刃愛

のどか

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シェードカオン

終劇──操り糸はきれた

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 機材は『グランティア』のために用意されていたものがあるので不自由はしなかった。マーフィが二つに分けた『グランティア』は本命とされる別宅とグリードに貸し与えられていると推測された別荘に向かう。別宅組は『サザンクロス』と合流しその指揮下に入る、別荘組は二番目の兵と合流しマーフィの指揮に従う。
 『サザンクロス』と『グランティア』の混合部隊は別宅近くまで巨大な車両によって運ばれる。両者は始めて顔をあわせるものも多い。『サザンクロス』が前『グランティア』を壊滅させたことは、公然の秘密である。むろん新『グランティア』のメンバーも承知のうえだ。車内には緊張した空気が流れていた。
 巨漢の黒人の隣にいた赤毛のプエルトリカンらしき──十代半ばくらい──小柄な少年が、聞こえよがしに黒人に話しかけた。
「なあ、兄貴。あれが『サザンクロス』のボスの片腕かい? 強そうにみえねえよ、すっげえ優男」
 兄貴と呼ばれた黒人が赤毛の少年をたしなめた。
「めったなことを言うんじゃねえ。なんでも、『サザンクロス』の実力№Ⅱだそうだぜ」
「けどさあ、兄貴。クロスのボスならわかるぜ、すっげえ迫力だったもん。けど、あんな女みたいな顔したやつの下につくの、納得いかねえよ」
 『グランティア』の中には当然『サザンクロス』の下につくこと嫌がるものもいる。誰もが心の中で思っていることを子供の遠慮のなさで口にしているだけなのだろう。
「本当に強いのかい? 他のことで取り入ってんじゃねえの?」
 さすがにソニックが顔色を変えて立ち上がろうとしたのを、スワロウは片手で制した。
 赤毛の少年を真っ向から見据え、一言釘を刺しておいた。
「死にたくなけりゃ、口を慎みな、餓鬼」
 さすがに感じるものがあったのか、少年がひるんだ。
「すまねえな。弟はなにぶんまだ子供なんで、考えなしにものを言うんだ」
 巨漢の黒人が少年に代わって詫びを入れた。二人は人種が違うように見えたが、兄弟だという。
 スワロウも黒人の名前は知っていた。『グランティア』のリストにはいちおう目を通している。その中でも異色の兄弟は印象に残っていた。ダーウィと弟のノーグ。二人にはもう一人兄がいる。金髪青眼の一見白人にしか見えない男──マーフィだ。
 血が繋がっているように見えない兄弟だが、本当に血族なのだという。全員父親の違う異父兄弟なのだそうだ。
「俺はダーウィ。こっちの『グランティア』のまとめをするように言われてるよ」
「スワロウだ」
「俺達はなにをやりゃあいい?」
「地図を出せ」
 車両の中にあったディスプレイに目標の詳細な情報も含んだ地図と見取り図が表示された。
「なにこれ? 丸見えじゃん」
 ノーグが率直な物言いをした。
 別宅はコネクションの力で立てられたものなので、近辺の地図や見取り図、警備システムの詳細までもがあっさりと手に入っている。
「建てた業者やシステムを組み込んだ技術者まで、全てコネクションの息がかかってんだ。これくらいその気になればいくらでも手に入る」
「はん、まっぬけ。これでドンパチしようっての?」
「変更された可能性はないのか?」
 弟に比べればダーウィはやや慎重だった。
「ない。別宅に手が入れば、コネクションには筒抜けだ」
 そこら辺はロッドの管轄だったため信用していい情報だろう。
「は、こんなもんが流出してるようじゃな」
「だが、この場合はありがたい」
「それで作戦は?」
「『サザンクロス』が表で派手に踊ってやる。『グランティア』はその隙に、内部に潜入。警備システムのサーバーをぶち壊せ」
「その後は?」
「殲滅しろ」
 しばし沈黙が流れた。
「皆殺しかい? 証人いらねーの」
 躊躇うようにノーグが聞いた。
 いかに任務とはいえ身内を殲滅するのは躊躇われるのだろう。相手は雲の上の人だ。それに主人が裏切り者とはいえ、その場にいるのが戦闘員とは限らない。別宅の管理をする直接抗争には係わり合いのない下働きの人間もいる。
 だが、今回はそんなものは、いらない。事実の隠蔽が任務のひとつだ。むしろ、真実がどこから洩れるかわからない。蟻の一穴のたとえもある、全てを闇に葬る。
「必要ない。蟻の子一匹残すな」

