻撃だった。
『長旅で疲れているのかな?』
「そのようです。始めてお目にかかります。『サザンクロス』のクロス・ノーマンです」
クロスは気を取り直した。
「お噂は、かねがね。大ボスのご子息に声をかけられるとは光栄です」
社交辞令を舌にのせながら、死んでも『お兄ちゃん』などとは呼ばんと心に決めた。
画面の向こうで声を立ててアレクサンダーが笑った。
『どんな噂だか、想像つくけどね。まあ、いいや。僕が派手好きの腰抜けだというのは、本当だからね』
そうはっきり言われても返答に困る、とクロスは思った。
『ところで、今日これから、予定はあるかな? なければ、ディナーなんか、招待したいんだけど』
「それは、光栄です」
相手は大ボスの息子だ。クロスの公式の身分を考えれば、たとえ他の予定をキャンセルしてでも、誘いを断るわけにはいかない。
アレクサンダーが朗らかに笑った。
『それはよかった。六時半ぐらいに迎えの車を行かせるよ。それまでは、シェードカオンを楽しむといい。娯楽には力を入れているからね。僕の名にかけて、外れはないよ。お勧めの観光スポットのパンフ送るから、羽を伸ばすといい。じゃあ、ディナーを楽しみにしているよ』
軽薄に手を振りながら、アレクサンダーからの通信が切れた。
これが芝居なら大したものだと、クロスは思った。少なくとも、精神的に疲労させるのが目的ならば、その役割は果たしている。
「行くのか?」
「ああ、大ボスのご子息の招待だ。身分を考えれば断れん。予定もない」
端末が呼び出し音を立て、大容量のデータが送られてきたことを知らせた。律儀なことに、本当にお勧め観光スポットのデータを送りつけたらしい。
「六時半に迎えに来るそうだ。それまではまだ時間があるな」
クロスが視線を向けると、勝手に解かれた髪を束ねなおしていたスワロウは顔かを赤らめた。
視線の意味に気がついているからだろう。
「待っ! この後、予定が入ったんだろう、護衛が! だから、その……」
「分かっている。外出をしようってのに、護衛を使い物にならなくするわけにはいかんからな。しかし、楽しむくらいの時間はあるだろう?」
金具を外す音がした。
「来いよ」
呼ばれたスワロウは、諦めたように溜息をつき、クロスの望みのままにクロスの前で膝をついた。
とにかく押せば、何とかなるものだとクロスは覚えてしまっている。
自分もその行為をされたことがあるからか、慣れるほどさせたわけでもないのに、スワロウはだいぶ巧くなっている。まだぎこちなさはあるものの、的確に感じるところを刺激する。
最後まで出来ないのは残念だが、これからまだ時間はある。とりあえずは我慢するべきだろう。
気に入りのしなやかな髪を弄びながら、今後の予定に思いを馳せるクロスだった。
車は予定通りの時間に来た。特に何事もなく、指定されていた店についた。
大振りなサングラスで顔を隠したスワロウが先に出て、あたりに気を配る。危険はないと確認した後、護衛に囲まれるようにしてクロスが降りた。
仰々しいと思われるかも知れないが、コネクション関係者はいつ襲われるか知れたものではない。常に最低限の注意をするべきだ。
クロスは店の者にコートを預けたが、護衛の者はそのままだった。
クロスは『サザンクロス』の制服をジャケットのように着て、その下にフォーマルなスーツを着用していた。
ボーイは店の奥にいざなった。そこは特別な部屋になっているようだった。
二間続きの部屋で、手前の部屋を通らずに奥の部屋には行けない作りになっている。どちらも金をたっぷり使ったと分かる、洗練された調度品で美々しく飾り立てている。
手前の部屋にも食事は用意されていたが、それは護衛のためのものようだった。すでに数人のコネクション関係者──おそらくはアレクサンダーの護衛──が席についている。
奥の部屋にはすでにアレクサンダーがいた。
「時間通りだね。護衛の方は、そちらの部屋で食事でもどうぞ。クロスは、こっちの席ね。兄弟水入らずで、食べよう」
にこにこと笑うアレクサンダーには一見悪意は無いように見える。だが、笑いながら人を殺せる人間を知っているクロスは気を抜かなかった。
「お招きにあずかり、光栄です」
クロスと離れなければならないと知り、護衛がざわめいた。
「おや? 護衛の人は、不満なようだね。だけど、この部屋に入るにはそっちの部屋を通らないと来られないし、窓は全て防弾だよ。危ないことなんて、なにもないけどね。何が危ないと言うのかな? 僕と二人きりだよ? 給仕は機械がやるし、僕がクロスをどうにかできると思うかい?」
それはない──即答できる質問だった。
相手が大ボスの息子ともなれば、護衛もごり押しは出来ない。出来るのは、せいぜい前の部屋に陣取って胡乱な者を奥へ通さないことだ。
スワロウを初めとする護衛は、アレクサンダーの護衛とともに、手前の部屋で食事をすることになった。
アレクサンダーがクロスに席を薦めた。
クロスは大人しく席に着く。
何が嬉しいのか、アレクサンダーは微笑を絶やさない。
「護衛の人には悪いけど、兄弟水入らずで話したいことがあるんだ。そうそう、ここのレストランはなかなかいいものを出すよ。コース料理をすでに頼んであるけど、苦手なものはあるかな?」
「いえ……」
