夜は深く、白く

雷仙キリト

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幸せってものは簡単に壊されてしまう。
俺は昔から、そのことを理解していた。

俺が芸能界に入って忙しくなると。
それまで仲良くしていた友達は離れていった。

俺が子役だった時。
密かに付き合っていた彼女は、マスコミが報道したことで別れさせられた。

俺がアイドル事務所に入った時。
友達の所属する事務所と俺の事務所が仲が悪くて、話すことができなくなった。

いつもそうだ。
俺が幸せになると同様に、不幸がいつかやってくる。
永遠には続かない。
それをわかっている俺は、それでも彼を離したくなかった。
彼の体を繋ぎ止め、彼の心を束縛し、そうすることでなんとか今のままの俺でいられた。

いつもそうだ。
俺がどんなに努力しても、誰かが必ず俺を壊そうとするんだ。




刻が、俺の電話に対して何も反応しなくなった。
そのようなことは今までで初めてで、刻に何かあったのかと不安になった。
刻に何度も電話をかけて、それでも繋がらなくて。
俺は彼のマネージャーである仲本さんにも電話をかけた。
仲本さんは、刻の身には何もおこっていないと言ってくれた。
とても安心した。
でも同時に、じんわりとした不安が俺を襲った。
鼓動が早くなる。
大丈夫、大丈夫。自分に言い聞かせる。
きっと彼の気まぐれだ。
いつかは俺の元に電話が届く。
そしていつものように、俺のそばで笑ってくれる。
そうだろ、だって。

お前を無理矢理×した時も、お前は俺のそばにいてくれたじゃんか。



そんな期待は、すぐに裏切られた。
俺が番組の収録で楽屋にいた時、ある男___光がやってきたことにより。
俺は彼のことを好きでもなく、嫌いでもなかった。
光は厳しいが優しい。
良い人だとわかっているが、歳が離れていることもあり、彼と話す時には気まずさがあった。
光も俺と喋るのは気まずいと思っているはず。
なのにどうして、彼がここに。

「随分とイラついた様子だな」

彼の一言目はその言葉だった。

「……それが光君に関係ある?」
「さあ。あるかもしれないし、ないかもしれない」

はっきりしないもの言い。
彼には珍しいことだ。
まるで喋るタイミングを見計らっているような。
間違いない。
彼は俺に、何かを伝えにきたんだ。

「言うことがあるなら、単刀直入に言ってくれる?そろそろ収録が始まるから」
「……わかった」

光は大きく息を吸い、そして吐いた。

「お前、刻とはもう、付き合うのを止めろ」

一瞬息が止まる。
彼の言うことが理解できなかった。

「は?何言ってんの?意味がわからないんだけど」
「だから、あいつに関わるのを止めろって言ってんだ」
「なんで?なんでそんなこと光君に言われないといけないの?」
「俺は、お前が心配なんだよ」

光は、俺を睨む。
その鋭い眼光に、俺は少しだけ怯んだ。

「……心配?どういうこと?」
「お前、自覚ないのか」
「自覚って、もうちょっとわかりやすく言ってくれる?」
「だから、お前は刻に会いすぎだと思わないか?」
「意味わからない。俺が刻に会いすぎって……むしろ少ないくらいだけど」

特に最近は、彼が電話に出なくなったせいで、光が言ったようにイライラいている。

「お前は刻に何日会えれば満足なんだ」
「何日?そんなの毎日に決まってるよ。むしろ一生隣にいたいくらい」
「……お前、重症だな」
「俺は普通だよ」
「普通じゃない。お前は異常だよ」

彼の言葉に、頭に血が上る。
ただでさえイライラしているのに、それに追い打ちをかけるような言い方。
なんで?なんでそんなこと言われないといけないの?
目の前が真っ赤になって。

気がつけば俺は彼を殴っていた。
椅子が倒れる男が響きわたる。
床に転がった光は、頬を押さえながら俺を睨んだ。
俺は椅子を掴む。
彼を目掛けて椅子を振り下ろしたが、間一髪のところで避けられた。

