ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

文字の大きさ
83 / 108
主菜 ただいま営業中!

第56話 ああ無情っ……か~ら~の~?

しおりを挟む
 どうも、ツイてない女です。
 あ、違った。
 どうも、私の名前はベアトリクス・アウラー。画家の卵です。あ、雛ぐらいにはなったかな?
 というのも、天下のゾフォール商会から商品の宣伝用絵画を描いてくれと頼まれたんです。
 数年前からときどきそういうお仕事ももらっていたんですけど、今回のはすごい!
 なぜなら、依頼主が商会の一人娘!
 どこかの支店の宣伝部門とかじゃなく、商会の秘蔵っ子であるシャルナさん自らの依頼で、シャルナさんが自ら経営する新店舗の旗揚げ用! しかも外国!
 これはもう、遂にきたな、と。
 ツイてない女の汚名を返上するときが遂にきたなと!
 デ・レーウ工房にはたくさんの弟子がいる中で、わざわざ私に指名が入ったということはそういうことなんだと!
 あ、そうそう。
 私はアンセラが誇る巨匠、メルヒオール・デ・レーウ先生の弟子で、七歳のときからだから結構な古株なんです。

 まあ……

 私よりあとに入って先に独立していった人ばかりですけどね……

 それはともかく、あの日から苦節一七年……
 とうとう一人で外国にまで出向いて仕事をする日がやってきました!
 だから私は喜び勇んで荷物をまとめました。
 さすがは天下のゾフォール、目的地まで馬車と護衛をつけてくれるし、先生も相弟子のみんなも両親も宴会まで開いて送り出してくれました。

 ……ただし、ハッピーなのはそこまで。
 やっぱり私はツイてない女だったんです……

 思えばいつからだろう。
 そういう星のもとに生まれたんだといってしまえばそれまでだけど、昔からなぜかついてない。
 道を歩けば動物のフンを踏んづけるし、買い物に行けば目の前で売り切れるし、宴会で私一人だけ食中毒になったこともあれば好きな男の子に告白しようと思った矢先に恋人ができたことを知ってしまったり……
 人生に関わるような大きな不運はないけれど、小さな不運からそこそこの不運までは日常的に訪れる……

 私の名前、「幸せを運ぶ女」って意味なのにねっ!!

 そんな私の一番の幸運といえば、たまたま隣にデ・レーウ先生が引っ越してきたこと。
 アンセラ北部の田畑と森林ぐらいしかない田舎町の農家の隣にいきなり画家がやってきて住み始めたものだから、小さかった私は物珍しさにちょくちょく遊びに行って、とても落ち込んでいたある日、先生にいわれたんです。

「人生というのは、つらいことが多いほどあとで大きな幸福が手に入るものだ。だけど幸せになる努力を怠ってはいけないよ。自分のために頑張れない者はなにも手に入れることはできないんだ」

 その言葉に勇気をもらった私は馬鹿丸出しに「画家ってすごい!」と思い、その勢いのまま弟子入りしました。
 今思い返すとあのとき先生、苦笑いしてたような……

 ともかく、たっぷり一七年もの時間をかけてそれなりには成長したはずの私は意気揚々と町を出たんですけど……
 出るわ出るわ、トラブルの数々……

 宿が取れずに町中を駆け回ること六回。
 宿は取れても馬小屋に空きがなくそっちを探し回ること四回。
 食中毒になり寝込むこと二回(一回は護衛の人)。
 御者が馬に蹴られて大怪我をし代わりを探すこと一回。
 売れもしない画材を盗まれて買い直すこと一回。
 モンスターの群れに道を塞がれ遠回りして野宿すること二日間(あ、このときオシッコしてるところを見られちゃったことは日記には書かないでおこう)。
 護衛の人が強盗犯に間違われて拘束されること三日間……

 小さな不運を合わせると数えるのが嫌になるほど、ツイてない……!
 そもそも、今まで私の不運はあくまでも私だけの不運で完結していて他人を巻き込んだことなんてなかったのに、今回は他人にも降りかかっている……
 これは行くなということなのでしょうか……?
 私は画家として成功してはいけないということなのでしょうか……?
 神さま、私がなにをしたというのでしょう……
 ワイロを贈ればなんとかなりますか……?

 いやいや、そんなこといっちゃダメ……
 思いっきり不運に巻き込まれながらもまったく気にせずここまで送り届けてくれた人たちに申し訳がない。
 とにかく、本気で改名を考えるくらいいつも以上にツイてなかったけどなんとか五体満足でバリザードの町に到着した私は、すぐにシャルナさんがいるゾフォールの支店に行きました。
 すると新しく立ち上げるお店のほうに行っているということで、荷物を抱えたままそっちへ向かいました。
 目の前の赤い屋根の大きなお店の裏に回った隣のお店……

「私に女神を描かせてくれぇ……!」

 ショーウィンドウ越しに、そんな声が聞こえてきました。
 多分、このお店だよね……?
 覗き込んでみると、貴族っぽい男の人が三人倒れ込んでいて、うち一人が別の男性に踏みつけられていて、びっくりするほど綺麗な女の人がほとんど裸みたいな恰好でポーズを決めている……

 えっと……
 どういう状況なんでしょう……?

