夜は深く、白く

雷仙キリト

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キラキラと周りが輝いている。
それはまるで俺たちを祝福しているかのように綺麗で。
俺は眩しさに目を閉じつつも、決してその態勢を変えるつもりはなかった。
だって刻が、俺にキスをしてくれたから。

「刻」
「なあに」
「俺のこと好き?」
「うん。もちろん」
「じゃあさ」

本当に好きなら、俺にキスしてよ。
俺の言葉に、刻は驚いて目を見開き、顔を赤くして目線をさ迷わせて。
でも意を決したように。
軽く、触れるだけのキス。
彼の顔はリンゴのように赤く、そんな可愛らしい顔とは反対に口からは「…これで十分?」と小憎たらしい言葉。
物足りない。物足りるわけがない。
だって俺は、ずっと前から刻とこういうことをしたかったから。
だから、刻の顔に触れ、俺の方に近づけた。
再び、柔らかい感触。
刻は抵抗しなかった。
それを良いことに、俺はその暖かさにずっと浸っていた。
マネージャーの俺たちを探す声が聞こえてくるまで。

唇を離し、再び刻の顔を見る。
さっきとは正反対。
表情は憎たらしそうに俺を見ても、その口から罵倒の言葉は現れなかった。

「ね、俺たち、キスしちゃったね」
「…そーだね」
「これって誓いのキスみたいだね。『これからずっと一緒だよ』っていう」
「……もう」

刻は呆れたように笑う。
それから、俺の方に手を出した。

「行こう。マネージャーが呼んでる」
「うん!」

手を取り、一緒に出口まで駆け出す。
握った手から伝わる体温は暖かく、心まで熱くさせた。
俺は、刻の手を二度と離すもんかとぎゅっと握りしめ。
痛そうにしながらも俺に微笑んでくれた刻。
あの時。
あの瞬間。

俺は幸せだった。




「……」

日の眩しさに、俺は目を開ける。
飛び込んできた景色はいつもと変わらない、白い天井。
そのことに、少し落胆した。
世界は何ら変わらなく動いている。
俺は目を覚ましてしまった。
一生、夢の中ならば幸せなのに。
先ほどまで見ていた夢と、じんわりと広がる心の暖かさ。
夢の中の俺は、本当に幸せそうに笑っていた。

ふと、右手に温もりを感じる。
右手は、もう1人の相手___刻と繋がっていた。
あの時と変わらない温もり。
俺は密かに笑う。

一糸まとわぬ姿でシーツに寝っ転がっている相手。
その体には至るところに俺が付けた跡が残っている。
余裕ないな、なんて思いながら俺は昨日のことを思い出す。

確かまた体調を崩して仕事を休んで。
そしたら刻がいつものように来てくれて、部屋を片付けてくれて、ご飯も作ってくれて___
そこからの記憶は、ぼんやりとしていて良く覚えていない。
でも記憶が曖昧なのは、いつものことだ。
だから特に不安になることもない。

温もりを得たことで元気になった体は、昨日のような倦怠感や吐き気を催さない。
それに加え、仕事に対する活力も出てきた。
それもこれも、全部刻のおかげだ。

さて、そろそろ朝ご飯を作ろう、とちらりと見たデジタル時計。
俺は時刻を目に入れ、そして認識してから。

朝だというにも関わらず、大声を上げてしまった。

「…何?」

気だるそうに声を出す刻。
俺は慌てて刻を起こす。

「やばい、仕事の時間まであと1時間もないよ!」
「ん………え?」

がばり、刻は身を起こす。
そして時計を掴んで、時刻を食い入るように見た。

「うっわ、嘘でしょ?」
「嘘じゃない。ほら、早く支度!」
「わ、わかった!」

服の準備は刻に任せ、俺は朝食の準備をする。
といっても、パンをトーストして、あらかじめ買ってあるサラダを取り出すくらいだけど。
トースターの焼き終わりの音と同時に、刻が服を抱えてやってきた。

「刻、ほら食べて」
「はーい」

刻が着替えている間に、刻の口にご飯を放り込む。
そして同じように俺が着替えている時は、刻が俺の口にパンを。
そうしてばたばたしながら家を出て、なんとか仕事場には間に合いそうだった。
2人して同時に楽屋に駆け込み、荷物を置く。
隣の楽屋にいるゲストに挨拶をしに行くと、ゲストは俺たちを見て笑った。