 『サザンクロス』と『グランティア』はともに『マドゥコネクション』の武闘派の双璧と謳われていた。『サザンクロス』が土地や会社の権利を奪うための矛であれば、『グランティア』は逆に他のコネクションからマドゥコネクションを守るための盾であった。攻撃と護りという立場の違いだけでなく、『サザンクロス』は自分の力でのし上がってきた外様が多く(クロスは母親からいえば外様になる)、『グランティア』は武闘派でも基本的に生え抜き組で構成されていた。
 しかし一度壊滅した『グランティア』を再編するに当たって、この制約は取り払われ、外様でも生え抜きでも、とにかく強い者が集められたのが新生『グランティア』だ。
 これは外様組のマーフィにとって、大きなチャンスだった。まして、仮にとはいえ現在空席となっている『グランティア』の仕切り役を任されたのだ。
 上手く役目を果たせれば、仮が取れるだろう。
 ぜひともものにしたいチャンスだった。
 ボスであるクロスの指示に従い、二組に分けた。戦力を考えての分割だが、上手くいくか多少の懸念はある。
 ダーウィにはよく言い聞かせたものの、中には他組織の下になるということが許せない者もいる。
 あちらの指揮を任せられたスワロウの容姿を思い起こすに、不安になる。
 強面ならよかったのだろうが、華やかに整った顔──スワロウが只者ではないことは立ち振る舞いからわかるが、そのレベルに達していない者から見れば、女みたいな顔をした若造にしか思えないだろう。
 組織内の不和は時として致命傷になる。その責任はもちろんマーフィにもくる。
(うまくやってくれよ、ダーウィ)
「目標までもうすぐですが」
「ああ、そうか。バードを飛ばして様子を確認してくれ」
 マーフィは今回特別に貸し出されたバードを使った。これは『サザンクロス』が特別に開発させた物で、他には出回っていない。小型の無人哨戒機だが、考えてみるとこういった機械は有効だ。事前の生情報が戦況を左右することもある。
 モニターにバードからの映像が映し出された。
「気づいてないようですね」
「……遅かったかもしれん」
「は、なにがですか?」
「ボスを狙った狙撃手が逃げ込んだはずだ。にしては警戒が薄すぎる」
 狙撃手が別荘に逃げ込んだことは、追跡させたバードの映像から明らかだった。狙撃が失敗したことを知れば、それなりの対策がとられているはずなのだが、マーフィの眼からすれば、あまりにもお粗末だ。
 おそらくは人員がどこかに流れている。
「ハズレですか?」
「仕方ない。ここを制圧するのも仕事だ。でるぞ」
 マーフィは獲物を取った。奇しくもそれは、前指揮官のハンソンと同じ槍だった。

