記憶の欠片

藍白

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その後2

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 途中、皆が宗弥に挨拶をしている。居たたまれない。
 どこの誰だと思われているのではないかと感じてしまう。記憶の中で、自分を見つめていた人々の目が忘れられずに重ねてしまう。勝手に重ね、傷つく自分に笑えてくる。
 誰も俺のことを見てはいない。
 わかっているけれど、空気が薄くなる。
「……先、行って……っ」
 止まりそうになる足と心の中、声を絞り出し宗弥に伝える。
「ごめん、少し休もう」
「……」
 ひとりで休めるから、宗弥は先に行け。
 何故だか言葉が出ずに、廊下の端に寄ると座り込んだ。
「……」
 無言が痛い。
 やはり自分は、こんな光に当たる場所にいる人ではなく、ひっそりと生きていける場所が似合っている。
「俺のそばは……苦しいか」
 苦しい
 けれども返事が出来ない。
 自分はひっそりと生きていたかった。
 注目を浴びるような人生ではなく、ただ息がしやすい道を歩いて行ければいい。
 ……けれどもこの思いは、本当に自分の気持ちなのだろうか。
 頭痛がする。痛むこめかみを押さえながら、啓介は立ち上がる。
「……もういい、大丈夫だ」
「啓介」
「行くんだろう?」
 立ち上がった勢いで離れた手が切なく感じるが、啓介は気付かぬふりをする。その手を宗弥が包んだ。
「それでも俺は、お前のそばにいたい」
「……運命だからか」
「運命。ああ、そうだな」
 ずっと続く運命。
 今も今までもこれからも、運命は続いていくのか。
 宗弥の想いを啓介は知らない。知ろうともしていないのだから、わかるはずはない。

 無言のまま歩いてくと、食堂に着く。ここへ来た目的は食事をすることだとばかりに、黙々と進めていく。
「啓介は和食か」
「ああ、まあ」
「そうか」
「……」
 俺の好みを知って、どうするんだろうか。
 訝しげに一瞥するが、ともかく食事だとばかりに箸を進める啓介は、温かな視線を感じ、ため息を吐く。
 始終視線を感じ、居たたまれない空気の中、食事が済むと啓介の職場まで送られる。
「また後で」
「……ああ」
 立ち去る宗弥の眼差しが優しくて、啓介の心が痛む。
 デスクにつき、目を閉じ考える。
 宗弥と番になるということは、さきほどのような視線に晒されるということだろう。
 その覚悟が自分にあるのか自問自答するが、今の啓介には答えは見えなかった。
 
 就業時間も済んだ頃、帰宅になる。やはりスマホのバイブが鳴った。
「……」
 あいつ、残業か。
 まあ、次期社長にもなると、いろいろ大変なんだろうな。
 宗弥から、遅くなる旨の連絡が入る。啓介は、先に帰る旨を伝え、スマホをポケットに入れる。今は一緒には住んでいないため、啓介は自身の安アパートに戻るため、電車に乗り込んだ。
 ゴトンゴトンと揺られながら帰路につく。電車の人混みは大丈夫だ。誰も自分を見ていないと感じられる。
 いつまでこんな気持ちで生きていくのか。
 電車の窓に映った自分を見つめながら、自嘲していた。
 
 自宅に戻る前に店に寄る。夕食の支度をしようと、手にした食材を見て手が止まる。
「……」
 宗弥は来るのだろうか、来ないのだろうか。
 連絡の時には聞けなかった問いが、啓介の思考を占領する。
 ……ひとり分もふたり分も変わらないし。
 自分に言い訳をしながら、ふたり分の食材を選んでいた。
 
 帰宅すると、スーツの上着を脱ぐ。大学時代から変わらぬ部屋は、狭いが居心地はいい。シャツを捲ると、早々に支度に掛かる。
 基本、あまり鳴ることはないスマホは、今まで緊急の連絡のみに使用していたが、今は宗弥からの連絡が頻繁だ。
「……」
 連絡が来てるだろうか。
 気になるけれど、見ることなく料理を進める。見れば気になり意識してしまう。
 意識すると言うことは――そこまでを考え、啓介は目を瞑る。
 出来上がった料理だが、何故だか今すぐに手を着けようとは思えず、浴室に向かう。
 スマホが気になるが見ない。震動はなかったはずだ。連絡が来るならば、マナーモードにしているスマホが震動するはず。
 連絡はないか。
 期待している自分に気づき苦笑する。
「……運命か」
 運命とはなんだろうか。
 記憶を持って生まれた意味が、今の啓介には見えない。
 ざっとシャワーを浴びると、水が滴るままに浴室を出る。タオルを首から提げ、下着姿のまま歩いて行く。
 まだ暑さの残る秋だった。

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