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その日は仕事にならなかった。入社式の後の欠勤に、今後を考える。けれどもオメガとアルファの間に存在する運命との出会いにより、発情期の休みをもらえることになる。さすがは大手企業だと思いながらも、今後の自分を考える。
運命の番に出会って、俺はこれからどうしたいのか。
今はまだ見えないから、見定めようと思う。
けれども心のどこかで、過去に怯えている自分にも気付く。
気付きたくはなかった。だから必死に生きてきた。
その必死さが暴かれ、本当の自分が曝け出されたのだ。
鬱々と考えながら、啓介は一週間を過ごした。
宗弥は結局、この発情の一週間の間、啓介のうなじを噛まなかった。ふたりの間には、いまだ番の契約が成されていない。
「……どういう、こと?」
「覚えてるかな」
優しげなその表情が、知らずのうちに啓介の心の強ばりを解いていく。午後の日を浴びながら、ふたり気怠げにベッドで過ごしていた時のことだった。
「俺は覚えているよ。啓介は忘れてしまったかな」
それはいつの日の話なのか。
口を開く宗弥の表情が温かくて戸惑ってしまう。
「覚えて……まさか……知って……」
「どのくらい前のことなのかな。運命ってすごいね、もう一度出会えた。あれからどう過ごしたのか、覚えてるかな」
愛おしげに抱き上げられ、宗弥の膝に座った。額に唇を落とされ温もりを感じる。
その質問には答えられなくて、啓介は口を噤む。啓介の頭を撫でながら、宗弥も沈黙に身を任せた。
一週間の発情期を共に過ごした啓介と宗弥は、今日から一緒に出勤することになる。住処は別だ。まだ啓介が、宗弥と一緒に住むことに納得出来なかった。
啓介の住むアパートに宗弥が迎えに行く。納得は出来なかったが、柔い笑みで頑ななまでに迎えに行くと言う宗弥に、啓介が根負けした。
「おはよう、行こうか」
「……おはよう」
挨拶を交わしアパートの扉から歩き出す。駐車場から見える高級車が視界に入り、啓介は、まさかと眉間にしわを寄せる。
「乗って」
「高級車かよ」
「ん?」
「……はあ……まあいいか」
柔らかい笑みには何も言い返せず、車に乗り込む。シートベルトを締め、ほっと息を吐くと、いまだ噛み跡のないうなじに触れる。
噛まなかったな、宗弥。
オメガの意思なんてアルファには無意味だろうに。
そう思いながら、ネックガードに手を伸ばす。
初めて交わったのは、啓介が蹲っていた扉の向こう側の部屋だ。宗弥の仕事部屋になる。宗弥はこの会社の跡取り息子であり、次期社長になる。
その事実を知ったのは交わったあの日で、頑ななまでに番になることを拒絶した啓介に、いつもの柔い笑みを浮かべた宗弥は、待つと言った。
「……」
待って待たせて、この先どうなるのか。
俺は、こいつと、どうなりたいのか。
いや、それを見定める為に。
走り出した車の助手席から、そっと宗弥の横顔を盗み見る。綺麗な顔だと純粋に思う。見つめていると、夢か過去かわからない彼の顔とリンクする。
「……痛っ」
ズキンとした痛みが走り、啓介はこめかみを手で押さえる。
「どうした、大丈夫か」
「ああ、少し頭痛が、痛っ」
彼の顔を思い出し、先を考えるときには、いつも頭痛がする。先を思い出したくないと本能がストップをかけるように、記憶が不明瞭になる。
「休むか?」
「ん、大丈夫、少し休めば治まる」
「そうか……」
先の思考に蓋をして、啓介はシートに寄りかかり目を閉じる。信号待ちの宗弥は、啓介の姿を一瞥する。
「会社までまだ時間はあるから、少し眠れ」
「ん……そうする」
漆黒の、さらりとした啓介の髪を撫で、宗弥は思う。あの頃と変わらぬ姿と彼自身に笑みが浮かぶ。すうすうと寝息の聞こえ始めた啓介を見つめ、何も覚えてはいないだろうと苦笑する。
「あの時はね」
潜めた声で、眠る啓介に伝える。恐らくは啓介自身はわからないだろう、あの夢のような過去の続きを、静かに口にする。
断罪場で見たケイの姿に、ソウヤは慌てて駈け寄った。ケイの父親と親交のあったソウヤの祖父は、あの事態を知るとすぐにソウヤを向かわせた。その時出会った運命だ。
慌てて駈け寄り、処刑を中断させ、ケイの命は助かった。けれども心を閉ざしてしまったケイには、ソウヤの存在がわからない。ケイは、その後すぐに亡くなった。
記憶の欠片をつなぎ合わせるように、宗弥は過去の記憶を覚えている。
「あの時とは違うから」
間に合わなかったと思わない。けれども、それがソウヤの後悔だ。噛み跡のない啓介のうなじを撫でる。
「ん……」
「ふっ」
あの頃とは違うから、だから――想いを込めて、もう一度啓介のうなじに触れる。
あの時は出来なかった番になる行為を、今度はきっと叶えたい。
螺旋のように続いている宗弥の思いであり、啓介の願いだと信じたい。