 エレオノーラは現在本宅ではなく、エレオノーラ個人所有の屋敷にいた。夫や他の者に知れたらまずい企てをしているからだ。
 エレオノーラは別のコネクションの先代の娘だ。ここにいるのはエレオノーラが嫁いできたとき一緒に連れてきたものだ。マドゥの大ボスとエレオノーラのどちらの命をきくかと言えば、迷わずエレオノーラに従う。
 上品に金色の髪を結い上げたエレオノーラは若い頃はさぞやと思わせる整った容貌をしている。その容姿を一番濃く受け継いだのはアレクサンダーだ。
 だが、残念なことに、アレクサンダーはあまりエレオノーラの言うことを聞かない。それどころか、憎きクロスとよしみを結ぼうとしている。
 一番エレオノーラの言うことを聞いてくれたのはギルバートだった。その兄を殺した男を可愛がるとは!
 もはやエレオノーラは息子達を信用できなかった。いや、悪いのはすべてクロスだ。みな、あの男に騙されているのだ。
 あの男さえ消えれば──
 エレオノーラはクロス暗殺の知らせを待っていたのだ。
 知らせを待っていたエレオノーラの元に、別人からの連絡が入った。
「ガランスから? いいわ、つないで」
 ガランスは代々マドゥに仕えている男だ。幹部としての権力も大きく、ないがしろにしていい相手ではない。ディスプレイにガランスの強面が映し出された。
「ごきげんよう。ガランス。今日はなにかしら? わたくし、あまり体調が思わしくないの」
『レノア、わしとあんたの間だから言うんだ、逃げろ!』
 ガランスは単刀直入に切り出した。
「なんですって?」
『クロスのガキだ! あの野朗が、あんたが裏切り者だと言い出したんだ!』
 エレオノーラは驚愕した。
 しかし、それは無実だったからではない。隠していたことを暴かれたためだった。
『あんたがマドゥを裏切るはずがない! なのに、ウィリスとかいうサモナの幹部にそそのかされ、襲撃の手はずを整えたと嘘八百を並びたてやがって! 大ボスもあんたの息子も、ほかの幹部はみんなころっと、騙されやがった! 報復部隊がそっちに向かってる、今すぐ逃げるんだ!』
「ガ、ガランス、でも、逃げ……わたくしには、なにがなんだか」
『わかるぜ、あんたがマドゥを裏切るはずがない、そうだろう?』
「も、もちろんよ。どうしてわたくしが」
 偽りを並べ立てながらも、真実エレオノーラは戦慄していた。
 ウィリスの名も、襲撃の手はずを整えたことさえ知られたのだ。濡れ衣ではありえなかった。すべて知られたと考えていい。
『あんたの兄さんのところにでも、とにかくマドゥの手の出せないところに逃げるんだ。わしがきっと本当の犯人を見つけてみせる。大手を振って帰ってこられるようにしてやるから、今は逃げるんだ!』
 父親はとうに引退したが、その跡目を継いだのは実の兄である。そこにすがれば、マドゥも手が出せない。
「あ、ありがとう、ガランス。こんなことが知れたら、あなたの身もあぶないのに」
『なに、クロスなんぞというガキに、コネクションを好き勝手にさせてたまるか! わしが本物の裏切り者を見つけて、濡れ衣を着せたクロスに責任を取らせてやる!』
 本当の犯人など出てこない。エレオノーラが真実裏切り者なのだから。
 ガランスは騙されてくれているが、他の人間はそうはいかない。
 エレオノーラは震える手で通信をきった。
 歯の根が震えた。コネクションの報復がどのようなものか、知り尽くしているからこそ、恐ろしかった。
「に、逃げなきゃ……すぐに……」
 エレオノーラは端末に手を伸ばした。まずはグリードに連絡をとろうとしたのだ。その瞬間、通信機がダウンした。すべての機械がその機能を停止したのだった。
「なに、なんなの!」

 リストバンド型の通信機が強制起動した。
「なんだ?」
 金髪碧眼のマーフィが映った。
『ボス、別荘組ですが、抵抗が弱いです。どうやら人員を別に回したようで』
「だろうな」
 再び緊急通信が入った。
『ボス、別宅が攻撃を受けてるぜ。照会させてみたが、グリードの手下だ。口を封じるつもりだぜ。まとめて殲滅しとく』
「なるほど。グリードの主力はそちらか。ウィリスも留守をつかれたわけだな」
 クロスは面前で繰り広げられている戦闘に眼をやった。
『お客さんはそっちですかい?』
「ああ、派手に踊ってるぜ」
 おそらくエレオノーラ・マドゥを狙ったものだろう。屋敷が攻撃を受けていた。おそらくウィリス一派の主力だろう。偶然だろうが同時刻にグリードの主力が別宅を攻撃した。
 運命とはときに妙ないたずらをするものだ。
 クロスは手持ちの兵に屋敷を包囲させていた。逃げ出す者は討つが、打って出るつもりはない。これが『サザンクロス』か『グランティア』ならば迷わず参戦するのだが、ロッドの兵ではいまひとつ戦力不足だ。
『こっちの兵を回しますかい?』
 マーフィが尋ねた。
「そっちを制圧しだい、三番目の兵に任せてこっちに回れ」
 戦力に不安があるのなら、無理に突入することはない。逃がさぬよう包囲し、双方の疲弊を待つのもひとつの手だ。どちらにしろ、殲滅させるのだから、どれだけ傷つけあってもかまわない。その方が手間も省ける。
「待ちは性に合わんのだがな」
 クロスは苦笑した。

