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シェードカオン
小鳥は愛を謳う
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ギルバート・マドゥの葬儀は通達から余裕のある日程になっている。それは遠方の招待客が来られるようにしているものだ。大ボスの身内の葬式だけに、ある程度の地位にあるものは皆通知がいっている。
葬儀には錚々たる顔ぶれがそろうはずだ。
はやくついたものは、それなりに時間を有意義に使う。
クロスも到着した翌日から色々と予定が入った。挨拶回りやら、顔合わせやら、ある程度名が知られた者にはそれなりの義務がある。名目は葬儀でも実質上はその後の決定を伝える場になるからだ。
議題は常に会議にかけられる前に根回しが行われ、幹部会とは名ばかりの決定事項を発表する場でしかない。会議が行われる前に動かねば何一つ通らない。横のつながりは大事だ。
しかし、その日のクロスの、午後の予定は再び変更せざるを得なかった。アレクサンダー・マドゥが再び面会を求めてきたからだ。
今度は自宅に呼ばれている。相手の手の中に飛び込むようなものだが、今現在のクロスの地位では断ることは出来なかった。
アレクサンダーは数年前から大ボスの屋敷を出て、いちおう自分の館で暮らしている。
大ボスの屋敷ほどではないにしろ、広大な敷地に瀟洒な造りの館が建っている。よくよく見れば、各種防犯設備も整っているが、巧みに隠して意識させない、そんな作りにしてある。
今日もスワロウ達護衛は手前の部屋で待機させられた。
「やあやあ、よく来てくれたね、クロス。今日は君にぜひとも紹介しておきたい人がいてね、無理を言って来てもらったんだよ」
満面笑顔で出迎えたアレクサンダーの後ろにひっそりと佇む人がいた。
輝く長い金の髪に、黒い喪服。清楚な美貌は人妻とは思えないほどだ。大切にされたお嬢様がそのまま大人になったような印象がある。紹介されずともそれが誰だかクロスには分かっていた。何度も、ギルバートと並んだ姿を映像でなら見たことがある。
エリシア・マドゥ。
ギルバートの妻だ。コネクション幹部のマルトーニの娘でもある。
──夫の仇である自分と合わせるとは、随分と悪趣味な真似をする──
心のうちで呟いたクロスは無意識に煙草の箱を手にしていた。それに気がつき戻す。
「知っているとは思うけど、ギル兄さんの未亡人のエリシア義姉さんだ」
硬い表情をしていたエリシアの唇がわななくように震えて、言葉をつむいだ。
「エリシアですわ」
挨拶をされて無視するわけにはいかない。
「……サザンクロスの、クロス・ノーマンです」
へらへら笑いながらアレクサンダーは話しかけた。
「クロス、そんな怖い顔しないでくれる? これは義姉さんに頼まれたんだから。君に頼みがあるそうなんだよ」
「頼み?」
クロスはエリシアに向き直った。
伏し目がちな蒼い瞳が、一転してクロスを見据えた。
「わたしは次の会議で亡き夫の代わりを務めることを指名されます。ですけど、わたしはコネクションの仕事をまったく分かりません。飾りでいいと言われましたわ。でも、夫の代わりとなれば、奇麗事だけですむ筈が無いと、分かっています。ですから……」
エリシアがさらに蒼ざめた。震えながらも、それを口にする。
「助けていただきたいのです。わたしには、護らなければならないものがあります。わたし達を助けてください。そのためなら、わたしはなんでもします」
クロスはアレクサンダーを睨みつけた。
「──なにを言った?」
「僕じゃないよ」
アレクサンダーは真顔になっていた。やや不機嫌そうである。それが非常に珍しいことだと、付き合いの短いクロスは知らなかった。
「母さんの仕業さ。君がなにをしたのか、だけを、義姉さんに伝えたんだ」
つまりは、クロスがギルバートを殺したということを。
「義姉さんが僕に聞いたんだ、なぜ兄さんが殺されなければならなかったのか。僕でよかったよ、分かるだろう? この問題はデリケートだ。誰彼かまわず、広められたら危ない──君も義姉さん達もね」
話の持ちようによっては、どちらにも転ぶ。クロスがギルバートを手にかけたという事実だけを見れば、クロスに対する報復行動に──ギルバートが同じコネクションの組織を襲ったという事実を見れば、その家族にも及ぶ粛清に──一番無難なのは、揉み消すこと。
