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その後1
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何が夢で現実か。
それを確かめるのが今だ。
でも怖い。怖くて怖くて仕方がない。けれども自分の気持ちに気付かないよう、必死に生きてきた。
額に温もりを感じ、揺蕩う冷たい波から引き上げられていく。
「……あれ……俺……?」
「目が覚めた?」
目を開ければ現実で、辺りを見回すと駐車場。
「到着してたんだけど、よく眠っていたから」
「っ、起こせよ」
恥ずかしい……昨夜は、寝付きが悪かったから熟睡していた。
言い訳を思うけれど、視線を感じ、羞恥に居たたまれない。
「ごめんね」
ちっとも、そう思ってはいないだろう宗弥の言葉に、余計に恥ずかしさが込み上げる。小さくため息を吐き出しながらシートベルトを外す。
「……行こう。待たせて悪かった」
「いや、もっと見ていてもよかったんだけど」
「遅刻になるだろ」
「構わないさ」
「っ」
飄々と言ってのける宗弥が小憎らしい。言い返す言葉が浮かばず、兎にも角にも車を降りる。高級車だ。自分とは違うと感じてしまう。当然だ、彼はアルファだ。更には次期社長。
自分は? ――何もない。
事実がのし掛かるけれども、見定めたい気持ちがある。
人混みが苦手だ。記憶の中に、いまだ自分がいるように感じてしまう自分は、自意識過剰ではないのだろうか。自分を嘲笑い、なんとか自分を保とうとするもうまくいかない。人混みの中にいれば、次第に薄くなり息苦しくなる。うまく呼吸できず、視界もぼんやりし、結果失敗する。
だから大舞台は苦手だ。ひっそりと、自分の努力だけで出来ることを選択していた。
番になることは、自分の努力や意思だけで、どうにか出来ることなのか。
うなじに巻いているネックガードに触れる。
――まだ、まだ大丈夫。
番になるということは、自分の意思が消えてしまうように感じられる。今まで夢か過去の記憶かわからない自分に翻弄されていた。
番になれば、今度は運命に翻弄されるのか。
未来が怖い。
表情の暗い啓介を無言で見つめるながら、すぐ後を歩く宗弥は、風を受け、さらりと揺れる啓介の髪に触れる。
あの夏の日もそうだった。
忘れられない輪廻の記憶を浮かべる。
もう二度と後悔はしない。
助けられたはずだった。けれども真に助けられたのか――否、そうではなかった。
あの断罪場から救出したはずだったけれども、遅かったのかもしれない。
命は救ったが、心を救えなかった。
心を閉ざしたまま、短い生涯を終えたケイは幸せだったのか。
目の前を歩いている啓介が、うなじのネックガードに触れる。記憶のケイも啓介も、綺麗なままのうなじに心が痛む。
心を通わせないまま番にはなりたくはない。だから先日は番わなかった。発情すれば『噛んで』と言ったケイは、発情期が終われば一度もそう言わなかったのだから。
絡みそうで絡まないふたりの想いは、夏の暑さを終えた秋風に流されていった。
「じゃあ、また後で」
「……ああ」
ロビーで別れたふたりは、それぞれの所属に歩いて行く。
気まずいのは今更だとばかりに、胸を張り歩いて行く。入社式の日に発情し、休暇をもらったという事実が胸を占める。しかし大企業に入社出来たのだから頑張ろうと自分を叱咤しながら歩いて行く。
現実は、啓介が思っていたような反応はなく、静かで慌ただしい日常があった。ホッと息を吐きながら、与えら
れたデスクに着く。
さあ、今日から仕事だ。
気合いを入れながら、仕事を始める。
入社式から一週間が経過している。すでに他の社員は啓介よりも一歩進んでいる。
焦る。ただでさえ啓介は飲み込みが遅い。啓介はオメガだ。アルファやベータよりも努力が必要な性だ。今までも必死に努力してきた。
大丈夫。
焦る気持ちを抑えながら、小さく深呼吸すると、気を引き締め仕事に取りかかった。
休憩時間になると、当然の様にスマホのバイブが鳴る。一度目を泳がせた後、ポケットに入っているスマホに手を伸ばす。
――宗弥だ。
「……そんな時間はないよ」
小さく呟き、ランチの誘いを断る。さきほどの仕事を進めようと思ったとき、返信に気付く。
「だから……」
ため息を吐き、やはり同じように断りを入れる。
しつこい。イライラする。自分にはやるべきことがある。あの記憶のケイも、必死に今を生きていた――自分も。
けれどもまたスマホのバイブが鳴る。
「ああもう!」
スマホの画面を見ると、扉を見てと書かれてある。
――は?