 『サザンクロス』『グランティア』の混合部隊が別宅に着いたときにはそこは戦場になっていた。
 ウィリスに貸し与えていた別宅に、おそらくはグリードの部下──エレオノーラの手下が強襲を仕掛けたものと思われる。
 スワロウはすぐにクロスに連絡を入れた。
 内部の様子を調べていたダーウィが報告する。
「セキュリティがダウンしてるとよ、どうする?」
 もともとの持ち主だ、セキュリティを無力化するのも簡単だったろう。あるいは貸し与えたときに、すでにこうなることを予測して仕込みをしておいたのかもしれない。
「かまわねえ、手間が省けたと思え。『サザンクロス』が表で派手に攻撃を仕掛ける。『グランティア』はその隙に裏手から内部に潜入、敵を殲滅しろ」

 屋敷のセキュリティは完全に沈黙させられていた。ウィリス一派は屋敷に篭城する形でグリードの部下達とやりあっていた。
 屋敷に対して攻めていたグリードの部下達は思わぬ攻撃を受けた。
 甲高い『韋駄天』の稼動音。横合いから黒い服の一団が現れた。その制服は明らかに『サザンクロス』のもの──本来なら同じ『マドゥ』の身内だが、グリードの部下達は戦慄した。ここは本来エレオノーラの持ち物である。そこに『サザンクロス』がくるということは──ここに攻撃目標がいるとわかったから──裏切りがばれたということだ。
 長い髪をなびかせた男が先頭をきって飛び込んできた。そのあまりの速さに誰も反応できず、白刃がふるわれた。血飛沫があがる。
「死ねよ! 裏切り者!」
 鮮やかに旋回する姿はさながらつばめ。両手に握られた双剣が閃くたび敵を屠る。その速さに誰もついていけない。刃を向ける暇さえ与えられず切り刻まれる。
 血をあびて死を運ぶ燕が笑う。
 ここまで『韋駄天』を使いこなすものをグリードの部下達は知らなかった。
 たった一人の敵にいいように突き崩される。
 やがて『サザンクロス』の本体が追いつき、無慈悲なる刃をふるい始めた。

 『グランティア』のメンバーは見取り図の配管図を利用して館の内部に侵入していた。外の様子がわからなければ作戦上支障が出ることも考えられたので、彼らのリストバンド型の通信機にはバードからの映像が送られていた。それを視てノーグが青ざめていた。
 そこには敵を切り伏せるスワロウの姿が映っていた。韋駄天は『マドゥ』独特の装備である。むろん『グランティア』も使っているが、スワロウほどその能力を使い切っている人間はいない。なによりも戦闘服の類は防刃防弾加工されているものが多い。にもかかわらずスワロウはそれごと相手を斬っている。黒い制服が翻るたび血飛沫が上がった。黒い燕の疾走をさえぎるものはいない。
 なぜ防刃加工してある制服がただの布のように切り裂けるのか。ノーグの理解を超えていた。
「なんだよ、これ……化けもんかよ……」
「『サザンクロス』のスワロウといやぁ、ボスと剣の腕だけなら互角かそれ以上だって噂だ。聞いた話じゃあ、墓石ごと人の体を斬ったっていうぜ」
 ダーウィが付け足した。
「あ、兄貴」
「あれほど優男とは思わなかったけどな」
 外見からスワロウを侮りきっていたものは戦慄した。自分達はとんでもない化け物と一緒にいたらしい。そして──噂が真実ならばボスであるクロスもまた同じだけの腕前なのだ。
「おい、そろそろ目的の場所に着く。気を引き締めろよ。俺達はおれたちの仕事をする」
「お、おう」
 ダーウィの言葉に『グランティア』は気を引き締めた。なんといっても『グランティア』としては始めての仕事だ。前『グランティア』は完全に消滅し、まったくメンバーも替わってしまった。ボスがギルバード・マドゥからクロス・ノーマンに変わったことといい、名前こそ同じでも別の組織だといっていい。これから実績を作っていかねばならないのだ。
 ウィリス一派の防衛の拠点となっていると思われる部屋に近づくと、やはりそこには人の出入りが激しく、司令部になっているようだった。
 一同が武器を構える。──そしてダーウィの合図とともに司令部を強襲した。『グランティア』一の速さを誇るノーグの槍がそこにいた男の喉を突き破る。ダーウィの十字槍が唸りをあげた。
 外からの攻撃のみに意識を向けていたウィリス一派はそれを防げなかった。