「仲が良いんだねー」

それ、とゲストの人は俺たちの服を指差す。
すると、俺たちが着ている服が色違いのお揃いだということに気がついた。
刻を見れば「しまった」という顔で俺を見た。

「お揃いの服だなんて、見せつけてくれるなあ」

互いを親友だと認める仲だが、それを人に指摘されるのは苦手な俺だった。
大抵の人は、俺たちの仲の良さをからかうから、それが嫌だった。
そのことを知っている刻は、慌てて理由を説明した。

「これ、聖がこの前くれた服で、今日着たらたまたま聖と被っただけ___」
「またまたそんなこと言って。聞いたよ、君のマネージャーから今日は刻君は聖君のところに泊まりに行ってるって」

本当に仲良いね、と笑うゲストの人を見て、俺は落胆した。
今度会ったら仲本さんに文句を言おう。
勝手に人のプライベートを暴露するなって。

「そろそろ始めますよ」

楽屋に、スタッフがやってくる。

「じゃあ、お願いしますね」
「こちらこそ」

和やかな雰囲気で、今日の収録は始まった。






初めて刻と会話したのは、彼が俺の所属する事務所に入って1ヶ月ほど経った時。
曲がり角で偶然ぶつかった時だった。

「あ、ごめんなさい!」

手に持っていた荷物を慌てて拾い、その場を立ち去ろうとする刻。
彼は、床に落としたストラップを拾い忘れ、そのまま走っていった。
見覚えのある形のストラップ。
手に取ると、それは俺が小さな頃にやっていた戦隊モノのフィギュアだった。

「あの!」

声をかけると彼はくるりと振り返る。

「なんですか?」
「これ、落としたよ」

俺が差し出すと、びっくりした顔で慌ててそれを受け取る。

「ごめんなさい、わざわざ拾ってもらって」

本当ならそこで会話が終わるはずだった。
でも、なんとなく。
俺は彼に声をかけた。

「このストラップって___」

それが、俺たちの始まり。



刻は遅咲きのアイドルだった。大人になってから芸能事務所に入り、1年も経たずに人気アイドルの仲間入り。
経験ばかり長くなり、芽が出ないことも多いこの業界で、刻は運が良かった。
彼をやっかむ人達に虐められないように、潰されないように。
年も近いからと、芸能のいろはを教えてあげるのが俺の役目になった。

いつしか俺達は先輩後輩の垣根を超え、親友になっていた。

「でね、俺が高校にいた時の話なんだけど」
「それからね、先生がー…」
「俺がね、昔見てたアニメでさ…」

刻の話は、小さな頃から仕事をしていて碌に学校に通っていなくて、家にも帰っていなかった俺にとって新鮮だった。
他の人が同じような話をする時は気まずかったのに、何故か彼の話は聞いていて楽しかった。
彼は、俺が持っていない好奇心を持っていて、興味があればなんにでも手を出す。
そうして本当に好きになったものを話してくれるから、その時の刻の表情は楽しそうで。
俺も刻と同じ趣味を持てば楽しくなるかな、なんて思った。
彼がピアノをやってみれば同じように買ってみたり、彼の服のセンスを真似してみたり、一緒に同じアニメを見てみたり。
でも結局それもすぐに飽きて、俺は刻の話をただ聞く生活に戻った。
俺の趣味は、彼の話を聞くこと。
そして、彼の存在自体に俺は惹かれていることに気がついた。

俺は彼みたいになれない。
だから代わりに、ずっと側で彼のことを見ていようと思った。

「俺が好きなのはね___」

彼の趣味は、俺だけが知っていたい。

彼のことは、俺だけが見ていたい。

彼をずっと、同じ場所に閉じ込めてしまえばそれは叶うだろう。
だけどそうしたら、きっと俺の好きな彼はいなくなってしまう。
だから代わりにずっと側で。
彼に1番近いところで、刻を見る。
俺にはそれができる。
何故なら、俺と刻は親友だから。




「___り、ひじり…聖ー…」

刻の声が聞こえて、俺は意識をそこに戻す。
刻が俺の顔の前で手をひらひらさせていた。
辺りを見渡す。
俺たちの楽屋にいた。

「聖、大丈夫?ぼーっとしてるけど」
「ああ……うん」

記憶が曖昧で、今まで自分が何をしていたか思い出せない。
ぼんやりと、先ほどまで番組の収録をしていたことは覚えているが。
ということは、俺は収録を終えたんだ。

「本当に大丈夫?随分とぼんやりしてるけど。風邪がぶり返した?」
「ううん、なんでもない。大丈夫だから」

刻の腰を抱き、俺の方に引き寄せる。
彼は手を伸ばして、俺を抱きしめてくれた。
刻の匂い、刻の暖かさ。


俺は、これがあれば生きていける。
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