だからこそ、『サザンクロス』を襲った敵は正体不明のまま、ギルバート・マドゥを殺した組織も謎のままでなければならない。多くのものを護るためには。
「義姉さんには本当のことを教えたよ。義姉さんは賢いから、自分達の立場が危ういことを理解してくれた。だから、君に保護を依頼しているんだよ。君なら助けてあげられるだろう? 義姉さんはそのためになんでもする覚悟だけど、僕が誘導したわけじゃないよ」
エリシアには護るべきものがある。だがそれは組織などというものではなく、幼い我が子だ。それを護るための力が無いと自覚するからこそ、それを持つ者を必要とする。引き換えになにを犠牲にしても──その気持ちはクロスにも分からないではない。
クロスはエリシアに視線を戻した。
「……後見人として、貴女を護る義務があります。『サザンクロス』は全力を持って貴女を助けますが、貴女に対して要求するものはありません」
「本気で護るつもりは無いということですか? 何かと引き換えでなければ、何も手にできないと、わたしにも分かりますわ」
肉親のマルトーニとは違うのだ──何かをしてもらうのには、何かを差し出さねばならない。
今のエリシアには、クロスに差し出せるもの──『サザンクロス』のボスでありマドゥコネクションの幹部であるクロスにとって価値のあるもの──などそうはない。
あるとすれば、自分自身だけ──その覚悟でエリシアはクロスとの面会を望んだ。
だからこそ、何もいらないというクロスの答えは、願いの拒否としか理解できなかった。
クロスは溜息をついた。
「信頼できない、とそう言われるわけですか」
青ざめて震えるエリシアに、どう説明したものか、クロスはしばし悩んだ。
「夫の仇に身を投げ出してでも、擁護を求めるその覚悟は分かりますが、申し出を受け入れられない理由がこちらにはある」
「わけ? 僕も聞きたいな、倫理に反するって言いたいのかな?」
アレクサンダーの声音にはわずかに非難がこもっていた。身を投げ出す覚悟の女をふるということは、恥をかかせることだ。それなりの理由がなければ納得しない。との、心の声を聞いたような気がした。
クロスは微かに苦笑いを浮かべた。
手首の携帯端末を操作した。すぐさま応答がある。
『ボス、何かありましたか?』
「入って来い。お前にも関係あることだ」
『? 俺だけですか?』
「そうだ」
『了解しました』
クロスはその理由を直接呼び出した。
ややあって、扉を叩く音がした。
「ボス、お呼びですか?」
「入って来い」
サングラスをつけたままのスワロウが部屋に入ってきた。
「クロス、部外者を入れるのはどうかと思うよ」
さすがにアレクサンダーが顔をしかめた。わざわざ人払いをしたというのに、身内の話を関係ない人間に聞かせるわけには行かない。事によっては、エリシアの恥になる。
クロスは苦笑する。
「部外者じゃないんでね」
状況が分からないスワロウが訝しげな顔をした。
「何かありましたか?」
「とりあえず、サングラスはずして、こっちに来い」
状況が分からないまでも、スワロウはサングラスをはずし内ポケットに入れた。命じられたままにクロスの傍による。
クロスは何も知らないスワロウを引き寄せ、強引に唇を重ねた。
「な! ~~」
驚いて身を引こうとしたスワロウを逃がさず再び唇を重ねて、頭を押さえつけて拘束する。眼を見張ったスワロウの頬が朱に染まった。唇をこすり合わせるように角度を変えて、より深くくちづける。
アレクサンダーはひっくり返り、エリシアは目を見張って赤面した。
それがただ触れ合うだけのものではないことは漏れる湿った音が証明していた。ぴったりと体を寄せ、吐息さえもからめとる。ごまかしや、一時しのぎでは出来ない、情を通じている者にしか出来ない本気の──
唇が離されたとき微かに唾液が銀の糸を引いた。
「こんなところで──!」
叫びかけて、己の失言を悟ったスワロウは思わず口を覆ってしゃがみこんだ。
口づけられたことではなく、場所への抗議──つまりそれは、口づけたこと自体は許しているということだ。
聡いものなら気づいてしまう。完全なる自爆。
「こういうわけですので、申し入れは受け入れられません」