 不意にクロスが顔を上げた。訝しげにロッドが聞いた。
「どうかしましたか?」
「ウィリス一派が内部に達したな」
「は?」
 ロッドは慌てて情報を確認しなおしたが、その情報はまだきていない。
「屋敷の気配が変わった。マーフィからの連絡は?」
 気配といわれてもロッドには分からない。
「まだです」
「……仕方ない。突入するぞ。マーフィには制圧後直ぐ援軍を送るよう連絡しろ。全員に連絡をとれ」
 クロスは突入を決意した。内部にまで敵が達したということは、グリード側が崩され始めたということだ。ウィリス側の意識は建物の内部に集中する。好機だった。背後から襲えば崩れる。戦力に不安は残るが、この機会を逃すわけにはいかない。
 クロスは銃を手にとった。

 エレオノーラは屋敷内でもっとも安全と思われる部屋にこもっていた。通信機がダウンして直ぐグリードが現れ、屋敷が攻撃を受けていることを教えられた。相手は──ウィリス一派だった。エレオノーラが用意してやった武器で、エレオノーラを攻撃しているのだ。
 始末させようとしたからには、反撃も予想できるが──早すぎるとグリードは言った。おそらく、こちらが行動を起こす前にあちらが動いたのだろうと。
 もちろんすぐに屋敷から逃げることを考えたが、あらかじめ作ってあった脱出用のルートが何者かに抑えられているという。出口を張っている人影にはグリードがすぐに気がつき、排除のための人員を向かわせたが、返り討ちにあったという。装備からして『マドゥ』の手のものだそうだ。
 『マドゥ』が敵に回った。屋敷が襲われているというのに助けに来ないどころか、脱出ルートを抑えて逃がさないようにしている。一時はウィリス一派と手を組んだのかとも思ったが、すぐに打ち消した。ウィリスを見逃すほど『マドゥ』は甘くない。わざわざ手を組まなくとも、エレオノーラを殺すのを待ってウィリス一派を殲滅するだけでことが足りる。エレオノーラを処分する手間が省けるくらいにしか思っていないだろう。
 自分がしたことを考えればそれくらいは当然だ。『マドゥ』の敵を匿い、武器や品物を与え、手筈まで整えた。クロス憎さにしたことだが──結果として『マドゥ』の中枢部を危機に晒した。裏切り者と罵られても返す言葉もない。
 ウィリス一派の攻撃を凌いでも、すぐ『マドゥ』からの刺客がくる。エレオノーラが助かるためにはなんとしても『マドゥ』の勢力圏内から出なければならなかった。
「グリード……助けて……グリード」
 エレオノーラはいままでに何人もの人間を始末させてきた。実家にいたころも、『マドゥ』に嫁いできてからも、彼女の気分や好悪で人の人生を左右し、ときに命を吹き消した。
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 わずかに扉が開いた音だった。そこに血塗れの手がかかる。身体ごとぶつかるようにして扉を開けた男をエレオノーラは知っていた。血で汚れ、見る影もないが通信で何度も顔を合わせた相手だ。
「ウィリス……なぜあなたがここに……」
「始末させたはずなのに……ですか……ミズ……ここまでくるのに苦労しましたよ」
 ウィリスが口の端だけで笑った。
 血で汚れ立っているのさえやっとのようだった。滴る血は返り血だけではないだろう。小さな傷は数え切れない。わき腹が大きく切り裂かれている。
「あなたの番犬は優秀だ……私も長くない。土産にあなたの命をいただいていきましょう……」
「嫌よ! どうしてわたくしが!」
「は……あなたも散々やったことでしょう……自分に都合の悪いもの、気に入らないものを消してきた……違いますか?」
 目の前の男にとって、それだけの存在なのだとエレオノーラも分かっていた。ライトシールドは使っていたが、ヒルト鉱石の武器を使われたらそれも無意味だ。
「別荘に人を向かわせましたね……まあ、想定内ですが……親子そろってよく思惑通りに踊ってくれましたよ……資金も機材も……情報も……惜しみなく提供してくれました。計算外だったのは……あの男……」
「親子そろって……ですって……まさか……あなたが」
 ウィリスが哂った。
「気がついていなかったようですね。あなたの息子をたきつけたのは私。簡単でしたよ。あなたと同じように。なのに……あの男は……たやすく兄を返り討ちにし……我々の襲撃を退けた。なにもかも、計算外でしたよ。ですが……今度は邪魔されずにすむ……」
「グリード! グリード!」
 エレオノーラは必死に助けを呼んだ。
「きませんよ……しつこい男でしたが……」
 ウィリスが銃を取り出した。エレオノーラは少し安心した。銃弾ならばライトシールドを貫通できない。死に掛けた男はそんなことも失念しているのだと思い込んだ。
「これは……あなたの息子……が作らせたものだ……役に立ってくれましたよ……ヒルト鉱石の弾丸とはね……」

