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仕事も終わり、久々に家に帰ることになった。
最近は1日中仕事が入っていたり、ロケがあったりで眠ることさえままならない生活だったが、ようやくそれも終わり、俺は1日の休みを得ることができた。
ロケ帰り。
マネージャーである仲本さんが運転する車に乗せてもらうことになり、俺は懐かしい景色を窓越しに眺めていた。
俺自身が運転している時には見ることのなかった、ライトが線のように流れていく風景。
それは子供の時を思い出した。
たった1日この場所に来なかっただけで懐かしさを感じるのはそのせいもあるかもしれない。
仲本さんはとても安全な運転をする。
それが心地良く、俺は外を眺めながら、少し微睡んでいた。
時々揺れる感覚すら気持ちが良い。
そうとう疲れていたみたい。
早く帰って寝よう。
俺はそう思っていたが、その意思は、後にマネージャーが言った言葉によりすぐに変わった。
「あ、そういえば」
彼は辺りを軽く見回す。
「今日は、どうします?」
どうするというのは、ここの辺りに俺の仕事仲間且つ親友である、聖という男の家があるからだった。
「今日はって…聖、また仕事休んだんですか?」
「そうみたいです。この間番組収録中に調子が悪そうだったとは人づてに聞いていたんですが、心配ですね」
仲本さんは、同意を求めるように言ってきた。
俺と聖が仲が良いことを知っているから、俺がどう思っているのか気になっているのだ。
「そうですね」
確かに心配だった。
「仲本さん、ここで止めて」
仲本さんは、その言葉を待っていたのだろう。
安全運転で、しかしとても迅速に片隅に車を停めた。
扉を開け、出ていく俺に仲本さんは言う。
本当に仲が良いですね。
仲本さんは嬉しそうだった。
俺は否定せずに、一度礼をしてその場を去った。
仲が良い。
そう言われるのは初めてではないが、いつ言われても嬉しい。
聖の住んでいるマンションに到着した。
彼の家はオートロック制であり、入る時には聖の認証が必要になる。
俺は聖を呼び出した。
やや間が空いて、聖の声。
「……何」
「俺、刻だけど」
そこで通信は途絶え、かわりに解錠の音がした。
聖の部屋の前まで行く。
そしてチャイムを鳴らす。
今度は1分待っても反応がなかった。
俺は諦めて、鞄の中に入れてある鍵を取り出した。
「おーい、聖?」
電気も付いていない暗闇に俺の声が吸い込まれていく。
床に落ちている物に当たらないようにしながら、手探りで場所を把握する。
やっとのことでリビングに着き、俺は電気をつけて辺りを見回した。
果たして聖は、いったい何日休んでいたのか。
几帳面な性格の癖に、今は床に物が散乱している。
その部屋の真ん中で、蹲るようにして聖はいた。
「聖、ご飯食べた?」
「……」
壁にかけてある日めくりカレンダー。
それは1日前で日付が止まっていた。
「何か食べ物は……うん、足りるね」
冷蔵庫には以前俺が入れておいた野菜が入っている。
俺はそれを取り出し、とりあえず炒め物を作ることにした。
部屋は静かで油の弾ける音だけが響く。
フライパンを使いながら聖の方をちらりと見ると、未だ聖は同じ体勢で固まっていた。
「とりあえず立って」
聖の腕を掴み、引き上げる。
テーブルまで連れていき、椅子に座らせた。
「ほら、食べて」
作り終わった料理を聖の前に出す。
それでも動く様子がないので、仕方なく俺が食べさせることにした。
箸で、聖の口元まで持っていく。
そこまでしてようやく、聖は口を開いて食べた。
無言で口を動かす。
そして飲み込み、口の中に物がなくなれば、じっと俺を見つめる。
俺はまた、口元にご飯を運んでやる。
そうしてしばらくすると、聖の手が動き、俺が持っていた箸を取った。
今度は自分で料理を食べ始める。
「美味しい?」
聖は頷き、また食べた。