勢いのまま入り口を見ると、相変わらず爽やかな笑顔を浮かべた宗弥がいる。
「……断ったはずだけど」
「知ってる」
「……それなら」
「行こう」
手首を取られ、思わずイスから立ち上がる。
「おい、待てよ」
「ここの社員食堂、旨いんだよ」
「だからって」
「何食べるかな」
「俺は仕事が」
「休憩時間にまで仕事をする必要はないよ」
「……っ」
今の自分の焦りを見透かされているように感じるが、言い返せず、黙って手を引かれるままに歩き出す。
それを確かめるのが今だ。
でも怖い。怖くて怖くて仕方がない。けれども自分の気持ちに気付かないよう、必死に生きてきた。
額に温もりを感じ、揺蕩う冷たい波から引き上げられていく。
「……あれ……俺……?」
「目が覚めた?」
目を開ければ現実で、辺りを見回すと駐車場。
「到着してたんだけど、よく眠っていたから」
「っ、起こせよ」
恥ずかしい……昨夜は、寝付きが悪かったから熟睡していた。
言い訳を思うけれど、視線を感じ、羞恥に居たたまれない。
「ごめんね」
ちっとも、そう思ってはいないだろう宗弥の言葉に、余計に恥ずかしさが込み上げる。小さくため息を吐き出しながらシートベルトを外す。
「……行こう。待たせて悪かった」
「いや、もっと見ていてもよかったんだけど」
「遅刻になるだろ」
「構わないさ」
「っ」
飄々と言ってのける宗弥が小憎らしい。言い返す言葉が浮かばず、兎にも角にも車を降りる。高級車だ。自分とは違うと感じてしまう。当然だ、彼はアルファだ。更には次期社長。
自分は? ――何もない。
事実がのし掛かるけれども、見定めたい気持ちがある。
人混みが苦手だ。記憶の中に、いまだ自分がいるように感じてしまう自分は、自意識過剰ではないのだろうか。自分を嘲笑い、なんとか自分を保とうとするもうまくいかない。人混みの中にいれば、次第に薄くなり息苦しくなる。うまく呼吸できず、視界もぼんやりし、結果失敗する。
だから大舞台は苦手だ。ひっそりと、自分の努力だけで出来ることを選択していた。
番になることは、自分の努力や意思だけで、どうにか出来ることなのか。
うなじに巻いているネックガードに触れる。
――まだ、まだ大丈夫。
番になるということは、自分の意思が消えてしまうように感じられる。今まで夢か過去の記憶かわからない自分に翻弄されていた。
番になれば、今度は運命に翻弄されるのか。
未来が怖い。
表情の暗い啓介を無言で見つめるながら、すぐ後を歩く宗弥は、風を受け、さらりと揺れる啓介の髪に触れる。
あの夏の日もそうだった。
忘れられない輪廻の記憶を浮かべる。
もう二度と後悔はしない。
助けられたはずだった。けれども真に助けられたのか――否、そうではなかった。
あの断罪場から救出したはずだったけれども、遅かったのかもしれない。
命は救ったが、心を救えなかった。
心を閉ざしたまま、短い生涯を終えたケイは幸せだったのか。
目の前を歩いている啓介が、うなじのネックガードに触れる。記憶のケイも啓介も、綺麗なままのうなじに心が痛む。
心を通わせないまま番にはなりたくはない。だから先日は番わなかった。発情すれば『噛んで』と言ったケイは、発情期が終われば一度もそう言わなかったのだから。
絡みそうで絡まないふたりの想いは、夏の暑さを終えた秋風に流されていった。
「じゃあ、また後で」
「……ああ」
ロビーで別れたふたりは、それぞれの所属に歩いて行く。
気まずいのは今更だとばかりに、胸を張り歩いて行く。入社式の日に発情し、休暇をもらったという事実が胸を占める。しかし大企業に入社出来たのだから頑張ろうと自分を叱咤しながら歩いて行く。
現実は、啓介が思っていたような反応はなく、静かで慌ただしい日常があった。ホッと息を吐きながら、与えら
れたデスクに着く。
さあ、今日から仕事だ。
気合いを入れながら、仕事を始める。
入社式から一週間が経過している。すでに他の社員は啓介よりも一歩進んでいる。
焦る。ただでさえ啓介は飲み込みが遅い。啓介はオメガだ。アルファやベータよりも努力が必要な性だ。今までも必死に努力してきた。
大丈夫。
焦る気持ちを抑えながら、小さく深呼吸すると、気を引き締め仕事に取りかかった。
休憩時間になると、当然の様にスマホのバイブが鳴る。一度目を泳がせた後、ポケットに入っているスマホに手を伸ばす。
――宗弥だ。
「……そんな時間はないよ」
小さく呟き、ランチの誘いを断る。さきほどの仕事を進めようと思ったとき、返信に気付く。
「だから……」
ため息を吐き、やはり同じように断りを入れる。
しつこい。イライラする。自分にはやるべきことがある。あの記憶のケイも、必死に今を生きていた――自分も。
けれどもまたスマホのバイブが鳴る。
「ああもう!」
スマホの画面を見ると、扉を見てと書かれてある。
――は?
勢いのまま入り口を見ると、相変わらず爽やかな笑顔を浮かべた宗弥がいる。
「……断ったはずだけど」
「知ってる」
「……それなら」
「行こう」
手首を取られ、思わずイスから立ち上がる。
「おい、待てよ」
「ここの社員食堂、旨いんだよ」
「だからって」
「何食べるかな」
「俺は仕事が」
「休憩時間にまで仕事をする必要はないよ」
「……っ」
今の自分の焦りを見透かされているように感じるが、言い返せず、黙って手を引かれるままに歩き出す。
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