「お前、本気か?」
「本気だよ。次に変なこと言ったら、今度は外さないからね」
「…お前、なんでそんなに刻に執着するんだよ」
「執着なんて失礼な言い方しないでくれる?俺と彼が一緒にいるのは当たり前だろ?親友なんだから」
「親友?お前らの関係が?四六時中一緒にいようとしたり、病気を理由に相手を縛りつけようとしたり、セックスすんのが親友なのか!?」
「うるさい!あんたになんで俺たちの関係を口出しされなきゃいけないんだよ!」
「だから、俺はお前らが心配なんだよ!」
「黙れよ!あんたらはそうやっていつも、俺から全てを奪っていくんだ!」

あなたは芸能人なのよ。あんな友達じゃなくて、芸能人の友達を作りなさい。
お前は子役なんだ。付き合うなんてことをするな。
お前はあそこのアイドルだろ?もう俺とは付き合わない方が良いよ。

___なんで?なんでそんなこと言うの?






     私達
___俺達はお前が心配だから言ってるんだ___
     俺





「俺の邪魔をすんなよ___!」

椅子を持ち、頭上に高く上げる。
殺してやる。殺してやる。邪魔をするやつは。
頭の中は、その言葉でいっぱいだ。



俺は、椅子を振り下ろした。
光と目が合う。
今にも椅子から手が離れるその瞬間、彼は静かに言った。


「……刻は、お前から離れるって言ったぞ」
「え___」

椅子が手元に力なく落ちる。
俺は光の言ったことが理解できなかった。
刻が俺との付き合いを止める?
そんなはずない。
だって、今までどんなことをしたって彼は俺と一緒にいてくれた。
彼が、今更俺を嫌いになるなんて。

ふと、電話を思い出す。
彼は最近、電話に出なくなった。

「嘘だ……刻が俺を裏切るなんて」
「裏切ったんじゃない。お前のことを心配して___」
「嘘だ……」

俺は鞄から携帯を取り出し、震える指をなんとか動かして操作する。
確かこの時間はオフだったはず。
そう思い、願うような気持ちで刻に電話をかけた。
出て、刻。俺のために。
もう独りは嫌だ。
もし刻がいなくなったら、俺のそばで笑ってくれなかったら俺は……
どうやって生きれば良いんだよ。


呼び出し音が数回鳴り。
ぷつり、と無残にも電話は切れた。


なんで。なんでなの刻。
俺のこと嫌いになったの?
俺はお前のことが好きなのに。
俺の何がいけなかったの?
俺がわがままだから?
俺がお前のことを好きだから?
俺が男だから?
お前が男だから?

「俺のこと好き?」
「うん、もちろん」

ふとあの時の言葉を思い出す。
そうだ。刻はあの時俺を好きだと言ってくれた。
誓いのキスだってくれた。
刻が俺のことを嫌いになるわけがない。
そうだよ、そうに決まってる。
じゃあ、なんで、俺から離れるの。
そんなの決まってる。
誰かに命令されたんだ。

俺は光の方を見た。
光は頬を押さえて俺を見上げている。

こいつが刻に命令したんだ。
いや、脅迫したんだ。
何か刻の弱みを握って、俺と刻の仲を引き裂こうとしてるんだ。
かわいそうだ、刻。

俺が助けてやらないと。

俺は拳を強く握りしめる。
床に転がっている椅子が目に入った。




走って、走って、汗だくになって。
彼の場所を突き止めた。
彼はちょうど休みで家にいた。
俺がチャイムを押すと、スピーカーから息を呑む音が聞こえた。

「聖、今日仕事じゃ___」
「なんのこと?」
「なんのことって、お前、仕事休みだっけ」
「本当はあったんだけど、なんか急に休みになってさー」
「…そう」
「ねえ、刻、ちょっと出てきてくれる?」
「俺、用事が___」
「お願い。一回だけだから」

音は途絶えた。
でも俺は落胆しない。
刻は優しいから。
絶対出てきてくれる。

「……聖」

ほら、ね。


俺は持っていたスタンガンを彼の体に押し当てた。
あっけなく崩れ落ちるその体。
傷なんかつけたらかわいそうだから、コンクリートに叩きつけられる前に受け止める。
そして、そばに停めてあった車に刻を押し込んだ。
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