聖は昔から、繊細な性格だった。
人が普通は反応しないような些細なことで傷つき、しかし表ではそれを見せないように仮面を被っている。
そんな時の聖の笑顔は、綺麗過ぎる。
本当に嬉しい時の笑うのを我慢しようとして堪えきれなかった時みたいな変な顔じゃなくて、いかにも人が好きそうな笑顔。
ずっとその顔で笑っているのをテレビで見た時、俺は怖くなる。
いつかこの笑顔すらできなくなる日が、俺は怖い。
だから俺は、聖がこうして無表情でいる時は精一杯甘やかすようにしている。
彼がまた本当の顔で笑えるように、壊れないように。
側で見ていてやるのが、親友である俺の役目だと思っている。
「刻」
ご飯を食べ終わった聖は、動く気力が出てきたようで、皿を洗おうとした。
しかし立ってすぐに目眩を起こして倒れそうになるのを見て、慌てて止める。
俺がやるから。
そう言えば、彼は素直に椅子に座ってぼーっとしているのだった。
俺が皿を洗っていると、先ほどのように、聖は声を掛けてきた。
俺は一旦動かす手を止めて、聖を見る。
「なあに?」
「呼んだだけ」
「そう」
俺は作業を再開する。
するとまた、刻、と名前を呼ばれ、俺は手を止めた。
「なあに?」
「呼んだだけ」
「ふふ」
俺が笑うと、聖も照れ臭そうに笑った。
俺はその笑顔を見て、安心した。
「聖」
「何?」
「明日は仕事?」
「午後から」
「俺明日は休み。何かする?」
「じゃあ、一緒に寝て」
「寝てないの?」
「何回か寝たけど、寝た気がしなかった」
「子守唄でも歌ってあげようか?」
「それは逆に寝れない、刻は音痴だからさあ」
「……失礼な」
冗談を言えるくらいには聖は回復したみたいだった。
いつものように戻った聖を見ると安心して、それまで忘れていた疲れが現れたみたいで、途端に眠くなる。
「聖、俺もう寝る」
「待って、俺も服着替えるから」
「じゃあ先に寝室行っておくよ」
「待って、一緒に入りたい」
慌てて寝巻きを漁る聖は、可愛かった。
最近は1日中仕事が入っていたり、ロケがあったりで眠ることさえままならない生活だったが、ようやくそれも終わり、俺は1日の休みを得ることができた。
ロケ帰り。
マネージャーである仲本さんが運転する車に乗せてもらうことになり、俺は懐かしい景色を窓越しに眺めていた。
俺自身が運転している時には見ることのなかった、ライトが線のように流れていく風景。
それは子供の時を思い出した。
たった1日この場所に来なかっただけで懐かしさを感じるのはそのせいもあるかもしれない。
仲本さんはとても安全な運転をする。
それが心地良く、俺は外を眺めながら、少し微睡んでいた。
時々揺れる感覚すら気持ちが良い。
そうとう疲れていたみたい。
早く帰って寝よう。
俺はそう思っていたが、その意思は、後にマネージャーが言った言葉によりすぐに変わった。
「あ、そういえば」
彼は辺りを軽く見回す。
「今日は、どうします?」
どうするというのは、ここの辺りに俺の仕事仲間且つ親友である、聖という男の家があるからだった。
「今日はって…聖、また仕事休んだんですか?」
「そうみたいです。この間番組収録中に調子が悪そうだったとは人づてに聞いていたんですが、心配ですね」
仲本さんは、同意を求めるように言ってきた。
俺と聖が仲が良いことを知っているから、俺がどう思っているのか気になっているのだ。
「そうですね」
確かに心配だった。
「仲本さん、ここで止めて」
仲本さんは、その言葉を待っていたのだろう。
安全運転で、しかしとても迅速に片隅に車を停めた。
扉を開け、出ていく俺に仲本さんは言う。
本当に仲が良いですね。
仲本さんは嬉しそうだった。
俺は否定せずに、一度礼をしてその場を去った。
仲が良い。
そう言われるのは初めてではないが、いつ言われても嬉しい。
聖の住んでいるマンションに到着した。
彼の家はオートロック制であり、入る時には聖の認証が必要になる。