 奇襲が功を帰し抵抗は少なかった。クロスの予想通り屋敷側はウィリス一派の進入を許していた。双方疲弊し、新たな勢力を防ぐ力はすでになかった。ロッドの部下も思ったよりは使えるようだった。
 クロスはロッドを従え、ウィリス一派もグリードの部下もブレードの餌食にし、屋敷内に突入した。雑魚に用はない。そんなものはロッドの部下に任せた。中枢たるエレオノーラを押さえることが必要だった。
 屋敷内の廊下にやりあったグリードの部下とウィリス一派の死体が大量に転がっていた。そのうちのいくつかを見てクロスが舌打ちした。
「銃を使ってやがる」
 グリード側の兵の死体のいくつかは射殺されたり弾痕がある。
「あ、それは自分も気がついていました。ライトシールドを使っていなかったのでしょうか?」
「違う。これは、ヒルト鉱石の銃弾だ」
 ライトシールドがまだ生きているものもいくつかある。ライトシールドを貫く銃弾はヒルト鉱石のものしかない。
「コトウを襲ったときのものだろう。調べれば分かるはずだが、俺のと違ってムクのはずだ」
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「ウィリスがコトウ襲撃の黒幕だったという証拠になりますね」
「……そうだな」
 銃声が響いた。クロスにもロッドにも分かった──それが屋敷内でのものだと。クロスは銃声のしたほうへ駆け出した。
 壁の一角が開いていた。おそらくは隠し部屋──のひとつだろう。事前に入手した見取り図によれば、二間続きの部屋で外部に接触しているところはないが、強固な作りで避難場所としての機能がついている。本来防音なのだが、扉が開きっぱなしになっているため音が外部に洩れたのだろう。
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 やったのはいまクロスが射殺したウィリスだろう。
「……手間がはぶけたな」
 クロスがもらしたのはそんな言葉だけだった。取り出した煙草に火をつける。
「奥様……」
 ロッドが呆然と死体を見下ろす。
 かつてクロスの命を狙い、クロス憎さに外的と手をくみマドゥの幹部を危険にさらした女の最後はあまりにもあっけなかった。
 がたんと、大きな音がした。そちらに振り向くと、血まみれの男がいた。
 クロスにとっては会うのは初めてだが顔だけは知っていた──グリードだ。銃弾を受けているようだった。ライトシールド発生装置を身につけているようだが、それを貫くヒルト鉱石の銃弾を使われたのだろう──ギルバートが作らせた武器はその母親の息の根をとめるために使われた──皮肉なものだ。
「お……じょうさ……ま」
 グリードがエレオノーラに向かって手を伸ばした。
「もう死んでいる」
「おじょ……うさま……」
 クロスはこの男に聞きたいことがひとつあった。
「……なぜ、ウィリス一派への支援の痕跡を消さなかった? きさまならできただろう」
 クロスの問いにグリードは笑みを浮かべた。
「お嬢様が……悪いのだ……わたし……にチャンスをあた……えるから……ともにいることはできなくとも……滅びるときは……」
 クロスは紫煙を吐き出した──やはりこの男は滅びることを望んでいたのだ──ロッドが調べただけで直ぐに判明したときからおかしいとは思っていた──何らかの隠蔽があってしかるべきことだが、グリードはあえて隠しはしなかった。
 グリードが這いながらエレオノーラに近づく。満足にしゃべることさえできないはずなのに、グリードが繰言を吐き捨てる。
「おまえが……悪いのだ……おまえさえ……いなければ……お嬢様はふこ……うだった……お前の元にさえ嫁がなければ……お嬢様は……おまえのせい……だ……」
 グリードの手はエレオノーラに届かず血溜まりの中に沈んだ。
「……俺を誰かと間違えていたようだな」
 クロスは煙草を投げ捨てた。血に触れて煙草の火が音をたてて消える。
 エレオノーラが嫁いだのはクロスの元にではない。クロスとよく似た面立ちのアルフレッド・マドゥという男だ。
 だからクロスには関係がない。
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完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

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