自動販売機にて。

雷仙キリト

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 教室に入り、見知った顔を探す。下足箱で名前を確認済だったのでそいつと同じクラスだということは分かっていたが、それでも実際に見慣れた顔を見つけると嬉しくなる。しかし、向こうはそれどころではなかったみたいだ。椅子にドカリと腰掛け腕を組む斉藤の顔はあからさまに不機嫌そうで、今にも人を射殺さんばかりだった。

「涼ちゃん、はよっす」
 
 横からぽんと肩を叩くと、斉藤はこちらに顔を向けた。
 
「……菊池」
「まぁたお前は朝からそんな顔してちゃって。ほら、笑顔笑顔。せっかくのイケメンが台無しだぞ、っと」

 眉間に刻まれたシワを人差し指で押し、揉み込む。かすかに表情が柔らかくなったのを確認してから教室の外に出るように促すと、斉藤は素直に俺についてきた。

 季節は春。開け放たれた窓からは冬の名残りを留めた風が舞い込み、桜の花びらを数枚落としていく。新品の制服を着た生徒たちはその綺麗な光景には目もくれず、俺達とは逆の方向へと向かう。各々の教室へと。

 屋上へと続く階段に腰を落とすと、斉藤も隣に座った。

 喧騒が遠くで聞こえ、人気のないこの場所はより一層静まり返っていた。腕を振り上げて伸びをしてから大きくあくびをする。斉藤は俯き、思いつめたように虚空をじっと見つめていた。

「また、怖がられちゃったんだな」

 斉藤は頷く。

「俺が悪いんだろうか」

 落胆した声に尋ねられ、「かもね」と軽い返事を返す。

 斉藤は怖いとよく言われる。何度も互いの家に遊びにいく程度には斉藤と親交のある俺は、とっくに斉藤の顔立ちには慣れていたし、その鋭い目つきも高い身長も遺伝だと知っている。だが、そんな俺だって、今でも斉藤の迫力にビビることもある。赤の他人から見たら尚更だろう。

 小学生くらいの時は、明るく振る舞おうとしたこともあったらしい。だけど元の顔は変えられないし、どんなに努力したところで怖がる奴は怖がるので、斉藤はいつしか自分を繕うことをやめたようだった。

 結局のところ、自然体でいることが一番。それは俺のモットーでもある。

 俺達は中学で出会い意気投合。以来、斉藤の隣は俺の特等席だ。

「で、入学して早々に、一体何があったんだい?」

 おどけて尋ねると、斉藤は重々しく口を開いた。

 およそ10分ほど前のことだ。教室にやってきた斉藤は、本来自分が座るべき場所に別の誰かが座っていたことに気がついた。そこが自分の席であることを指摘すると、そいつに物凄く怖がられ、周りからはそいつを脅しているように勘違いされてしまったと。そういうことらしい。

 これ以上なく簡潔に分かりやすく事の次第を教えてくれた斉藤は、大きくため息を吐き、眉間に深くシワを寄せた。不機嫌そうなその顔が、実はとても落ち込んでいる時の表情だと知っているのは、恐らく斉藤の家族か俺くらいのものだろう。

 可哀想になあ。まあ、俺は斉藤に小判鮫の如く引っ付いているおかげで、変な奴らに絡まれることもないので、斉藤のこの不器用な顔立ちを気に入っているのだが。

 可哀想に。俺はもう一度心の中で呟いて、もう一度あくびをする。

「涼ちゃん」

 斉藤がゆっくりと振り向く。

「入学式、サボっちまおうぜ」

 斉藤は今度こそ不機嫌な顔を見せ、首を横に振る。

「嫌だ」
「何でよ。入学式なんて、参加してもしなくても大して変わんねぇよ」
「先生に怒られる」
「腹下してトイレに篭ってたとか言っとけば良い。体調不良って言えば、向こうもそれ以上は何も言えねぇよ」

 入学式なんてクソ喰らえだ。体育館中に人がぎっしりと敷き詰められ、酸素の奪い合いで次第に意識が朦朧としてくる中、大して親しくもない大人の話を長々と聞かされるなんて面倒くさい。しかも入学式が終わったと思ったら今度は教室で担任の話を聞かなくちゃいけないんだ。10代の貴重な青春をそんなことに費やすなんて俺はごめんだね。

「綾城さん覚えてるか? 中学の時に先輩だった……あの人が今この学校にいてさ、絶対に先生にバレないサボり場所ってやつを教えてくれたんだよ。放課後までそこにいれば良い」

 中学時代、俺は真面目ではなかった。月に数回は仮病で学校を休み、学校に行っても気分が乗らなければ空き教室に隠れて時間を潰した。たまには斉藤を巻き込んで一緒にサボることもあった。綾城さんとはその時に出会い、タバコや酒などを教えてもらった。

「……まだ、綾城さんと付き合いがあったんだな」
「まあね。俺、あの人の家知ってるし。あの人が卒業してからも何度も遊んだことあるし」

 斉藤は眉をひそめ、おもむろに立ち上がる。

「……行くぞ」
「サボんねぇの?」
「高校生になったら、もうそういうことはしないって決めてた」

 真面目だなぁ。俺とは違って、元々根が真っ直ぐな奴なんだろう。サボってたのだって、俺に嫌々付き合っていただけだ。

 斉藤はもう一度「行くぞ」と言い、俺を振り返らずに階段を降りていった。俺は逡巡して、結局斉藤についていった。

 教室に戻る。クラスメイトはギョッとした顔で俺と、そして斉藤のすぐ後ろにいる俺を見て、そそくさと道を開ける。「どうか命だけはお助けください」と言わんばかりに。俺は腹が立ったのでそいつらの顔をひと通り睨み付け、最後に斉藤の前の席に座っている男を睨んだ。斉藤が怖がらせたのは、恐らくこいつだろう。

 見るからに弱々しい奴だ。「男」と呼ぶにも相応しくない、小柄で痩せ細った体型のそいつは、黒いワイヤレスイヤホンを両耳につけ、度のキツい眼鏡の奥の黒々とした瞳で、熱心にスマホを見つめていた。

 腹が立った。涼ちゃんを傷つけるだけ傷つけておいて、向こうは素知らぬフリだなんて。

 バカ、アホ、マヌケ、モヤシ、ナス、バナナ。

 俺はありとあらゆる罵詈雑言を心の中で呟いて、存分にそいつを睨みつけてから、席に座った。

 黒板を確認して、そいつの名前が「細木さいき」であることを知る。

 ……覚えてろよ、細木。俺はお前のこと、許さねーからな。
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