本人だけが涼しい顔をしてのたまった。
「クロスはおにいちゃんの知らない間に、遠い世界へ言ってしまったんだね、お兄ちゃんは悲しいよ」
「──なにを錯乱してる」
「あうう、いや、仕事柄、芸能関係の知り合いも多いし、その中にはそういう趣味の人もいるんだけど、あ~、いや、性癖というのはその人それぞれだけどね。そっちの方に理解はあるほうだと自認してたつもりなんだけどクロスがそうとは、知らなかったよ。なんだかお兄ちゃんは悲しいよ」
まだ少し動揺しているらしい。時々妙な単語が混じる。
「クロスの趣味は確認したつもりだったんだけどなぁ」
アレクサンダーが頭を抱え込んだ。
「聞き方が悪かったな。女の趣味ではなく、情人がいるか聞くべきだった。この前趣旨変えしたばかりでね」
「仕方ないね、この件はきっぱり諦めるよ。いくら僕でも、義姉さんにそういう趣味の人の人をあてがうつもりはないから。義姉さんにも幸せになって欲しいからね」
俯いたままのスワロウにクロスは声をかけた。
「帰るぞ」
スワロウがきっと顔を上げる。
涙目になっていたが、そこに二割の羞恥と八割の憤怒をクロスは読み取った。スワロウが、関係をあらかさまにされるのを嫌うと分かっていてしただけに、背筋が冷えた。
しかし、一瞬視線がアレクサンダーとエリシアの方に流れ、スワロウが唇をかんで立ち上がった。
それでも俯きかげんで体がわずかに震えている。
今はボスであるクロスの面子を立てるつもりのようだった。
この後のことをクロスはかなりの確率で予想できたが、それは覚悟の上だった。
クロスが部下(兼愛人)と帰った後、アレクサンダーは気まずそうに義理の姉に向き直った。
「すみません、義姉さん。こんなつもりじゃなかったんですけど」
エリシアはまだ眼を見張ったまま硬直していた。その頬が赤い。
「あのひと……男の人ですよね……」
クロスが呼び入れたのは、長い黒髪をしていたが、紛れもなく男性だった。サングラスをはずしあらわになった容貌は、華やかで整っていたが、長身のすらりとした体躯は男のものだ。
「間違いなくそうです」
その相手に迷わず濃厚な口づけをクロスはした。それは申し出を断るために見せたのだろうが、本当にそういう関係でなければ出来ない。
「まあ……」
エリシアは恥らうように眼を伏せ頬に手をあてた。ややあって呟く。
「愛し合っているんですね……」
「……問題はそこですか……」
心なしか義姉が嬉しそうに見えたのは、アレクサンダーの錯覚だったのだろうか。
葬儀には錚々たる顔ぶれがそろうはずだ。
はやくついたものは、それなりに時間を有意義に使う。
クロスも到着した翌日から色々と予定が入った。挨拶回りやら、顔合わせやら、ある程度名が知られた者にはそれなりの義務がある。名目は葬儀でも実質上はその後の決定を伝える場になるからだ。
議題は常に会議にかけられる前に根回しが行われ、幹部会とは名ばかりの決定事項を発表する場でしかない。会議が行われる前に動かねば何一つ通らない。横のつながりは大事だ。
しかし、その日のクロスの、午後の予定は再び変更せざるを得なかった。アレクサンダー・マドゥが再び面会を求めてきたからだ。
今度は自宅に呼ばれている。相手の手の中に飛び込むようなものだが、今現在のクロスの地位では断ることは出来なかった。
アレクサンダーは数年前から大ボスの屋敷を出て、いちおう自分の館で暮らしている。
大ボスの屋敷ほどではないにしろ、広大な敷地に瀟洒な造りの館が建っている。よくよく見れば、各種防犯設備も整っているが、巧みに隠して意識させない、そんな作りにしてある。
今日もスワロウ達護衛は手前の部屋で待機させられた。
「やあやあ、よく来てくれたね、クロス。今日は君にぜひとも紹介しておきたい人がいてね、無理を言って来てもらったんだよ」
満面笑顔で出迎えたアレクサンダーの後ろにひっそりと佇む人がいた。
輝く長い金の髪に、黒い喪服。清楚な美貌は人妻とは思えないほどだ。大切にされたお嬢様がそのまま大人になったような印象がある。紹介されずともそれが誰だかクロスには分かっていた。何度も、ギルバートと並んだ姿を映像でなら見たことがある。
エリシア・マドゥ。
ギルバートの妻だ。コネクション幹部のマルトーニの娘でもある。
──夫の仇である自分と合わせるとは、随分と悪趣味な真似をする──