 呆気に取られてしばらく立ち尽くしていると、またまたとんでもない言葉が私の耳を駆け抜けていきました。
「ではこの条件で構わないかね、ラファロくん?」
 ラファロ……?
「このラファロ・ヴィンチ、己の信念と美の女神に懸けてこの仕事を完璧にこなしてみせよう!」

 ラファロ・ヴィンチ!?

 私はまるで地面が消えてしまったかのようにどこまでも落ちていく感覚に囚われてしまいました……
 だって、ラファロ・ヴィンチですよ……?
 ラファロ・ヴィンチがここにいるんですよ……?
 シャルナさんもいるし、契約を交わしてたんですよ……?
 それってつまり……
 ラファロ・ヴィンチがこの仕事を引き受けたってことでしょ……?

 ああ、そういうこと……
 私が他人を巻き込むほどの不運を発揮して遅れに遅れたから、代わりにラファロ・ヴィンチに頼んじゃったんですね……
 そして見事引き受けてもらえちゃったんですね……
 ああ、こなきゃよかった……
 今までどんな不運にもめげず先生の言葉を胸に頑張ってやってきて……
 今回はもう引き返したほうがいいかなって思いながらも、これがきっと一人前になるために必要な努力なんだって、なんとか辿り着いたのに……
 ラファロ・ヴィンチですか……
 よりにもよって……

 敵うわけ、ないじゃない……!

「ダーリン、あれ乞食かしら?」
「うん?」
「あっ!? あ、アウラーさん……!?」
「あれが? なんて間の悪い……」
 ええ、ええ、わかってますよ、ずっとそうですよ私は……

 でもこれは間違いなく……

 人生最大の不運っ!

 ああ無情っ……!


 ……へたり込んでぐずぐずと泣いていた私は店内に引きずり込まれても泣き続けていました。
 洪水のように涙が流れてとまりません……
 あと鼻水もとまりません……
 あ、ラファロさんがハンカチを差し出してくれました……
「ずびーっ! 私なんかのひよっこより、誰だってラファロ・ヴィンチを選びますもんね……ぐすん……わかってます……しくしく……」
 この場の皆さんはなにやら商売上のことで揉めているようです。
 きっと私がこないと思ってラファロさんと契約したのにきちゃったから、とかそういうことでしょうね……
 本当にすみません……
 間が悪くてすみません……
 私の不運に巻き込んじゃってすみません……
 シャルナさんは私をかばってくれているようだけど、なんかもうすみません……

「それはすまないことをした」
 ラファロさんのそんな声が聞こえて、なにやら雲行きが変わったように感じました。
「え、なんでラファロさんが謝るんですか?」
 まったくです。悪いのは私です……
「それはそうだろう。二人にはそれぞれの思惑があったのだろうが、私は自らの意志でこの仕事を引き受けた。それはつまり先約者である彼女の仕事を私が自らの意志で奪ったことにほかならない」
 ああ、だから「悪いが小娘は帰れ」ってことですね、わかります、すみません。
「しかし、だらといって降りるつもりもない」
 さようなら、夢見続けたいつかなるはずだった幸せな私……
「どうだろう、彼女には私の助手をしてもらうという形で雇えまいか?」

 時間がとまりました。

 私以外のすべてが停止した静かな世界で、ラファロさんだけがゆっくりと、神々しく、光り輝いてゆくさまを、私は見ました。
「あなたは神さまですか!?」
「あいにく私は神ではない、美の女神の使者だ」
 ああっ、なんて神々しい笑顔っ!
「実は以前、メルヒオール卿には世話になったことがある。そのときの礼とせめてもの詫びということで私の美技を間近で見せてあげようじゃないか。君も画家だというのならこれ以上の幸福もあるまい?」
「はいっ! 一生ついていきますっ!」
「いや一生は困る」

 ラファロ・ヴィンチの絵を、この目で見ることができる……!
 どんな筆を使っているかも。
 どんなキャンバスを使っているかも。
 どんな絵具を使っているかも。
 どうやって色を作っているのかも。
 なにを見て、なにを感じ、それをどうやって絵にするのかも。
 目の前で見ることができる!
 世界の巨匠の技を!

「生きててよかったぁ~……! でへへ……」
 ああ、よだれが……
 ハンカチ、ハンカチ……
 あ、これはさっき鼻水かんだやつだったあ!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スーパーのビニール袋で竜を保護した

チー牛Y
ファンタジー
竜は、災害指定生物。 見つけ次第、討伐――のはずだった。 だが俺の前に現れたのは、 震える子竜と、役立たず扱いされたスキル―― 「スーパーのビニール袋」。 剣でも炎でもない。 シャカシャカ鳴る、ただの袋。 なのにその袋は、なぜか竜を落ち着かせる。 討伐か、保護か。 世界の常識と、ひとりの男の常識が衝突する。 これは―― ビニール袋から始まる、異世界保護ファンタジー。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...