アレクサンダーが眼を細めて、クロスを頭からつま先まで見ているようだった。
「本当に、父さんに似てるね。兄弟の中じゃ一番似てるんじゃないかな。もっとも、中身は数倍危険みたいだけど」
食事が始まった。しかし、アレクサンダーは時間を無駄にする気はないようだった。
「実はね、少々困ったことになっているんだ。君にも関係していることだよ、クロス」
二番目か『グランティア』に関したことだろうとクロスは当たりを付けた。
「いやいや、なにも君を責めようってわけじゃないさ。あれは正当防衛だからね。元々兄さんはせいぜい御輿さ。担ぐ者が残っていれば、その御輿が新品になったってかまいやしない。新しい御輿は考えてあるよ」
組織を切り回していた人間はそのまま残っている。ようは飾りを替えればいい。
実の兄のことをあっさり切り捨てるアレクサンダーという人間のことを、少し甘く見すぎていた、とクロスは思った。
無意識に頬の傷を指先でなぞっていた。
「問題なのは、『グランティア』の代わりさ。『グランティア』だけは道連れにしちゃったからね。すぐに代わりの組織を作るつもりだけどさ、僕も兄さん──一番上のだよ、もそっちの方は詳しくないからね。組織は人だよ。数は集められても、組織として機能させるには、それを整えられる才覚を必要とするよ」
長兄エドワードはどちらかというと実業家のようだという噂はクロスも聞いている。
『グランティア』は実質ハンソンという男が仕切っていたらしい。ハンソンは『グランティア』と運命をともにした。
「で、ものは相談なんだけど、君は武闘派でそういう組織のノウハウを持っている。『グランティア』に代わるコネクションの盾となる組織を作るのを手伝って欲しいんだ」
「……よろしいので?」
クロスがかかわれば、実質配下にするようなものだ。
「いまや名実ともにマドゥコネクション一の武闘派組織である、『サザンクロス』に匹敵する戦闘力を持ったものにしたいんだよ。それと、組織が出来るまで、『サザンクロス』が『グランティア』の穴を埋めて欲しい」
「組織の編成と、その間の守りですか。いいでしょう。どちらにしろ、今、外に眼を向けられる状態ではありませんから」
『サザンクロス』は先の戦闘でのダメージを回復しきれてない。守りにまわすのもいいだろう。
なんといっても、いちおうギルバート・マドゥが死んだことにより、コネクションの一部が浮いている。早急に引き締めることが必要だ。
深刻なのは『グランティア』が消えたということであり、それに目を付けたコネクションも確かにある。今のところ、他の幹部から回された人員が何とか凌いでいるという状態なのだ。
それも、名高き『サザンクロス』が出てくれば手を引くだろう。
「それはよかった。これで、二つ、片付いたな」
おそらく根回しのためにアレクサンダーが招待したのだと、クロスにも分かった。後の幹部会で決定事項として議題に上ることだろう。しかし、アレクサンダーのお願いはこれだけではなかった。
「ここまでは、父さんと兄さんからのお願いなんだけど、僕個人として、頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「なんでしょう」
大ボスの息子の願いを無下に断るわけにもいかないが、安請け合いすることも出来ない。クロスは慎重に聞いた。
「義姉さんと、姪のことを頼みたいんだよ。兄さんが死んだことにより、義姉さんはその代理を務めることになる。飾りだけど……分かるだろう? 義姉さんを手に入れれば、兄さんの後釜になれると思う奴が出てくる。力ずくでもって、輩がでてきたら、酷いことをされるかもしれない。護ってやれる人間が必要だ」
「……後見人になれという意味でしたら、引き受けますが……」
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クロスとて、義姉や姪にまで危害が及ぶのは、目覚めが悪い。よからぬことを企むものも、クロスという後ろ盾がいれば手を引くだろう。
しかし、アレクサンダーが望む、『それ以上』はクロス自身が『ギルバートの後釜に座れ』ということだ。
アレクサンダーはしばし、クロスの目を見つめていた。口元は微笑んでいたが、眼は笑っていない。クロスも視線を外さない。
「だめかぁ。いちおうね、君の女性の好みも調べてみたんだけど、『その土地で一番いい女』って言われちゃったよ」
誰の言葉なのか、すぐに察しがついた。
笑いながら殺戮を楽しむ、アンバーの瞳の部下と、目の前の兄が妙に重なって見えた。
「一番かどうかは、わかんないけど、義姉さんも美人だから、言うだけは言ってみたってところだね。後見人だけなら引き受けてもらえるのかな?」
「それならば、喜んで」
「じゃあ、決まりだね」
アレクサンダーが朗らかに言った。
諦めたわけではなく、一時保留というところだろう。
しかし、殺した本人に、その後釜に座るよう示唆するとは、どういう料簡かと、訝しみたくもなる。
遺族の感情とか、本人の心情とかをすっぱり切り捨てて、合理性だけで物事を考えれば、そういう考えも出てくるだろうか。
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