「愛してるよ。ずっと」
柔い笑みを浮かべながら、宗弥は信号の変わった道でアクセルを踏んだ。
END
運命の番に出会って、俺はこれからどうしたいのか。
今はまだ見えないから、見定めようと思う。
けれども心のどこかで、過去に怯えている自分にも気付く。
気付きたくはなかった。だから必死に生きてきた。
その必死さが暴かれ、本当の自分が曝け出されたのだ。
鬱々と考えながら、啓介は一週間を過ごした。
宗弥は結局、この発情の一週間の間、啓介のうなじを噛まなかった。ふたりの間には、いまだ番の契約が成されていない。
「……どういう、こと?」
「覚えてるかな」
優しげなその表情が、知らずのうちに啓介の心の強ばりを解いていく。午後の日を浴びながら、ふたり気怠げにベッドで過ごしていた時のことだった。
「俺は覚えているよ。啓介は忘れてしまったかな」
それはいつの日の話なのか。
口を開く宗弥の表情が温かくて戸惑ってしまう。
「覚えて……まさか……知って……」
「どのくらい前のことなのかな。運命ってすごいね、もう一度出会えた。あれからどう過ごしたのか、覚えてるかな」
愛おしげに抱き上げられ、宗弥の膝に座った。額に唇を落とされ温もりを感じる。
その質問には答えられなくて、啓介は口を噤む。啓介の頭を撫でながら、宗弥も沈黙に身を任せた。
一週間の発情期を共に過ごした啓介と宗弥は、今日から一緒に出勤することになる。住処は別だ。まだ啓介が、宗弥と一緒に住むことに納得出来なかった。
啓介の住むアパートに宗弥が迎えに行く。納得は出来なかったが、柔い笑みで頑ななまでに迎えに行くと言う宗弥に、啓介が根負けした。
「おはよう、行こうか」
「……おはよう」
挨拶を交わしアパートの扉から歩き出す。駐車場から見える高級車が視界に入り、啓介は、まさかと眉間にしわを寄せる。
「乗って」
「高級車かよ」
「ん?」
「……はあ……まあいいか」
柔らかい笑みには何も言い返せず、車に乗り込む。シートベルトを締め、ほっと息を吐くと、いまだ噛み跡のないうなじに触れる。
噛まなかったな、宗弥。
オメガの意思なんてアルファには無意味だろうに。
そう思いながら、ネックガードに手を伸ばす。
初めて交わったのは、啓介が蹲っていた扉の向こう側の部屋だ。宗弥の仕事部屋になる。宗弥はこの会社の跡取り息子であり、次期社長になる。
その事実を知ったのは交わったあの日で、頑ななまでに番になることを拒絶した啓介に、いつもの柔い笑みを浮かべた宗弥は、待つと言った。
「……」
待って待たせて、この先どうなるのか。
俺は、こいつと、どうなりたいのか。
いや、それを見定める為に。
走り出した車の助手席から、そっと宗弥の横顔を盗み見る。綺麗な顔だと純粋に思う。見つめていると、夢か過去かわからない彼の顔とリンクする。
「……痛っ」
ズキンとした痛みが走り、啓介はこめかみを手で押さえる。
「どうした、大丈夫か」
「ああ、少し頭痛が、痛っ」
彼の顔を思い出し、先を考えるときには、いつも頭痛がする。先を思い出したくないと本能がストップをかけるように、記憶が不明瞭になる。
「休むか?」
「ん、大丈夫、少し休めば治まる」
「そうか……」
先の思考に蓋をして、啓介はシートに寄りかかり目を閉じる。信号待ちの宗弥は、啓介の姿を一瞥する。
「会社までまだ時間はあるから、少し眠れ」
「ん……そうする」
漆黒の、さらりとした啓介の髪を撫で、宗弥は思う。あの頃と変わらぬ姿と彼自身に笑みが浮かぶ。すうすうと寝息の聞こえ始めた啓介を見つめ、何も覚えてはいないだろうと苦笑する。
「あの時はね」
潜めた声で、眠る啓介に伝える。恐らくは啓介自身はわからないだろう、あの夢のような過去の続きを、静かに口にする。
断罪場で見たケイの姿に、ソウヤは慌てて駈け寄った。ケイの父親と親交のあったソウヤの祖父は、あの事態を知るとすぐにソウヤを向かわせた。その時出会った運命だ。
慌てて駈け寄り、処刑を中断させ、ケイの命は助かった。けれども心を閉ざしてしまったケイには、ソウヤの存在がわからない。ケイは、その後すぐに亡くなった。
記憶の欠片をつなぎ合わせるように、宗弥は過去の記憶を覚えている。
「あの時とは違うから」
間に合わなかったと思わない。けれども、それがソウヤの後悔だ。噛み跡のない啓介のうなじを撫でる。
「ん……」
「ふっ」
あの頃とは違うから、だから――想いを込めて、もう一度啓介のうなじに触れる。
あの時は出来なかった番になる行為を、今度はきっと叶えたい。
螺旋のように続いている宗弥の思いであり、啓介の願いだと信じたい。
「愛してるよ。ずっと」
柔い笑みを浮かべながら、宗弥は信号の変わった道でアクセルを踏んだ。
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