自動販売機にて。

雷仙キリト

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 今日の体育はバスケだった。先生が「チームを作ってください」と言い、俺達は当然のように細木を仲間に入れた。一緒のチームになった奴等が良い顔をしていないのは分かっていた。はっきり言って細木は足手纏いだ。でも、うちのチームには俺と斉藤がいるのだから負けるはずがない。

 試合は順調だった。

「菊池!」
「はいよ」
 
 仲間が渡してきたパスを受け止め、斉藤にパスをする。斉藤が目にも止まらぬ速さでコートを駆け抜け、敵を振り払い、ゴールの前で屈んだ。長い腕が天高く伸ばされ、斉藤から放たれたボールは難なくゴールに入った。ホイッスルが鳴り響き、彼方此方から「ナイス!」と斉藤を讃える声が響き渡った。

 試合が再開する。敵チームのひとりが、斉藤にボールを渡すまいと俺の前に立ちはだかる。細木はコートの隅に立っていた。戦力外だと思われているのか、敵チームに見張られている気配もない。

「細木、パス!」

 チームメイトが放ったボールを細木は取ろうとして、だけど取れなかった。ボールがころころと転がり敵の手に渡る。「何やってんだよ」と誰かがぼやくのが聞こえた。鋭い視線は細木の方へと向けられる。

 結局、試合には勝つことができたが、細木は酷く落ち込んでいる様子だった。「次の試合がある」と斉藤なりに細木を励ましていたが、それがかえってプレッシャーになってしまったんだろう。

 次の試合で、敵のチームが放ったボールが細木に当たり、細木が足を捻挫した。試合は一時中断になった。保健室へ連れていこうとする斉藤を止める。

「俺が代わりにいく。お前は……試合に勝てよ」

 俺がいるよりは斉藤がいた方が、勝率は上がるだろう。細木に文句を言っていた奴も、取り敢えず試合に勝てば溜飲は下がるはずだ。それに、「細木を連れていく」という口実で授業をサボれるのは俺としても都合が良かった。

 細木に肩を貸し、保健室に連れていく。保健室にはタイミング悪く先生はいなかった。冷蔵庫を漁って保冷剤を取り出す。

 細木の白い肌が、腫れて赤くなっていた。タオルで巻いた保冷剤を患部に当てがわせ、固定できるものがないかと室内を探す。

「……どうして、助けてくれたの」

 細木がか細い声で言う。可哀想に、顔が真っ青になっている。

「理由なんてねーよ。困ってる人がいたら助けるのは当たり前だろ」

 嘘です。単純にお前の怪我にかこつけて授業をサボりたかっただけです。

 などと言えるはずもなく歯の浮くような薄寒い言葉でお茶を濁す。

「でも、僕は役立たずで……」
「役立たずだからなんだよ。他人に迷惑をかけてる奴が、他人に助けられちゃいけないって道理でもあんのか」
「でも……」

 できることなら、みんなの役に立ちたかった。細木が泣きそうな声で言う。

「せっかくみんながボールを渡してくれたのに、受け取れなかった。あれさえなければ、もっと点数が取れてたかもしれないのに」

 確かに細木はパスを取れなかった。だけど俺は知っている。最初はコートの端っこにぽつんと立っていた細木が、次の試合では前に出て、何とか試合に加わろうとしていたことを。

「……ごめん、菊池くん」

 何故謝るんだろう。俺は怒ってなんかないのに。怒るとしたら、あいつにだ、斉藤に対しては色々と思うことがある。あいつが「次の試合で頑張れ」なんて言わなければ細木も無茶をして捻挫なんてしなかったかもしれない。

 人には限度がある。どれだけ努力をしたところで馬鹿は馬鹿のままだし、運動音痴は治らない。必要以上に無理を重ねたところで、自分も周りも不幸になって終わるのが関の山だ。

 斉藤だって散々理解しているだろうに、どうして今更、誰かに好かれようなんて無謀な努力をしているんだろう。

「ごめんね、役に立てなくて。優しくしてくれたのに、返せなくて」
「謝るなよ」

 謝られたら、俺がお前を虐めてるみたいになるじゃないか。

 細木の頭を撫でる。

「お前は良く頑張ってたよ、細木」

 髪の毛をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやると、細木の目から涙があふれ出した。細木は両手で顔を覆い、俯いた。

「んな泣くようなことじゃないだろ」

 細木は力なく頭を振った。すんすんと、鼻をすする音が部屋に響き渡る。

「……飲めなかったんだ」
「は? 何が?」
「サイダー。菊池くんがくれたのに、飲めなかった」

 どうした、急に。

「炭酸、元々苦手で飲めなかったんだ。でも貰ったんだから飲まなきゃって思って、家で少しずつ飲んでたら、姉ちゃんに取られちゃって……全然飲めなかった」

 細木はさめざめと泣いた。「貰った優しさひとつさえまともに受け取れないなんて、僕は本当に役立たずだ」などと言いながら。

 馬鹿じゃないのか、こいつ。俺はただ気まぐれで渡しただけなのに、そんなに大事に飲もうとされても困るだけだし、気持ちが重た過ぎる。

「ごめんね、菊池くん……っ、つ、つぎは、ちゃんと、の、飲めるように、する、からぁ……」

 若干の気まずさを覚えながら、だけど何故だか笑いが込み上げてきた。ふは、と堪え切れずに笑うと、細木が涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。

「馬鹿だよ、お前って」

 笑っているうちに止まらなくなって、涙まで込み上げてきた。保健室の先生が帰ってきて、俺の大笑いを聞いて「何があったの」と困っていた。それに対して細木が馬鹿真面目に「僕のせいなんです」と返しているのもまた面白くて、俺はしばらく笑い続けていた。
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