心のうちで呟いたクロスは無意識に煙草の箱を手にしていた。それに気がつき戻す。
「知っているとは思うけど、ギル兄さんの未亡人のエリシア義姉さんだ」
硬い表情をしていたエリシアの唇がわななくように震えて、言葉をつむいだ。
「エリシアですわ」
挨拶をされて無視するわけにはいかない。
「……サザンクロスの、クロス・ノーマンです」
へらへら笑いながらアレクサンダーは話しかけた。
「クロス、そんな怖い顔しないでくれる? これは義姉さんに頼まれたんだから。君に頼みがあるそうなんだよ」
「頼み?」
クロスはエリシアに向き直った。
伏し目がちな蒼い瞳が、一転してクロスを見据えた。
「わたしは次の会議で亡き夫の代わりを務めることを指名されます。ですけど、わたしはコネクションの仕事をまったく分かりません。飾りでいいと言われましたわ。でも、夫の代わりとなれば、奇麗事だけですむ筈が無いと、分かっています。ですから……」
エリシアがさらに蒼ざめた。震えながらも、それを口にする。
「助けていただきたいのです。わたしには、護らなければならないものがあります。わたし達を助けてください。そのためなら、わたしはなんでもします」
クロスはアレクサンダーを睨みつけた。
「──なにを言った?」
「僕じゃないよ」
アレクサンダーは真顔になっていた。やや不機嫌そうである。それが非常に珍しいことだと、付き合いの短いクロスは知らなかった。
「母さんの仕業さ。君がなにをしたのか、だけを、義姉さんに伝えたんだ」
つまりは、クロスがギルバートを殺したということを。
「義姉さんが僕に聞いたんだ、なぜ兄さんが殺されなければならなかったのか。僕でよかったよ、分かるだろう? この問題はデリケートだ。誰彼かまわず、広められたら危ない──君も義姉さん達もね」
話の持ちようによっては、どちらにも転ぶ。クロスがギルバートを手にかけたという事実だけを見れば、クロスに対する報復行動に──ギルバートが同じコネクションの組織を襲ったという事実を見れば、その家族にも及ぶ粛清に──一番無難なのは、揉み消すこと。
だからこそ、『サザンクロス』を襲った敵は正体不明のまま、ギルバート・マドゥを殺した組織も謎のままでなければならない。多くのものを護るためには。
「義姉さんには本当のことを教えたよ。義姉さんは賢いから、自分達の立場が危ういことを理解してくれた。だから、君に保護を依頼しているんだよ。君なら助けてあげられるだろう? 義姉さんはそのためになんでもする覚悟だけど、僕が誘導したわけじゃないよ」
エリシアには護るべきものがある。だがそれは組織などというものではなく、幼い我が子だ。それを護るための力が無いと自覚するからこそ、それを持つ者を必要とする。引き換えになにを犠牲にしても──その気持ちはクロスにも分からないではない。
クロスはエリシアに視線を戻した。
「……後見人として、貴女を護る義務があります。『サザンクロス』は全力を持って貴女を助けますが、貴女に対して要求するものはありません」
「本気で護るつもりは無いということですか? 何かと引き換えでなければ、何も手にできないと、わたしにも分かりますわ」
肉親のマルトーニとは違うのだ──何かをしてもらうのには、何かを差し出さねばならない。
今のエリシアには、クロスに差し出せるもの──『サザンクロス』のボスでありマドゥコネクションの幹部であるクロスにとって価値のあるもの──などそうはない。
あるとすれば、自分自身だけ──その覚悟でエリシアはクロスとの面会を望んだ。
だからこそ、何もいらないというクロスの答えは、願いの拒否としか理解できなかった。
クロスは溜息をついた。
「信頼できない、とそう言われるわけですか」
青ざめて震えるエリシアに、どう説明したものか、クロスはしばし悩んだ。
「夫の仇に身を投げ出してでも、擁護を求めるその覚悟は分かりますが、申し出を受け入れられない理由がこちらにはある」
「わけ? 僕も聞きたいな、倫理に反するって言いたいのかな?」
アレクサンダーの声音にはわずかに非難がこもっていた。身を投げ出す覚悟の女をふるということは、恥をかかせることだ。それなりの理由がなければ納得しない。との、心の声を聞いたような気がした。
クロスは微かに苦笑いを浮かべた。
手首の携帯端末を操作した。すぐさま応答がある。
