記憶の欠片

藍白

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その後4

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 翌日。
「……ん」
 目を擦り、こめかみを押さえる。
「おはよう、啓介」
「え?」
 飛び込んできた声に驚き、声の主を見つめると、昨日見たスーツ姿の宗弥がいた。
「うん、もう大丈夫だ。熱も下がった」
 額に手を当てられ、昨夜の感触が思い出される。
「……何故?」
「熱が出ていただろう。温かい時期とは言え、クーラーの入った室内で、あんな姿でいれば熱も出るだろう。起きられるか」
「あ、ああ……ありがとう」
「どういたしまして」
 誰かに看病してもらったのは、いつ振りなのか。
 ……ずっといたんだ。
 昨夜を思い出すが、どこからが夢で現実なのか判断できない。窺うように宗弥の顔を見る。
「ん?」
 視線に気付いた宗弥は、柔らかな笑みを浮かべて答える。
「あ、いや……いつから、かと」
「遅くなってしまったが、仕事が終わってからだから、そうだな、日が変わった頃かと」
「そうか……遅くまで仕事だったんだな」
「まあ、いつものことさ」
「……お疲れ様」
「ありがとう。ああ、そうだ、食事、頂いた。ありがとう」
「……食ったのか?」
「旨かった」
「…そう」
 嬉しくも恥ずかしいから、啓介は俯いた。
 遅くなったのに来てくれた。
 啓介の心を温める。自分の手を見つめると、昨夜意識が消えかけたときの感触を思い出す。ついで宗弥の手を見つめると、意識せず自身の手を重ねていた。
 ああ、この温もりだ。
 夏の記憶の欠片に、新たな欠片が入り込む。静かに感じ入いる啓介に、宗弥は何も言わない。
「……この感じ」
 覚えている。
 出会ってから交わった時の熱とは違う温かさは、深層の奥底に封じている記憶のように感じられる。
「……知ってる」
 気がする。
 目を閉じると、記憶の欠片をつなぎ合わせていく。いつもは思い出そうとすれば頭痛がするけれど、不思議と今は痛みを感じない。
 
 ケイである自分は、白い室内にいる。
 ああ、自分だと思う。そばには、あの瞬間、光の道の先にいた彼がいる。愛おしげに自分の髪を撫でている彼は、何かを話しかけている。けれども自分は動かない。
 それでも変わらぬ眼差しでケイのそばにいる彼を見ていると心が軋んでくる。
 ケイに話しかけている彼を見ていると、その言葉に返事をしたくなる。けれどもケイは何も言わず、虚ろに視線を彷徨わせている。
 ああ、思い出した。
 これが俺の後悔だ。
 あの断罪場での後の瞬間ではなく、この瞬間が自分の残した後悔だと思い出す。だから思い出さないように、記憶の奥深くに封じ込めた。
 何故あの時、彼を見ようとしなかったのか。
 過ぎた過去に囚われ、自分の殻に閉じこもったのか。
 出来ることならば、もう一度この瞬間をやり直したい。


「思い出した」
 啓介の口から想いが零れる。
「間に合ったと思ったんだ、あの時は。でも間に合わなかった」
 ベッドに座っている啓介の横に、宗弥は腰を下ろすと、やんわりと肩を抱く。
「もう一度出会えるのなら、今度は間違えないようにと思った」
 それが俺の後悔。
 だから出会った今だと思った。
 啓介は顔を上げた。重ねた手の温もりが勇気をくれるように感じられる。
「ごめんな。……俺は弱かった」
「いや、……そうだな、はじめよう」
「……はじめる?」
 穏やかな微笑みをたたえる宗弥がいる。記憶の彼と同じ笑顔だが、たしかに違う笑顔だと感じる。
「ここから、はじめたい」
 過去は過去、今は今なのだから。
 ケイは啓介かもしれないし、ソウヤは宗弥かもしれない。けれども今、この瞬間を生きているのは、たしかにあの時の自分たちとは違う人なのだ。
 うなじに手を伸ばし触れる。
「啓介、番になろう」
「……俺も」
 番に――あのとき叶わなかった番になりたい。
 運命の繋がりを否定しようとした。怖かった。繰り返すだろう未来が恐ろしいと思った。
 信じてみよう、信じられると思う。重ねた手に力が込められる。宗弥の腕が、啓介の体を抱き寄せる。ふわりとした甘い匂いを感じると、心が凪いでいく気がする。
 ああ、そうだ、はじめるんだ。
 それは自分が自分を認識して、はじめてはじまることだ。
 体を離し、互いに見つめ合う。啓介の綺麗なうなじに触れ撫でる。
 番の跡をここに。
 記憶の欠片が降ってくる。静かに記憶の隙間が埋められていく。後悔を繰り返さぬように――。
 
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