俺は聖を呼び出した。
やや間が空いて、聖の声。
「……何」
「俺、刻だけど」
そこで通信は途絶え、かわりに解錠の音がした。
聖の部屋の前まで行く。
そしてチャイムを鳴らす。
今度は1分待っても反応がなかった。
俺は諦めて、鞄の中に入れてある鍵を取り出した。
「おーい、聖?」
電気も付いていない暗闇に俺の声が吸い込まれていく。
床に落ちている物に当たらないようにしながら、手探りで場所を把握する。
やっとのことでリビングに着き、俺は電気をつけて辺りを見回した。
果たして聖は、いったい何日休んでいたのか。
几帳面な性格の癖に、今は床に物が散乱している。
その部屋の真ん中で、蹲るようにして聖はいた。
「聖、ご飯食べた?」
「……」
壁にかけてある日めくりカレンダー。
それは1日前で日付が止まっていた。
「何か食べ物は……うん、足りるね」
冷蔵庫には以前俺が入れておいた野菜が入っている。
俺はそれを取り出し、とりあえず炒め物を作ることにした。
部屋は静かで油の弾ける音だけが響く。
フライパンを使いながら聖の方をちらりと見ると、未だ聖は同じ体勢で固まっていた。
「とりあえず立って」
聖の腕を掴み、引き上げる。
テーブルまで連れていき、椅子に座らせた。
「ほら、食べて」
作り終わった料理を聖の前に出す。
それでも動く様子がないので、仕方なく俺が食べさせることにした。
箸で、聖の口元まで持っていく。
そこまでしてようやく、聖は口を開いて食べた。
無言で口を動かす。
そして飲み込み、口の中に物がなくなれば、じっと俺を見つめる。
俺はまた、口元にご飯を運んでやる。
そうしてしばらくすると、聖の手が動き、俺が持っていた箸を取った。
今度は自分で料理を食べ始める。
「美味しい?」
聖は頷き、また食べた。
聖は昔から、繊細な性格だった。
人が普通は反応しないような些細なことで傷つき、しかし表ではそれを見せないように仮面を被っている。
そんな時の聖の笑顔は、綺麗過ぎる。
本当に嬉しい時の笑うのを我慢しようとして堪えきれなかった時みたいな変な顔じゃなくて、いかにも人が好きそうな笑顔。
ずっとその顔で笑っているのをテレビで見た時、俺は怖くなる。
いつかこの笑顔すらできなくなる日が、俺は怖い。
だから俺は、聖がこうして無表情でいる時は精一杯甘やかすようにしている。
彼がまた本当の顔で笑えるように、壊れないように。
側で見ていてやるのが、親友である俺の役目だと思っている。
「刻」
ご飯を食べ終わった聖は、動く気力が出てきたようで、皿を洗おうとした。
しかし立ってすぐに目眩を起こして倒れそうになるのを見て、慌てて止める。
俺がやるから。
そう言えば、彼は素直に椅子に座ってぼーっとしているのだった。
俺が皿を洗っていると、先ほどのように、聖は声を掛けてきた。
俺は一旦動かす手を止めて、聖を見る。
「なあに?」
「呼んだだけ」
「そう」
俺は作業を再開する。
するとまた、刻、と名前を呼ばれ、俺は手を止めた。
「なあに?」
「呼んだだけ」
「ふふ」
俺が笑うと、聖も照れ臭そうに笑った。
俺はその笑顔を見て、安心した。
「聖」
「何?」
「明日は仕事?」
「午後から」
「俺明日は休み。何かする?」
「じゃあ、一緒に寝て」
「寝てないの?」
「何回か寝たけど、寝た気がしなかった」
「子守唄でも歌ってあげようか?」
「それは逆に寝れない、刻は音痴だからさあ」
「……失礼な」
冗談を言えるくらいには聖は回復したみたいだった。
いつものように戻った聖を見ると安心して、それまで忘れていた疲れが現れたみたいで、途端に眠くなる。
「聖、俺もう寝る」
「待って、俺も服着替えるから」
「じゃあ先に寝室行っておくよ」
「待って、一緒に入りたい」
慌てて寝巻きを漁る聖は、可愛かった。
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