『ボス、何かありましたか?』
「入って来い。お前にも関係あることだ」
『? 俺だけですか?』
「そうだ」
『了解しました』
クロスはその理由を直接呼び出した。
ややあって、扉を叩く音がした。
「ボス、お呼びですか?」
「入って来い」
サングラスをつけたままのスワロウが部屋に入ってきた。
「クロス、部外者を入れるのはどうかと思うよ」
さすがにアレクサンダーが顔をしかめた。わざわざ人払いをしたというのに、身内の話を関係ない人間に聞かせるわけには行かない。事によっては、エリシアの恥になる。
クロスは苦笑する。
「部外者じゃないんでね」
状況が分からないスワロウが訝しげな顔をした。
「何かありましたか?」
「とりあえず、サングラスはずして、こっちに来い」
状況が分からないまでも、スワロウはサングラスをはずし内ポケットに入れた。命じられたままにクロスの傍による。
クロスは何も知らないスワロウを引き寄せ、強引に唇を重ねた。
「な! ~~」
驚いて身を引こうとしたスワロウを逃がさず再び唇を重ねて、頭を押さえつけて拘束する。眼を見張ったスワロウの頬が朱に染まった。唇をこすり合わせるように角度を変えて、より深くくちづける。
アレクサンダーはひっくり返り、エリシアは目を見張って赤面した。
それがただ触れ合うだけのものではないことは漏れる湿った音が証明していた。ぴったりと体を寄せ、吐息さえもからめとる。ごまかしや、一時しのぎでは出来ない、情を通じている者にしか出来ない本気の──
唇が離されたとき微かに唾液が銀の糸を引いた。
「こんなところで──!」
叫びかけて、己の失言を悟ったスワロウは思わず口を覆ってしゃがみこんだ。
口づけられたことではなく、場所への抗議──つまりそれは、口づけたこと自体は許しているということだ。
聡いものなら気づいてしまう。完全なる自爆。
「こういうわけですので、申し入れは受け入れられません」
本人だけが涼しい顔をしてのたまった。
「クロスはおにいちゃんの知らない間に、遠い世界へ言ってしまったんだね、お兄ちゃんは悲しいよ」
「──なにを錯乱してる」
「あうう、いや、仕事柄、芸能関係の知り合いも多いし、その中にはそういう趣味の人もいるんだけど、あ~、いや、性癖というのはその人それぞれだけどね。そっちの方に理解はあるほうだと自認してたつもりなんだけどクロスがそうとは、知らなかったよ。なんだかお兄ちゃんは悲しいよ」
まだ少し動揺しているらしい。時々妙な単語が混じる。
「クロスの趣味は確認したつもりだったんだけどなぁ」
アレクサンダーが頭を抱え込んだ。
「聞き方が悪かったな。女の趣味ではなく、情人がいるか聞くべきだった。この前趣旨変えしたばかりでね」
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俯いたままのスワロウにクロスは声をかけた。
「帰るぞ」
スワロウがきっと顔を上げる。
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しかし、一瞬視線がアレクサンダーとエリシアの方に流れ、スワロウが唇をかんで立ち上がった。
それでも俯きかげんで体がわずかに震えている。
今はボスであるクロスの面子を立てるつもりのようだった。
この後のことをクロスはかなりの確率で予想できたが、それは覚悟の上だった。
クロスが部下(兼愛人)と帰った後、アレクサンダーは気まずそうに義理の姉に向き直った。
「すみません、義姉さん。こんなつもりじゃなかったんですけど」
エリシアはまだ眼を見張ったまま硬直していた。その頬が赤い。
「あのひと……男の人ですよね……」
クロスが呼び入れたのは、長い黒髪をしていたが、紛れもなく男性だった。サングラスをはずしあらわになった容貌は、華やかで整っていたが、長身のすらりとした体躯は男のものだ。
「間違いなくそうです」
その相手に迷わず濃厚な口づけをクロスはした。それは申し出を断るために見せたのだろうが、本当にそういう関係でなければ出来ない。
「まあ……」
エリシアは恥らうように眼を伏せ頬に手をあてた。ややあって呟く。
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